日の光を恨む③
殿下はそのまま仕事に戻り、書類に目を通す。
私もそうするつもりだった。
でも……。
「殿下」
「なんだ?」
「……聞いてもよろしいでしょうか?」
どうしても気になってしまった。
殿下があそこまで怒りを見せた理由を……。
弟君の状態は?
彼が頑なに王座を避ける理由が、そこにある気がして。
「何を聞きたい?」
「……ミトス殿下のことです」
「……」
彼はピクリと眉を動かした。
触れられたくない部分なのは明白だ。
怒りを露にした直後で、きっと気持ちも高ぶっている。
その怒りが私に向けられる覚悟もしていた。
「知ってどうする?」
「え?」
思わぬ質問に動揺する。
殿下は仕事の手を止めて、真剣な表情で私を見つめていた。
私も彼と向き合う。
「それを知って、お前は何ができる? 何がしたい?」
「それは……」
知りたい理由は好奇心?
それもあるけど、根本は違う。
知りたいと思ったのは、殿下が苦しそうだったからだ。
王にならないと口にする時、殿下はいつも苦虫をかみつぶすような顔をしていた。
その理由が知りたい。
知ってどうしたい?
私に……何ができるだろうか。
「私は――殿下の力になりたいです」
「――!」
何ができるかなんて、考えたところでわからない。
ただ、私のできる限りを尽くして、殿下の力になりたいと思った。
方法は後から考えよう。
私なんかじゃ役に立てないくらい、大変な秘密かもしれない。
その時は、もっと努力して強くなろう。
私は殿下を王にする。
殿下の騎士であり続けるために。
「……ふっ、俺より弱い癖によく吠えるな」
「うっ、今はそうかもしれませんけど、必ず追いついてみせます! 私は諦めが悪いですから!」
「……そうだな」
殿下が笑った。
緊張がほどけたように。
そうして立ち上がる。
「ついてこい。答え合わせをしてやろう」
「それって……」
「ちょうどいい機会だ。試したいこともある。リズとステラを呼べ」
「はい!」
◇◇◇
ステラとリズに声をかけ、合流して殿下の後に続く。
いつになくステラも表情が硬い。
どこへ向かっているのか、彼女はわかっている。
「お話しする気になられたのですね、殿下」
「不服か?」
「いいえ、殿下がそう思ったのなら私も賛成します」
「そうか」
リズは状況がわからないくて、キョロキョロしながら私に後ろにいる。
「あ、あのさ? 何なの? 私なんかしちゃった?」
「ううん。大丈夫ですよ」
「本当に?」
「リズ」
「はい!」
殿下に名前を呼ばれてビクッと反応する。
「お前たちエルフの魔法理論は独特だ。俺たちにはない考え方を持っている。その視点から、意見を聞きたい」
「は、はい……わかりました」
リズはよくわかっていない。
私も、殿下が何をおっしゃっているのか理解できなかった。
彼に会うまでは。
「入るぞ」
部屋にたどり着き、無造作に扉を開けた。
そこは寝室だった。
カーテンが閉められ、昼間なのに暗い部屋に明かりがともっている。
ベッドには色白の少年が座っていた。
彼は殿下に気づき、笑顔を見せる。
「兄さま! 来てくださったのですね!」
「ああ、身体の調子はどうだ? ミトス」
「今日は調子がいいです!」
「そうか」
この方が……ミトス・グランツ殿下?
ベッドから普通に立ち上がり、ラインハルト殿下の元に駆け寄る姿は、どこも病んでいるとは思えない。
ただ、異様に白い肌が特徴的で、手足も細い。
まるで人形のような身体だ。
「ステラさんも来てくださったんですね」
「はい。お元気そうで何よりでございます」
「はい! えっと、そちらの方々は?」
「紹介しよう。俺の専属騎士のミスティアと、新しく侍女になったリズだ」
ミトス殿下と視線が合う。
「あなたが兄さんに選ばれた騎士さんですね!」
「はい! ミスティア・ブレイブです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。とても優秀な方だと聞いています」
「そ、それほどでは……」
「買いかぶりだ。まだまだ未熟だぞ」
「うっ……」
「そんなこと言って、兄さんが騎士に認めるなんて初めてじゃないですか。兄さんも期待しているんでしょう?」
無邪気な笑顔を見せるミトス殿下に、ラインハルト殿下は目を逸らす。
殿下も弟君の前では雰囲気が違う。
なんだか優しい。
「リズさんは、エルフの方なんですね」
「は、はい」
「初めて見ました! とても綺麗ですね!」
「――! あ、ありがとうごあざいます」
リズは顔を赤くする。
ミトス殿下も、亜人種に対して偏見はない様子だ。
まずはホッとする。
「ミトス、身体の状態はいいんだな?」
「はい。今日は曇っていますから」
「そうか」
「天気が何か関係あるのですか?」
私が質問すると、どんよりした空気になる。
聞いてはいけないことだったのだろうか。
ラインハルト殿下が口を開く。
「ミトス。彼らを呼んだのは、お前の病気について相談するためだ」
「そうだったのですね。ありがとうございます」
「……見せてやってくれないか? 一瞬でいい」
「はい」
見せる?
ミトス殿下は窓際に近づく。
締め切ったカーテンの隙間から、光が漏れていた。
そこへ手をかざす。
ジュッ――
「っ!」
「ミトス殿下!」
「大丈夫……です……」
すぐにステラが駆け寄り、焼けた手のひらを診る。
しばらくすると、傷が治癒を始めた。
凄まじい速度だった。
「こ、これは……」
「吸血鬼?」
リズがぼそりと口にした。
そうか。
亜人種の一つ、吸血鬼は日光に弱く、日光を浴びると燃え上がる。
その特性と似ている。
「これが、ミトスが抱える病だ。日の光を浴びられない。まるで……吸血鬼のように」




