プロローグ③
ブレイブ家は、私一人になってしまった。
親戚もおらず、結果的に私は十歳の若さでブレイブ家の当主となる。
無論、幼い私が貴族の当主としてやっていけるはずもなく……。
「ブレイブ家は本格的に終わりだな」
「十歳か……どうしようもないだろう。今度は関わり方を考えた方がいいか」
「陛下はどうお考えなのか? このまま放置されるのであれば、ブレイブ家は没落するしかない」
「そうなるだろうな。もはや……」
交流のあった貴族たちは、一人、また一人と離れていってしまった。
私にはどうすることもできなかった。
どうすればいいのかすら、わからなかった。
いなくなったのは、貴族たちだけではない。
「申し訳ありません。我々も自身の生活があります。家族を養うためにも、新しい主人に仕えることにしました」
「……」
使用人たちも、次々と屋敷を去って行った。
私は何も言えなかった。
だって、みんな申し訳なさそうな顔をするのだから。
彼らだって好きで離れていくわけじゃない。
柱を失った家は、必ず崩壊する。
崩れるとわかっている場所に、いつまでも居座ることはできないだろう。
たとえ、幼い子供一人を残すことになったとしても……。
彼らは騎士ではないのだから。
「今まで、ありがとうございました」
私にできたのは、これまでの感謝を伝えることだけだった。
一人、また一人……。
私の周りから人がいなくなってしまう。
どうすることもできない自分が情けない。
何とかしなくちゃ!
私が今は当主なのだから!
「お父様とお母様……私が代わりに……」
頑張らなくてはならない。
この屋敷を、ブレイブ家を守るために。
正直、貴族としての地位とか名前に執着はなかったけれど……。
この居場所こそ、私がお父様とお母様と過ごした思い出であり、大切なつながりだから。
失うわけにはいかなかった。
私は自分にできることを探した。
近々、貴族たちが王城で招かれてパーティーが開かれるらしい。
お母様が参加する予定だった招待状があった。
これに参加しよう。
ブレイブ家を守るために、手伝ってくれる大人の人を見つけるんだ。
子供一人ではどうしたって限界がある。
一人くらい、いてくれるはずだ。
私の声に、耳を傾けてくれる人が……。
◇◇◇
考えが甘かった。
パーティーに参加した私は、それを痛感する。
「皆さん! 私の話を聞いてくださいませんか?」
「君はブレイブ家の……一人で参加しているのかな?」
「はい。今は私が当主です」
「……すまないが、私も他の方と話があってね。時間が惜しいんだ」
「少しでいいのです! 話を聞くだけでも」
「無理だよ。何を聞いても……力にはなれないからね……」
話しかけた優しそうな男性は、申し訳なさを感じさせる横顔で去って行く。
まだマシなほうだ。
最初から無視してくる人も多い中、反応してくれた。
予想以上に、周囲の視線は冷ややかだ。
「あれがブレイブ家の……不憫ね」
「むしろよくここに参加できたな。子供ながら、その度胸だけは認めてあげよう。ただ……」
「そうね。私たちも関わる気はないわ。今のブレイブ家に未来はないもの」
「……」
多くの貴族たちが、私のことを避けている。
理由は考えるまでもない。
そんなことわかった上で、ここにきている。
頑張って声をかけた。
誰も聞いてすらくれなくて、疲れた私は会場の外にある庭にやってきた。
まだパーティーは続いているけど、少し休みたかった。
「はぁ……」
ため息がこぼれる。
そんな私に、同年代くらいの男の子たちが近づいてきた。
「おい見ろよ! 落ちこぼれのブレイブ家の奴だぜ」
「お前の父親って無能だったんだろ? 聞いたぜー、一人だけ任務で死んじまったって」
「……何ですって?」
聞き捨てならなかった。
お父様のことを侮辱されて、私は怒りで頭に血が昇る。
「お父様のことを馬鹿にしないで!」
「何怒ってんだよ? 落ちこぼれが俺たち貴族に逆らうのか?」
「生意気だな。どうせお前も、大したことないんだろ? 父親とおんなじでさ」
「っ――!」
「ぐっ!」
私は怒りに任せて、煽ってきた男の子に殴り掛かった。
手を出すとは思わなかったのだろう。
殴られた男の子は、驚いて私を見上げる。
「お、お前……殴りやがったな!」
「お父様を馬鹿にしたからだよ! 許さない……お父様は立派な騎士だった!」
「ふざけんなこいつ!」
「女のくせに生意気なんだよ!」
三対一。
しかも相手は私よりも体格のいい男の子たち。
最初こそ一発お見舞いできたけど、その後は散々だった。
「うっ……」
「やっぱ大したことねーな」
涙が止まらない。
痛みよりも、お父様を馬鹿にされたのに、それを否定できな自分の不甲斐なさに。
「ほら、土下座して謝れよ。そしたら許してやる」
「……」
「私が父親と同じ無能ですってなぁ!」
「……絶対に、嫌!」
そこだけは譲れない。
今の私がどれだけ弱くて情けなくても、お父様は違う!
お父様は立派な騎士だった。
任務だって、お父様が命をかけたからみんな生き残ったんだ。
何も知らない癖に……好き勝手言わせない!
私がボロボロになりながらも立ち上がる。
「私のお父様は……無能なんかじゃない!」
「ちっ、じゃあ認めるまで殴ってやるよ!」
「っ――」
「そいつが無能なら、お前たちはただの卑怯者だな」
殴り掛かった男の子の手が止まる。
一人の少年が庭の木にもたれかかり、呆れた表情でため息をこぼす。
暗くて顔はよく見えない。
声で男の子だとはわかる。
「なんだてめぇ? 卑怯者だと?」
「違うのか? 無能と罵っている相手に対して三人がかりだ。これを卑怯者と呼ばずになんと呼ぶか、俺は知らないんだが」
「てめぇふざけ――!」
襲い掛かろうとした男の子たちは、彼の前に制止する。
何があったのだろうか。
酷く怯えているように見えた。
「あ、あなたは……」
「去れ。今なら忘れてやる」
「……!」
男の子たちは慌てて去って行く。
何が起こったのか私にはわからなかった。
混乱しているし、顔を殴られ目元が腫れていたから、視界もぼやけている。
同い年くらいだろうか?
身長はわかるし、貴族らしい服装も何となく見えるけど、顔は見えなかった。