エルフの里④
里長の提案で、私たちは夕食を一緒に取ることになった。
正直、私はすぐにでも帰りたかった。
根拠はないけれど、この場にいないほうがいい気がしたから。
最初は……。
「これ美味しいですね!」
「そうかそうか! 口に合ってよかったぜ! 人間の客なんざ何十年ぶりだからなぁ!」
「はい! とっても美味しいです! いくらでも食べられますよ!」
「いい食いっぷりだ! 気に入ったぜ嬢ちゃん! どんどん持ってきてやるからたくさん食べな!」
「はい!」
豪華な料理を振る舞われて、私の不安はどこかに消えてしまった。
森が育んだ食材を使った料理は、独特な味付けだけど美味しくて、脂っこくないからパクパク食べられる。
種族の違いもあるから、最初は少し不安だった。
けれどエルフたちは気さくに話しかけてくれるし、いい人たちばかりだ。
「……お前、馴染みすぎだろ」
「ふぇ? そうですか?」
「もう少し緊張感を持て。俺の騎士として来ていることを忘れるなよ」
「大丈夫です! いざという時はちゃんとお守りします!」
「だといいがな」
殿下はあまり楽しんでいない様子だった。
宴会は豪勢に執り行われ、エルフたちも楽しそうに会話をしたり、ダンスを踊ったりと華やかだ。
こういう楽しい時間は、種族の違いなど感じない。
私が感じていた不安は何だったのだろう?
今は思い出せない。
ふと、視線の先に彼女がいた。
「あの子……」
私たちを攻撃した弓使いの女の子だ。
皆が楽しそうにしている中、退屈そうに外を見つめていた。
気になった私は、食べ物を持って彼女に近づく。
音で気づき、振り向く。
「こんばんは」
「な、なんだよ?」
「食べないんですか? 美味しいですよ?」
「私はいらない! お腹空いて――」
ぐぅーと、お腹の音が鳴った。
彼女は顔を真っ赤にする。
「今のは違う!」
「ふふっ、一緒に食べましょう」
「いらないって! 私は見張りだから食べちゃダメなんだよ」
「そうなんですか? いいじゃないですか、ちょっとくらい。誰も見てませんよ?」
みんなお祭り気分に騒いでいて、こちらに視線を向ける者はいなかった。
殿下が気づいている様子だけど、里長や若いエルフに囲まれて困った顔をしている。
「バレて怒られるのは私なんだぞ……」
「その時は、私が無理やり食べさせたってことにしましょう。そうすれば、怒られるのは私だけです」
「お前……」
「ミスティアです。あなたはリズちゃんでいいですか?」
「ちゃ、ちゃんはやめてくれ。なんかむず痒い」
「じゃあ、リズ! 一緒に食べてください。私からのお願いです」
「……わかったよ」
彼女が少し嬉しそうに微笑んだ。
宴会の中心からは外れた位置で、木々の間から夜空が見える場所で腰を下ろし、一緒に食事をとる。
お腹が空いていたのだろう。
あれだけ嫌がっていたのに、がつがつと食べていた。
まるで数日ぶりの食事をしているみたいだ。
「美味しいですよね。ここの料理」
「そうだな」
「リズは好きじゃないんですか?」
「……こういうの、あまりないから」
宴会の話だろうか?
今日が特別で、料理もそれ用に豪華なのだろう。
「そうだ! あの弓矢凄かったですね!」
「な、なんだよ急に」
「思い出したので! 追尾してくるし、木の矢なのにすごい貫通力でした。ただの弓矢じゃありませんよね?」
「……ここで育った木を加工したものだよ」
彼女は腰に背負っていた弓と、矢筒を見せてくれた。
矢筒の中身は空っぽだ。
木製の弓は思ったより軽い。
「見た目はただの木の弓ですね」
「魔力の通りがいいんだ。普通の木じゃないから」
「なるほど! やっぱり魔力が込められていたんですね。じゃあ追尾するのも魔法ですか?」
「違う。込めた魔力で遠隔操作してるだけ」
「魔力の遠隔操作! エルフはそんなことできるんですね」
身体から離れた魔力を操作するなんて、少なくとも人間には不可能な芸当だ。
エルフは魔法使いとしてのセンスが高い種族と聞いている。
それだけじゃなく、魔力操作も卓越しているみたいだ。
「羨ましいなぁ」
「……エルフがか?」
「はい! 魔力の遠隔操作ができれば、もっと強くなれますから! やっぱりすごいですね!」
「……エルフなんて凄くないよ」
「え?」
ぼそっと漏れたのは、彼女の本音のように聞こえた。
「リズ?」
「……」
静寂が続く。
そういえば、どうして彼女だけ宴会に参加していないのだろうか。
エルフたちの輪に入れていないように感じる。
「リズは、エルフが嫌いなんですか?」
「別に……」
「人間のことも、あまり好きではありませんよね?」
「……どっちも同じだ」
「同じ?」
「私は親の片方が人間なんだよ」
人間とエルフのハーフ?
よく見ると、他のエルフたちよりも耳が短い。
純粋に子供だからだと思ったけど、宴会に参加している同じくらいの背丈の子たちは、みんな長かった。
「この里で私だけだ。エルフにも、人間にもなれない半端者は……」
「それ……誰に言われたんですか?」
「……」
ああ、そうか。
彼女が馴染めていないのは、この里で唯一、人間の血が混じっているから。
今の言葉も、里の誰かに言われたんだ。
「酷いですね! そんなの!」
「え……なんで?」
「生まれや種族で差別するのはよくないことですよ。リズは頑張って門番の役目を果たしているじゃないですか!」
「……なんで、お前が怒ってるんだよ」
「腹が立ったからです! 他と違うからとか、生まれがよくないとか。そんな理由で他人を判断するのは傲慢ですよ」
私も似たような扱いを受けてきたから、彼女の気持ちがわかってしまった。
だからまるで、自分のことのように苛立った。
目の前で楽しそうに宴会をしているから、余計に……。
この輪に入れず、入ることも許されず、一人寂しそうに夜空を見ている彼女が、かつての自分と重なった。
「安心してください! 私はエルフでも、人間でも気にしません! リズはリズです! 弓兵としての実力は本物ですから! 自信をもってください!」
「……ぷっ」
「リズ?」
「なんだよ、ホント……変な奴だな」
初めて、彼女が笑った。
年相応の笑顔が見られて、私はホッとする。
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