エルフの里②
エルフ。
人間の二十倍以上の寿命を持つ種族であり、その歴史は人類よりも長い。
彼らは森と共に生きる種族である。
魔法使いとして優れた才能を持ち、その技術は大昔に人類に継承され、今尚現代魔法に影響を与えている。
言わば、人類の魔法の先生である。
「エルフの里が王都からこんな近くにあるんですか?」
「ああ。このことを知っているのは一部の人間だけだ。数十年前までは交流もあったららしいぞ」
「そうだったんですね! 知りませんでした」
「当然だろう。俺も行くのは初めてだし、今は交流もない」
私たちは王都から南へ進んだ大森林を歩いている。
大魔獣と戦った地形と似ているが、植生は全く異なる。
木々の一本が大きい。
根が地面から突き出し、それだけで私の身長を軽く超えていた。
「すごい木ですね。それに……」
「魔力を感じるだろ?」
「はい」
僅かに魔力を感じる。
木々というより、森全体に流れているみたいだ。
「エルフは植物に魔力を流して、里を守っているんだ」
「魔法陣も介さずに、植物に直接? そんな器用なことができるんですね」
「お前でも無理か?」
「試したことがないので……」
剣や道具には魔力は流せない。
あれは纏わせているだけだ。
植物には命が宿っているから、魔力を内側に流すことができる。
ただし生物とは違った構造故に難しい。
「森全体に馴染ませているとなると、凄まじい年月をかけたのがわかりますね」
「この森自体が、彼らの家なんだよ」
「詳しいですね。来られるのは初めてとおっしゃっていましたけど……」
「初めてだ。ただ、亜人種に関してはいろいろ調べて知っている。それだけだよ」
なぜか殿下は寂しそうな顔をされた。
ふと、殿下が立ち止まる。
「気配が変わったな」
「はい」
森の雰囲気が変わる。
明らかな敵意が、私たちに向けられていた。
「何者だ! ここに何をしに来た?」
女の子の声?
森のどこからか聞こえる。
視線は感じるのに、方角がわからない。
「俺はラインハルト・グランツ! グラニカ王国の第一王子だ」
「王子だと? 人間の王族が何をしに来た?」
「聞きたいことがあってな。悪いが通してくれないか?」
「断る! 人間を無暗に入れるなと言われている!」
「ここの里長と王家は交流がある。里長に話をつけてくれないか?」
「それはできない。去れ!」
完全なる否定。
森も私たちの侵入を阻むように、異様な気配を放っている。
「殿下……」
「仕方ないな。こっちも目的がある。悪いが通してもらおう」
殿下が一歩踏み出した瞬間、足元に木の矢が刺さる。
「次は当てるぞ!」
「……ふっ、当ててみろ。臆病者」
殿下が煽る。
瞬間、無数の矢が飛んでくる。
私たちは左右に分かれて避けた。
が、躱したはずの矢が曲がって追いかけてくる。
(追尾してくる?)
「斬り落とせ!」
「はい!」
問題ない。
速度は目で追える。
「落とされた? だったらもっと――!」
矢の雨が降る。
二つに分かれて私と殿下を襲うが、私はその全てを斬るのは難しいので、回避も混ぜながら躱せない矢だけ斬る。
矢が地面や木々に突き刺さった。
(木の矢なのになんて貫通力! ただの矢じゃない……魔力が込められている?)
「面倒だな」
私と同じように殿下だったが、立ち止まって右手をかざす。
気温が一気に上昇した。
「燃えろ」
放たれた火炎が木の矢を全て燃やす。
森の中で炎の魔法を使うのは、周りの木々に引火する恐れがあるためご法度だ。
殿下もわかっていたから使わなかったが、面倒になったらしい。
「お前! 森の中で炎なんて使うな!」
「なめるな。制御くらいはできる」
エルフの意識が殿下に向いた。
私への攻撃が止まる。
引き付けているうちに、私はエルフの気配を辿る。
木々に流れる魔力で隠れているけど、私なら……。
「この、調子にのって……」
「俺ばかり見ていていいのか? そろそろ見つけるぞ」
「は? 何を――」
「見つけた!」
木の上に隠れていた小柄なエルフに飛び掛かる。
見つかるなんて想定外だったのだろう。
驚いた彼女は足を踏み外した。
「危ない!」
私は咄嗟に彼女を抱きかかえる。
そのまま落下したら大変だ。
「まったく、世話が焼ける」
「ありがとうございます。殿下」
殿下が魔法で浮かせてくれた。
地面ギリギリ。
何とか無事に着地する。
綺麗な青い瞳のエルフは、私のことを不思議そうに見つめる。
「お前……なんで助けて……」
「え? 危なかったですよね?」
「……! 離れろ! 人間は追い払う! それが私の役目なんだ!」
彼女は暴れて戦おうとする。
また弓で打たれては大変なので、私は離れない。
「話を聞いてください! 私たちは戦いに来たわけじゃないんです!」
「うるさい! 人間は通さない! それが出来なきゃ私は――」
「やめなさい! リズ」
「――! 里長!」
いつの間にか、森に道が出来ていた。
まるで木々が避けたように。
現れた老エルフと、数名のエルフの男性たち。
敵意はない、けど……。
「あなたが里長か?」
「その通りです。グラニカ王国第一王子殿、お会いできて光栄です」
「俺のことも知っているか。話が早いな。聞きたいことがあってきた。話をさせてほしい」
「……わかりました。どうぞ中へ。リズ」
「はい!」
「お前も一緒に来なさい」
「はい……」
彼女、リズは少し怯えている様子だった。
何かがおかしい。
不自然だ。
種族が違うから感じる違和感なのか?
それとも……。




