青春に憧れて⑥
魔力には個人差がある。
同じ川の流れでも、地形や環境によって流れが異なるように。
人の身体を流れる魔力にも、わずかながらに差があった。
それはどれだけ修練を積んでも完全には隠せない。
私は一度でも見た魔力の流れを忘れない。
初めて見た時、綺麗だと思った。
つい数時間前に見た見たのだから、忘れるはずもない。
紛れもなく……。
「ジーナス先生?」
「っ……」
「――!」
彼は転移の魔法陣を展開する。
この場から逃走を試み、瞬時に殿下が動いた。
展開された魔法陣に、魔力を込めた剣を投げつけることで、魔法発動を阻害する。
魔法陣を破壊、もしくは流れを乱すことで、魔法発動は止まる。
転移に失敗した彼は応戦するが、肉弾戦で殿下に勝てるはずもなく、簡単に制圧され、地面に組み伏せられてしまった。
「ぐはっ!」
「逃がすわけがないだろう? まさか教員がこんなことをしていたとはな? ジーナス・ウォード!」
殿下はフードを破り取った。
間違いない。
素顔を晒したのは、私に講義をしてくれた先生だった。
「こうも早く見つかるとは思いませんでしたよ。魔力の痕跡は、可能な限り消したはずだったのですが……」
目が合う。
「あなたですね? ミスティア・ブレイブ」
「どうして……」
「ここは何だ? 生徒を攫って何をしていた?」
「ぐっ……」
殿下はジーナス先生を地面に押し付ける。
その表情には怒りが宿っていた。
「み、見ての通り実験場ですよ。人間から魔力を抽出し、それを物質化するためのね」
「魔力の抽出だと? そんなことしていたのか?」
「ええ、私の悲願ですから。魔力量と魔法を扱うセンス。それらは努力しても得られない。生まれた時点で確定している。それはあまり不平等だ! ならば持つ者から奪い、待たざる者に与える方法はないか!」
「貴様……」
「殿下。あなたにはわからないでしょうね……持たざる者の苦悩が、圧倒的な敗北感……あなたにはわかるでしょう? ミスティア・ブレイブ」
先生は私を睨む。
期待して、同意を求めるように。
「あなたと私は同類だ」
「……」
「ふざけるな。こいつは他人から奪おうとはしないぞ。愚直に努力し続けて、弱い自分と向き合っている。お前のような外道と一緒にするな」
「殿下……」
「事実を言っただけだ。お前も一々考え込むな」
「はい!」
私は違うと、殿下が言ってくれた。
これほど心強い言葉があるだろうか。
「お前にはいろいろと聞かせてもらう。ミスティア、生徒たちの状態を確認しろ。解放できそうなら頼む」
「はい!」
「触るな! 私の研究の全てだぞ!」
「黙れ! 人の命に触れるな、外道が」
私が殿下から離れ、装置に近づいた。
刹那。
大きな魔力の流れが現れる。
「おいおい、捕まったなら自害しろよ」
「――!」
「殿下!」
先生と同じく全身をフードとローブで身にまとい、それでも隠しきれない大柄な体系。
身の丈ほどある巨大な剣を振るう。
殿下は咄嗟に転がり、攻撃を避けた。
「があああああああああああああああ!」
「うるせえ。さっさと死ね。役立たずが」
「おっ……」
「先生……」
大剣で腹を貫かれ、先生は真っ二つになり絶命する。
男は同じ格好をしている。
背中には黒い花の模様が描かれていた。
「殿下! 無事ですか?」
「気を抜くな。構えろ!」
「そうだぜ」
「――!」
眼前に迫る巨体。
男は拳を振るい、私は剣でそれを受け止める。
が、止めきれない。
(押し負ける……)
「どこを見ている」
「うおっと!」
背後から奇襲をかけた殿下の剣を、男は宙へ跳ぶことで回避。
天井に足をつけ、斜めに跳んで距離をとり、四方八方を跳び回る。
(何? この動き……)
「まるで獣だな」
「はっはっ! 捕らえられるかよ! 天才様よぉ!」
「舐めるな」
着地した瞬間、男の足が凍結する。
殿下はタイミングを計り、神業のような速度で魔法を発動。
男の足を止めた。
無論、すぐ解かれる薄い氷だ。
だが一瞬でも止まれば、こちらから攻撃できる。
殿下の剣と、男の大剣が交錯する。
「いいな。狭い場所での戦い方もよくわかってるじゃねーか」
「お前は戦いにくそうだな。そのデカい剣では」
今度は私が背後を狙う。
しかしこれを予測していた男は、背後の私に回し蹴りを放つ。
ギリギリで回避し、懐へ。
横薙ぎの斬撃、がら空きの胴を狙い、金属音に阻まれる。
彼は片腕に手甲をつけ、防御していた。
「女のも悪くねーな。よく見えてるじゃねーか」
「硬い……」
魔力で強化されている。
だけじゃない。
この違和感は……。
「だが時間だ。楽しみは次の機会に取っておくぜ」
「――! 離れろミスティア!」
「はい!」
空間が歪み、黒いアギトが生成され、男を飲み込んだ。
攻撃ではなく、転移の類だ。
一瞬にして魔力の痕跡が絶たれる。
「逃がしたか」
「申し訳ありません」
「いや、今のは仕方ない。それに……」
死体になった先生を見下ろす。
「今はこの場所の処理が先だ」
「はい」
◇◇◇
囚われていた生徒たちのうち、半数は実験前で眠らされていた。
よって目立った外傷はなく、治療を受ければすぐに親元に戻れるそうだ。
ただ残り半分は、実験で身体をいじられ、魔力を失っている。
治療を受けているが、おそらく回復は難しいだろう。
魔法使いとして生きていくことはおろか、日常生活への復帰も……。
「半数でも助かったことは奇跡だ」
「そうですね……」
やるせない気持ちはある。
先生は殺され、殺した相手には逃げられた。
これを解決と呼ぶには、格好悪い。
「切り替えろ。俺たちは負けたわけじゃない」
「殿下……はい」
学園での仕事は終わった。
それは私の短い学園生活……青春の終わりを意味している。
二人には機会を見つけて感謝を伝えよう。
もうあの学び舎で講義を受けることはないだろうけど、せっかくの繋がりは大事にしたいから。




