青春に憧れて④
フィーナ・アントークとジン・パスウェル。
二人とも王都出身ではなく、辺境領主の生まれらしい。
小さい頃からの知り合いで、いわゆる幼馴染だとか。
「だから砕けた感じなのですね」
「腐れ縁ですよ。こいつが無茶ばかりするから、昔から俺が見張っていたんです」
「ジンだって悪さして、よくお父さんに怒られてたくせに」
「む、昔の話だろ!」
すぐ喧嘩を始めてしまうのも、二人の心の距離が近い証拠だった。
少し羨ましい。
私には、そういう相手がいないから。
「ミスティアさん、昨日もいらっしゃってましたよね? 殿下とご一緒に!」
「今日は一人なのですか?」
「はい。実は……」
私は事情を説明する。
ちょうど情報も聞きたかったところだ。
「失踪事件ですか。確かにここ最近、何人か行方不明になってるみたいですね」
「怖いですよねー。しかも不思議なことに、学園の中でいなくなるって話ですよ?」
「中で?」
二人はこくりと頷く。
フィーナが続ける。
「私も噂で聞いただけですけど、ある日に普通に学園に通っていた生徒がいて、友人といつも一緒に帰っていたらしいです。で、いつものように帰りの時間に待っていても来なくて、先に帰ったと思ってその一人も帰りました」
「明日は怒ってやろう。そう思っていたそうです。ただ……翌日になっても友人は来なかった。不安になって家を尋ねたら、帰って来ていないと」
「そうです! 怖いのはここからで、その人が学園の警備をしている騎士さんに尋ねたんです。彼は見なかったかと。そしたら騎士さんは見ていないって答えたそうです」
二人の話によれば、警備の騎士は生徒の顔を覚えているらしい。
不審者を見分けられるようにするためだとか。
いなくなった日もその前後も、同じ騎士が警備を担当していた。
つまり、学園の門を通っていれば、必ず彼が見ている。
「鉄柵を越えて出て行ったということでしょうか?」
「それは考えにくいですね。あれは不審者対策に結界が張られていて、不用意に近づくと音が鳴ります。その日は静かでした。それに生徒が鉄柵から出る理由がありません」
「確かに……」
ジンさんの言う通り、理由がない。
となれば、失踪した生徒は学園内から出ていない。
ならばまだどこかに?
失踪事件が学園で起こっている理由とも、何か関係があるのだろうか?
「あ、そろそろ講義の時間だよ。ジン」
「そうだな。ミスティアさんはどうされますか?」
「えとと、私は部外者なので講義は出れません。終わるまではどこかで時間を潰します」
「じゃあ一緒に受けませんか! 講義!」
「え?」
思わぬ一言にキョトンとした表情を見せる。
彼女は無邪気に言う。
「講義って一時間半あるから、その間聞き込みできないじゃないですか! だったら一緒に受けて時間を潰しましょうよ!」
「で、でも私は部外者で」
「フィーナ、ミスティアさんを困らせるな。殿下の騎士になるような人だぞ? 講義なんて聞いても退屈なだけだ」
「そうなんですか? うーん……」
「いえ、退屈というわけじゃ……本音を言えばちょっと興味はあります」
私には縁遠い場所だ。
こうして学園の敷地に入れただけでも奇跡に等しい。
講義を受けるなんて贅沢は望めない。
ただ、羨ましいと思った。
「だったら一緒に受けちゃいましょう! ほら、あの先生に頼んだら許してくれないかな?」
「ジーナス先生か? まぁあの人は優しいからな……ミスティアさんが希望されるなら、俺たちで先生に相談しますよ」
「いいんですか?」
「はい。ミスティアさんは俺たち身分の低い貴族にとって、希望の星ですから」
希望の星……そんな風に思ってくれていたのか。
私は知らぬ間に、見知らぬ誰かの期待を背負っていたらしい。
◇◇◇
「講義を? もちろん構いませんよ。調査の一環、ということにすれば問題ないでしょう」
「やった! ありがとうございます! ジーナス先生!」
「こら、はしゃがないでください。道具が落ちます」
「す、すみません。えへへ」
ジーナス・ウォード。
昨年から学園の教師となり、豊富な知識と人当たりの良さから生徒に人気がある。
事前に読んだ資料にその名があった。
確かに優しそうな人だ。
メガネと笑顔がよく似合う。
「お気遣い感謝します。ジーナス先生」
「いえいえ、私も光栄です。あの殿下の専属騎士に講義を受けてもらえるなんて」
「そんな。私は魔法使いの素質がありません。この場にいることが場違いです」
「ご謙遜なされずに。魔法を使うだけが魔法使いの素質ではありません。魔力の流れが一定だ。相当訓練されているでしょう?」
凄いな。
一目見ただけで、魔力流れを感じ取れるのか。
「魔力操作には、ちょっと自信があります」
「素晴らしいことです。それも魔法使いとしての才能の一つ。どのような訓練をされたのか、ぜひご教授いただきたいほどですよ。おっと、そろそろ講義の時間だ。ぜひ楽しんでください」
「はい!」
ただ優しいだけの先生じゃない。
よく生徒を見ているし、魔法使いとしての技量も確かなのだろう。
この人が私の先生だったら、私も今よりもっと魔法が上手く使えていたかもしれない。
できればもっと早く出会いたかった。
それから講義を一緒に受けて、お昼ご飯も二人に混ざって食べた。
午後の講義もせっかくだからと参加させてもらった。
まるで学園の生徒になったような気分だ。
楽しい。
ああ、これが――青春なんだ。