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プロローグ②

 お父様がなくなって、一週間が経過した。

 葬式が執り行われ、遺体は火葬された。

 酷い状態だったから、子供には見せられないと言われ、お母様だけがお父様の遺体を確認した。

 お母様は初めて見せるほど青ざめていた。

 当然だろう。

 大切な人の悲惨な姿を見て、平静でいられるはずもない。

 お母様は何度も謝りながら、私のことを抱きしめた。

 

 お父様がなくなったことで、ブレイブ家の当主はお母様が引き継いだ。

 当然ながら、今まで通りではいられない。

 ブレイブ家は騎士の家系だ。

 お父様の存在が、ブレイブ家を支えていた。

 今のブレイブ家は、大きな柱を失い、不安定な状態にある。

 騎士の家系に騎士がいない。

 それはそのまま、ブレイブ家の存在意義を失うことを意味する。

 放置すればいずれ、貴族としての地位も失われ、ブレイブ家の名は消えるだろう。


「大丈夫よ。私に任せて」

「お母様……」

「ミスティアは何も心配しなくていいわ」


 お母様は一人、ブレイブ家を存続させるために奮闘した。

 懇意にしてくれている貴族に支援を相談したり、新たな騎士を外から迎え入れられないかも検討した。

 しかし、当主を失ったブレイブ家に対する周囲の評価は冷ややかだった。


「当主を失ったんだ。ブレイブ家も終わりだろう」

「可哀想になぁ。確か子供がまだ十歳くらいじゃなかったか? その子が騎士になるのを待てばあるいは……」

「無理だろう。息子ならともかく、生まれたのは娘だ。女性の騎士は大成できない。そう甘い世界ではないよ」

「うむ。名門の一つがなくなるのか」


 元々、ブレイブ家の評判は落ちていた。

 理由は明らかだ。

 代々請け負ってきた王族専属騎士から外されてしまったことが大きい。

 お父様はブレイブ家の威厳を回復させるために、騎士として功績を積み、再び専属騎士の座に返り咲こうと奮闘していた。

 道半ばで命を落とし、残されたのは母と幼い私の二人だけ。

 周囲が終わりだと噂するのも当然だろう。

 それでもお母様は諦めていなかった。

 なんとかブレイブ家を建て直そうと必死に足掻いていた。

 私もお母様を支えたくて、何かできることはないかと考えたけど……。


「お母様! 私もお手伝いします! 何でも言ってください!」

「ありがとう。ミスティア。大丈夫、私に任せて」

「でも……」


 私は知っている。

 お母様は最近……お父様がなくなってからほとんど毎日寝ていない。

 寝ている時もうなされている。

 何度も、何度もお父様の名前を口にして、涙でベッドを濡らしていることに……。

 辛そうなお母様を見て、私も何かしたいと思う。

 ただ、お母様の力になるには、私はあまりにも幼く、弱かった。

 今の私にできることがあるとすれば、お父様の教えを忘れず、剣術の稽古に励むことくらいだ。


「頑張らなきゃ」


 一人で剣を振るう。


「一、二、三――」


 お父様に教わった剣の振り方を、何度も反芻する。

 始めた頃よりも、確実に上達はしているだろう。

 実感はある。

 けど、誰も褒めてはくれない。

 褒めてくれていた人は、もうこの世にはいない。

 訓練を終えて……。


「終わりました! お父さ……」


 よくやったと、言ってくれる優しい笑顔はどこにもなかった。

 なんて虚しいのだろう。

 涙が出そうになる。

 私はぐっとこらえた。

 辛いのはお母様も同じだ。

 泣いている私を見れば、きっとお母様はもっと無理をする。

 私がもっとしっかりすれば、お母様も頼ってくれるはずだ。

 早く大人になりたいと、心から思う。

 時間は残酷なほどに平等で、どれだけ願っても、一秒は縮まらない。


 そして……。


「お母様!」

「……大丈夫……よ……」

「だ、誰か! お母様が!」


 お母様は過労により倒れてしまった。

 度重なる疲労、睡眠不足とストレスが原因だった。

 一人で家を支えるため、お母様は頑張りすぎてしまったのだ。

 私はベッドで横になるお母様の手を握る。


「お母様……」

「大丈夫よ。すぐに元気になるから」

「……はい」


 私が力いっぱい手を握ると、お母様も握り返してくれた。

 離したくなかった。

 お父様のように、どこかへいなくなってしまう気がして。


 ただの疲労だった。

 休めば回復すると、お医者様もおっしゃっていた。

 けれど、不運は続く。

 歴史的にみる大寒波の影響で、外は雪が積もるほどの寒さに見舞われた。

 質の悪い流行病が流行し、使用人の一人が外から病を持ってきてしまったのだ。

 それが屋敷内でも蔓延し、お母様も病に倒れた。

 元々身体は強いほうではない。

 疲労で弱っている身体に、流行病は効果的に働いてしまった。

 お母様の容体は悪化の一途をたどり、あっという間に帰らぬ人となってしまった。


「ミスティアお嬢様、奥様は……」

「お母様! お母様! 返事をしてください! お母様ぁ!」


 何度呼びかけても、お母様は眠ったまま目覚めなかった。

 お父様がなくなって僅か半年のことだ。

 まるで後を追いかけるように、お母様もこの世を去った。


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