青春に憧れて①
大魔獣アランドラス。
大陸北部の活火山地帯で誕生したサラマンダーの亜種。
巨大な鱗に覆われた内側には、火山と同等のエネルギーが込められている。
本来、アランドラスは高温多湿の環境を好む。
だからこそ、生まれた活火山付近から出ることはなかった。
故に、誰もアランドラスの存在を認知していない。
誕生して百余年。
大魔獣が移動を開始したのには、とある理由があった。
「凄まじいですね」
「ははっ! いいじゃねーか。あれが当代きっての大天才様の実力ってわけか」
アランドラス討伐の瞬間を、遥か上空から見下ろす人影が二つ。
どちらもフードで顔を隠していた。
一人はガタイのいい男と、もう一人じゃ声の細い女性。
彼らが羽織るマントの背中には、黒い花のマークが描かれている。
「にしても期待外れだったな。あのまま王都まで突進してくれりゃ、甚大な被害が出たっていうのによう」
「簡単ではありませんね。王都を陥落するのは……仮にたどり着いたとしても、同じように彼に阻まれていたでしょう」
「一番の障害はやっぱあの男か」
「はい。第一王子ラインハルト・グランツ。彼を排除しなければ、私たちの悲願は達成できません」
「へっ、いいじゃねーか! わかりやすくてよぉ」
男は両拳を叩きつける。
およそ人の拳とは思えない高い音が響く。
「殺気が漏れていますよ」
「この距離じゃ気がつきゃしねーよ」
「……」
「つーかよぉ。予定と違うなぁ……あれ、誰だ?」
二人が見下ろす先には、ラインハルトに救出された一人の女性がいた。
彼女はアランドラスと戦うラインハルトを援護し、群がるワイバーンを単騎で蹴散らした。
ワイバーンは一体ずつでも強力な魔物で、群れを成した状態なら、街一つを支配することも可能と言われている。
アランドラスを倒したラインハルトも驚異的だが、彼女も十分な実力者として、彼らは認識した。
「ワイバーン込みなら、ラインハルトも多少は手傷くらい負っていただろうぜ」
「報告では最近、専属騎士を雇ったとか」
「騎士? あの強さがあって護衛なんざ必要ねーだろ? どんな風の吹き回しだぁ?」
「わかりません。ですが……彼が騎士に選ぶだけの素質はあるようですね」
「それはそうだな。しっかしなんだ? あの剣技……どっかで見覚えが……!」
男は何かに気づいたように目を大きく見開く。
「ルド? どうしましたか?」
「……いや、面白くなってきたぜ」
背中に背負う黒い花に込められた意味は、復讐。
◇◇◇
巨大魔獣を倒した殿下の一撃。
綺麗だった。
聖なる光を束ねて放つ聖属性最大火力、ホーリークロス。
神の裁きとも呼ばれている大魔法。
本来なら、魔法使い数名が同時に詠唱し発動させる魔法を、一人で十秒足らずで完遂。
まさに大天才だ。
それに比べて私は……。
「はぁ……」
「情けない奴だな」
「……すみません……って! なんで殿下が私の部屋にいるんですか!」
勢い余って殿下に対してツッコミを入れてしまった。
殿下は呆れた顔をする。
「見舞いにきてやったんだ。有難く思えよ」
「ど、どうもありがとうございます」
なんて上から目線なのだろう。
いや、実際上なのは間違っていないのだけど……。
ノックもせずに女の子の部屋に入ってくるのは、殿下でもよくないと思う。
「たかがワイバーン程度と戦って、疲労で倒れるとはな」
「たかがって……ワイバーンも強力な魔物ですよ?」
「俺が戦っていた大魔獣のほうが何十倍も強かったぞ?」
「うっ……その通りです」
殿下は怪我一つなく、ケロっとしている。
対する私はというと、ワイバーンとの戦闘でリミットブレイクを限界ギリギリまで使用し、反動で体中がバキバキに痛い。
魔力は回復しているけど、とても騎士として働くのは無理なので、一日お休みを貰うことになった。
「それでも俺の専属騎士か?」
「も、申し訳ありません……」
彼に認めさせるどころか、逆に足を引っ張ってしまった。
口では殿下の隣に立てる騎士になると豪語しておいて、この体たらくは情けない。
ため息が零れる。
「まぁ、お前のおかげで楽に勝てた。いないよりはマシだったな」
「え……」
「恐怖しながらも前に進んだ勇気は評価しよう」
「殿下……」
「勘違いするなよ。他の奴よりマシだというだけで、お前はまだ俺の隣に立つには程遠い」
「わ、わかっています!」
殿下は微笑み、私に背を向けて去って行く。
「ならいい。さっさと回復させて、明日からきっちり働け」
「はい!」
そう言い残し、殿下は私の部屋から出て行った。
「……結局何をしに来たんだろう」
特に用事もなく、ただ少ししゃべって帰ってしまった。
殿下が去って数秒後、ステラが部屋に戻ってきた。
「お待たせしました! さっき殿下とすれ違ったのですが、来られていたんですか?」
「はい。少しお話しました」
「話だけですか? 何か用事があったのでは?」
「いえ、特には」
なかった、とね?
ステラは考え事をして、驚いた表情で言う。
「珍しいですね。殿下が肉親以外で心配されるなんて」
「心配……してくださったのでしょうか」
「そうでなければ、わざわざ用事もないのに顔を見にきたりしませんよ。ミスティアさんの容態を確認したかったのでしょう」
「そう……だったんですね」
確かに殿下は、見舞いにきたと言っていた。
まさか殿下に心配してもらっていたなんて……。
厳しい言葉をかけながらも、彼なりに気遣ってくれていたことに、私はほっこりする。