大魔獣討伐戦⑤
魔物たちの不自然な群れ。
その原因を確かめるべく、彼らの道のりを辿った。
たどり着いたのは、森の奥地にある大渓谷。
そこに答えはあった。
「で、殿下……あれは――」
「そういうことか」
魔物たちはただ移動していたわけじゃない。
逃げていたのだ。
自分たちの棲家を脅かす恐ろしい存在から。
それはあまりにも巨大だった。
強靭な顎と怖い顔つきは、ドラゴンのそれだ。
翼はなく、四本の足でゆっくりと地面を歩いている。
動きは遅く見えるが、巨体故に移動速度は速い。
巨大なはずの渓谷を、さらに削って広げながら歩いている。
「ドレイクの亜種か? だがこの大きさは初めて見るな」
「わ、私もです。これは……災害指定の大魔獣ですよ」
「ふっ、こんなものが縄張りを踏みつけてきたら、さぞ肝が冷えるだろう。魔物たちは災難だったな」
殿下が渓谷に近づく。
「まさか、戦うおつもりですか?」
「当たり前だろう? そのために来たんだ」
「あれは災害級です! 都市を単独で破壊できるほどの魔獣を、いくら殿下でもお一人では!」
「……そうか。ならお前は見ていればいい」
殿下は少し、ガッカリした表情を見せた。
その理由を悟る。
彼は私が、共に戦うと思ってくれていたのだろう。
一人と言ってしまったことに、落胆させてしまった。
情けなさがこみ上げる。
でも、明らかに人の手にあまる巨体。
大きさはそのまま強さに直結する。
ちょっと長いだけの剣で、あの巨体と戦うことはできない。
「じゃあ。巻き込まれないようにしていろ」
「殿下!」
怯える私を置いて、殿下は渓谷に降りた。
そのまま両手を前で合わせ、超巨大な火球を生成する。
「小手調べだ!」
メテオストライク。
炎系魔法の最大火力を、詠唱も魔法陣もなしに発動、発射した。
恐ろしいのは威力を損なっていないことだ。
放たれた火球は大魔獣の背中に直撃する。
しかし――
「無傷!?」
あの一撃を受けて一切のダメージを感じさせない。
それほどの硬度。
大魔獣は殿下の接近に気づき、大きな目をギロっと動かす。
睨まれただけで震えあがりそうな圧力に、殿下は笑みをこぼす。
「いいぞ! だったら火力を上げてやろう!」
メテオストライクを三発同時に生成、発射する。
純粋に三倍の威力。
が、これでもダメージにはならない。
「足りないか。ならば複合で――!」
(ワイバーン!? 渓谷を縄張りにしていた奴らか? いや、背中に飼っていたのか!)
「ちっ」
「殿下!」
ワイバーンの群れが殿下を襲う。
おそらく殿下は、大魔獣を倒すだけの火力を引き出そうとしている。
いくら殿下でも、あの巨体を葬る火力を一瞬では出せない。
時間がいる。
その時間をワイバーンが潰しにかかっていた。
大魔獣が尻尾を振り、地響きが鳴る。
「立ち上がった!」
そのまま前足を振り下ろし、殿下を攻撃する。
殿下は空中を蹴って移動し、それを回避した。
攻撃は渓谷の壁に当たり、崩れ始める。
あの一撃だけで、王城を破壊できるだろう。
食らえば即死だ。
「面倒だな!」
「……」
私は何をしている。
見ていることしかできない自分が恥ずかしくて、悔しかった。
こんな時、お父様ならどうする?
実力不足を理解した上で……。
「――っ!」
私は歯を食いしばり、渓谷に身を投げ出した。
「殿下!」
「ミスティア?」
殿下に群がるワイバーンを落下しながら斬り倒す。
そのままワイバーンの背を踏み台にして、次のターゲットに迫る。
私は飛行魔法が使えない。
この方法でしか、空中で戦えない。
「私がワイバーンを引き付けます! 殿下はあれに集中してください!」
「――できるのか? お前に」
「やってみせます!」
私は弱い。
あの大魔獣に届く刃を持っているのは、殿下だけだ。
今の私にできることは、殿下を魔獣に集中させること。
すでにリミットブレイクは発動済みだ。
大魔獣の動きはわからなくとも、殿下とワイバーンの動きを予測し、私が殿下を守る。
それくらいならできる。
否、やれなくちゃ、ここにいる価値はない!
「ふっ、いいだろう。十秒だ!」
「はい!」
殿下は両手を合わせ、魔法発動に集中する。
その間、私が守る。
ワイバーンを一匹も近づかせるな。
「次!」
倒すほどに私の足場がなくなる。
この高さから落下すれば、いかに魔力で強化していても無事ではすまない。
後のことを考えるな。
今はただ、この一秒を生き抜くことだけ考えるんだ!
お父様ならきっとそうする。
自身の平凡さを言い訳になんてしない!
七、八――
大魔獣が殿下に顔を向け、顎を開く。
魔力が集中している。
咆哮を放つつもりだ!
殿下の準備はまだ終わっていない。
残り二秒!
「おおおおおおおおおお!」
倒したワイバーンを踏み台にして、渾身の力で剣を振り下ろし、大魔獣の脳天に叩きこむ。
私の攻撃なんて大した威力にならない。
それでもいい。
一瞬でも、気を逸らせる。
「がっ!」
攻撃をした私が、反応で吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
大魔獣が怒りの視線を私に向けた。
情けない。
これが今の私……でも――
「十秒です。殿下!」
「よくやった」
光の十字架が、空に浮かぶ。
複数の魔法を合わせた高等技術。
複合魔法――
「ホーリークロス」
聖なる十字架が、大魔獣に突き刺さる。
硬い皮膚を貫通し、内部に突き刺さった十字架が、聖なるエネルギーを拡散させ、爆発。
その衝撃が内部に届き、大魔獣は内側から破壊された。
「すごっ……あ」
忘れていた。
この後、落下をどうしのぐのか。
魔力も尽きた。
このまま落ちたら死――
「世話が焼ける」
「殿下」
殿下が私を受け止めてくれた。
まるでお姫様を抱くように。
「申し訳ありません。足を引っ張ってしまって」
「まったくだ。と言いたいところだが、お前のおかげで楽に勝てた。俺の戦いについてこられたのは、お前が初めてだ」
「殿下……」
「俺と並び立つには程遠いがな?」
自覚はしている。
わたしは未熟者だ。
でも、嬉しかった。
殿下に褒めてもらえたことが……。
「いつか必ず、殿下の隣に立てる騎士になります」
「はっ! ほんの少しだけ、期待してやってもいいぞ」
期待はしていない。
そんな殿下から向けられた小さな期待。
私にとっては、大きな前進だ。
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