大魔獣討伐戦④
殿下は右側から来る魔物に意識を向ける。
必然的に私は、左側へと剣を構えた。
反応は複数。
木々の間から姿を見せる。
「マッドシャーク?」
サメの頭を持つ人型の魔物だ。
手には水色の長槍を持ち、氷や水の魔法を使う。
数は四体とそれほど多くない。
魔法を使われる前に叩く。
私は両足に魔力を集中させ、地面を蹴って一気に加速、マッドシャークたちの中心へ移動した。
マッドシャークたちは槍を構える。
リーチはあちらが上。
だからこそ、距離を詰めて槍の長所を奪う!
「はああああ!」
まずは一匹。
槍を構える前に胴体を真っ二つにした。
続けて次に近いマッドシャークをターゲットにする。
槍の一突きを回避し、腕を切断してから首を刎ねる。
残る二体が槍を投擲した。
私は倒したマッドシャークの身体を掴み、盾に使う。
突き刺さった槍は対象を凍結する。
バラバラに砕けたマッドシャークの身体を蹴飛ばし、目くらましに使う。
怯んだところで接近し、二連撃でほぼ同時に、二体を倒した。
これで終わりじゃない。
自分の分が片付いたなら、殿下の援護に行かなくては。
「殿下は!」
「ん? なんだ。思ったより早かったな」
「……」
殿下の足元に、倒された魔物の頭が転がっていた。
マッドシャークではなく、巨大な大鎌を両手に持つ昆虫タイプの魔物だ。
近接戦闘ならマッドシャークよりはるかに強い。
(トールマンティス……七、八匹?)
私の倍の数を、私より早く討伐していた。
どんな戦いをしたのだろう?
剣術のみか、それとも魔法を使用したのか。
戦闘の痕跡だけでは判断できない。
わかってはいたけど、この人は……
「終わったなら行くぞ。すぐ次が来る」
「はい」
今の私より、はるかに強い。
本当に護衛なんて必要ないくらい。
この人の隣で戦うには、あとどれくらいの壁があるのだろうか。
果てしなく遠く感じる。
それでも……諦めるつもりはない。
「次は私一人で戦います」
「俺が戦ったほうが早く終わるぞ」
「私のお仕事を奪わないでください!」
「頑固だな。いや、だからそこまで育ったか」
周囲を警戒しながら森を進む。
今戦ったのは群れから逸れた一部だろう。
近くに大きな群れがいる可能性が高い。
ここは慎重に……。
「その剣、特注か?」
「え? あ、はい。そうです」
「騎士団が使っている剣よりも長いが、見た目ほどの重さはないな」
「はい。少し軽い素材を使っているのと、刃の幅を全体的に細くしています」
通常の剣よりも長い分、本来ならば重さが増して扱いにくくなる。
体格で不利になる私は、リーチの差でそれを補おうとした。
ただ長くするだけでは遅くなってしまうので、重さを減らし、速度を損なわない形がこの剣だ。
長いから片腰に差すと引き摺るので、背中側に回して持ち歩いている。
「利にかなった剣だ。よく工夫している。並の剣士なら間合いを見切れず一方的に攻撃できるだろう?」
「はい。ですが殿下のように詰めてこられると弱いです」
「その対策で体術だったか。あれも悪くはなかったが、いかんせん軽いな」
「はい」
体術ほど、体格の優劣が大きく出てしまう。
インファイトの対策は、あくまで離れるための手段に過ぎない。
本気で殴り合ったら、私は殿下にまったく敵わないだろう。
「近寄らせない対策が必要だな」
「そうですね。私も一応、いろいろ考えてはいます」
「へぇ、それは楽しみだ。また模擬戦でもするか?」
「いいですね! 戻ったらお願いします!」
「ははっ! 俺を相手に引く気はないか。もの好きな奴だよ」
「私はもっと強くなりたいんです。強くなるために、より強い人を求める。普通のことですよ」
目の前にいるのは、この国で最も強い人だ。
目標となるべき人が近くにいる。
私は恵まれている。
このチャンスを活かせないほど、私は馬鹿じゃない。
「負けず嫌いめ」
「お父様譲りですから」
一度決めたことは、絶対に曲げない。
殿下が立ち止まる。
理由はすぐに気づいた。
「いるな」
「はい」
視線の先に、魔物の群れがいる。
しかし……。
「おかしいな」
「そうですね」
不自然だった。
群れは通常、同じ種類の魔物で構成される。
しかしどうだ?
あの群れは、数種類の異なる魔物が集まっていた。
「お前がさっき戦ったマッドシャーク。あれは水辺を好む生体だ。だがこの周囲に奴らが好みそうな水辺はない」
「トールマンティスも、身体が大きいので砂漠や草原など、見通しのいいところに生息している魔物でしたね」
「どちらもこの森に本来いない魔物。加えて……」
群れの中にも、森にはいないはずも魔物がいくつか確認できた。
不自然な点が多い。
なぜこんな群れが成立している?
私たちは頭を悩ませる。
「魔物が進んでいる方向に何があるんでしょうか」
「街があるが、ノースウェイともズレているな。特に何もない。となれば……」
進んできた方角に何かあるかもしれない。
私たちは同時にその考えに至る。
「群れは騎士団が何とかするだろう。俺たちは原因を探るとしよう。もしかすると、面白いものが見られるかもしれない」
「不謹慎ですよ、殿下」
「気にするな。どうせ俺たちしかいない」
「それは……そうですね」
「行くぞ。怖気づいてはいないだろう?」
「もちろんです」
私は殿下と共に、魔物の群れが来た方角へ進みだした。