大魔獣討伐戦③
アーノルドさんが私を公爵と呼んでくれるのは、お父様に助けられた過去があるからだ。
今は誰も、私を公爵家の人間としては扱わない。
その中でたったひとり、おそらく七年間変わらず、私を公爵家の当主だと思ってくれていたのは、彼だけなのだろう。
ありがとう、お父様。
お父様が守った命が、私を支えてくれています。
その後はお二人の話を聞いていた。
彼のこの国の防衛大臣。
文字通り、国を守るために働く貴族のトップだ。
実質的に騎士団とまとめているのもアーノルドさんである。
「報告は以上です」
「なるほどな。魔物の出現数が例年の倍を超えている……か」
「はい。ここ数か月で増え続けています。現在、騎士団を動員して原因を調査中です」
魔物の討伐も騎士団の任務の一つだった。
見習いだった私にも、ラントさんの部隊と一緒に戦ったことがある。
今の話もラントさんから聞いて知っていた。
最近になって、魔物の動きが活発になってきている。
おかげで騎士団は大忙しだ。
殿下は報告書を眺めながら、難しい表情で問いかける。
「原因の心当たりはあるのか?」
「いえ、まだつかめておりません」
「対処療法か。あまりよくない流れだな」
「申し訳ありません。宮廷魔法使いも派遣しているのですが、中々成果が見られず……」
話を聞きながら、殿下はぺらぺらと報告書を眺め、あるページで止まった。
「ほう、近々大規模な討伐作戦があるのか」
「はい。王都の北にあるノースウェイ周辺で、魔物の群れの大移動が確認されました。現在部隊を編成し、討伐に向けて動いております」
「いつ頃だ?」
「早ければ明日にでも出発する予定です」
「明日か、ちょうどいいな」
殿下は報告書を筒状に丸めて掴み、立ち上がる。
「殿下?」
「その作戦、俺も同行しよう」
「――!」
「殿下が参加されるおつもりですか!」
アーノルドさんが驚いて声をあげた。
私もビックリしたが、殿下は楽しそうに笑って続ける。
「今のままでは進展がないのだろう? だったら手を貸してやる」
「それはありがたいのですが、どうして急に」
「書類仕事ばかりで退屈していたところだったからな」
「な、なるほど……」
アーノルドさんは困った表情を見せる。
殿下の性格を、彼も知っているのだろう。
退屈だから暇つぶしに魔物討伐に参加するなんて、普通の考え方じゃない。
王子が参加するには危険な任務だけど、彼ほどこの国で強い人間がいないことも事実だ。
アーノルドさんも止めなかった。
「それに、お前の力を見る機会としてもちょうどいい」
「私ですか?」
「ああ、もちろん一緒に来てもらうぞ。専属騎士だからな」
「はい! 殿下が参加されるなら、そのつもりです」
実を言うと私も、書類仕事ばかりで退屈していた。
騎士団では毎日訓練で身体を動かしていたから、ただ書類と向き合っているだけというのは、どうしても身体がなまってしまう。
殿下に私の有用性を示すチャンスでもあった。
「お気をつけてください。殿下がご一緒なら心配いらないとは思いますが……」
「心配は無用だ。こいつはそこまで弱くはない」
「殿下……」
「弱いなら、専属騎士に選ぶわけがないだろう?」
「――はい!」
こうして突発的に、魔物討伐の任務に参加することとなった。
危険な任務だけど、少しワクワクしている。
久しぶりの実戦。
それに、騎士団が関わっているなら、ラントさんたちに会えるかもしれない。
不謹慎だけど、笑顔がこぼれそうだ。
◇◇◇
翌日。
私たちは騎士団の魔物討伐任務に同行する……はずだった。
「殿下」
「なんだ?」
「任務に同行する……んですよね?」
「そうだぞ?」
「あの……どうして私たちだけなのでしょうか?」
ここは目的地であるノースウェイの近隣にある大森林。
魔物の群れが確認されたのはここ森周辺だった。
しかし、歩いているのは私と殿下の二人だけ。
騎士団の姿はない。
「俺と二人きりは不服か?」
「そ、そういうわけじゃなりませんけど」
「ははっ、冗談だ。さっきの疑問の答えだが、俺は任務に同行すると言っただけで、騎士団の作戦に参加するとは言っていない」
「えっと、つまりどういう……」
「俺は独自の立場で介入する。騎士団とは別行動だ」
「……」
ああ……そういうことか。
殿下らしい。
騎士団には騎士団の作戦がある。
同行すれば邪魔にならないように、それに参加することになる。
殿下はそれが嫌だったのだろう。
誰かに指示されるのではく、自分の意思で行動する。
アーノルドさんはこうなることがわかっていて、だから心配してくれたのだ。
私は殿下と共に行動するから。
「怖いなら帰ってもいいぞ? 俺は一人でも問題ない」
「帰りませんよ。私は殿下の騎士です。いざという時、私が殿下をお守りします」
「俺を守るか? 俺より弱い奴がよく言う」
「弱くとも戦い方はあります。それに、騎士団で魔物との戦い方も学びました。足手まといにはなりません」
「そうかそうか。頼もしい限りだ」
殿下は気にせず進む。
期待しているのか、していないのか……。
とにかく気を引き締めよう。
気配で察する。
ここはすでに、魔物たちのテリトリーである。
いつ襲ってくるか――
「殿下!」
「わかっている。挟まれたな」
左右から魔力の乱れを感じ取る。
殿下も気づいていて、右側に視線を向けた。
「俺が一人でやってもいいが」
「私も戦います! 殿下こそ下がっていてください!」
「はっ! 無理な相談だ」