大魔獣討伐戦①
テーブルの上に積まれた書類を睨む殿下。
私はそこに書類を追加する。
「次の書類をまとめておきました。こちらも目を通してください」
「……おい」
「なんでしょうか?」
「まださっき追加された分が終わっていないんだが?」
「そうですね。すべて本日中に終わらせてください」
「……確かに堅苦しいのは嫌いだと言ったぞ? だがな? ここまで吹っ切れろとは言っていないんだが?」
苛立つ殿下は私をギロっと睨む。
王族に睨まれたら普通は気圧されて萎縮するところだけど、今の私には心強い味方がいる。
「文句を言っていないでお仕事してください! じゃないと寝る時間が減りますよ」
「くっ……」
「ステラ、それはよくないですよ。寝る時間は守りましょう」
「よく言ってくれた。お前は俺の味方だな。ミスティア」
「朝を一時間ほど早く起きて貰えばいいんです」
「確かにそうですね!」
「どちらも敵か……」
殿下は大きくため息をこぼし、テーブルに突っ伏してしまう。
私とステラで殿下を引き起こす。
「サボりはダメです」
「そうですよ! ミスティアさんが手伝ってくれているんだから、ちゃんと終わらせてください」
「面倒なのが二倍に増えた。専属騎士なんて雇うんじゃなかったな」
「そんなこと言わないでください! ミスティアさんのおかげで私はすごく助かっているんですから!」
「お役に立ててよかったです」
私が専属騎士になって一週間が経過した。
まだ不慣れな部分もあるけど、ステラに色々教えてもらいながら頑張っている。
代わりに私は、ステラのお仕事を手伝っていた。
侍女のお仕事を手伝えたのは、私が一人で生活してきた経験のおかげだ。
こんなことで七年間の経験が活かされるとは思わなかったけど、彼女の役に立てているならよかったと思う。
「お前ら……随分と仲良くなったな」
「はい! ミスティアさんは友人です! 歳も一緒でしたから! 来てくれて本当によかったですよ」
「私もです。ステラがいてくれて安心しました」
「嬉しいですね。これからもよろしくお願いします!」
「はい、こちらこそ」
私はステラと握手を交わす。
一緒に仕事をする相手と、友好的な関係が築けたのは本当によかった。
こんなにも早く馴染めているのも、彼女というお手本がいたからだ。
ステラは明るく元気で、真面目で努力家だ。
殿下の侍女になったのは、ちょうど五年ほど前かららしい。
彼女の家系は代々王族に仕えていて、先代は彼女のお母さんが務めていたそうだ。
引退を機に、娘であるステラに代替わりした。
それ以前から殿下とは交流があって、だからこそ距離感が近いのだろう。
殿下もぶつぶつ文句を言いながら、彼女の言うことは聞いているのも、信頼の表れだと思う。
「勝手によろしくするのはいいが、ミスティア。お前は期間限定だってことを忘れるなよ」
「わかっています。一年以内に成果を上げます」
できなければ専属騎士をクビになる。
そういう契約で、私はこの場にいるのだ。
言うなればこれは、殿下から私に課せられた最終試験のようなもの。
殿下の騎士に相応しいかどうか、この一年で試されれる。
「いいじゃないですか! 一年なんて気にせず、このままミスティアさんにいてもらっても」
「決めるのは俺だ。俺は無能と一緒にいる気はない」
「何が無能ですか? ここまでお仕事も手伝ってもらっておいて」
「これくらい誰でもできる。俺が求めているのは、俺にない才能か、俺と並び立つ強さだ」
傲慢な意見だ。
けど、彼の言葉にはそれを納得させるだけの実力がある。
大天才ラインハルト殿下。
彼と並び立てる才能の持ち主など、この国にいるのかどうか……。
故にこそ、彼は専属騎士を必要としていなかった。
そんな彼に少しでも期待をしてもらったのは、本当に光栄なことだ。
「あの、殿下。具体的にどうすればいいのでしょうか?」
「どうとは?」
「成果の話です。殿下に並ぶ才能を示す……どうすれば認めて頂けるのでしょうか」
「そんなことは自分で考えろ」
殿下は冷たく言い放つ。
ちょっぴり不機嫌になったステラが言う。
「ヒントくらい出してもいいじゃないですか?」
「自分でわからなければ無価値だ。お前が俺に何をもたらし、俺に必要だと思わせられるのか。自分で考えてこそ、存在価値の証明だろう?」
確かにその通りだ。
言われた通り仕事をこなすだけなら、きっと私じゃなくてもいい。
殿下がおっしゃっているのはそういうことだ。
他の誰でもない、私が殿下の傍にいる意味を証明する。
私は殿下に、何ができる?
「そうおっしゃるなら、殿下もちゃんと働いてください。皆さん期待しているのですよ? 殿下が次期国王になることを」
「何度も言わせるなと。俺はならん」
「もぉー」
「……なら、私が殿下を王にします」
「――!」
数秒のうちに、私の脳内では様々な議論が行われた。
私が持ちえるもの、それらを総動員しても、きっと殿下には届かない。
ならば私の価値は?
私が殿下に何を齎せる?
何を変えられる?
技術や才能で劣っているなら、残るは精神力だけだ。
諦めない心で、殿下の意思を変えてみせる。
「この一年で、殿下が王になるための支えとなります」
「……なる気はないと、言ったはずだ」
「では、その気にさせてみせましょう!」
私にとっても、そのほうが都合がいい。
殿下が国王になる。
その隣に騎士として私が立つ。
そうなればきっと、皆が認めるだろう。
ブレイブ家はここにあり、と。
そうだ。
私は専属騎士として、殿下を王に導く。
「……できるものなら、な」
「頑張ります!」
この日、一年間の目標が定まった。