大天才の素顔②
試験の翌日。
私は騎士団見習いではなく、第一王子の専属騎士になった。
騎士団の中では異例の大出世だ。
昨日の夜はラントさんや騎士団のみんなが盛大に祝ってくれた。
「楽しかったなぁ」
目を瞑ればハッキリと思い出せる。
七年間、私を育ててくれた場所を旅立つのは寂しいけど、皆が背中を押してくれた。
精一杯頑張ろう。
一年で成果を出さないと、専属騎士をクビになるわけだし。
出戻りなんてしたら格好悪いぞ。
私はパンと頬を叩く。
「よし!」
騎士団隊舎を通り過ぎて、私は王城へと向かった。
王城の入り口には、護衛の騎士が立っている。
彼らは許可なく部外者が立ち入らないように見張っていた。
これまでの私なら、見つかった時点で引っ張り出されるのだが……。
「おはようございます!」
「はい。おはようございます」
問題なく通れる。
私が首から下げている銀の板。
これが王城を自由に出入りすることが許された証。
専属騎士になったことで、殿下から渡された。
銀は王子の関係者で、金は陛下や王妃様の関係者、銅はそれ以外を指している。
これが私の身分を証明する大事なものだ。
なくさないように注意しよう。
私は殿下が普段仕事をしているという執務室にたどり着く。
ノックして、声をかける。
「本日より殿下の専属騎士に配属されました! ミスティア・ブレイブです!」
シーン。
返事はなかった。
もう一度繰り返したが、返事はない。
しばらく待っても何も起こらない。
何かあったのかもしれないと、念のために扉に手をかけたが……。
「鍵がかかってる」
開かなかった。
中にはいないということなのだろうか?
「困ったな。どうしよう」
さっそく途方に暮れる。
誰かに聞こうと思ったが、間が悪いことに誰もいない。
「誰か探そうかな」
王城の中を歩くのは初めてだ。
執務室へは予め道を教えてもらっていたからたどり着けたけど、下手に動き回ると迷ってしまうかもしれない。
王城となれば当然、身分の高い方々や、王族の方がいらっしゃる。
バッタリ出くわしたらどうしよう。
陛下や殿下の弟君……は、確かあまり身体が強くないんだっけ?
弟君は表舞台に出てこられない。
ここで働いていれば、そのうちお会いする機会もあるだろう。
考えながら歩いていると、曲がり角の向こうから女性の声が聞こえてくる。
「殿下ー! 朝ですよ! 起きてるなら開けてください!」
「もしかして」
駆け足で曲がり角を越える。
そこにはメイド服姿の女性が一人、部屋の前で扉をノックしていた。
背丈は私と同じくらいだ。
同年代だろうか?
黒い髪はこの国では珍しい。
「もぉーん?」
彼女は私の視線に気づいて振り向いた。
「もしかして! 今日から殿下の専属騎士になった方ですか?」
「は、はい! ミスティア・ブレイブです」
「やっぱり! 初めまして! 私はステラといいます。見ての通り侍女です。ラインハルト殿下の身の回りのお世話を担当しております。これからよろしくお願いします!」
「はい! こちらこそ」
明るく元気な挨拶だった。
彼女に握手を求められて、快く握り返す。
「殿下はこちらの部屋ですか?」
「そうです。ここは殿下の寝室なのですけど、さっきから声をかけても返事がなくて」
「だ、大丈夫なんですか?」
「はい、いつものことですから」
(いつものこと?)
ステラはため息をこぼす。
「たぶん寝ているだけです」
「寝て……え?」
「困った人ですね。今日から新しく一緒に働く人が来るというのに」
「あの……本当に寝ていらっしゃる……のですか?」
「はい。間違いありません」
彼女は断言した。
私は信じられなくて、開かない扉を二度見する。
寝ているだけ……つまり寝坊。
とっくに起きる時間だ。
執務室に来るように言ったのも、時間指定したのも殿下なのに。
私は試験で戦った殿下を思い浮かべる。
そして飛び交う大天才の噂。
「寝坊……」
「確信犯ですよ。鍵までしっかりかけていますから」
「鍵は持っていないのですか?」
「ありますよ? でもこれ、合わないんです」
彼女は鍵を取り出して使って見せるが、上手く入らない。
鍵穴に合わないようだ。
「昨日まで使えてたのに……」
「どうしてですか?」
「殿下が魔法で鍵穴を変えたんだと思います」
「鍵穴を!?」
「本当に困ったお方ですよね? せっかくの才能をこんなことに使うなんて!」
「……」
信じられない。
朝起きたくないから、魔法で鍵穴をいじった?
普通そこまでする?
しかも国を統べる立場の王族が、起きたくないためだけに?
「あ、あの……本当に?」
「はい。殿下とは長い付き合いなのでわかります。ご一緒にお仕事をするなら覚悟してください。殿下はそういうお方です。世間一般には我儘と言われているようですが、どちらかというと面倒なことはやらない。やる気がないんです」
「やる気が……」
試験の時を連想する。
あの殿下が、面倒くさがりの怠惰な人?
まったく想像ができない。
事実を確かめるためにも、ここを開けなければ。
「こうなったら無理やりこじ開けるしか……」
「いいんですか?」
「はい。悪いのは殿下です。私たちに万が一を想定して、殿下の安全を確保しなければなりません」
「確かに……あの! 私もお手伝いします!」
「本当ですか?」
「はい! 力仕事は得意です!」
こんなことのために鍛えてきたわけじゃないのだけど……。
専属騎士になって初のお仕事が、寝室の扉を開けることになるとは思わなかった。
「一気に開けますよ! せーの!」
「せいっ!」
力一杯に扉をこじ開ける。
かなり頑丈だったので、魔力による身体強化も使った。
ガキンと鍵が壊れる音がして、扉が開く。
「助かりました! 私一人じゃ無理そうだったので」
「いえ、お役に立てたならよかった……です」
私は一体何をしているのだろうか。
扉の鍵、壊しちゃったけど本当に大丈夫かな?
「殿下! いつまで寝ているんですか!」
「……」
ステラがベッドに駆け寄って、声をかけた。
半信半疑。
未だ信じられなかったが……。
「スゥー」
「本当に寝ている……」
気持ちよさそうに寝ている殿下を見て、緊張していた自分が馬鹿らしくなった。