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プロローグ①

 人生、何が起こるかわからない。

 貴族の家系に生まれたら、初めから順風満帆な人生が送れるのだろうか?

 そうとは限らない。

 人生は平坦ではないから、山があり谷もある。


 私は、十歳の若さでそれを経験してしまった。


「お父様……お母様……」


 大きなお屋敷で、私は独りぼっちだ。

 両親も、使用人たちもいない。

 まるで世界にたった一人だけ取り残されたような孤独感に苛まれる。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 私は何か、悪いことをしてしまったのだろうか?

 わからない。

 ただ、寂しくて、辛くて……。


  ◆◆◆


 子供には少し長い木剣を手に、力いっぱい振り回す。


「えい! やー!」

「そうだ! いいぞ、ミスティア」

「はい! お父様!」


 およそ剣術と呼ぶには拙い動きだけど、お父様は嬉しそうに微笑んでくれた。

 私はそれが嬉しくて、夢中になって剣を振るった。


「おっと、そろそろ護衛任務の時間だ。私は行かなくては」

「えー! もう行っちゃうんですか?」

「すまないな。お仕事なんだ」

「……」


 ガッカリする私の頭を、お父様は優しく撫でてくれた。


 私が生まれたブレイブ公爵家は、代々優秀な騎士を輩出している歴史ある家系だ。

 過去には王族の専属騎士を務めていた実績もある。

 お父様も現役で王国の騎士団に参加していて、今日もこれからお仕事があるらしい。

 出発前に稽古をつけてもらっていたけど、あっという間に時間がきてしまった。


「いつ帰ってくるんですか?」

「そうだな。少し遠い街まで行くから、二週間から二十日間くらいはかかると思う」

「そんなに……」

「ミスティア、そんな顔をしないでくれ。私は王国の民を守る騎士なんだ。その役目を果たさなくてはいけないんだよ」

「……わかっています」


 私は幼いながらも、お父様が背負う家名の重さと、騎士としての責任をおぼろげに理解していた。

 お父様は難しい表情で呟く。


「私は成果を上げて、必ず王族の専属騎士になってみせる。ブレイブ家の当主としての誇りを、皆に示すために」

「お父様……」


 王族の専属騎士の任は、代々ブレイブ家の騎士が務めてきた。

 しかしお父様の代ではその任につくことができなかった。

 お父様は責任を感じている。

 周りの騎士や貴族からも、心ない声を浴びていることは知っていた。

 普段は優しく、私の稽古もつけてくれているお父様が、一人で激しい特訓をしていることも……。


「お父様! 私も大きくなったらお父様みたいな立派な騎士になりたいです!」

「ミスティア……」


 周りがどう思おうと関係ない。

 私にとってお父様は尊敬すべき偉大な騎士だった。

 だからいつだって、私の目標はお父様のような立派な騎士になること。

 何より、お父様との稽古は楽しかった。

 剣術は決して楽しいだけのものじゃないことを知っている。

 人を傷つけることができる武器だ。

 それでも、お父様の剣は優しくて、温かくて……好きだった。

 心ない人は、お父様は未熟で剣士としての才能がないなんて言うけれど、私はそんなこと思わない。

 仮にそうだとしても、毎日欠かさず稽古を積み、汗を流して立派な騎士であり続けようと努力しているお父様を見ている。

 その後ろ姿は、いつだって格好よかった。

 

 私は、落ち込んでいるように見えたお父様にそれを伝えたくて、必死に剣を握りしめた。

 すると、お父様は気を緩めて笑う。


「そうか。うん、ミスティアならなれるさ」

「本当に?」

「ああ、私よりも立派で、強い騎士になれるはずだよ。ミスティアは私に似て、とても努力家だからね」

「――はい! いっぱい訓練します! お父様がお仕事に行っている間も!」

「頑張ってくれ。帰ってきたら、また稽古をしよう」

「はい!」


 私の言葉で元気になってくれたお父様を見て、私も元気をもらった。

 お父様が帰ってきたとき、ビックリするくらい強くなっていよう。

 せっかく稽古をつけてもらえるんだ。

 偶にはお父様から一本くらいとってみたい。

 子供だからなんて言い訳はしたくなかったから。

 一先ず私の目標は、お父様に自分の剣を届かせることだった。

 次こそは達成しよう。

 私は気合を入れて、お仕事に出発するお父様を見送った。


 けれど、この約束が叶うことは……なかった。


  ◆◆◆


 お父様が護衛任務に出発して一か月が経過した。


「お父様……遅いなぁ」


 二十日間くらいで戻ってくると言っていたのに、未だ戻ってこない。

 護衛任務はよくあることだ。

 いつも怪我一つせず、無事に帰還する。

 だからあまり心配はしていなかった。

 遅くなることだってよくあることだ。

 護衛中に天候が悪くなって、予定より移動に時間がかかっているだけかもしれない。

 そう思って、私は今日も一人で稽古をするため木剣を握って廊下を歩く。

 

「――」

「今の声……」


 どこからか、お母様が叫んだような声が聞こえた。

 私はすぐに走り出す。

 聞こえた方角にあるのは、屋敷の玄関だった。

 私は驚愕する。

 お母様は膝をついて涙を流していたのだ。


「ぅ、う……」

「お母様!」


 私は焦って駆け寄った。

 お母様の前には、お父様の同僚の騎士が立っている。


「どうしたんですか? お母様?」

「ミスティア……」

「……」


 酷く混乱している様子だった。

 私は目の前に立っている騎士が何か言ったのだと思い、彼を睨んだ。

 けれど、彼も辛そうな顔をしていた。

 嫌な予感が脳裏に過る。

 戻らない父と、泣き崩れる母。

 辛そうな表情を見せる同僚の騎士……。


 まさか……。


「落ち着いて聞いてください。ロイドさんが……戦死されました」

「……え?」


 耳を疑った。

 発せられた短い言葉を、私の脳は理解できずに固まる。

 意味がわからなかった。

 否、わかりたくなかった。

 けれど……。


「うぅ……ミスティア、ごめんね?」

「お母様……」


 いつも優しく笑顔を絶やさなかったお母様が、初めて見せる号泣。

 現実は突き刺さる。


「お父様が……死んだ?」

「……はい」

「なん……で……?」

「護衛任務中、対象が野盗の襲撃を受けました」


 彼はゆっくりと、何が起こったのかを教えてくれた。

 お父様が受けていた護衛任務は、王都の貴族を隣町まで護衛することだった。

 その貴族は王国でも有数の名家で、王族に次ぐ権力を有している。

 故に、多くの者たちに命を狙われていた。

 護衛についたのはお父様も含めた騎士十五名。

 たった一人の護衛につける人数ではない。

 目の前の彼も、その任務に同行していたらしい。


 襲撃を受けたのは夜中だった。

 野宿していた彼らを、野盗が一斉に襲い掛かってきた。

 野盗の襲撃自体は想定済みだった。

 お父様や仲間の騎士たちは応戦した。

 しかし、圧倒的な人数差があった。

 騎士十五人に対して、野盗は五十人を超えていたらしい。

 圧倒的不利な状況で、護衛対象の貴族を逃がすため、彼らは自らが囮になる作戦をとった。

 部隊を半分に分け、片方が野盗を食い止め、もう半分の騎士で護衛対象を逃がす。

 野盗を食い止める方に残ったのが……。


「ロイドさんだった。彼が指揮を執って野盗と戦った。なんとか食い止め、護衛対象は離脱できた。けれど、我々は野盗相手に苦戦を強いられた。野党の中に手練れがいたんだ。相手ができたのは、ロイドさんだけだった」


 お父様はベテランの騎士だった。

 長年の経験や鍛錬のおかげで、騎士団の中でも高い実力を持っている。

 それでも上に上がいて、未だに鍛錬を欠かさない。

 騎士としての誇りを守るために。

 お父様は戦い、仲間たちを逃がすために決断した。


 お前たちは先に撤退しろ!

 ここは私が引き受ける。

 大丈夫だ。

 時間を稼いだら私もすぐに離脱する。

 後で合流しよう。


 そう言い、他の騎士たちを逃がして野盗と一人で戦った。

 無事に護衛対象を送り届けた後、すぐに現場へと戻った彼らが見たのは……。

 大量の死体と一緒に横たわるお父様の姿だったという。

 すでに冷たくなり、この世から命は消えてしまっていた。

 

 騎士は悔しそうに涙を流す。


「すまない……私たちがもっと強ければ、一緒に戦うことができれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに……」


 本気で悔しかったのだろう。

 彼がお父様のことを心から慕ってくれていることが伝わった。

 普段なら嬉しく思う。

 今は……。


「お父様……」


 死んでしまった。

 人は死んだら、もう二度と会うことはできない。

 顔を見ることも、言葉を交わすことすらできなくなってしまう。

 当たり前のことだ。

 そんな当たり前のことを痛感する。

 

 お父様はもういない。

 いつまで待っても、お父様がこの屋敷に戻ることはない。

 お父様は……。


「死ん……」


 認めたくない現実が、一気に押し寄せてきた。

 まるで心臓をナイフで突き刺されたような痛みが走る。

 痛くて、苦しくて、辛い。


「う、うぅ……うあああああああああああああああああああああ!」


 私は泣いた。

 滝のように涙を流した。

 お母様はそんな私を抱きしめながら、同じくらい涙を流していた。

 報告にきてくれた騎士も、溢れる涙を何度も拭っていた。

 皆が流した涙で、床に水たまりができそうだ。

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