幕間 バタフライ
今を輝く大人気スーパー美少女アイドル。それがこのエリカちゃんなんだけど、生まれてからずぅっとこうって訳でもない。
今からするのは、ヘラヘラしてるだけの小娘が、自他ともに認めるスペシャルシンガーになるだけの、少し長いボクの昔話。
今思い返せば、ボクのお父さんはケッコーな人だった気もする。遅くまであくせく働いて、そのストレスは若い娘とお酒を飲んで発散。疲れて帰ってはお母さんと喧嘩して、ボクに八つ当たり。
でも、ボクがいい子でいると、お母さんの機嫌が良いからかな。喧嘩になんなくて、二人ともニコニコしてて、ボクともいっぱい遊んでくれたんだ。
こう考えると、お母さんも褒められた人では無かったのかもね。そうマネージャーに話したら、「お前を見れば分かる」って。どういう意味か小一時間問い詰めたいけど、それは今度にしよう。
とにかく、ボクも遊んでもらったら嬉しいし、叩かれるのは好きじゃないし、そもそも喧嘩の声や怒鳴り声も好きじゃない。
だから、機嫌が良い人が好きなんだ。いい子になればなるほど、皆が喜んでくれた。だから、言われたことは守って、あんまり泣かないようにして、いっぱい構ってもらった。
そんな幼児が、上手に溶け込めるかと言われると、まぁ、ね。幼稚園の頃は、楽しくしようね〜仲良くしようね〜で良かったんだけど、小学校になって勉強や運動で成績、順位が着くとそうはいかない。
褒められたくて、認められたくて、もしくは単純に勝ちたかったからかな? 相手を貶めたくなっちゃうんだよね、きっと。
その方法を、自分の印象が悪くならないように考えるのは大人、上手くやれば何してもいいのが子供。
ヘラヘラしてる弱そうなピエロは見下されて、ソレに負ける事を許せない子は、なりふり構っていられない。
例えば、ボクの足を引っ掛けたり、ボクのノートを捨ててたり。そういった「カワイイ イタズラ」が始まると、ボクは「何をしても良い奴」に変化して。
周りがやっている行動は、段々と「常識」や「日常」になって、「許される行動」になっていく。中には、同調圧力なんてのを感じてた子もいるかもね。
でも、それは学校という閉じた世界の「普通」で、外を知っている大人には通用しない。だから、これは明らかに問題。
そう言うの、面倒に感じるじゃない? ボクもそう思う。そんなの無いなら楽なのに〜って。だから、無いことにした。ボクが笑ってれば、これはただの「遊び」だ。
まぁ、結構困ってはいたけど、話せるのは嬉しかったし構って貰えない方がヤだったから、本気で嫌じゃ無かったのもあるけど。ケガする訳じゃなかったし。
家でも、もうちょっと勉強しなさいってお小言を言われるくらいだった。ほら、この頃からボクって可愛かったし? 謝ったら許して貰えたから。
そんな風に、ケッコーテキトーに生きてたんだけど、ボクが変わんなくても周りは変わるんだよね。
見ての通りボクってサイキョーに可愛いじゃん? 女の子が恋に興味を持ち始めるとさ、ボクってチョー邪魔なんだよ。
その時の男の子達は、ゲームとかサッカーとか野球とかに忙しくて、そういうのに巻き込まれるのちょっと嫌がってたけど。女の子のこと、面倒な奴って思ってる子多かっただろうし。
そんな感じだったから、意識してる子よりもどうでもいいやって距離感の方が親しげに見えるんだよね。ボクとか、そんな感じ。恋愛出来るほど余裕無かったからさ。
そしたら「何してもいい子」から「憎いやつ」になっちゃって。五年生の時だったかなぁ、ついに傷害沙汰になっちゃったんだよ。先生に怒られたなぁ……どっちも謝りなさいって。ボクの退院後だったから、向こうはほとんど覚えてなかったけどね。
でも、ボクが戻って来れば話題になるでしょ? その、ちょっと怖くなっちゃって距離おいてたから分かんなかったんだけどさ、色々あったみたいで、ボクを階段から落とした子ハブられちゃったみたいでさ。
それでボク、すっごい恨まれてたらしくて、家に石を投げられたの。両親には階段の事はコケたって言ってたから、凄い驚かれて。とりあえず、腕とお腹に入ったガラス取るために救急車呼んだんだけど、ボクのせいで引っ越そうってなっちゃったんだよね。
それで学校行けなくなっちゃってさ。でも、その頃にはもう癖みたいになってて、泣いたり落ち込んだりするより、笑ってる方が楽になっちゃってて。
お父さんを怒らせちゃって、お母さんも余裕無くなってきて、家にいるのヤになって、その辺ほっつき歩いてたんだよ。
そんな感じで何年か誤魔化してたんだけど、十四歳の時だったかな……同じ中学校、って言ってもボク行ってなかったけど。まぁ、とにかく男の子がいてね。
え? ん〜、何時からだったかなぁ……気づいたら仲良くしてた気がする。公園で座ってたら、ハーモニカ吹いててさ、どっちからか声掛けて……だったと思うけど。
その子に音楽を勧められてね、楽器は……その、まぁ……ボクって少〜し不器用なところあるじゃん?
でも、歌なら歌えるって事で、幾つか曲を作ろうよって。って言っても、ボクはほとんどする事無かったけど。その子が凄かったんだろうね。今どうしてるのかなぁ……
っと、そうそう。そんな感じで音楽を教えて貰って。ハッキリした言葉にも、顔にも出しにくいなら、音でも良いんだよって。君の悲しいとか寂しいを出してみようよって。
特にする事もなかったし、せっかくならやってみようってしてるうちにハマっちゃって、抜け出して練習するようになって。その頃には、約束してた訳じゃないから、その子とは段々と会わなくなってそれっきりかな。クラスも違ったし。
うん、最後の三年生の時には一応学校にも顔出してたよ。珍しさがあったからか、皆優しかった。引っ越してから一度も顔だして無かった訳だしね。
そんな感じで、高校どうしよっかな〜って過ごしてたボクに、一人の怪しげな……ごめんなさい。
うん、そう。そこのマネージャーさんに声かけられたの。最初はロリコンにナンパされたくらいの感覚だったんだけど、話聞いてみると違いそうで。
近所で噂になってる怪異を見に行く気分だったんだけど、その歌声には可能性がある。俺はそれを確かめたいから、力を貸してくれないか……だったっけ?
なんでって……マネージャーの言葉はだいたい覚えてるよ? 楽しいし。照れ隠しする時とか遠回しに言ったりするくせに、なんだかんだ言うことは言うよね。
まぁ、マネージャーの事は良いんだよ。しーちゃんも知ってるだろーし。えっと、どこまで話したっけ……そうそう、マネージャーにナンパされたんだよ。
一応高校は行っとけって言われたから、簡単に受かりそうな所選んで半分不登校で通って。確か留年食らったよ?
でもアイドルの方は手は抜かなかったよ。だって、マネージャーは初めてボクの為に動いてくれた人だったし。そうなると期待には応えたいじゃん?
だから基礎体力つけて、踊りの振り付け覚えて、歌詞を考えて、曲は……作ってもらうけど。ボクに求められてるのはそこじゃないし〜。
ねぇ、なんでマネージャーはそっぽ向いてるの? え、用事? ふーん、大変だねぇ。行ってらっしゃ〜い。
えっと、どこまで話したっけ……そうそう、努力はしたんだよって話だ。でも、それで上手くいくとも限らないんだよね。可愛い子も綺麗な声の人も、他にもいっぱいいるんだもん。そういう人が集まってるんだし。
アイドルに興味ない人とか、他のアイドルのファンとか、そういう人にボクのことを好きになってもらわなきゃいけない。地道にファンが増えても、コミュニティの外には話題は届かない。
うん、あんまり有名とは言えなかったかな。それでも、何度かライブは出来たんだよ? マネージャーがステージ取ってくれてさ。
それでも、やっぱり足りなくって。そもそも、ボクの名前を知ってくれる人が少なくて。だから、知ってる人は他のアイドルのファンの人。
そうなるとさ、自分の好きなアイドルとボクを比べる人が出てくるんだよね。勿論、そんな固定ファンがいる時点で、比べられた所でって感じなんだけど。
しーちゃんと病院であったの、五月だったっけ? まだ桜咲いてたよね。
だから、あれは……四月位だったかなぁ。ボクの一つ前に歌ってた子がね、足くじいちゃってステージから落ちちゃったんだ。幸い、怪我は大したこと無かったんだけど、暫く歩くのは控えて貰うし、当然ライブは中止。
その子、ボクと同じくらいに入っててね、レッスンとか一緒だったんだ。すっごく優しい子で、穏やかで、小さくて、可愛い子だったんだけど。それで「ごめんなさい」って言いながら泣き出しちゃって。
せっかく来てくれた人、いっぱい準備してくれた人、後続のボク達。そういう皆に、泣きながら謝ってた。
心配する人も、混乱する人も、いっぱい居た。皆に、優しかったんだろうね。それだけ、その子がいっぱいしてきた親切が返ってきてた。
でも、彼女は謝ってたんだよ。心配だけど、それだけじゃ泣き止んでくれないと思って。いつも踏ん張らないとって時に聞くんだって曲を歌おうって。
その曲がさ、ボクのじゃなくてグループの曲だったのが問題でね。最後の方とかは、一緒に歌ってくれる人も居たんだけど、始めたのボクじゃない?
仲間の失敗を嗤って、目立つことしか考えてない奴って感じに怒られちゃって。その子とかマネージャーとかは否定してくれたんだけど、二人とも優しいからさ〜。言わされてるんじゃないかって、あんまり信じて貰えなくて。
うん、まぁ、そんな感じでさ。一部のファンから総バッシング食らっちゃって。それだけなら良かったんだけど、それで事務所に迷惑な便りがいっぱい来ちゃってさ……
責任を感じたその子が引退しちゃって、そういう事してた人が、他のファンに叩かれちゃって……それで追い詰められちゃったんだと思う。
ライブ中に、ボクのサイトに「お前のせいだ」ってコメントが来て。警戒しては貰ってたんだけど、何分急だったからさ。
天窓にドローンで石を発射されたんだよね。ボクの控え室、なんでバレたのか分かんないけど。音に驚いて見上げたら、クリーンヒットしちゃって。
後は知っての通りかな。その事件がまぁ、そこそこ大きくて。引退しちゃった子にも、君のせいじゃないよ〜って言いに行ったんだけど、その事が小さな週刊誌に引っこ抜かれて、それが何故かネットで広がってて……
治った頃には、何故か有名になっちゃってたね。その子とマネージャーの活動も掘り起こされてて、いい方向に転がったのはラッキーだったかな。
そうして、ボクの事を知って、ボクを好きになってくれた人がいっぱい増えて。ヘラヘラしてる可愛いだけの小娘は、スーパーアイドルになったって訳なんですよ。
これ……参考になった? しーちゃん。
「マネージャー、疲れたー!」
「いった! お前な、体当たりやめろ。」
「慣れない事するんじゃなかったぁ。ねぇねぇ、先輩らしく出来てたかな、ボク頼れそうだった?」
「今あっという間に崩れた。」
「つまり、しーちゃんの前ではセーフ!」
アウトなんだよなぁ、と窓の外で礼をしてる四穂を見つつ、背に載っかった荷物を下ろす。
何を思ったのか、先輩達の話を聞きたいと言ってきた四穂に、場を設けてやりはしたが、果たして効果があったのか。というより、目的は決まったのだろうか。
「最近、やけにしーちゃんにご執心だね?」
「蛹が割れようとしてるんだ。一瞬たりとも見逃せないだろ。」
「え〜、ボクは?」
「蝶々は好き勝手に羽ばたいてなさい。」
「はーい。」
部屋の中を物色し始める彼女に、静止をかけようか否か迷っていると、バサリと書類の束が崩れ落ちる。
順番の乱れたその惨状に、舌を出して此方を伺っている犯人にデコピンをお見舞いしておく。
「お、えらく懐かしいモンが……」
彼女のデビューした時のライブ、地下のステージを一時間だけ貸し切っての、半分身内同士のような面子を集めての紹介ライブだ。
その広告を手に取って、当時の己の未熟さを眺めていると、肩に重りが乗っかった。
「ホントだ〜。」
「この頃はお前、あがり症だったなぁ……」
「それは忘れてよ。」
「覚えてるよ、ずっと。」
「うわ、意地悪〜。」
あと何年、面倒を見る事になるのか。そろそろ女優のマネジメントも考えて見るか、などと考えて、その資料を片付け始める。
また一人、羽ばたいてくれることを祈りながら。