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キャラメル 前編

 寒さも和らぎ、冬の装いが外れてもいい季節。妙に思い出深くなった、少し小さい上着をしまい込んで、薄いカーディガンを羽織る。

 昨晩が晴れていたからか、今朝は寒い。上着無しで良いとは思わなかった。春用の上着を購入していた自分の勘の良さに感謝だ。


「大雪だって言われたのに、靴も埋まらないんじゃ当然かもしれないけど。」


 気温が寒くとも、触れるものや風がそれほど冷たく無い。

 もっとも、寒いものは寒いので、出来れば外になど出たくないのだが。


「流石にそろそろ単位落としそうだし……」


 騒がしい気配が慣れずに引きこもっていたツケだ。楽な季節にもう少し頑張れば良かったと思っても後の祭りである。浪人すれば、実家にバレる恐れが高まる為、出来ればスムーズに卒業まで行きたい所だ。


「よう、真樋。荷物チェックさせろや。」

「は? 嫌だけど。」


 大学の前で待ち構えていたらしい奇人から、鞄を遠ざけながら歩く。いきなり何をほざくのだコイツは、と思えばの行動だが彼には関係ないらしい。


「運動神経は俺の勝ちぃ! どれ……「超新星の輝き」「彼方へ想いをのせて」「赤い花の求めたものは」「北斗七星は何故並んだのか」「青い星で生きる者より天上へ」……本しかねぇ!」

「煩い、お節介、暑苦しい、寒い、甘ったるい、読み上げるな。」

「今、いくつか八つ当たりあったな?」


 ペラペラと捲り始めた友人から本を取り上げ、鞄の奥へとしまい込む。

 

「それだけでも無い。」

「ペンとかノートしかねぇじゃん。まぁ、お菓子無いなら良いけどよ。」

「小学校の堅苦しい傀儡教員か何か?」

「教師に恨みでもあんの?」


 嫌味の全てに、律儀に返してくるこの男を見て、コミュニケーションの難しさを知る。話が進まない。


「で? いきなり馬鹿な事する理由は?」

「今日の日付は?」

「三月の十四日。」

「なんの日?」

「数学の日。」

「打てば響くように脱線するぅ!」


 違ったらしい。それならばと、手当たり次第に思い出した物を上げてみる。


「パイの日。」

「おっぱい?」

「国民融和の日。」

「なにそれ?」

「国際結婚の日? 君に縁があるとは思えないけど。」

「一言が余計なんだよ! というか、なんでそんなにツラツラ出てくんの?」


 嘲笑さえ浮かべそうな真樋の肩を掴んで揺らす彼の疑問に、記憶力とだけ答えて引っぺがす。

 答えは分かっているので、面倒の予感を感じて足早に講義へと向かう。流石に黙ってくれるだろうと踏んだのだが、この話は続くらしく、横に並んだ彼の口は止まらない。


「ホワイトデーだよ、ホワイトデー。お前は如何にも裏切り者って面してるだろ?」

「仲間になった覚えも無いし、そもそも君はその日いなかったじゃないか。」

「貰える状況じゃなかったという事は、貰えた可能性が残ってる……」

「はぁ?」


 何を言っているのか理解できない。つい聞き返してしまったのが運の尽きである。コーヒーを買ってきた彼の目の前で座る頃には、諦めていた。勿論、彼の奢りである。


「でも意外だな。お前の話、結構女の子から聞くのに。」

「こんな、取っ付き難いだけの後輩に絡んでくるのは君くらいのものだよ。」

「それが良いって子も多いだろ? 断ったん?」

「いや、二つ上にやたらモテてる先輩いたでしょ? そういう人達と、微妙に距離をあけて付かず離れず過ごしてた。」

「強制二択戦略……!?」


 チャンスが少ない方が優先されるのは、世の常だ。本命となれば話は変わってくるだろうが、半ば幽霊や都市伝説のように語られる程度の真樋に、そこまでの感情を抱く時間を過ごす者はいない。

 というより、その日は騒がしい構内が嫌ですぐに帰った。午後の講義は全て余裕のある科目だった、というのも大きい。


「贅沢な奴だなぁ……」

「鉄分は足りてるからね。」

「チョコって多かったか?」

「それもあるけど。他人の手作りっていうのも抵抗あるのに、血液や唾液を口にしたいと思う?」

「可愛い娘なら。」

「……あぁ、そう。」


 少し潔癖の自覚はあるのだ、目の前のコレに同意や理解を求めるのは無謀だったと黄昏れる。日が高くなった空に、白い雲が流れているのをぼんやりと眺めた。


「というか、それなら普通に断ったり捨てたりしたらいいんじゃねぇの?」

「貰い物に対して、それは失礼だ。」

「失礼の塊に礼儀を言われた俺って……」

「救いようのない無礼者?」

「酷ぇな!?」

「煩っ……」


 急に声を荒らげる所は、心底嫌いだ。半ば本気で死ねば良いのにと思いながら睨めば、距離を取られてしまった。

 静かになったのでヨシとする。どうせ数分したら、忘れたように近づいてくる。案の定、コーヒーの残りが無くなる頃には、肩を組んできた。


「ま、それなら良いんだよ。今日暇だろ? 遊びに行こうぜ。」

「講義に出ないといけないし、夕方から用事があるんだよ。」

「え~?」

「というか、君も留年しそうじゃなかった?」

「出席は足りてんだよ、コノヤロウ。頭の方はどうしろってんだ。俺の知ってる先輩、みんなバカなんだよ。」

「頑張れば……?」


 出来るやつに、どうやるかのアドバイスを求めるのが間違っている。勉強が嫌いだ~! と叫んでいる彼を無視して、午後の講義へと顔を出す事にした。

 教授の話を聞き流しながら、出席単位を稼ぐ。時間を潰すにはちょうどいい声で、眠気が湧いてきた。




「……あ、終わったか。」


 半分、寝てしまっていた。何となく頭に残っている内容の欠片から、課題の内容を予想してメモしておく。後で調べれば良い。

 後の物は出席も足りていた筈なので、来たついでにレポートだけ提出しておこうと席を立つ。午後ともなれば粗方の要件は終わっているのか、周りも雑談や世間話が聞こえるくらいで、道も塞がっていない。


「えっと、出来てたのは……コレとコレか。」


 さっさと済ませ、大学を出ようかと足を運ぶ彼だが、入口で少し揉めているらしい。他の出口までは少し距離がある、移動するには面倒だとそのまま進む。

 向こうも、此方を気にする様子は無く、そのまま続けるようだ。


「早く持って来いって言ってんだろうが。」

「ごめんなさい……」

「ごめんで金が湧くのかよ!? あぁ?」


 借金でもしたか。返ってくる期待をしたピエロと、だらしのない薄情者だろうと見切りをつけて出ようとするが、何を思ったのか取り巻きの一人が捕まえて来た。

 ジロジロと顔を見る男子生徒に、不快感を隠すことなく睨みつければ、青筋が浮かぶのが見える。理不尽だ。


「お前舐めてんのか。」

「そう思うのは、君が僕の事を見下してるからだろ。思い通りの反応が欲しいなら、そういうお店に行きなよ。」

「あぁ!?」


 めんどくさい。適当に怯えてやっても、演技臭いと怒るタイプの人間だろう。今すぐヤバい所にでも行けば良いのに。そういえば、ここの屋上にも一つ居た気が……


「おいテメエ聞いてんのか!」

「ごめん、意味が無い事って興味なくて。」

「瓶原ぁ……いつも生意気なんだよ!」

「ん、君だれ?」


 本人に自覚は無くても、油を注がれれば火は燃え盛る。拳を振り上げた青年に、流石にヤバいと思ったのか他のメンバーが静止をかけていく。


「おい、止めとけ。」

「ろくな目に合わねぇって。聞いたろコイツの噂。」


 どんな噂だ、等と本人が聞くのもおかしな話だ。放置してくれるならそれでいいかと、そのまま去ろうとする。


「おい待てよ。ついでと言っちゃなんだが、金もってねぇか? 今月ピンチなんだよ。」

「知らない人間に恵む物は持ってないよ。」

「なら失せろ。」

「そうするよ。」


 怪我をせずに済んだのは珍しいな、等と考えながら人混みに流されながら大学を出る。近くのデパートは二駅先、少し時間でも潰すかと歩く事にする。

 一年近く過ごしたものの、未だにこの町の事を覚えられない。変わるのが早すぎて、覚えようと思う頃には変化している。


「あれ、ここって古本屋だった気がしたんだけど……」


 見渡した街並みに新しい物を見つけ、腕時計を見る。時間にはかなり余裕がある。

 変わった看板の印象から、喫茶か何かだと予想をつけて中に入れば、昼時からも外れていくからか、ガランとした店内に音楽が流れていた。


(……なんで「桜」?)


 確かに咲いている時期は今だが。アンティークな本棚とシンプルな陶器には合わない気もする。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「紅茶を一つ。」

「はい、かしこまりました。お好きな席へどうぞ。」


 示された窓際から外れ、店の奥へと腰掛ける。己を囲む木目の流れを眺め、飲み物を待つ。


「さくら、さくら、今咲き誇る……頭に残るフレーズですよね。」


 紅茶を持ってきた男性が口吟む声が重なり、自分が鼻唄を唄っていた事に気付く。少し気不味げな真樋に、店主はカウンターに戻って笑いかけて来る。


「お気になさらず、此処には貴方と、くたびれたおじさんしかおりませんから。店名でお察しかもしれませんが、家族でやっている店でして、あまり大勢のお客さんが来ることも無いのですよ。」


 彼の目線を追えば、飾り文字の看板。「Cafe kisaragi」の文字は、店主の名前だったのかと納得する。二月に開店したのかと思っていた。

 どうでもいい事に思考を向けながら、出された紅茶に口を付ける。仄かな甘みと深い渋み。口内から鼻腔を擽るように立ち上った香りを堪能してから、その温かさを飲み込む。


「お気に召しましたか?」

「えぇ、かなり。」

「それは良かった。若い方に気に入って頂けるか、不安だったもので。うちの娘は、甘い物以外を受け付けてくれないのです。」

「そうですか。」

「それでは、ごゆっくり。」


 真樋から離れ、カップを拭い始める店主を尻目に、窓の外へと目を戻す。相変わらず人の多い光景だが、壁を一枚隔てるだけでも気分が違う。

 やはり、人混みは苦手だ。忙しい喧騒に急かされるような気分は、「早く人生を終えてしまえ」と言われているように感じる。

 生憎と、最近は死んでやろうとは思えない。ゆっくりとした時間にうんざりとしていた向こうでは、死にたいとさえ思っていたのに。


(巫山戯たメールに踊らされたのは正解だったな。)


 実家の連中に追跡されてなるものかと、向こうの荷物も口座も携帯も、軒並み処分してやった今は、記憶だけに残るそれ。

 夢でも見ていたような(実際に夢だと思っていた)七日間は、そろそろ二十年を生きる真樋の人生でもマシな経験だった、と思い返せた。


 一杯の紅茶を、読みかけの続きを楽しみながらゆっくりと飲み干した頃には、日が傾き始めていた。いい頃合いだと、伝票を取って支払いを済ませると、礼を言って店を出る。

 弱めの暖房が無くなり、冷たい空気が隙間に入り込む。さっさと暖かい場所に行ってしまおうと、駅に歩を進めた。

 電車の中で一息を着くが、都会の電車はせいぜい数分で到着する。数十分を休むことは無い。


「さむ……やっぱり上着くらい持ってくれば良かったかも。」


 このコンクリートとアスファルトに囲まれた地での体温調節に、未だに慣れていない実感が嫌でも押し付けられる。駅から出ること無く商店街、デパートの中へと景色が変わり、喧騒の種類も変化する。


「うわ……分かりきってはいたけどさ……」


 包装されていても漂う、甘ったるい匂いに顔を顰めた真樋だが、素通りしたい気持ちを抑えて棚を物色する。

 適当な個包装で済ますか、返す気が無かったのが今までの今日。まさかマトモな物を受け取る事になるとは思わなかったので、この一ヶ月で集めた知識しかない。


(とは言っても、好みも苦手も知らないから何も役に立たなかったけど。)


 何故、こういった贈り物等は抽象的なアドバイスしか本に無いのだろう。学業やお祓いのほうが、数倍楽だ。

 ズレている思考を止めてくれる人もおらず、当然のように選ぶ手が何度も止まる。遂に見かねたのか、店員の一人が声をかけてきた。


「何かお探しですか?」

「え? ……あぁ、その、お返しを。」


 なんと伝えれば良いのか分からず、脳裏に無数に浮かんできた単語を選ぶのに手間取る。とりあえず、意図は伝わったようだが、情報が無さすぎたのか彼女はもう少し突っ込んでくる。


「奥さんですか?」

「いえ、知り合い……ですかね。」


 間違ってはいない。何度か行った店で会っただけだが、それ以外の時間もある……自分にも証明できないだけで、ある筈だ。


「そうですか、でしたら〜……」


 この要領を得ない説明でも、力になろうと悩んでくれている。いい人なんだろうな、とぼんやり考えながら、彼女の示した棚へと視線を滑らせていく。

 どれも同じに見える、などとは口にしないように気をつけながら。

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