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偽りのオデット

作者: 秋月流弥

「このコンテストの優勝は間違いなく私ね」


 私、樺乃かの雛子ひなこは廊下に貼られたポスターを見て呟いた。


 学校の文化祭で行われる通称美のステージ、【麗しの白鳥コンテスト】に私はクラス代表として選ばれた。

 コンテストに出場するのは全学年全クラスの男女各二名ずつが選抜され、全学年合同でその年の男女優勝者を決める。


 頂点に立つのは男女それぞれ一名のみ。


(私が優勝するのは当然として。こっちもほぼ決まったようなものね)


 見るのは男子部門。

 候補者の写真が載るポスターの中で一際目を引く人物がいた。


 白鳥しらとりはやて

 三年生の彼は名前通り白鳥を思わせる儚い雰囲気を醸し出す線の細い好青年だ。

 他の候補者もそこそこ格好良いがそこ止まり。

 白鳥先輩は選ばれるために存在するような白鳥のような華があった。


「麗しの白鳥先輩とダンスを踊り、さらに先輩の心を奪うのも私!」


 コンテストに優勝した男女は後夜祭でベスト白鳥スワンズ(ダサい)としてダンスを披露することになる。

 その他にも豪華商品も贈呈。

 目立つの大好きな私にとってこの手のイベントは私のためにある行事そのもの。

 私は自他共に認める美少女だ。

 クラスで候補者を決める時も真っ先に私の名前が出たことでお墨付きで。

「なのに、」


 選抜されるのは男女各“二名”ずつ。


 よりによって。

 もう一人の代表者が……



「わぁ~この饅頭美味しい~」


 どうしてもう一人の候補者がこんなんなの!



 諏訪すわまひる。


 コンテストもう一人の候補者。


 我が一年三組のマスコットポジションにつく彼女はぽっちゃりふくよか且つ朗らかで愛嬌満点でクラス全員から可愛がられ(時々餌付けされ)ている。

 たしかにカピバラに通ずる癒しがそこにある。


 だが、まひるが美しさ競うコンテストの候補?


 そりゃないでしょ。


「頑張れよーまひる~」

「雛子なんかぶっ飛ばしちゃえ~」

 しかも何故か皆まひる応援モード一色。


(なんでまひるばっか? 私よりちやほやされるなんて許せない……!)


 思わずまひるをガン見すると視線に気づいたまひるが片手に持つ饅頭(食べかけ、だと……!?)を差し出す。


「雛子ちゃんも食べる~?」

「いらんし! ていうか諏訪、あんたミスコンだよ!? この私と同じ候補者って立場としてどうなのそれ!」

「それとは?」

 ズビシ! と手の中の饅頭を指す。

「そ・れ!」

「それとは饅頭のことかーーっ!?」

「分かりにくいボケかますな!」

 ちなみに栗饅頭だった。

 これ以上追求しちゃダメ。

「美を競うコンテストに参加するんだから、生半可な気持ちで出ようってんなら許さないから」


 でも栗饅頭は奪っとく。

 これ以上こいつが菓子を貪り食うのは見てて癪。


「少しは美のために努力しろってーの。私のブランドまで下げないでよね」

 もりもり饅頭を頬張る私を見てまひるは、

「うん、わかった。そうだよね。私ももちっと頑張らないとねー!」

 サッ!

 満面の笑みで懐から別の菓子を取り出すのを見て「こいつぁー相手にするだけ無駄だー」と項垂れた。




 だが週末が明け、まひるは激変した姿で教室に現れた。

 端的にいうと奴は痩せていた。


 そしてまひるは私の席までやってきた。


「置き換えました」

「な、何を?」

「オートミールにしました。脱・炭水化物」

「ああ置き換えダイエットね……」

「腹筋と腕立てを始めました」

「はあ」

「朝バナナジュース始めました」

「そう……」

 ていうか何で敬語?

「メイクも始めようと思います」


 まひるの痩せても小粒で丸い瞳がキラリと光る。

 そのまま冷やし中華まで始めそうな勢いで怖い。


「雛子ちゃん、私目覚めたよ。努力することで得るものがあるってことに気づいた。雛子ちゃんを見習って優勝狙うよ私!」

「そ、そう……まあやる気が出たなら良いんだけど。努力は続けないと意味ないからね」

「へい」

「何故江戸っ子?」


 まひるが去った後、私は机でぼんやりと考える。

(あの子ちゃんと努力できるじゃん。素直だしガンガン吸収してくだろうな)


 少し見直した矢先にクラスの男子が、


「おい今年の白鳥コン優勝商品ヤベーぞ! 超高級ケーキ店『シャルロット・グース』の商品券一万円分だって!!」


 頭を支えてた腕が滑った。顎が机上に激突。


 あれほどまひるが頑張る理由を知って納得すると同時に怒りが込み上げた。


「あの食いしん坊がぁああ!!」


 ていうか優勝するの私だし?

 なにさらっと優勝宣言しちゃってるの?

 あーもう! 本当によく分からんし気に食わないヤツ!





 文化祭当日。


 色とりどりの展示が非日常を彩り立ち並ぶ屋台が食欲をそそる芳香が祭りの風にそよぐ。

 一般客も来場できることから町内のお年寄りから親子連れまで学内は賑やかだった。


 より一層賑わいを見せるのは体育館のイベントブース。


 ここでは吹奏楽部の演奏から始まり学生たちによりロックバンド、お笑いコント、隠し芸と演目が目白押し。



 そして最後を飾るトリが【麗しの白鳥コンテスト】だ。



 漆黒のドレスに身を包んだ私はステージ裏にある控え室で髪をセットしていた。金色に輝くティアラののるカチューシャを手に抱え呼吸を整える。


 今日は私のための祭典。


 観客たちに私の美しさを見せつけて、注目かっさらって優勝して、白鳥先輩とダンスを踊るの。

(どこの有象無象の女子たちなんかに私は負けない)


 唯一厄介なのは……



「雛子ちゃ~ん」


 トタトタ。

 思った矢先にその人物が姿を現す。


 まひるは白いワンピースタイプのドレスに若葉色のミュールを履いていた。

いつものお下げ髪を解き、ゆるいウェーブのかかる髪に小さな花のアクセサリーが散りばめられている。黒髪で瞬くそれは小さなプラネタリウムのよう。

 化粧も薄めに施されていて、唇はグロスで艶めき、睫毛も上向きで瞳がぱっちりしている。


 なのにまひるはいつも通りしまりのない笑顔で私に話しかける。


「今日のコンテストの出番、雛子ちゃんが先で私はその後かぁ。雛子ちゃんの次とか緊張するな~」


「当然よ。優勝候補の後なんだから」

「雛子ちゃんって面の皮厚くて凄くふてぶてしいよね。尊敬するよ~」

「目を輝かせながら罵倒すんなよ……諏訪のことだから褒めてるんだろうけど」

「はい」

「なに、その手」

「ライバルとしての鼓舞」

「いつ・私が・あんたの好敵手になったのよ!」

「私は・ライバルだと・思ってるよー!」

「合わせんなー!」

「三三七拍子ー!」

「続けるな! しかも字余りッ」

「わはははは」

「くっ、気が散る……」


 クラスにいる時からまひるの純粋さが苦手だった。

 爽やかで眩しくて真っ直ぐな態度や言葉の一つ一つが私の影の部分を際立たせてる感じがして。


「わあ、あの子可愛い」


 遠くで参加者の上級生たちの話すの声が聞こえた。

 彼女たちの視線の先にいるのは私でなく隣のまひるで。

「あの子一年生だよね? 素朴だけど可憐でかわいい!」

「隣の子もすごく綺麗だけど、私こっちの子の方が好きかも」


 勝手にこっちじゃない側にされてしまった私は目の前に差し出された手を握り返すことをせず鏡に向き直った。

「私まだ髪巻ききれてないから」

「うん。じゃあ、お互い頑張ろうね」

 まひるはそれだけ言うと「あ、私やります!」とコンテストの準備をする実行委員の手伝いをしにいく。


「……コンテスト前にドレス着たまま手伝うなっての」


 ほんと後先考えない間抜けなヤツ。


(でも)

 なんとなく目で追ってしまうのが悔しい。

 相手なんかにしてない筈なのに、あの子にはそういう不思議な魅力があるのか。


 人を惹き付ける、私には無い魅力が。



(もしかしたら、あの子がアヒルの皮かぶった真の白鳥なのかも)


 本番前だってのに。

 どうして今こんなこと考えちゃうの。


(じゃあ私は、選ばれた白鳥じゃない?)


 うつむく先の膝元には黒いフリル。

 自分を包む漆黒の衣装が途端に悪魔の娘のモノに見えてきた。


「私は、白鳥まひるの舞台を動かすために設置された悪魔オディールなの?」


 そんなの許さない。


 許せるわけないじゃない!



「じゃあこの小道具を隣の倉庫に置いてきてくれる?」

 実行委員がまひるに荷物を渡しながら指示しているのが聞こえた。

「暗いし狭いから慎重にね。途中段差もあるから気をつけて」


 私は先回りあの子が降りる段差の足元にペンキ入りのバケツを置いた。


(あの子が悪いのよ……)


 嫌な汗が衣装を濡らす。

 緊張感は控え室に戻ってからも纏わりついていた。

(まひるが私を惨めな気持ちにさせるから)


「樺乃さん」

「!」

 振り向くと自分と同じくドレスに身を包む女子たちがいた。一年の一組と二組の候補者だ。

「な、なに」

「ドレスの裾どうしたの?」

 ウソ!? しまった! さっきペンキを置いた時についたんだ。

 冷や汗を浮かべる私の足元に一人の女子がしゃがみこみ、

「ほら、ガムテープついてる」

 摘ままれたテープを見せたところで自分の危惧するものと違いほっとする。

「ありがと……」

「まだついてるから後ろ向いててー。もう、せっかく綺麗な格好してるのにそそっかしいね樺乃さんって」


 汚れをとってもらっていると楽屋のドアが勢いよく開いた。

 先程まひるに頼み事をした実行委員だ。


「大変! 諏訪さんが倉庫行く途中に躓いてペンキまみれになっちゃった!」


 予想を裏切ることなくまひるは私が置いたペンキにより悲惨な状態になったらしい。

「今から他の衣装用意なんて間に合わないし……ああ! 私があんな用事頼んじゃったから!」


 楽屋に響く悲鳴を後に私は出番が近づく舞台に向かった。

 自分の立ち位置を決めるのは自分だ。私は誰か為の歯車になんてならない。



『エントリーNo.12。一年三組の樺乃かの雛子ひなこさん!』



 アナウンスで呼ばれ私はステージの上を歩く。


 スポットライトが熱く眩しい。


 暗闇に群がる観客たちの目の前に私だけが光ある場所に立っている。


(私こそが白鳥。選ばれた人間なんだ!)


 漆黒のドレスを翻し堂々とステージを歩き美しさを見せつける。



 はずだったのに。


 次の瞬間私は床に這いつくばっていた。


 ドレスの裾を踏み滑ったのだ。

(うそ。なんで)

 振り返るとドレスの後ろ部分の裾が大きく破れていた。

 後ろの舞台裏で笑い声が聞こえた。一年の候補者の女子たちだった。

「誰かの妨害をする人が優勝できるわけないじゃない」

 そんな声が聞こえた。

 もしかして。

 あの時私のドレスを直すと言って切れ込みを。

 私がペンキを置きに行くのを見てたんだ。


(とにかく立ち上がらなきゃ)


 でも身体が強張って動かない。

 目の前の観客の反応が怖くて顔が上げられない。


(結局私ってこんなにも弱い)


 まひるの邪魔をして、自分が誰かに邪魔されれば耐えられない。

 恥ずかしい。消えてしまいたい。


 照明が光る床に水滴がぽたぽたと落ちた。



「エントリーNo.13! 諏訪まひる入りまーす!!」



 静まるステージに突然張りのある声が響いた。


 ステージに上がってきたのはペンキまみれになったまひるだった。


「あ、あんた頭」


 想像してた以上にまひるは全身からペンキを被っていた。


 頭からいった? 

そう思わせるくらい顔から足元までペンキまみれの彼女は完全に青いモンスター。

 青いモンスターは非常口の人のフォームでステージを駆け抜け、


「実はステージ前に張りきりすぎちゃってこんな姿になっちゃいまして! 私だけ恥をかかせまいと雛子ちゃんが私に合わせてくれたんですー!」


「ちょ、あんた」

 ズシャーッ!

 案の定ペンキで滑り目の前の私の顔に手のひらのペンキがぺとり。

「ぎょええええぇぇえ!!」

 晴れて自分も青いモンスターの仲間入り。物理的に顔も青くなり悲鳴をあげる。


 ぎょええええぇぇえって言った……

 あんな美人が……

 ミスコンに青い化け物が二匹……

 ザワつく会場。


「ああああ、あんた、どうして」

 助け船なんかを私に。

「雛子ちゃん私の災難に便乗してくれないかなっ」

「は?」


 こそっと小声でまひるが話す。

「雛子ちゃんが転んだの見て今行けば違和感無しでイケる! って」

「いやイケないでしょ……フツーに」

 あんたの基準おかしい。

「とにかくズルいことしちゃった私。ごめんね」

「な……」

 何謝ってるのよ。

 元々あんたに仕掛けたのは私なのよ。

 それに仮に何も知らないとして、どうしてこんな状況で笑ってられるのあんたは。


(素直に謝れて、自分のズルさも認めて、ペンキまみれでもへっちゃらで……)


 私もこんな風に、自分も他人も許せる人間になりたいって思っちゃったじゃん。



「ああもう、あんたって本当気に食わないヤツ」


 ビリッ!

 私は震えの止まった身体を立ち上がらせ、解れたドレスの裾を膝上まで切り裂いた。破いた布でまひるの顔を拭く。

「眼球までブルーに染まるよ」

「雛子ちゃん?」

「ありがと。悔しいけど諏訪のおかげで色々気づけたわ」


 そして私は頭のティアラも吹き飛ぶくらい髪を振り乱し叫ぶ。


「そうさッ。私たちは美の祭典に乱入した恥も外聞もない青き化け物二人組! ペンキーズだ!!」


 まひるを立たせ私は観客を前に青き等身で挑む。


「【麗しの白鳥コンテスト】ったってなァ生まれながらの白鳥なんていないんだよ! 全員夢みるアヒルの子なんだ!!」


 もういいや。

 好きなようにやってやる。


「元からの白鳥なんてなー白鳥先輩だけなんだよーッ!」

「え、俺!?」

 ステージの端っこの方で出番を待っていた白鳥先輩(初めてナマで見た格好いい!)が突然のもらい事故で慌てる。


 私は自分より選ばれる人間が許せなかった。

 そいつが特別なら私はどうなる。私は何になれる?

 そうやって焦る自分すら許せなくて。


「どうせ生粋の白鳥になれっこないなら……白鳥もどきになるくらいなら……私は、私はッ」


 まひるを拭った布で腕、顔、胴体に青色ペンキを塗りたくり青色怪人と化した私は体育館中に叫んだ。



「私たちは、青色モンスターになってやるううぅうッ!!」



 文化祭のステージの上で。

 スポットライト浴びる青い化け物の激昂が館内で木霊した。



 やべェこいつらロックじゃん……

 この青い連中カッケぇな……

 白鳥コン熱すぎてエモい……


 パチパチパチパチ……!!


 私の気迫からか会場から拍手が沸き上がった。


「いいぞーペンキーズ!」

 白鳥先輩も頭の上で手を叩いていた。舞台裏の候補者たちも迫力にやられたのか呆然と拍手をしていた。


 ただ、まひるだけが青ざめていた。


「ひ、雛子ちゃん!」

「なに!?」

「そういう種類の犬いる! パクリはよくないよ!」

「それはペキニーズだろォッ!?」


 どっと会場が温かい笑いに包まれた。


 コンテストの趣旨を覆しかねない発言に企画外の格好で終始会場をシュール空間にし反省していた私たちだが、何故か急遽設置された審査員特別賞を受賞した。

「お客さんも楽しく盛り上がってたしエンターテイメントとして満点!」

 特別賞商品の『シャルロット・グース』三千円分の商品券を貰い奇声をあげて飛び跳ねるまひるは青いモンスターでしかなかった。




「結局私たちどっちも優勝できなかったね~」

「……これでどっちか優勝したら来年から【爆笑の白鳥ライブ】に改名した方がいいわ」


 キャンプファイヤーの火に照らされ光る青い物体(私とまひる)は揺れる炎を背中に浴び膝を抱えていた。

「なんだアレ……」「青いナマコ?」「超怖ぇ……」

 成り行きを知らない生徒たちは私たちを見て怯えていた。

「……人生ってうまくいかないものね」


 見つめる先はダンスを踊るベストカップルの二人。


 【麗しの白鳥コンテスト】の優勝は男子部門はぶっちぎりで白鳥先輩。女子部門は白鳥先輩と同じクラスの先輩(大和撫子風の美人)が選ばれた。


 手を取り踊る二人は華があり、まさに王子と姫のようだった。


「はあ」

「まあまあ雛子ちゃん。気を取り直して」

「誰のせいで……いや、私のせいだ……自業自得だけどさ」


 美を見せつけるどころか失態を晒しだすとんでもない文化祭になってしまった。


「ま、あれはあれで楽しかったけど」


 でも意外とすっきりした気持ちの自分がいる。


「私も楽しかったよ! 特別賞の商品券も貰えるし最高だよ! 三千円分かあ。何買っちゃおう~」

「あんた本当に最初から最後までブレなかったね」

「あそこのケーキ高いからなぁ。五個、いや、シュークリームを入れれば六個はいける……」

「まさか、一人で全部食べる気?」

「知ってる雛子ちゃん。シャルロット・グースが一番力を入れてるのはスワンのシュークリームなんだよ!」

「知らねー」

 でも食いしん坊が強いのは知ってる。


「樺乃さん」


「え、白鳥先輩?」


 いつの間にかダンスを終えた白鳥先輩がこちらに向かって歩いてくる。

「やあ」

「先輩、優勝おめでとうございます。ステージでは失礼な態度をとってしまってごめんなさい」

 隣のまひるもぺこりと頭を下げる。

「え、何が?」と先輩は気にした様子もなく私たちに笑顔を見せる。

「それより二人の今日のステージ最高だったよ! コンテストに刺激が入ったっていうか、良いスパイスだった」

「いやあれはヤケ入ってたし……」

「それに、ああやって内に抱えてることガツンと言える樺乃さんは格好いいと思ったよ」

「先輩……」


 差し出された先輩の手を握り、私たちは握手を交わした。


「俺も自分に偽りなく生きていけたらいいな」

「……先輩は、生まれながらの白鳥じゃないですか」

「え?」

「いえ、なんでも」


 ひゅ~。

 あーもう隣の青い奴がうるさい。ていうか私も未だ全身青色だし最悪。

 なのに。

「最低で最高とか矛盾してるわ私」

 でもさ、人間なんてそんな生きものでしょ。



***



「まさか商品券が二人で三千円だったなんてぇ」


「しかも千五百円ずつとしても一枚で渡すっていう。あんたと買いにいくはめになってるし」


 文化祭を終え週末の日曜日。


 私とまひるは二人で高級ケーキ店のシャルロット・グースへ訪れていた。


 特別賞の商品券三千円分とは二人でということらしく運営から一枚の商品券を渡された。

 二人でとった賞だからこれで仲良く二人で行けと。まったく。


「ま、別にいいけどさ」

「ねえ本当に雛子ちゃんケーキ一個でいいの!? 私買っちゃうよ!? 商品券使い切っちゃうよ!?」

「あーもーさっさと決めな。他のお客さんつかえちゃうから」

「すみませーん。この苺タルトとガトーショコラとスワンのシュークリームと……」


 注文を受け店員さんがショーケースからケーキを取り分けようとすると、


「あーっ。スワンのシュークリーム売り切れちゃいましたか」


 残り一個のシュークリームがトングに挟まれるのを見て後から店内に入ってきた男性客が声をあげた。

 見るからにいっぱい食べそうなふくよかな体型だった。

 男性はがっくりと肩を下げる。

「もう少し早めに来てれば……」


「あの、もしよかったらどうぞ。私他のケーキも大好物なので!」


どぞどぞ~! とシュークリームを譲るまひるを見て「えっ。ありがとう!」と目を輝かせる男性は、


「あれ、諏訪さんと樺乃さんじゃないか! 奇遇だな」


 なんて言うから。


「「え? 誰?」」


 と返してしまった。



「俺だよ俺。白鳥颯」



 一瞬の間。


「え……白鳥先輩?」

 固まる私。まひるも硬直していた。

「たしかに、声がそっくりだけど、白鳥先輩ってもっとシュッとしてたような~……」

「そうそう華奢で繊細で折れそうな儚さが……」


 ない。


 目の前に立つ男性は顔がまん丸でふくよかで体型もぽっちゃりしていて、声をかけられなければ白鳥先輩と気づかないくらいで。


 これが、白鳥先輩?


「いや~俺甘いものが大好きでさ。コンテスト前は必死でダイエットして激ヤセしたんだ。ほら、白鳥コンの優勝商品ここの商品券だろ。一万円分もあったら食べ放題じゃん。だから俺張りきっちゃって!」


 照れくさそうに頬をかく先輩を見て私は全身から力が抜けた。


「先輩! ここのミルクレープも最高ですよ」

「そうなのか! 諏訪さんはモンブラン食べたことあるかい。これも絶品なんだ!」

「ところで先輩、商品券どれくらい使います? ご予算よろしければケーキを一つほど……」


 二人の食いしん坊に挟まれた私はスワンのシュークリームを奴らより先に注文してやった。


「生まれながらの白鳥なんて元からいない」




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