第6話 大聖女をやめて王子と結ばれることにしました!
王宮前広場には大勢の人が集まって来ていた。
「大聖女様!」
「大聖女様――」
民衆が叫んでいた。
「さあ、前にお進み下さい」
私は後ろから押されるようにしてバルコニーに出た。
熱狂的な歓声に迎えられた。
横には王と王族と枢機卿が並んでいる。
しかも、私より一歩後ろに控えるようにして立っていた。
「我が国に大聖女様が降臨され、教皇になられました」
「ワアー」
喜ぶ声が響いた。
大聖女が教皇になったという告知の式典が終わった後、私は控えの間に戻った。
「エドワード様、これからどうなるの? 私はあなたのお嫁さんになるのよね?」
「それが……」
「大聖女様よ、何を言われる。猊下は今や国のトップであり、信仰の対象でもある。結婚などもってのほかだ」
枢機卿が横からエドワードに代わって答えた。
「でも私のいた国では、僧侶は妻帯していました。それに高僧になれば妾もいました」
「アルテイド王国とは信仰する神が違う。我が国は精霊神を信仰しておる。そして、精霊神は神聖にして不可侵。聖職者は結婚できない。神に使える者は生涯純潔でなければならない」
私は目が眩みそうになった。
「ということは、私はエドワード王子とは……」
「さよう、結ばれることはない。いかなる形でもな」
「そんなの嫌」
私は泣き出した。
「猊下」
嫌がる私を白い修道服を着た女性たちが、教会に連れて行った。
私は一人で泣いていた。
(こんなことってある。私はエドワード王子と一緒になりたかっただけなのに。祭祀の長に祭り上げられて生涯独身だなんてまっぴらごめんよ)
「どうした、何を泣いている」
声がした。
「誰?」
人払いをして部屋には私しかいない。
「どうやって入ったの?」
続けて問いかけた。
私は今や国のトップなので、この部屋は厳重に警戒されている。黙って勝手に入れるような場所ではない。
「ワシじゃ」
白髪の老人が現れた。
「ワシって?」
「お前の父じゃよ」
「父?」
「そうじゃ」
「ま、まさか?」
「そうじゃ、ワシが精霊神じゃよ」
突然、貧相な老人が出てきて、父親だとか、神だと名乗るなんて怪しさ一杯だった。
「信じられません」
「人間は見た目で判断するからのう」
老人はポリポリと頭をかいた。
「では、これなら信じるかな」
突然、空間が変異した。
雲の上のような場所に私はいた。
「我は精霊神なるぞ」
目の前に巨大な白竜が出現して言った。
その声は恐ろしく、魂が締め付けられる思いだった。
私は恐れ入って、平伏した。
本当にただ畏れしかなかった。
「よい、頭をあげなさい」
体を起こすと部屋にいた。
目の前にいるのはさっきの貧相な老人だった。
「ローザよ。ワシは、お前が怖がらないように、この見かけで出てきただけじゃ」
老人、いや、精霊神は淡々と述べた。
「申し訳ありません」
「いいから、いいから。それよりも教皇就任おめでとう。今日からローザは、ワシの代理人として、ワシの言葉を民に伝える役を果たしてもらうぞ」
「はい」
「どうしてそんな悲しそうな顔をする。精霊神と直接話すことができて、国のトップの地位につけると聞いたら、大半の人間は狂喜乱舞して喜ぶぞ」
精霊神は唇を尖らせて少しすねたように言った。
「そ、その神様の使いになることは光栄なことだと思っています。でも……」
「でも、なんじゃ」
「私はエドワードのことを愛してます」
そう言って私は泣き崩れた。
精霊神は黙ったままだった。
「ちゃんと精霊神様の代理人の役は務めますから、エドワードのお嫁さんになってもいいでしょうか?」
「それは無理な注文だな」
「じゃあ、結婚という形を取らなくていいので、お付き合いすることは?」
「教皇の立場では無理だな」
私は覚悟を決めた。
「それでも、その言葉に逆らって、エドワードと愛し合ったらどうなります?」
「教皇の座から降りてもらう」
それは当然だ。
私は次に来る言葉を待った。
だが、老人の姿の精霊神は何も言わない。
待ちくたびれて、私から訊いた。
「私は厳罰を受けるのですよね」
「いや」
「では、死んだら地獄に落ちるとか」
「とんでもない!」
私は首をひねった。
「戒律を破るわけですから、精霊神から受けた私の不思議な力も全て失うことになりますよね」
「いや。そんなことない」
「でも禁忌の掟を国のトップの教皇と王子が破ったら、飢饉や天変地異といったことが起きたりしませんか」
「ローザが、王子と愛し合ったことが原因でそういうことが起きることはない」
「では何故……?」
「どうして教皇が純潔でないといけないかって? もちろんルールだからだよ。悪法も法なりって言って一度決めたルールはちゃんと守らないと社会の秩序ってもんが保てなくなる。それに男女が愛し合うと、互いに愛する相手のことが一番になるし、子供が生まれると子供のことが一番となる。だが教皇は、神が結婚相手みたいなもので、民が我が子だ。神と民をファーストとする人生を歩むのに自分の家族はさまたげになる。まあ、そういうことじゃ」
「では、教皇をやめてもいいですか」
「まあ、しょうがないな。娘に好きな人ができて、親の思うようにはいかないというのは世の常だからな」
私は、その時、その貧相な老人が自分の父だと初めて実感した。
「お父さん……」
私は父に抱きついた。
「おい、こらこら」
「お父さん、ありがとう。そして大好き」
「元気でな」
父が帰ろうとした。
私は大事なことを思い出した。
「待って!」
「どうした」
「母が、私が生まれたのは17年後に起きる危機を回避するためだと言っていました。それは本当ですか」
父は何も言わなかった。
「私が教皇をやめて、一人の女性として王子と結ばれることはその使命を放棄することになりますか」
「娘よ。未来のことはまだ何も言えない。だが、神の計画は、その程度で狂うものではない」
父の落ち着いた声に私は安心した。
「ローザよ。自分が選んだ道を歩みなさい。信じた愛に生きなさい。神の祝福は常に共にある」
そう言い残すと、父の姿は見えなくなった。
私は部屋の窓を開けた。
風を呼んだ。
風に乗り王子の部屋のバルコ二ーに降りた。
王子はバルコニーの端で、頬杖をつき星を見ていた。
「エドワード」
彼が振り向いた。
「ローザ!」
私は彼の胸に飛び込んだ。
「愛している」
「僕もだよ」
「地位も何もいらない。私にはあなただけなの」
「ああ、ローザ」
彼は強く私のことを抱きしめた。
私は彼を見上げた。
父から聞いたことを話そうとした。
「もう何も言わなくていい」
彼の唇が私の唇を塞いた。
そして、彼は月明かりがさす寝室に私を連れて行った。
その夜、王子と私は結ばれた。
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