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おっぱいと言え!!

作者: こじぽん

学生たちが賑わう昼休み。彼女はいつも図書室で本を読んでいた。

僕も毎日図書室へ通っていったため、彼女とはよく顔を合わせていた。

髪は普通に黒髪で、普通に可愛いといわれる部類の女子だが、胸がでかいというわかりやすい特徴を持っていた。

クラスの男子からは陰で『パイパイ』というあだ名で呼ばれていて、人気も上々。いわゆる学校のマドンナ(こういういい方はもう古いと思うけど)といっても差し支えない。

だけど今日、そんな彼女の秘密の一端を知ってしまった。


「……これって、官能小説だよな」


いつものようにクーラーの効いた図書室で過ごしていると、普段彼女が座っている席の上に本が置きっぱなしになっていることに気が付いた。

予鈴も鳴っていたため、彼女が置き忘れたのだろうと思い、興味本位で中を見てみたら……。まぁ、めちゃくちゃにエロかった。

しおりの挟んでいたシーンがまさにそういうシーンで、上品な淫語がすらすらと綴られている。


その時、勢いよく扉の開く音がした。


「あ……」


慌てて走ってきたのか、息を切らしながらこちらを見つめてくる彼女。

彼女の目には、彼女の所有物であろうエッチな本をガン見している僕の情けない姿が映っていることだろう。

お互いに最高潮に気まずい状況の中、どうやってこの場を切り抜けようか思案していると、彼女のほうから声をかけてきた。


「ゴムはつけてね」


「はい?」


あまりにも突拍子のない言葉に思考停止する。


「だってこれ、お前の秘密をばらされたくなければ、俺とセックスをしろという流れじゃないの?」


「え、いや、ちょっと落ち着いて?」


同年代からセックスという言葉が飛び出して動揺する俺を無視し、彼女は話を続けた。


「やっぱり、私のおっぱいが狙いね。私のおっぱいが狙いなのね。私のおっぱいが」


「何回、おっぱ……、胸って言うんですか!というか、初めから僕はあなたを脅すつもりはありませんよ!」


嘘をついていないということを示すために、できるだけ目を合わせて訴えかけた。

女子と目が合っているという状況に恥ずかしくなり目をそらしたくなるが、今こそ勝負の時だと思い気合で耐える。が、ついには恥ずかしさの許容量を超えて、目をそらしてしまった。


「……なるほど、確かに、恥ずかしがり屋の君にはそんな度胸もなさそうね」


「確かにその通りですけど、度胸っていうか、純粋に犯罪を犯す気がないだけという話ですよ」


急にバカにされたのが腹立たしくなって、ついつい反論をしてしまう。

それに、合意の上ならまだしもこのような形で童貞をささげるのは憚れる。

初めての時はもっと堂々と、ゆっくり、後ろめたさがまったくない状態でしたい。


「でも、あなた、恥ずかしがり屋でむっつりでしょ?だって、さっきおっぱいのことをわざわざ胸って言い換えたし」


「そ、それの何がいけないんですか。嫌いなんですよ。下ネタとか。下品じゃないですか」


「下ネタのつもりはないわ。おっぱいはおっぱいよ。私のここについているもの、あなたが子供のころにしゃぶっていたであろうおっぱいよ。さあ恥ずかしがらないで、おっぱいと言いなさい。リピートアフタミー、おっぱい」


「なんなんだ、この人は……」


女の子と、それもこんなにかわいい子と話しているのに、自分でもびっくりするほどすっと気持ちが冷めていった。


「ところでその本を返してくれるかしら。もう授業が始まってしまうから」


「あ、はい……」


言われるがままに彼女の小説を手渡した。


「ありがとう」


そのまま、扉から出ていくかと思ったら、何かを思い出したように彼女が振り返った。


「そういえば、名前を聞いていなかったわね。いつも図書室にいるのは知っているけど、名前は?」


兼子かねこ はじめです。あなたは、防人さきもり かえでさんですよね」


「よく知ってるわね、やっぱりおっぱいが大きいから有名になっているのかしら?」


その通りだという事実が妙に悔しい。


「それじゃ、また明日。あと、今度はちゃんと『おっぱい』って言ってね」


ガラガラと扉を閉めて彼女が去っていく。

嵐のような人だった。

けど、彼女との会話は僕の大嫌いな下ネタ全開だったというのに不思議と嫌な感じがしなかった。

嫌どころか、楽しかったと思っている。

彼女が可愛いということももちろんだが、心の壁を無理やり取っ払われたような心地よさが広がっていた。もともと友人ができにくいタイプだとは自覚しているからこそ、ああやって無理やり距離を詰めてきてくれる人の存在はすごくありがたく思った。

そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴る。

浮ついた気持ちのまま教室まで全力で走った。



※※※



翌日。4限終了のチャイムが鳴り、すぐに席を立った。

正直、楓さんとの間には若干の気まずさはあるものの、また会いたいという気持ちのほうがはるかに強かった。


「元、また学食か?よく金がなくならねーな」


突然、クラスメイトに自分の名前が呼ばれてびくっと体が反応する。

最近は絡まれる機会も少なかったのに。いつもつるんでいる斎藤が夏風邪だかで休んでいるせいか?

面倒という気持ちは極力出さないようにして、声の主に返答した。


「まあね、高橋はまた彼女とランチか?」


「おいおい冷やかしか~?確かにそうだけどよぉ~」


にっこりと笑う高橋に意味もなく肩を組まれる。


「昨日のデートもすげえ楽しくってさ、彼女の夏服がまたエロくて。パイパイには叶わねえけど、谷間がすごくて――」


「それじゃ、彼女と仲良くね」


これ以上絡まれるのは面倒だと思い、先ほどまでの好意的な態度を手放して、明らかに興味ありませんと暗に突きつける。あくまでも喧嘩にはならない程度に。

肩にかかった腕を無理やり外し、教室を出た。


「ちっ、ノリの悪い奴」


いじめとまでは呼べないけれど、微妙に傷つく言葉がボソッと聞こえて、鼓動が早くなる。

これ以上は何も聞きたくないと思って、図書室まで早足で向かった。


図書室へ入ると、真っ先に彼女のことが目に入った。

楓さんはいつもの席で、本(たぶん官能小説)を読んでいる。

また会えた。と喜ぶのもつかの間。

会ったからといってなんだと悩み始めてしまう。

いうなれば僕は今、楓さんの弱みを握ってしまっているような立場だ。逆にこれ以上の接触は彼女も望んではいないのではないだろうか。

何か話す口実でもあればよかったのだが、あいにく天気の話くらいしか思い浮かばなかったので、とりあえず僕もいつもの席に腰を掛けた。


「なんで声をかけないの?」


「うわ!」


いつの間にか隣の席に腰を下ろしていた彼女に耳元で囁かれる。


「驚きすぎじゃない?図書室だから静かにしようとしただけなのに」


そういう彼女の口角は楽しそうに吊り上がっている。

この人、絶対に僕の反応に期待して、いたずらしたに違いない。


「声をかけなかったのは同じような理由ですよ。図書室だし、本を読んでいたから静かにしたほうがいいのかなと思って」


真っ赤なウソだが、本当のことを言うわけにもいかない。


「ここ、私たち以外誰もいないじゃない。別に気にする必要ないわ」


「それがわかってて、なんでさっき耳元で囁いたりなんてしたんですか」


「童貞感丸出しの反応を期待したからに決まっているじゃない。あ、別に馬鹿にしているわけじゃないわよ。私だって処女だし」


「へ、へ~」


楓さんが処女、という情報に気を取られて、他のことはどんでもよくなった。

というか、今何の話をしていたんだっけ?なんで処女の話に?

なんにせよ、会話が始まったのは嬉しい。雑談ってこうやって始めればよかったんだ。


「ところで、元くんは昼食はいつ食べているの?」


「突然話題が変わりますね」


「だって、前から昼休みになるとすぐに図書室に来ていたじゃない?一体いつ食べているんだろうってずっと気になってて」


「3限終わりに食べてるんですよ」


「早弁ってこと?クラスメイトから笑われないの?」


「心配いりません。屋上前の扉で食べてますから」


「あー、あそこね。妙にリアルなチョイスね。納得したわ」


ふむふむと、楓さんはわざとらしくうなずく。

この後に、友人はいないのか、とか、ぼっちウケるとかの話になれば豊富な自虐ネタを披露できるのだが、楓さんはそれ以上聞いてこなかった。

だから、今度はこっちから質問をぶつけてみることにした。


「そういう楓さんこそいつ食べているんですか」


「私は食べてないよ。昼はいつも抜いているの」


正直、そうだろうなあとは思っていたから納得した。

そんな自分の表情を読み取られたのか


「予想通りだった?」


と楓さんに言われてしまった。


「そうですね、身体細いですし、あまり食べるタイプにも見えなかったので」


「おっぱいは大きいのにね」


「そうで……、ごほん、また下ネタですか」


「今、うっすらと本音が漏れた気がする。やっぱりむっつりだ。今からでも私の秘密をひけらかして、襲う気なんだ」


楓さんはわざとらしく自分の身体を抱きしめて、わなわなと震えた。

可愛いけれど微妙にうざいその態度に嗜虐心が芽生える。


「そうですね、やっぱり襲ってしまいましょうか」


「あら、意外な反応ね」


「せっかく乗っかったのに急に冷静にならないでくださいよ」


「なに~?自分から仕掛けるくせに仕掛けられたら照れるタイプのヒロインを期待していたの~?」


「ぶっちゃけ、はい」


「それは残念ね、今からでも照れた反応を見せたほうがいいかしら?元くんみたいに」


「イラつきそうなのでやめてください」


「ふふ」


一通り話にオチが付いたあと、お互いにふっと笑いあう。

多くの人が友人たちとわいわい過ごしているこの昼休みを、黙々と図書室で過ごす生徒なんてそういるものではない。昨日今日は楓さんと楽しくお話をしているけれど、それまではずっとお互いに独りと独りだった。

きっとその裏にはろくでもないけど、どうしようもない、根深い理由があるのだと思う。

お互いにそれはわかっていて、あえて聞かない。

そういう言葉にならない優しさや気遣いが僕たちだけの居心地のいい空間を形作っていた。


その後も雑談は続き、図書室にいながら一ページも本を読まずして別れた。

別れ際、少し勇気を出して、今度は僕のほうから「また明日」と言ってみせると、どういうわけか彼女は大爆笑して「また明日」と僕の言葉を繰り返した。



※※※

「あ、新しい本買ったんですか」


「元くんも官能小説に興味が!?」


「気になったので聞いただけです」


あれからというもの、僕と楓さんは昼休みになると毎日図書室で雑談をするようになっていた。

今となってはそれが当たり前のようになっていて、夜、一人でシャワーなんかを浴びているときとかに昼のことを思い出しては、また明日も楓さんと話せる喜びをかみしめている。


「そもそも、どうして官能小説にハマったんですか?」


「きっかけは偶然よ。本屋さんで立ち読みして、本屋でエロいものを読んでいる背徳感とか、どろどろとした未知の世界への興味とかいろいろね」


楓さんは髪の毛をくるくるとしながら当然のように答えた。


「正直、女子にはあまり性欲がないものだと思っていたので意外でした」


「なるほど、元くんのその極度な下ネタへの抵抗はそういう誤った偏見から来ているのかしら。性欲を表に出したら軽蔑されるかもしれないとでも思っていそうね」


「それは、まぁ、ガッついているって思われるのも嫌ですし」


「でも、残念。女子にも性欲はあるのよ。元くんが私の官能小説を見つけた時も、私が女子トイレで自慰行為にふけっていたせいで発見されてしまったわけだし、他の子だってきっとやっているわ。ググったらそう書いてあったし」


「とんでもなく気になる事実が出てきたせいで話の内容が入ってこなかったんですけど」


「まぁ、そうね、とにかく女子にも性欲はあるってことだけ覚えいてくれればいいわ。どう、安心した?」


にこりと笑いかけてくる楓さんの顔が思ったほか近くてドキリとする。


「安心とういうのはわからないですけど、まぁ、わかりました」


これ以上、この話が続くのは居心地が悪い気がして、わかったということを強調して伝えた。

自分から話を振っていおいてなんだけど、やっぱり性に関する話は苦手だ。

楓さんも僕の意図を察して、それ以上話を続けようとはしなかった。

こういう自分の意図をちゃんとわかってくれるのが楓さんのいいところだ。僕らは性格的には反対だけれど、深い部分で似たところがあるんだと思う。



※※※



楓さんとの時間は楽しいけれど、楽しさのあまり忘れていたことがある。

彼女は胸の大きな学校のマドンナだということだ。


「元ってさ、パイパイと付き合ってんの?」


「え?」


昼休み、いつものように図書室へ行こうとすると、高橋に肩を組まれてしまった。

前回とは違い、逃がさないぞという意味のこもった肩組みだ。その証拠にこのまま首を絞めるつもりなのかと思うほど、かなり力が入っている。

楓さんとのことはおそらく、たまたま図書室へ来た誰かへ見られていたのだろう。

普段はほとんど二人きりで過ごしていたから気が付かなかった。


「どうなんだって聞いてんの」


「別に付き合ってないよ」


「ふーん、本当だろうな?」


しつこいな。邪魔だよ。

なんて言えればいいのだけれど、そんな度胸はない。

だから僕はまた逃げることにした。


「本当だって、じゃあね」


「待てよ」


「……っ」


だが、どうやっても今日は逃がしてはくれないらしい。

がっしりとまた肩を組みなおされてしまった。


「俺の友達がパイパイのこと好きみたいでさ。ここんとこハッキリしときたいんだよね」


「友達のために、ね」


高橋は友達のために頑張る俺かっけーとでも思っているんだろうか。

巻き込まれた俺からすれば迷惑でしかないが。


「この際、付き合っているかどうかは関係ないの。パイパイとよく話しているんだろ?それやめてくんね?」


「は?」


自分でも予想外に攻撃的な返事をしてしまった。

それが悪かったのか、高橋の口調も攻撃的なものへと変わる。


「どうせてめーもあのでけえおっぱいに惹かれただけなんだろ?俺の彼女の揉ませてやるからそれで手を引けって、な?」


ああ、なるほど。

友人のためには必死すぎるなと思ったけれど、楓さんのことを好きなのは高橋なのか。

どうやら今の彼女には飽きて乗り換えたいらしい。

そのことに気が付くと自分でも抑えきれないほど頭に血が上り、怒りで体が震えだした。

高橋の下卑た目にはそれこそ下心しかない。こんなにも汚い視線を彼女がこれまでいろいろな人から受けてきたのだろうかと思うと、むなしくて、悔しくて、イライラして――


「ふざけんなよ」


気持ち悪くてしょうがなかった。


「あ?」


「勝手なこと言ってんじゃねえよ。下半身野郎が!」


高橋の腕を勢いよくほどいて、今度こそ俺は教室から逃げ出した。

とにかく教室から離れようと無我夢中で走り、学年が違うトレイへ駈け込んでからようやく心が落ち着いてくる。


頭の中で、下心に満ちた高橋の気持ち悪い目つきが思い出される。

あんな視線を楓さんに向けてほしくはない。


――けれど、僕も楓さんに同じような目を向けてきたんじゃないだろうか。

正直な所、僕は楓さんと結ばれたいとさえ思っていた。それは下心以外の何物でもないのではないだろうか。

そう思うと、これまでの自分が一体どんな顔で彼女に接していたのか急に怖くなった。

僕はいったいどれほどの気持ちの悪い顔を彼女に晒してしまっていたのだろう、


洗面所の鏡に映った自分の顔はひどく醜く見える。

結局、そのあと図書室へ行く気にはなれず、僕は初めて「また明日」の約束を破った。


※※※


翌日、クラスでは見ざる聞かざるしゃべらざるを徹底して、休み時間は延々と別学年のトイレにこもって、やり過ごした。

そして迎えた昼休み。

さすがに何も言わずに行かなくなるのは失礼かと思って、勇気を出して図書室の扉を開けると。


「遅い!」


と彼女の声が響いた。

この反応速度からして、今日は扉が開く瞬間を見張って待っていたらしい。


「来ないなら来ないと連絡しなさいよ」


「いや、連絡先知らないし」


「何で知らないのよ!」


「何でって、そりゃあ聞いてないし、聞かれてないし」


「何で聞かないのよ!」


「……ごめん」


そういって素直に頭を下げる。

普段ならもっと軽口に発展するところだし、楓さんもそれを望んでわざと横柄な態度をとっていたことも窺えた。けれど、今日はどうしようもなく彼女へ謝ってしまう。それが不正解だと分かっていても。

楓さんはそのことを察してか、静かにこちらに近づいてきて


「何で謝るのよ……」


とこつんと優しく僕の頭を叩いた。

今顔を上げれば彼女の顔が目の前にある。

けど、彼女の顔を正面から見るのがなんとなく怖くてそのままの姿勢から動けなくなる。

楓さんも僕の態度がおかしいことにおそらく気が付いてしまっている。ひょっとしたら、昨日のクラスでのちょっとした騒ぎが耳に入っているのかもしれない。

そして、やっぱり楓さんは何も聞かないでいてくれた。

でもだからといって何も言わないでいるというわけでもない。


「今日、私の家に来て」


「え?」


「これ、私の連絡先。授業が終わったら連絡するから」


下を向いたままでいる僕の手に無理やり連絡先の書かれた紙を手渡される。

そしてすぐに彼女の足音が遠ざかっっていった。


「また後で。この約束を破ったらすごく……、悲しむから」


怒るから、と言われたらまだよかったけれど、ああ言われたら行くしかない。

僕の性格をわかったうえであえてああいう言い方をしたのだとすると、ずるいと思うし、少し嬉しくも思う。

楓さんの家に行けることは正直すごく嬉しい。でも、家へ行くと分かった瞬間に、下卑た妄想ばかりが頭に浮かんで、そんな自分が許せなくもなる。

せめて紳士でいよう。楓さんに醜い姿は見せたくない。そう自分に言い聞かせて僕も図書室を後にした。


※※※


学校が終わり、彼女に指定された公園で待ち合わせをした後、15分ほど歩いて彼女の家へ到着した。


「さ、上がって」


「お、お邪魔します」


「そんなに緊張しなくてもいいわ。今日は家に誰もいないから」


こっちが紳士でいようとしているのに、この人は全く……。


「それじゃあ、多少はしゃいで大きな声をだしても怒られませんね!」


あくまで、下卑たことを考えてはいませんよと無垢な少年アピールをすべくわざと性とは違う方向へと誘導する、が――


「それははしゃいで、喘がせちゃってもって意味かしら?」


「違います!」


当然、楓さんには通用しなかった。



楓さんの部屋の中に入ってまず感じたのは、いい匂いがする。ということだった。

変態的な感想であるから口にはしないが、女の子の匂いというか、ごくたまに楓さんからふわっとただよっていた楓さんのいい匂いがした。

って、ダメだ、ダメだ!紳士たれ!紳士たれ!


「急に落ち着かなくなったけれど、どうかしたの?やっぱり女の子の部屋は興奮するものなのかしら」


「別に全然、普通です。普通に友達の家に遊びに来ただけですから」


自分で友達、という言葉を使って胸がちくりと痛んだ。

こういう自分でも制御不能な小さな反応の一つ一つから自分ではもう誤魔化しきれないほどに彼女のことが好きで、結ばれたいという下心ありきで接してしまっているのだと自覚してしまう。


「それじゃ、部屋にまで来たことだし。エッチしよっか」


「……え?」


自己内省をしているうちにとんでもない爆弾発言が飛び出した。

これまでは冗談のような下ネタはあってもこういう直接的なものはなかったはずだ。


「元くんは、私とエッチはしたくないの?」


「それは……」


「私のおっぱいは、好きじゃないの?」


そう言って楓さんはわざとこちらに谷間を見せてくる。

思わず、食い入るように眺めてしまった。

けど、すぐに自分でもわかるほどに気持ち悪い顔をしていると自覚して両手で顔を隠した。


「なんで、そんなこと急に言うんですか……!」


「一つはただただエッチがしてみたいから、もう一つは元くんのむっつりを直したいから、かな」


「むっつりを直す?」


「とりゃ!」


楓さんにばっと手をつかまれて、自分のみじめな顔がさらけ出される。

再び手を顔に戻そうとするが楓さんは思った以上に力が強く、それはかなわなかった。

そのまま楓さんの勢いに押されて、床に倒されると彼女は僕に馬のりになる。そして大きく息を吸った。


「おっぱいと、言え!!」


楓さんは家中に響き渡る声で力いっぱいそう叫んだ。


「えぇぇぇぇ……」


予想外の言葉を叫ばれて、思わず力が抜ける。


「元くんは、恥を知っているとってもいい人だと思う。でも、恥じぬべきことも知るべきよ」


いつものふざけたやり取りとは違い、真剣な声色でまっすぐ僕の目を見て楓さんは言った。


「元くんが私にいろいろ気を遣ってくれているのは知っている。でも、私への好意まで恥じることないじゃない」


「こ、好意って……」


「セクハラとか、私をオカズにしたいとかなら確かに口には出さないほうがいい。それは恥ずべき事よ、けど、元くんの純粋な性欲まで抑える必要はないと思う」


「純粋な性欲?」


「愛することも、好きになるのも人間にって本能的なものでしょう?そしてそれは性欲だって同じ。それなのに、愛や好きはよくて性欲はダメなんておかしいじゃない」


優しく、けれど力強く楓さんは語る。

何か言葉を返したいけれど、どんな言葉も思いつかなかった。

確かに僕は楓さんのことが好きで、その純粋な好意さえ汚いものとして恥じていたのだから。


「元くんになら性欲をぶつけられてもいい。だから私の前では自分を恥じないで」


楓さんの手が僕の頬を優しくなでる。


「もっと、顔をよく見せて」


楓さんの顔が近づいてきて、頬が真っ赤に染まる。

僕は今どんな顔をしているのだろうか。

鼻の下を伸ばしただらしない顔か、それとも、性欲丸出しの醜い顔か。

それを大好きな楓さんに晒しているという事実はどうしようもなく恥ずかしい。でも、それを恥じぬべきだというのなら、楓さんが受け止めてくれるというのなら、僕は喜んで僕自身をさらけ出そうと思う。


身体中が熱くなり、心の底から彼女のことを抱きたいと思った。

でも、恥じない自分でいるためには流されるだけじゃダメだ。

恥ずかしくて、ずっと言えてなかった言葉をちゃんと言わなくちゃ。


「好きです!楓さん、付き合ってください!」


「性的な意味で?」


「それ以外に何があるんですか」


「私のどこが好きになったの?」


「初めは、おっぱいに惹かれました。でも、今は普通に恋してます」


「合格!」


楓さんは優しく笑ったあと、勢いよく僕にべろちゅーを決めたのだった。

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