第9話 可愛い令嬢
ラクシアにとって人を殺すことに抵抗はあった。
自分が生き残るため、そして自分の周りの人間を守るためにも、王子を殺して生き延びる手段を選んだのは紛れもない彼女自身で、その選択を間違いだとは思わない。
だがアルタイル王子は悪ではない。
ラクシアが主人公に対して陰湿ないじめと暴行を行ったから追放し、その後何処かで野垂れ死んだりしているだけでアルタイルが勝手な都合で殺してわけではない。
かくいうラクシアも、ゲームを見ていた身としてはこの行動を非難することはない。
むしろその状況で主人公を助けなかった方がクズだと言うだろう。
ラクシアが追放されたのはされるべくしてされたことであって、彼女が自分から何かをやらかさない限りアルタイルは手を下さない。
ただ彼と主人公の恋愛を周りの人間が利用し、その結果殺されるだけで、殺されたラクシアに対して責任を感じるくらいアルタイルは善人なのだ。
分かっているとは別の手段もあるかも知れない、ここで彼を殺す以外の道があるかも知れない。
そう考えていながらも、具体的な解決案を生み出すことができないまま殺すしかなかった。
「少しだけ、気が軽くなったかな」
剣を握る手に視線を落とし、ラクシアは薄らと微笑んだ。
アルタイルを疑惑のまま殺すことは、ラクシアを殺したゲームのクソ野郎と同じ。
だからもう、たった一つの約束のために心の底から剣を振るえることに感謝して、
心につっかえていた後ろめたさは今、完全に消滅した。
「なんだよお前……なんでこんな奴がいるんだぁあああ!」
革命軍の青年の剣戟を一歩も動くことなく捌き切り、攻撃に手一杯で防御が疎かになった腹部を蹴り飛ばす。
剣にのみ集中していた彼に防御などできるはずもなく、鳩尾を的確に蹴り飛ばされて壁に叩きつけられた。
「こんな奴がいるなんて聞いてない……………契約の時とは……話が違う! 護衛は……カスばかり押し付けたって言ってただろ!」
一撃で内臓を破壊された彼は腹部を抑えながら立ちあがろうとするが、大量の血が逆流して口から吐き出される。
いくら防御できてなかったとは言え幼い少女の攻撃。
身体強化をしていたところで肉体的な強度や成人女性に匹敵するかどうかのもので、剣を持つことで精一杯のはず。
なのにどうして、この少女はここまで強い。
必死に立ちあがろうとする彼を静かに見下ろしている少女に本能的な恐怖すら覚える。
だがラクシアの強さはこんなものではない、
「魔法なら一瞬で楽にしてやれるんだが…………それは流石に反則だろ」
自身の半分も生きていない少女如きに見下される現状に耐えきれず、剣を握りしめて力任せに振るうが、
そんな低レベルな攻撃は剣など使わずに、生身の片腕で受け止められ、
「嘘だろ…………そんな……馬鹿なことが」
そして握力のみで粉砕された。
「なんだよ………………なんなんだよお前は!」
武器を失い、抵抗するにも身体は限界。
けれどそれ以上に、剣ですら敵わなかったこの少女に今からどうやって勝てばいい。
昔から喧嘩は強かった。
冒険者になってからも邪魔な奴らは全員殴って黙らせた。
ツラのいい女は勝手に寄ってきて、歯向かった馬鹿を殺しても強かったから貴族がゴマを擦って無罪になった。
ムカつくやつを全員殴って、うるさいやつを黙らせて、いくら勉強ができようが腕っ節がなければ意味がないと知らしめた。
俺は強い。
革命軍の話もどうでも良かった。
ただ暴れられて、雑魚をなぶり殺しにできるだけでちょうど良かった。
俺は強い。
逃げ回り使用人を殺して、地位で守られている貧相な王子を殺して、最強だと証明するために。
なのにこの少女からは絶対に勝てないと知らしめるだけの存在がある。
「俺は可愛い令嬢…………だそうだ」
ラクシアの剣がゆらりと動き、
──水無月平定、晩火林鐘。
全てを両断した。
次回はなんとお風呂回です。
それとなんだか人の影が……もしかしたら一人じゃないのかも。
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