第5話 中世だけどお風呂はある
どうしてこうなったのか、
「ラクシアが魔法の天才だって聞いて僕はとっても嬉しいよ」
わざわざメガネを取ってまで嬉し涙をハンカチで拭っている父親の姿に多少の罪悪感を感じながら、ラクシアはどうしてこうなったのかが分からないまま食事の手を止めて放心状態に移行しようとしていた。
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ロビン=ギルガントはラクシアの実の父親であり、主に王国の政治などを担当している行政大臣。
そして数あるアムール王国の貴族の中でもトップクラスの権力を誇り、王族に直接顔が聞く人物でもあるが、
「あのラクシアが、可愛いだけのラクシアがこんなに成長したなんて」
家の中ではただの親バカに等しい。
むしろ下手なセクハラやボディタッチに出ない紳士なだけ、責め立てビンタする余地がないため、通常の親馬鹿野郎と比べても咎めにくいめんどくさい生物なのだ。
「それにしてもいつの間に魔法なんて覚えたのかな?」
「いやちょっと待ってください、なんで私がやったと思いに?」
先程から魔法の使用がバレたとなってから食事が喉を通らず、せっかくの料理が緊張と汗と手の震えでまともに食べられたものではない。
だが下手な行動に出れば、口調の変化に勘付かれた時のように父親による地獄のカウンセラー。
要するにパパ活が始まるため全力で隠し切るしかない。
「あぁ、それね。それはね僕がラクシアの功績を逃すはずないじゃないか」
「……ご冗談を」
と言えればどれだけ楽か。
目を覚ましてから最初にすれ違っただけで歩き方から「いつもと違う」と指摘され、言葉遣いから疑いをかけられ、この男の愛娘に対してのみ発動する観察力は異常。
そのため万が一の確率でもこの男の言っていることが本当である可能性が存在する以上、ラクシアに気は抜けない。
(最悪魔法の存在はバレてもいい。年頃の子供が好奇心で魔法を覚えようとしたでまかり通る)
詳しい分野は学園に入ってから魔法を学ぶが、学園に入る前から魔法を使える人間も珍しく無く、むしろ貴族ならなんらかの影響で入学前には魔法を覚えているのが当たり前。
なればラクシアが魔法を覚えていること自体はなんら不思議ではなく「興味があって」で流せる。
ただ返ってくる答えが「そっかぁ」ではなく「あの大規模破壊魔法を?」と言われれば詰む。
ラクシアの魔力の才能はゲーム時点でもかなりの物で、ゲームでもトップクラスに優秀。
できない事はないが、あの術式はこの世界には存在しない日本から着想を得たものが多く、言い逃れはできない。
どう返すべきかと思考を巡らせているラクシアだったが、
「冗談だよ、冗談。ラクシアの言う通り、ちゃんとタネも仕掛けもあってね、魔力の痕跡を辿ったんだ」
「魔力の痕跡……」
「書庫にラクシアの魔力の痕跡が残っててね、魔法騎士団を呼んで調べさせた結果ファイアーボールを使っていたことがわかったんだ! すごいね、天才だ」
(よかったぁ……そっちで、炎煌覇弓とかじゃなくて。あっちだったら本当にストーリー始まる前に国家反逆罪とかで殺されてたかもしれない)
12歳の時点では自身の得意不得意がわからず、早い物ですら魔法を使う前に魔力を感じる練習を行う頃合いだろう。
元々16の学園で魔法を基礎からやっていくのだから当然で、今の歳で下級とは言え魔法を独学で成功させたとあっては天才と言っても過言ではない。
ただ万が一、炎煌覇弓などのオリジナル魔法がバレてでもしたら、どうなるかは分からない。
少なくとも触れたら終わりのチート魔法を放置するほど王国も馬鹿ではないだろうが、
「いやぁこんなに立派になって、もう王宮で言いふらしてやろうかなって」
「やめてください恥ずかしいので」
あんまり目立ちすぎるとボロが出る。
ご近所に言いふらそうとする父親を必死に宥めるラクシアだが、それと同時に魔力の痕跡についても考察する余地が出てきてしまった。
■
立ち昇る湯気の中、肩まで湯船に浸かっているラクシアは滑るように沈んでいくと口元で泡をブクブクさせる。
「どーしよ。何かないかなぁ」
中世の貴族は風呂に入る文化はあまり無いとされていたが、これはジャパニーズが作った乙女ゲームの世界。
当然製作者の都合上お風呂などの水回りやトイレは完備されており、原理は全く不明だが排泄したものは下水道に行くらしい。
しかも水魔法が存在する事から水不足とはほぼ無縁。
そのためこうして毎日お風呂にあやかっているわけだが、今日のラクシアはいつもより増して眉間に皺が寄っていた。
「痕跡ってどーゆうこと! そんなんあったらダメじゃん!」
縛っていた紐が切れ、長い髪の毛が湯船の中に広がっていく。
金髪の髪の毛と湯船の水が広い風呂場の壁と天井に付けられている魔力灯の光を反射して、湯船に寝転がるように顔向けになっているラクシアにはその反射の光がよく見える。
全裸になって仰向けに浮かんでいる今の彼女を見れば他の令嬢は激しく非難するだろうし、アンナは髪の毛を心配してすぐに上がらせるだろう。
だが今は誰もいない一人なので、全ての怨嗟から解放されたラクシアは1日の楽しみである唯一の「ボケー」っとできる時間を全力で楽しむ。
「魔法で一気に吹っ飛ばせば楽だと思ったのになぁ……って言うか、俺は本編だと魔法で殺されてるのに犯人見つかるまで長くなかった? なんで………………ここにきて変な設定つけるなぁ!」
両手両足をジタバタさせてお湯を湯船から追い出すが、力尽きたのか動きを止める。
「………………もういいや洗って寝る」
湯船から出てきたラクシアは神の彫刻と謳われる完璧な裸体を晒して近くの石鹸とシャンプーを拾いに行く。
そして道中に備え付けられている巨大な鏡を前に足を止め、目の前に映るラクシアの姿を一瞥してから何事もなかったようにシャンプーを片手にシャワーを捻った。
本編のラクシアは16の時点のキャラデザしかなく、後日談では絶対に死んでいるので大人バージョンはない。
かと言って掘り下げるほど過去がある訳でもなければ、攻略対象の過去で名前だけは出てくるも姿はない。
そのため幼少期のラクシアの姿はゲームではお目にかかる機会はないが、他人が見れば仰天するくらいはあるだろうが、毎日睨めっこしている自身の体なので何も思わない。
少しずつ肉体に順応し始めていることに気づかないまま、シャワーから流れるお湯の温度を調節しようとして蛇口を捻りながら手を出して温度を確かめていると、
(そういやお湯ってどうやって作ってんだ? 炎系の魔法と水の魔法の同時発動? 電気やガスで温めるなんて無いだろうし、温泉引っ張ってるわけじゃ…………)
ふと感じた疑問から新たな切り口を発見する。
「硫黄……硝酸? それなら………………」
爆薬の作成ができる。
魔法なら確実に足がつくが、化学の力ならそれはない。
つまり、この魔法社会で魔法ではない別の手段によって魔法と同じ威力を引き出すことができたら。
魔力の痕跡を辿れない以上、それは完全犯罪になりうるのだ。
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