第4話 偉大な魔法使いと最強の魔法使い
ラクシアが片手を前に出した瞬間、熟練の魔法使いだった魔道骸士の目には天変地異級の魔力の波長が垣間見え、この魔法を成立させてはいけないという本能から、合計6つの『フレイムランス』を同時に放った。
「少し危ないからな、後ろの連中には絶対に届かないように結界を張ってある」
ラクシアに到達しないのは当然として、背後にいる騎士やアンナの前にも巨大な結界。
厚さから言えば王宮を守る魔法結界と同じほどの防御力を誇るが、王宮のものはアーティファクトで作成された古代の遺産。
それをたった一人で、しかも一瞬にして作り上げたラクシアの技量に一切の出し惜しみなしで構えた。
『バーニングブラスト』
『マジックミサイル』
Aランクモンスターの全力で放った上級魔法は、ラクシアの属性すら付与されていない下級魔法の前に敗れ去る。
そしてバーニングブラストを貫いたマジックミサイルは魔道骸士の杖の魔石を粉々に打ち砕いた。
「魔法を形成するのは使用する魔法の術式、込めた魔力量、使用者の魔力の質だ。それにブースターとして魔石が関わってくると……言われなくても分かってると言った顔だな、魔道骸士」
ラクシアの言っていることは事実。
使用する術式にはランクが存在し、上級、中級、下級と分かれているそれらは絶対に上のランクの魔法には勝てない。
それが魔法使いとして最初に覚えるべき基礎であり、この世界の道理だ。
だがこの少女は、そんなものを嘲笑うかのように破棄してみせた。
(この少女は魔法を使用する時の魔力量と質の桁が違う。だから魔石込みの私の魔法を正面から打ちくだ……)
と、魔道骸士は敵を殺すために作業のように魔法を放っていたのに、いつしかこの少女を前にしてどう対応するかの打開策を考えていた。
(あぁ……いつぶりだろう、自分の頭で考えて魔法を使うのは)
ラクシアに向かって魔法を放つ魔道骸士だが、それら全てを魔法障壁で防がれ、カウンターとして放たれた魔力の塊を回避しきれずに片腕が吹き飛ぶ。
(いつから私は何も考えずに上級魔法を放って敵を倒していた)
下級魔法のフレイムを起爆剤にして爆発の推進力を利用してラクシアの背後に飛ぶが、すでに反応していた彼女によって、土魔法で形成された岩の拳で上空に打ち上げられた。
(頭を使って、魔法の可能性を信じて戦っていた私が、いつからか上級魔法しか使わない馬鹿に成り下がっていた)
風魔法を使って高速移動しながら魔法を放つ。
全方位からの弾幕によって目眩しを行った魔道骸士はその隙をついて上級魔法『ギガントロック』
下手な木々よりも高く、鉄よりも硬い岩石を生み出した魔道骸士は弾幕と土埃でブラインドをしたラクシアへと放つが、
弾幕の奥で弓を構える体勢をしていたラクシアの手には魔力の塊。
『炎煌覇弓』
音速を超えて放たれた火炎の弓矢は魔道骸士の下半身を吹き飛ばし、ダンジョンの壁に衝突した瞬間、それ以降の全てが消し炭と化した。
炭化したダンジョンの壁を横目に見ながら、魔道骸士は今放たれた魔法のエネルギー量はバーニングブラストの比ではないと嫌でもわかる。
触れただけで炭化。
通常の攻撃では傷一つつかないはずのダンジョンが一撃にして消し飛んだ光景から察するに、こんなものは彼の生きていた時代ですら見たことがない。
(…………強い。私よりも、他の誰よりも、彼女は強い!)
その術式はなんだ。
どこからその原理を生み出した。
一瞬で炭化するほどの燃焼エネルギーはどうやって生み出したのか。
お前の魔力量はどうなっているのか?
そう思った瞬間、魔道骸士は自身がもう人間ではないことを思い出した。
(私は死んだ、既に人じゃない。それにモンスターとして人を沢山殺している)
ようやく、風化した人の意識を取り戻した魔道骸士は目の前の少女と語り合えないことを、どうして自分は今の時代に生きていないのかと、
そしてもう、戻れないところまで来てしまっていることを悔いた。
だがケジメは付けなければならない。
人を殺して、人を襲って、モンスターとして人間であることを放棄して作業のように人を焼いた粛清は受けなければならない。
魔道骸士は攻撃の手を止め、ラクシアをじっと見つめる。
「私は……モンスターだ。人じゃ……あ…………ない」
詠唱ができるのなら言葉も喋れる。
久しく言葉など喋ったこともなかったというのに、彼は声帯のない骨で言葉を紡ぐ。
そしてその光景にラクシアは黙って見ていた。
「けれど……人でも…………あった。だ……から、お前……に………受けて…‥欲しい」
最後の魔法を。
長く生きすぎた自身の生涯の幕を閉じるために、全てを込めた魔法を放ちたい。
そして、
「私……を、君の……全力で………………殺してくれ」
「…………………………ああ、分かった」
ラクシアは手にしていた剣を放り投げ、両手を前に出して魔力を解放させる。
今まで見ていたのがほんの一部だったと思い知らせるほどの膨大な魔力量が魔道骸士の身体を直接殴りつけるように放たれ、それと同時に約束を守ってくれることを幸福に思う。
(最後に魔法使いとして勝負をつけてくれるのか……優しいんだな)
モンスターになった自身の言葉など切って捨てても構わなかった。
剣に自信があるのなら、それで殴ってくれても構わなかった。
既に自身はモンスター、殺されるのが道理で、人を殺した有害なモンスターは生きてはいけない。
生前にそうしてモンスターを倒してきたのだから、今更自分だけが生き延びるのは殺したモンスターになんて言えばいい。
だから全力で、今持てる全てを、長すぎる人生でようやく出会えた最強の魔法使いへ放つ。
『エクスプロージョン』
上級を超えた超級魔法。
生涯最高の魔法を放った魔道骸士にラクシアは、
「さよならだ。人間」
『浄楔羅刹』
■
ぼろ切れのローブは完全に消滅され、持っていた杖は原型すらない。
そして魔道骸士は風に吹かれて消えていく。
『強いな、手も足も出なかった』
身体を失ったことでモンスターの呪縛から解き放たれ、今や消滅間際の魂となった魔道骸士は骨の上に浮かんでいた。
『そんな顔をするな。人間と敵対したモンスターは殺されて当然、私もそうやって人を守ってきた』
『ただ私はもっと人間でありたかったと思う。もしまだ生きれていたら、君と話してみたかった』
「…………………………」
『ありがとう。私は偉大な魔法使いとして、最強の魔法使いに負けたんだ。向こうで誇れることが一つ……増えたな………………』
完全な消滅を見届けたラクシアは天を仰ぐ。
そして灰を掴んだ。
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