第10話 百合花風呂
王子を殺せばゲームのルートを一つ潰すことにつながり、その結果としてラクシアが生存できるルートが確立できると思った彼女は王子を爆撃してぶっ殺すことに決めた。
大量の分岐路のある線路を出発点からぶっ壊すに等しい所業を計画したラクシアだったが、シナリオには存在していない革命軍の乱入によって思わぬ方向へと転がることになり、
「いやぁ……世の中思い通りにいかないんだよな」
今は王宮に軟禁されていた。
■
「うぅぅわぁああ! 久しぶりの足が伸ばせるお風呂だぁ!」
軟禁を解除されたラクシアは速攻でお詫びとばかりに用意された王宮内の大浴場に訪れ、脱衣所から見えるスーパー銭湯かと見間違えるほど巨大な浴槽にテンションが上がっていた。
それもそのはず。
つい先ほどまでは王子暗殺未遂の犯人として容疑者に上がっており、かと言って明確な確証もないまま行政大臣の娘を断罪するわけにもいかず軟禁という形で拘束されて1週間。
その間は室内から出ることを許されず、もちろん風呂は無し。
貴族の立場もあって牢屋のような貧相な場所に入れられることはなかったが、浴槽のないシャワールームのついたビジネスホテルのような場所に放り込まれ、四六時中常に扉の前には見張りがついている。
そんな堅苦しい軟禁状態で自分の身の潔白を、むしろ王子と知らなかったとは言え王女を助けたのだから無罪放免でもいいはずだ。
そんなこんなで1週間の軟禁生活を得て、ようやく無実を証明できたラクシアはこうして王族の使用する大浴場へと駆け込んだわけだ。
靴下を脱いで脱衣所のカゴに入れ、素足で洗い場と大理石の床を歩いて浴槽の温度を確かめるために袖を捲って手を突っ込む。
中世ヨーロッパの人間にお風呂の文化があること自体が不思議だが、この作りや風情は日本の温泉に近い。
おそらく制作側の資料不足を勝手に補った結果か、もしくは単純にお風呂やりたかっただけか今となっては知る由もないが、前世からお風呂好きだったラクシアにとっては良いことだ。
温度を確かめてからすぐに衣服を脱ぎ捨ててタオル片手に躍り出る。
そして桶で身体を流してから湯船に入ると、肩まで浸かって気の抜けた声を上げてしまった。
「はぁぁ〜〜久しぶりだなぁ」
ギルガント家の浴槽も足を十分に伸ばした上で後数人くらいは入れるほどの広さを誇るが、王宮のそれは10人単位で入ってもおそらく大丈夫だろう。
使用人やメイドは別で入るためここまでの広さを確保する必要はない筈だが、その辺は王族としての見栄なのだろう。
「それにしても広いなぁ、こんなに足が伸ばせるんだもの」
白く細い足をお湯の中から持ち上げたラクシアは「なんやかんやあったけどこれに免じて許してやるか」と思い始めて、もう一度温まる。
(あの場で出てきたら絶対に疑われるって分かってから出たくなかったけど……しょうがないでしょあれは)
見つかる=犯人と思われてもおかしくはない構図なため、本来は姿を表すどころか使用人でさえも見殺しにするべきだったが、自然と動いた身体を責めるわけにはいかない。
それに助けられる命なら助けたところでバチは当たらないだろう。
一応ラクシアがあの場にいたことについては「自分も革命軍に攫われていた」と言う言い訳をしておいたうえに、命を張って守ったアルタイルやラクシアの助けた王女であるフリッシュの言い分もあったおかげで無罪放免。
今頃は真犯人だった貴族が処罰されているらしく、その辺は下手に調べてもう一度疑われるのを避けるために完全にノータッチ。
結果的に王子を殺せずに死ぬルートを残す結果となったが、表立って彼を助けたことで何かが変わったかもしれない。
できれば恩を感じて殺さないでいてほしいが、彼がラクシアを殺すのは主人公をいじめた時だけ。
主人公に手を出さず、後々に起こる面倒な内乱をどう切り抜けるかにシフトした方が今後のためにもいい。
そう思考を巡らせと次にどうするべきか? を考えていたラクシアだが、脱衣所の方から着ズレの音が聞こえた。
(誰かくるのか……ってもここの仕組みわかんないし当たり前かもしれない)
磨りガラスになっている脱衣所と浴室を隔てる仕切りからは長い髪の毛をメイドに纏めてもらっている影が見えたことから、男性ではないのは確か。
一体誰が来たのだろうかと浴槽から顔を覗かせて見ていると、
「あの……私も………………いいですか?」
先日ラクシアが助けた幼い少女、王国の第一王女フリッシュが扉から顔だけを覗かしていた。
「いいよ、おいで」
断られるかと思って引き気味だったフリッシュに笑顔で手招きしたラクシアを見ると、先ほどの不安そうな表情は瞬く間に輝く笑顔に変わり、ラクシアの正面に浸かる。
そして、
「この前はありがとうございました。それと、お兄ちゃんも」
丁寧に頭を下げるフリッシュに「わざわざそんなことを言いにきたのか?」と疑問を感じるラクシアだが、彼女たちからしてみれば誰にも助けてもらえずに死を覚悟する状況に現れたヒーローに見えていてもおかしくはない。
ただその実態は少し前まで王子を殺そうとしていた革命軍と同じ人種だが。
「いいや、礼を言うべきなのは俺の方かもしれないな…………あと少しで取り返しのつかない事になってたかもしれないからね」
「………………何を……ですか?」
「何でもかんでも最短をいくもんじゃないって、久しく忘れていた。ただ今はそれを思い出しただけだよ」
フリッシュはシナリオでは王子の妹として登場して、主人公とはあまり仲が良くない。
それも生まれつき病弱な彼女は頼れる存在が兄であるアルタイルしかおらず、主人公との時間に割くばかりで構ってくれなくなった主人公に嫉妬するというのが本編の彼女だ。
ただ全ての悪はラクシアが負担するので悲惨な目には合わず、最終的には主人公を認めると言ったポジションだが、彼女にとって兄の存在が大きいのに代わりはない。
どんな形であれ、ラクシアはこの子から大切なものを奪おうとしてしまったのかもしれない。
自分のしでかしたことがどれだけ浅ましいことだったか、そしてそれを食い止めてくれた彼女に恩を感じていたが、
「あの! ラクシアさーー」
フリッシュが何かを言おうとしたそのとき、彼女の纏められていた髪の毛が解けて落ちてきてしまい、王族特有の白髪が湯船に浸かってしまい、それを見たラクシアは、
「そろそろ洗おうか」
■
鏡の前で風呂椅子に座っているフリッシュの頭を洗っているラクシアは、泡立った彼女の髪の毛に向かってシャワーを向けた。
「目に入るからつぶりなよ」
「はい!」
流れていく泡を静かに見送り、綺麗になって露わになるフリッシュの髪の毛に、流れる時にかかった顔まわりの水をタオルで拭いてあげていた。
すると、
「あの……ラクシアさんは、その……胸がありますよね?」
「えっ、はっ………………はい?」
とんでもない言葉が聞こえたような気がしてラクシアの脳内はフリーズする。
そして脳内にはイルカらしき生き物がクエスチョンを出している光景が浮かぶが、ひとまずイルカを消し飛ばした。
「今なんて?」
「ラクシアさんは私と一つしか変わらないのにちゃんと胸がありますよね」
思い出せる限りの設定だと一年後に学園に入ってくるので歳の差は一歳のはずだ
そこはいい、その辺りは大丈夫だ。
問題はその次、
今この子は、フリッシュはなんて言った?
ラクシアの聞き間違いでなければとんでもない爆弾発言をかましてきたはずだ。
「う……うん。そうだね」
今までの人生で一番返答に困った出来事だと確信できる。
それほどまでにこの返答は難航し、結局出てきたのは濁った頷きだけだった。
「お母様もメイドの皆さんもちゃんとあるのに、私にはないんです」
そりゃあ成長期じゃないからだろ、とは言えない。
王族の、しかも思春期すら来ていない少女に何を言えばいい。
自身のキャパを超えている無理難題に脱衣所で待機しているフリッシュのメイドへとSOSを求めるために目を向けるが、
磨りガラスの向こう側で両手で丸を作っていた。
(何が丸なんだ! 何もよくねぇだろ!)
こうなったのも全部まともな教育を行わない王族のせいだ。
ここはできる限り適当に誤魔化して後の人間にぶん投げてやろう。
「それは……そうだね…………大人になったら分かりますよ」
鏡には自身の胸を触っているフリッシュの姿が映っており、それと同時に彼女の視線はラクシアへと向かって、
「みんなそう言ってはぐらかすんです……ラクシアさんもーー」
(いやどうしろってんだよ! 王族に性教育とか絶対に嫌なんだけど)
だが涙目のフリッシュを放っておくことができるほどラクシアのメンタルは強くない。
先程も王族に対して不敬だからと敬語を使おうとしたラクシアだが、捨てられた子犬のような顔をしたフリッシュに折れてこうして不敬を続けているほどの押しの弱さ。
適当に流せるならそれに越したことはないが、それで泣かれると困る。
だが本当のことを言うのもなんだか違う。
その結果ラクシアの導き出したのは、
「あの……身長とかと一緒で、身体が大きくなるにつれて一緒に大きくなるんだよ。手とかも昔は小さかったけど成長と一緒に大きくなっていったでしょ?」
「確かにそうですね! わたしの背が低いから、ラクシアさんくらいに大きくなれば大丈夫ってことなんですね!」
なんとか乗り切った。
嫌な冷や汗だらけの額を拭ってこんなクソ質問を押し付けてきたメイドたちへと怒りを込めてチラリを見やると、
『減点』と書かれた文字が磨りガラス越しに見えた。
■
後日、ラクシアから言われたことを知識として結びつけてしまったフリッシュは身長が高いのに胸がないメイドに対して「どうして大きいのに成長しなかったのか?」と聞いてしまって泣かせたという話が転がり込んで、
ラクシアは椅子に揺られながらひとりでに、
「もうやだ、王族」
と言ったらしい。
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