素人作家のワールドジャンプ
一応コメディ枠で投稿させて頂きますが、内容的には正直微妙。
……オチが弱いし。 まあ、そうなるな。だし。
それでも読んでいただける方は、拙作をどうぞ(鼻で)笑い飛ばして下さいませ。
現代。
どこかの8畳一間の安アパート。
そこに、見苦しくは無いがどこか野暮ったく見える男が住んでいた。
室内には目立つ物もなく、とても無難かつ手堅い内装でまとまっており、どうにも地味な部屋だ。
そこでひとり、足が折り畳めるちゃぶ台にパソコンをのせて、そのモニターを睨んでいた。
「くそっ…………! 思ったように、良い小説が書けない!!」
そうぼやく彼は、立派な社会人。
会社勤めで、安定収入で、自己主張が地味に苦手な引っ込み思案。
彼女もおらず、彼女になってくれそうな人物と出会える機会に恵まれず、なんとなくこのままひとりで老人になるのかな~なんてぼんやり思ってしまうような男性。
彼の趣味は素人小説の投稿サイトに、作品をなんとなく投稿すること。
でも投稿するからには、出来るだけ面白く感じる作品を書いて投稿したくなるもので、その努力を試行錯誤するのが楽しくなってきている。
その努力する方向に頭を悩ませ、さっきのぼやきが口を突いて出て来た。
「あ~。 薄っぺらい俺の人生だと、どうしても心理描写が上手くならねぇ。 どうにもできない流れで性転換した主人公は、心が女になるのと男の心を維持するのと、どっちが正しいのかすら分からねぇ」
――――それは多分、この世の誰もが正解を知らないと思われる。
生まれつき心と体の性別が違う状態は、現実にある。
しかし、こう言ったTSを題材にした作品では心と体の性別が一致していた者が一致しなくなるのが大半で、そんな事態に現実で直面した者などまず居ない。
なので想像するしかない。
想像するしかないからこそ、その糧として今までの人と関わってきた経験が活きてくるのだが、無難過ぎる経験では頼りない。
…………と、謎の脱線から話を戻そう。
彼はとにかく頭を悩ませる。
仕事に差し支えないか心配する位に、それはもう悩む。
本人曰く、頭の体操のつもりらしいが効果のほどはわからない。
ただまあ、好きで悩ませているのだろうから、もうその辺は気にしないことにする。
「魅力的な小説は、作品世界の中の人物がちゃんと生きている場合が多い。 しかしそれを俺じゃあ表現できねぇ……!!」
時刻はすでに、翌日を考えると寝た方が良い頃合。
当人もそれはわかっていて、いつでも寝られる準備をバッチリ整えてから、この作業をしている。
最悪、こうやって頭を悩ませている内にふと、意識が途切れて寝落ち……なんてなっても良いようにと。
「あ゛ーーーー、分からん! 実際にTSを体験できれば、書く腕が上がるかもしれんが無理だしっ!!」
………………ほら、案の定でその保険がまた役に立った。
座布団代わりで下に敷いた布団へ、吼えると同時に倒れ込んだらコノザマである。
~~~~~~
「……ここは?」
男性が目を開けると視界いっぱいの、黒地に点々とした小さな光の煌めきばかり。
それはまるで、自身が宇宙に漂っていると錯覚させる。
「うわ、わわわわわわっ!?」
辺りを見回しても宇宙っぽい感じで、不意に足下をみたのが悪かった。
その足下も宇宙らしきものであり、足が地についていなかった。
地上に生きるものとして、地表での常識を日常とするものとして、足に何もない=落下する と言う連想をしてしまい、本能で慌ててしまう。
だがしばらく慌ててもどうにもならず、落下する実感も様子もないので、そうなると心が落ち着いてきた。
「……ふう。 ここは一体どこだろうか」
落ち着いてくれば、こうやって改めて状況確認を再開できる。
上下左右、前方後方、四方八方を冷静に見渡す余裕も出てくる。
自身の姿が、存在としてはっきりと知覚できる余裕と一緒に。
そしてこの宇宙みたいな場所で気が付く前に、自身が覚えている最後の行動も思い出せるようになる。
「俺はネタ出しがうまくいかず、布団に倒れこんで……ああ。 寝落ちたのか。 そうなるっつうと、ここは夢の中か?」
そう判断するのは、とても道理である。
常識ならば。
《いいえ、ここはわたしの領域です》
「うおっ!?」
男性の真後ろから声がして、ビックリしたままの勢いで180゜ターン。
するとそこには、いかにも天使でごさい。 そう言ってしまいたくなるほどの、万人がイメージする天使が立って(?)いた。
金髪で、碧眼で、腰まで伸びる髪で、白い羽を背負って、頭に黄色いわっかを浮かべた、可憐な容姿の2次元美少女的な、あの天使。
……だが惜しむらくは、中性や無性と言っても良いほどに性別を判断する為の特徴が、まったく無い所か。
《わたしは魂を司る天使、アイゼンソール。 ひとつの提案があり、今はあなたの魂だけこちらへ呼び寄せました》
唐突に本題へと入ったアイゼンソールとやらに軽く動揺しつつも「ていあん?」と、おうむ返しができた彼。
それに小さく頷いた天使は、言葉を続ける。
《平行世界……パラレルワールドと言う言葉はご存じですか?》
頭を縦に揺らして、返事とした彼。
そのリアクションに満足し、頷き返した天使。
《その平行世界の、ほぼ同じ人生経験を積んできたあなたとは違うあなたも、ほぼ同時に同じ考えをしました》
「そうか」
そうか。 そうとしか返せないだろう。
平行世界のもう一人の自分が、ほぼ同時にそう思った。
提案の内容を語っていない為に、それだけだとただの報告だ。
いわゆる「だからどーした」の案件。 生返事も致し方無しである。
で、天使からはその報告だけで終わらなかった。
《そこで提案です》
本題があったのだ。
天使は片手を男性へ差し出しながら、誘う。
《あなた達の自我はそのままに経験と記憶を融合し、体を交換する……つまり平行世界へ行ってみませんか?》
提案にしても、かなりトンデモだった。
とまどう彼に、天使は更に言葉を続ける。
《行く世界はあなたの世界となんら変わらない平行世界なので、生活に困る要素はありません。
さらに向こうのあなたと、経験と記憶を融合させる関係上、性差による不都合や平行世界特有の知識のズレ……歴史にのこる偉人やご近所さん、物の名前違い等も違和感なく補正されます》
まさに至れり尽くせり。
《あなたが願った小説を書く腕を上げるのに、別の人生を歩んでみるチャンスです》
天使の差し出す手が、気付けばふたつに増えていた。
その動きになんとなく気圧されて少し下がれば、その距離分を詰める天使。
《リスクなんて無いに等しい、断る理由も無いお得感満載の世界移動です。 この提案にのるのでしたら、どうぞこの手をお取りください》
…………正直、怪しさしかない。
ここまで念入りにお得ですよとセールストークをされれば当然、警戒感がわく。
しかし、男性の心を強烈に打つワードに、考えが支配されていた。
――――小説を書く腕を上げるチャンス――――
これだ。
小説の、時代考察なんかは資料を揃えれば、いくらでも組み立てられる。
しかし人の心の動きは、作者の人生経験によるところがかなり大きい。
そこでよく詰まるのだ。 違う自分……別人になれるチャンスなのだ。
違う自分がしてきた経験を、自分のものとして吸収できるチャンスなのだ。
2倍の人生経験だ。 こんなの最高じゃないか。
……。
………。
…………。
そうやって頭を巡らせていたら、いつの間にか天使の手をとっていた。
《提案の承諾、ありがとうございます。 では、どうぞ。 もう一人のあなたの人生をおたのしみ下さいませ》
彼の手を一度やさしく天使の両手で包み、それから男性と肩を並べる位置へ移動してから、その背中をそっと押す。
すると、男性の体はおそろしい勢いで前方へ流れだす!
「うわっ!?」
なんて驚く彼だが、口だけだ。
なにせ目の前から、なにか白いモノが高速でやって来るのを視認してしまったから、スピードよりそっちの方に驚いている。
しかも衝突コースっぽいので。
「あれは……」
白いモノとの距離が近くなってきたら、その正体を直感で捉える。
「もう一人の自分だ」
そう。 もう一人の彼。
なぜ分かったのかと訊かれれば、こう返すしか無い。
「あんな格好、俺以外にいない」
そう。 こいつしか居ない。
それは正面のソレも同感で、よく似た表情からも分かる。
ふたりして遠い目をしている。
今は梅雨時で、パジャマやスウェットでは暑いのだ。
それでパジャマ代わりに着ているのは白いTシャツと、横ストライプ柄のハーフパンツ。
ふたりのTシャツにはそれぞれ、
流れている方が〈ゴーマン少女〉
こちらへ来ている方が〈生意気なガキ〉
と書かれている、ネタT。
両者ともに〈働いたら負けかなと思っている〉と書かれたTシャツを買って、タンスに仕舞っているクチだろう。
しかもシャツの裾を几帳面にも、ハーフパンツへインしている。
ふたりして。
まるで似たセンスの寝間着と、表情を含めたオーラがそっくり。
そんなもう一人の自分を認識している間に、お互いの距離は普通乗用車5台分もないことに気付く。
「うわわわわわ!!?」
取り乱しながら回避行動をとろうとしても、もう遅い。
真っ正面のもう一人もまったく同じ行動をとっていたが、こちらももう遅い。
いまさら慌てる馬鹿ふたりは、無慈悲にも衝突した。
その直後、己の世界がもう一人の自分と溶け合い混ざり合い、新たな自分が――――――――
~~~~~~
――――誕生しなかった。
「……………………」
目を開けて、いつも使っている目覚まし時計のある場所を確認すると、寝ないと本気でまずい時刻。
そう。
あのアイゼンソールとか言う天使が言っていた通りだ。
自我はそのまま。 男のままだ。
しかもあの混ざった感覚からもたらされた異物感も、すぐに消えた。
なんと言うか、ほぼ抵抗なく、するっと共有・統合した。
違和感なんて全然ない。 むしろ妙な安心感すらおぼえた。
元々ふたりで一人だったんじゃないかってほどに、ぴったりピッチリくっついた。
これまた天使の説明通りに多少の違いはあるが、ほぼ変わらない人生経験だ。
小学生時代に、自分にとっては致命的なミスで人間関係を悪くして、その経験から人付き合いは無難に薄くが身上なのも一緒。
おかげでそれ以降、仲良くなれたかもしれないヒト達とも深く関わらず、色々台無しにしてきたのも一緒。
それで人付き合いに若干怖さを抱えているのも一緒。
違うのは痴漢に遭った経験から、彼より強めに怖がっているくらいか。
あとは知識の融合で、ズレのある部分が面白くて反芻した程度。
サンドイッチが、サンドミッチになっているとか。
ショータローがセータローになっていて“ショタ”ならぬ“セタ”が属性名になっていたりとか。
そんな微妙な違いが特に面白い。
「…………」
寝たまま見渡せる範囲を、ぼんやりと眺める。
性別で骨格が微妙に違うので、体の動きに違和感が出そうだが、女性だった経験も融合されているので問題はなさそうだ。
「もう一人の自分、女っ気が無さすぎないか?」
もう一人の自分の部屋の内装が、とても地味なことに気付く。
部屋番号は違うが、彼が元々住んでいた安アパートの8畳一間の狭いスペースには、実用性一点張りの家具ばかり。
これでは平行世界に来た実感なんて、まるで湧かない。
「もう少しさぁ、アロマスティックとか鏡の近くに化粧品を置いとくとか、そんなのも無いのかよ」
無いのだ。
「完全に俺の部屋じゃん」
見た感じ、まんま元の男性の部屋なのだ。
布団も地味で没個性。 柄も完全に一致。
「もう一人の自分って、女だぞ?」
そう〈生意気なガキ〉ネタTシャツを着ていたもう一人の自分は、女性だった。
鏡で確認した彼女は、この男を女体化したらこうなるだろうな……のイメージに完全一致する。
平均より少しだけ高い身長と、平均より少しだけ良い体格。
だがいつも眠そうな目をした、弱いオーラの地味人間。
口調も彼と同じで男性的ではすっぱ。
……ああ、そのおかげで同性に好意を持たれることが有ったのが、わずかな違いか。
交代で俺が居た世界へ行った、女性版の己自身がした経験から、そうやってなんとか違いを見つけ出せた元男性。
せっかくのTSだと言うのに、長いこと女でいる間隔も体に有るため、新鮮味や特別な感情なんてありゃしない。
「この平行世界TS転移、やった価値ってあるのか?」
それは誰にも、分からない。
「おっと、そうだ」
この疑問はさておいて、そもそもの転移した理由に立ち返る彼女。
そう。 今は女性なので、彼女とする。
だが彼女自身は男女両方の経験がある状態なので、実質的には両性か中性か。
そんな気配がとても強くなっている。
その辺は当人にとって、どうでもいい問題らしい。 男であって女でもある様なので、どっちに見られても構わない感性になっている。
「人生経験はふたり分。 これが腕を上げるきっかけになれば良いが……」
なるかどうかは、本人にしか分からない。
「クソッ! ふたり分って言っても、ほとんど同じ人生経験をふたり分じゃあ、ロクに書く助けなんかになりゃしねぇ!!
オンナらしさのホンネとか、女の苦労とか体との付き合い方はこの体の元持ち主から実感込みで知れたのはよかった。
だけど、俺の欲しかった異性の体になった直後の、性別が変わった混乱描写の参考にはならねぇ!!!」
一応平行世界転移もの。
アイゼンソールはなんのために、こんな事をしたのやら。
蛇足
アイゼンソール
“自称”天使。
アイゼンは愛染(明王だの国俊だの)の愛染なのか、ドイツ語の鉄なのかも不明。
ソールも魂なのかくつ底なのかも不明。
存在も、なにがしたいのかも不明。
ただ、なんか気まぐれで世界すら越えるイタズラをして、ひとりこっそりと忍び笑いをするのが趣味の悪魔である説もある。
彼&彼女
とても地味。 普段の生活から、無趣味と思われる位に個性を感じられない、とにかく地味な人間。
別にプロの作家になりたい訳ではないが、だからと言ってそれで腕の上達をしなくて良いと思わない、謎のこだわりを持つ地味な人間。
日向ぼっこは好きだが、性格はドストレートに陰の者。
注目されるのを嫌い、写真に撮られるのも嫌う地味な人間。
ひっそりと誰に知られるともなく死ぬ事に、若干の憧れをもつ地味な人間。
入れ替わり性別が変わっても、生活はほとんど変わらず。
男の魂が女の体に入ったから起きるお約束の悩みは、元々女だった経験の融合で悩むイベントすら発生しなかったので、実感が得られず作品に取り入れにくい地味にTS転移した目論見が失敗した人間。
しかしそう言った地味な女性を狙う変質者どもに動じず、落ち着いて通報する様子から一部では地味に、変質者キラーと呼ばれているらしい地味な人間。
なお(元)男であり(元々)女で(あった経験)もある為に、性的嗜好はかなり中性になっている様で、その辺の観念をちょっと超越してしまった地味にすごい人間。