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言葉遣いと雨女  作者: 冬迷硝子
第一話 溜息殺し <久槻月深 編>
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01-02 溜息殺し<久槻月深 編>


▼天蒲高等学校


「やはり貴方は今捕まえておくべきですね!私が甘かった」


いきなり上着の襟を掴んでズカズカと歩いていく。

苦しい!

尋常じゃないほどに苦しいって!

よりによって何でそこなんだよ。


「せめて腕とかにしろよ!」

「わたし、男の子ならまだしも男の人の身体にはあまりにも不純が多いので嫌なのです!」

「なっ、離せ!話せば分かるって!」

「今更そんな言い訳は云っても無駄です!」

「どこに連れて行く気だ!」

「職員室です!」


引っ張られてるので周りの生徒からも注目を浴びてしまう。

不幸中の幸いか、

その中に一人知っている少女がいた。


「おいっ!言槻!言槻瑞歩!こいつに云ってやってくれ!」


すると言槻は僕に向かってウインクをした。

手をメガホンのように丸め、引っ張っている子に向かって叫ぶ。


「センパイ!その人は私達の着替えを見学しに来たので離していただけませんか」

「やはり貴方はそういう類の人なのですね!」


引っ張る少女は言槻の云うことを信じ相変わらず離そうとはしない。

このまま行くと本当に職員室に連れて行かれて……。

ってかもうすぐ校門じゃないか。


「榊原さん、お待ちなさい」


鶴の一声。

どうやらこの暴走少女を止めてくれるありがたいお方が居た。

すると榊原と呼ばれた少女はいきなり急ブレーキをかける。

足元を見ると少し煙が巻き上がっていた。

時速何キロで走ればそうなる。


「先生…」

「榊原さん。貴方って人は見ず知らずの方を不審者扱いするんですか」

「ですが、この男はいかがわしい言動に及んでいまして」

「だからといって直ぐに連行してはいけません。しかもこんな強引に。

だから私は貴方を風紀委員長にするのは躊躇ったのです。ちゃんと就任するときに云いませんでしたっけ?周りの仲間と相談した上で口より先に手がでないことと」

「…すみません」

「では持ち場に戻りなさい。この方はわたしが相手をします」


今のうちにと思い、

こっそり校門を出ようとするとまたもや後ろを掴まれた。

衝撃で転びそうになるが何とか両脚の踏ん張りが効いた。


「何処にいかれるのです?まだ話は終わっていませんよ。

まず動機から聞こうか、少年」


生徒相手とは異なった声質。

いや、こっちの方が普段使いなのだろう。

たまたま通り過ぎただけだと、

その場を濁して一歩前へ踏み出したがやはり右足は出なかった。


「まだ事情は聴取できてない。まずは名前から訊こう」

「斎藤宵春」

「ふーん、聞かない名ね…。で動機は?」

「さっき云ったじゃないですか」

「さっきのは嘘なんでしょう?本当の所は?

やっぱり言槻の云う通りに生徒の着替えを見物に来たか」

「だったら堂々と正面から入る訳ないでしょうよ」

「じゃあ生徒のブルマ姿を見にきた訳か」

「いやいや、今時そんな学校は無いとは思いませんか?」

「ある所はあるんじゃないのか?例えば廃校目前の小学校とか」

「ここは廃校目前とは思えませんが。廃校目前だったとしても今の時季からして寒いと思いませんか。僕は高校の時、半袖半ズボンの格好だったので自由な服装だった教師陣が羨ましい限りでしたよ」

「君は一体どんな高校生活を歩んできたんだ」

「普通の高校生でしたよ」

「普通の高校生は教師に嫉妬をしないと思うんだが」

「それは偏見ですよ」

「偏見は個人的分析の結果だからわたしは当てにしてないんだよ」

「じゃあそろそろ」


もう一度トライしてみるがやはり左足が進まない。

さてこのまま大人しく捕まるべきなのか。


「立ち話もなんだからちょっと座って話さないか?」

「こんな地面に座ったらケツが汚れますよ」

「貴方の精神年齢は測る程でも無かったですね、さぁ着いてきてください」


一つ提案してみたがさも呆れたように両手を胸の内に広げてる

そして榊原のように引っ張ることはせず校舎に向かって歩き出す。

ここまでされて逃げたら、それこそ変質者扱いだろう。

大人しく着いて行くか。


「先生、その人を離してください。

お願いです、先生。その方は私を探しに来てくれたんです」


何処かしら透き通った声がしたかと思うと、

どうやらそれは幻聴だったらしく僕は歩みを止めたりは断じてしない。

前方を歩いていた『先生』が足止めたせいでぶつかってしまいそうになったが

なんとか身を取り衝突を防いだ。

そこには茶髪のロングストレートがあった。

シンプルな髪留めがひとつ。

背は言槻よりも高く、榊原よりは高くない。

それでも眼は真剣そのものを訴えていた。


久槻くつきさん、部活は?」


また声が戻る。

教師というのは声を操るのも仕事なのか。


「途中で抜けてきました」

「それはいけませんね。ちゃんと部活動には参加しないと」

「ですから早退という形で。他のメンバーにはそう伝えておきました」


云うが早いか僕と先生の間に入り込み、

トウセンボと云わんばかりに

手足を広げ身体を漢字の『大』にした。


「久槻さん?」

「この方は私を探しにきたんです」

「何を云っているの?この方はね、我が校の名誉を汚しに来たんですよ」


なんだか徐々に経緯がラックアップしてきている気がする。

最初はまだ体操服だったのに。


「そんな事ありません!そうですよね?」


クルッとこちらを向いて真顔で僕に問いかけてきた。

そこで言槻や『先生』の云ったことを肯定してしまえば

事態がえらいことになるので頷いた。

肯定を確認してその子は再び先生の方を向き

「今日は早退させて頂きます」

そう最後にエクスクラメーションマークが二つぐらい

添加しても悪くないくらいに驚異に怒鳴り付けた。

僕には「着いてきてください」と云ってさっさと先を歩いて行ってしまう。

残された『先生』と僕は衝撃の余り立ち尽くしている。


「早く行ってあげなさい」


声が再び低くなる。

先に原型に戻ったのは『先生』の方で

ぼぉーっと突っ立っていた僕に声を掛けてくれた。

肯定の意志表示もせずに彼女の方へと歩みを進めた。

今度はしっかりと左足が地面を踏むことができた。


――――――――――――――――――――

▼雨文


「ざーん、ざ、ざー」


さっきから何だか物足りなさを感じている。

そんな自分に気付き、今までその答えを模索していた。

答えは、本当は最初から判っていた。

ただそれが想い描く理想の姿に程遠いだけ。

何も云わなかった。

誰かに云って欲しかった。


『忘れたくても忘れられない』


それは降り続くものでは決して消えはしない。

そう、雨女は自論で判決を下した。


「じゃー、じゃー、しゃー」


――――――――――――――――――――

▼久槻宅


彼女の歩みは結構早く着いていくのがやっとだった。

競歩部でも入っているのだろうか。

そもそもそんな部活があるのだろうか。

都内大学でも少ない気がする。


「着きました」


彼女が歩みを止めたお陰でどこかに着いた事は分かった。

ただ常に下方向を向いて歩いている僕は

その場所が何処なのか解らないわけで。

要するに彼女の背中にぶつかりそうになった。

顔を上げてみるとそこには赤い扉があった。


「ここは?」


彼女に質問してみたが僕の意見など耳に入っていないのか

無言のまま扉に鍵を突っ込んで開けた。

見ず知らずの人間を勝手に家に入れることに

逆に抵抗感を覚えたが今は気にしないでおこう。

中は殺風景という程芳しくもなく派手でも無い。

目の前にまるで毎日、雑巾掛けでもしてるかのようなキラキラ輝く廊下があった。

きっと毎日しているのだろう。

雑巾掛けではないだろうが。

その上をスリッパを履いて彼女が歩いていく。

何も云ってくれないので僕もスリッパを適当に履き彼女の後を追った。

一部屋入ってみるとそこは、

思春期真っ只中の女の子の部屋だどは思えなかった。

好きなタレントのポスターも、

ベットの下に散らばっている雑誌も、

漫画と教科書の比較すらままならない勉強机すら無かった。

あるのは病院によくある簡易ヘッドと、

昔よく見かけた階段状の箪笥たんす

破れてもいない障子、

埃すら見当たらないアナログ時計と

蛍光灯が壁に掛かっていただけだった。

まさに殺風景とはこのことを云うんだろう。

彼女が僕の方を向いて、

というか対立してずっと僕を睨みつけている。

何か悪い事したかな。

ふぅー。

溜息が聞こえ彼女が呪縛みたいな目線を

僕から空へと切り替えた。


「貴方は本当に私を探しに来たんですか?」


僕が黙っていると。


「返答が無いと云うことは肯定の意で良いのですね」


すると彼女はその簡易ベッドに寝転ぶ。

右手でこっちへ来いと合図している。


「貴方は女子高生と寝たいとは思わないのですか。では、脱ぎましょうか」

「自分を卑下しない女子高生にそんな行為をされる覚えはないね」


そんな制止を無視して、

ブレザーを脱いで畳んでいる彼女に云った。

わざとらしく口に手を当てている。


「もっと紳士的な声かと思いきや、意外と子供っぽいですね」


勝手にカッターシャツを脱ぎだした。

そろそろマジで止めないと。

この子はデリカシーなんて無いのだろうか。

いや、そう考えるとデリカシーが無いのは僕の方か。

廊下の方へ足を踏み直す。


「どこに行くんです?」

「乙女が着替えをするのに紳士が居てはならない」

「乙女の着替えを観るのも紳士の役割ではないでしょうか」


それはどんな理論から成り立っているのか。

目の前の子は脱いだカッターシャツを丁寧に畳み、ブレザーの下に置いた。

今の彼女の姿は十六禁程度なのかな。


「もしかして、いえ、もしかしなくても乙女の着替えを観るのが

初めてなんて云わないでしょうね。これを取ったらそこが突起するのでしょうか。

貴方に一割程度のロリコン魂が有ることを願います」


本当にそれを脱ぎだした。

女の子かどうかが怪しくなってきた。

女装をした男の子だったらと考えると。

これ以上、此処には居たくない。

だから会話を続けて時間を稼ぐことにした。


「一つ質問していいかな。乙女ちゃん」

「何です?紳士さん」

「初対面の人に着いて行ってはいけませんって云われなかった?」

「残念ですね。着いて行ったりしてません。連れてきたんです」

「もし僕が君を殺めるかもしれないんだよ?」

「その前に犯されるかもしれませんね」

「そこまで推測が付いてるのなら」

「推測じゃなく、憶測です」


一々、ツッコム所がずれてるな、この子は。

言槻のような子だったか。


「その調子だとヤッても良いわけ?」

「そもそも貴方はそんな不埒ふらちな行為はしないでしょう」


お見通しか。

安堵したりする自分が居たりする。

果たしてどこに行ってしまったのだろうか僕の欲求とやらは。

僕が期待通りの反応がしなかったためなのか、話飽きてしまったのか。

彼女は小さなタンスから 『BOY&GIRL』と

ダサいロゴがプリントされた派手なTシャツを出して着た。

そしてタンスにさっき脱いだ制服を入れる。

何とも器用な手先だった。

彼女の服装は下スカート、上Tシャツになった。

うーん…制服なら制服、私服なら私服。

どっちかに統一してほしい。

そのギャップについ突っ込んでしまいそうになったが

彼女の声で思考を放棄とする事が出来た。


「さて何処へ行きましょうか」


それはデートの誘いでは無いことは確実だった。


「意見が無いのであれば、私が先導しますが如何です?どうしました?

私の半裸を見ていかがわしいご想像に浸ってます?でしたら、ごめんなさい。

途中で水を差す様な事をして。では私は無言で居ますのでどうぞご自由に」


反論を与える暇もなく話を勝手に進める。

こちらも何も云わなかったので悪いと云えば悪いが

素直に彼女の馬になっても面白いかもしれない。

眼を細くし、まさしくそう魅せようとしている。

前言撤回。

僕はそんなに妄狂者では無い。


「君に付いて考えた訳ではなくて。僕は…」

「あら、私の名前を二人称代名詞で呼ぶとは。

そうですね、私たち出逢ってから数十分経っているのに

お互い自己紹介するのを忘れていました。

私としたことが何という失敬

自分の名前を自分で呼ぶ女ではないですから

全然気が付きませんでした」


ツッコミたい所が色々あるが、

それが彼女が僕に対する会話方法なのだろう。

丁寧に手ぶりまで付けているのがその証拠だ。

でも顔は無表情のまま。

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