序
偉大なる神の創り賜うた楽園、ロマン・トゥルダ。
神によって選ばれた人々は、そこで快楽にふけっていた。―――神の望むままに。
*
空の色は、ただひたすらに深い紺の色。時は、静かに星を瞬かせることで流れていることをひとに思い出させる。
―――それは、前触れもなく始まった。
夜が一番深くなる静かな時間。スターブ子爵邸を取り囲む木々は風に梢を揺らすこともなく、静寂の中、じっと月明かりを身に受けていた。
その、青白い月の光が窓越しに差し込む寝室。重厚な寝台に、蠢くものがあった。
夜に染み入るように静かに寝息を立てていたそれは、突如こわばりだした。掛布から腕が伸び出でたと同時、力がみなぎり、滑らかな指が爪を立ててシーツを鷲摑む。
「……ッ!」
寝台の上で、レーナは歯を食いしばっていた。突然の苦しみに声も出ない。
痛い。
頭が―――なにが、なにが起きたのか判らない。
この、頭を貫く激しい痛みはなんだ。
身体中から脂汗が吹き出で流れ落ちてゆく。
痛みだしたきっかけは、―――よく判らない。夢の間をぼんやりたゆたっていた、と、思う。
最初は、つきりとした細い痛みが頭の奥にあった。それが波のように何度も押し寄せてきて、押し寄せるごとに強くなり、ついにはうめくことすらままならないほど酷くなっていった。
容赦のない激しい頭痛は、夢うつつの世界から無理やり彼女を現実へと引きずり出した。
どれだけの時間痛みに苦しめられているのか。
はてしなく長い時間にも思えたけれど、薄く開けたまぶたの向こうの部屋は青白い月明かりのまま。ほんの僅かな時間しか経ってないのかもしれない。レーナには永遠にも感じられる時間だというのに。
「うぅ……」
頭を抱える左手指先に感覚はない。抱えている、という自覚すらなかった。
頭痛は、堪えても堪えても落ち着く気配がない。
(痛い……!)
割れる―――。ひと言で言い表すならば、割れる、だった。
意識が容赦なく破られる痛み。
いったいなにがあったのか、何故なのかと考えることもできない。
とにかく、ただ割れそうに頭が痛む。
頭の中でなにかが膨張して、内部から強く圧迫されているような。
また、波が来た。
「―――!」
悲鳴は声にならない。けれど叫ばずにはいられない。叫んで痛みが和らぐわけではないが、喉に力を込めることで、強く噛み締めた歯の間から痛みによって削られた意識が、ねっとりとした喘ぎとなって漏れ出る。たったそれだけで、痛みが和らぐ気がした。
(誰か、助けて―――!)
思考が、ちぎれそうだ。
最初に目が覚めたとき、ナイトテーブルの呼び鈴を鳴らすべきだった。どうしてそうしなかったのか。
真夜中だろうこの時間、誰も異変に気付かない。誰ひとりとして起きるわけがない。
もう、寝返りもうてない。レーナはは枕に顔を埋め、身体をちぢこめることで、引き裂かれる痛みと戦うしかなかった。
(お願い……!)
食いしばる歯が、砕けてしまう。
せめて気を失えたら。
浅い呼吸を懸命に繰り返すレーナ。
(痛い……お願い痛い……)
堪えられない。
早く意識を手放したかった。自分にできることは、それくらいだったから。
(神さま……!)