08
土曜日。
午前10時ぐらいに着くよう考えて8時半には家を出た。
どうせ私の家の方へと歩かなければならないから二度手間になるけど全然苦ではなかった。
寧ろ最後に堂々とふたりきりでいられる機会をくれたのだ、感謝しかない――はずだったのだが。
「よう、あたしも来たぞ」
ガーンッ!? あ、まあいいか、最後にふたりきりだと期待しちゃうかもだし。
挨拶をしてまずは家の中から先輩を呼び出す、メインがいなければ意味はないし。
「お、おふぁっ、え?」
「どうした?」
「なんで藤堂先輩もいるんですか!」
えぇ、先輩がそういう反応しちゃう?
本当はふたりきりじゃなくて残念だったけど後輩の私が必死に隠したのに。
「来たら迷惑だったか? 迷惑だって言うなら西村さんのところに行ってくるけど」
「迷惑なんかじゃありませんよ、さあ行きましょうか」
あちらに移動すればちょうどお昼前、この前行ったスポーツ用品店に寄った後に飲食店に行くのもいいだろう。
幸い今日はお金を持っているのでね、もちろんほとんどを先輩のために利用するつもりだけど。
「さあ、好きな物を選んでください」
先輩が選んだ物次第で私の昼食は消える。
でもそれはいい、自分のために利用するのは違うから。
「束峰、あたしにはないのか?」
「え、ぶん殴ってくれた人にあると思います?」
「……あの時は悪かったよ」
「冗談ですよ、500円までならいいですよ」
「ちなみに巴絵は?」
「2500円」
このお金はしっかり働いて得たお金だ、2500円でも想いが詰まっている。
藤堂さんにはこれから頑張ってもらわなければならないわけだし? 500円ぐらいはいいだろう。
私は関与しないことにしているため、ふたりとは別のところで見ていた。
そうしたらまあ、彩香&清香ペアと遭遇してしまったのだが。
「彩香、藤堂さんも来てるよ」
「え、本当ですか? 清香っ」
「ええ、いいわよ別に」
「行ってきますっ」
この子はどれだけ藤堂さんのことが好きなんだろうか。
横にいる清香は「露骨よね」と口にして苦笑いを浮かべている。
「仲良くできてる?」
「ええ、中学生の頃よりはマシね」
「なんで清香は助けてあげられなかったの?」
「別の中学だったのよ、それにあの子はなにも言ってくれなかったの。知らされたのはあの子が追い詰めらすぎて自殺未遂をした時ね、さすがに両親も隠せないと思ったのでしょう」
自殺未遂って……どれだけやられてたんだよ。
私がもし同じ中学ならと考えても自分だって勢いに負けて不登校だったのだから意味はないか。
「馬鹿よね、言ってくれればなんだってしてあげたのに」
「でもさ、その後が怖くない? よくも姉を使ってやりやがったなってもっとエスカレートするかもしれないし……まあ、なにもしないと結局同じようになるけどさ」
そういうことせずに済んだのは両親が優しかったからだ。
それに一応真面目タイプだったからあんなのに負けて死を選ぶなんて嫌だと考えた。
一時期は外には敵しかいないと思えていたぐらいだけど、支えてもらえたおかげでいまも生きている。
元不登校が働いてそのお金を入れてくれたら母や父だって少しはホッとすることだろう。
「私も似たようなことで不登校になったからね……あんまり言えないけどさ」
「そうなのね。とにかく、もう別の学校なんて嫌だからここを選んだの」
「なるほど、それはすごい覚悟だ」
「いいところに入学したり就職したりすることよりも彩香の方が優先されることだもの」
「真っ直ぐで格好いいね」
こちらは諦めて最後にしようとしているぐらいなのに。
そして最後なのにふたりきりでなかったことを安心してしまっている自分もいた。
「清香も来ていたのか」
「はい、彩香がいるところには私もいます」
おぉ、なんか積極的にアピールしているようにも見える。
ただ、彩香の方はそんな藤堂さんの背中に張り付くようにしているため、どう思っているのだろうか。
これじゃあまるで姉より藤堂さんを気に入っているみたいじゃん。
「彩香、私は先に帰っているわね」
「なんでだ? お前もいればいいだろ?」
「彩香は藤堂先輩のことを気に入っていますから」
「ならなおさら一緒にいろ、あたしたち3人で移動しようぜ」
「束峰たちはいいんですか?」
「いいんだよ、だってお邪魔なようだしな」
藤堂さんは先輩の方を見てふっと笑う。
先輩的にはふたりきりの方が良かったのだろうか?
「それじゃあな」
「ま、また来週」
「それではね」
あーあ、行っちゃったよ。
「いいの見つかりました?」
「や、やっぱり束峰ちゃんが選んでほしいな……って」
「わかりました、それでは見に行きましょう」
先輩はとにかく明るい人だから黄色――も考えたけど敢えて紺色にした。
なんでも似合うしこちらもいいと感じたのだから満足してもらいたい。
結局藤堂さんは500円を受け取ることなくどこかに行ったためそのままファミレスに。
でもわかった、西村さんが作ってくれたオムライスとかを食べていた方が美味しいなって。
すっかり染まってしまったらしい、既婚者なのに怖い人だ。
「ね、ねえ、束峰ちゃんのお家に行ってもいい?」
「いいですよ」
まだ解散するには全然早い。
なんなら今日1日は先輩のことを独占していたかった。
明日からはもうやめるから最後の特権として。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
なにをそんなに緊張しているのかわからないけどとにかくもてなしをする。
やはりあのお店に比べたら寂しい場所だ、ここでひとりでいると時々思う。
が、今日は大好きな先輩がいてくれるから全然気にならない、ぼけっとしていても幸せだ。
「櫻井さん、ちょっと抱きしめてもいいですか?」
「ぇ……」
「ごめんなさい、ちょっとやらせてください」
強引にやることで寧ろ嫌われる方が対応は楽になる。
ただまあ嫌われたくないという気持ちがあるから抱きしめる時かなり勇気が必要になった。
柔らかくて温かい――本当ならもっと踏み込みたいのに。
でも、自分の気持ちを全面に出しすぎていたら駄目だろう。
だから困らせてはいけないと離れようとしたのに、全然自分の体が言うことを聞いてくれなかった。
「つ、束峰ちゃん?」
なんでいちいち自分から距離を作ろうとしなければならないのか。
なにを言われたわけでもない、まだ拒絶されたわけでもない、それなのに無理だって決めて諦めてる。
まだ想いすら伝えてないのに諦めてどうするという思い。
それでも言わない方が優しい先輩にとって負担にならないだろうからという思い。
あとはまあ、単純に振られたくないという気持ちが強い。
……ふたりきりになどなるんじゃなかった、この時点で結局迷惑をかけてしまっているじゃないか。
「……ごめんなさい、これで最後ですから」
「最……後?」
「あ、もちろんいきなりこういうことをしたりするのがですよ? 櫻井さんの元を去ったりはしないですから……まあ、あなたが迷惑だと言うのなら離れますけど」
「そ、そんなことないよ!」
「そうですか、ありがとうございます!」
というか敬語なのおかしくない? 今日が終わるまではタメ口に戻そう。
「肩を揉んであげるよ」
「あ、やっと普通に戻してくれた」
年下としては当然なんだけどね。
「ふっふっふー、今日はもう変な声を出したりしないよー」
「そっか、まあとにかく気持ち良くなってよ」
「うん、どんとこいだよ!」
そう言った10分後。
「はぁ、はぁ……束峰ちゃんが悪いんだよ?」
「だったらどうするの?」
「え、あー、え? ど、どうすればいいの?」
なんてまたアホなところを披露してくれた先輩が可愛くて頭を撫でておいた。
子どもだと思っているのかと怒る先輩に、可愛いからだと答えておく。
いまはただ少しでも色々な口実を作って触れていたい。
「昼寝しようか、それで今日は泊まってよ」
「え、いいの? じゃあ泊まる!」
「うん、それなら夕方頃に服とかを取りに――」
「ちゃんと持ってるよ! 私は汗っかきだから」
「そっか、じゃあ寝よう」
先輩が寝たら頭を抱きしめて今度こそ最後にする。
ここは幸せすぎる、甘えてしまうと後が厳しくなるからもうしない。
「すぅ……すぅ……」
割と早めに寝てくれた先輩。
で、いざ実際にやろうとしたら果てしない罪悪感に襲われて小さい毛布を持ってきてかけておいた。
私はひとり寝室の中央に寝転んで結局なにもできず。
だけどこれで良かったんだ、だって寝ている時にするなんて悪いことだから。
外が暗くなってからリビングに戻って夜ご飯作りを始める。
西村さんの味がいいけど自分流のオムライスを作った。
「櫻井さん、起きて」
「ん……あ、あれ? いま何時?」
「午後19時15分、長く寝てたね。起きて、オムライスを作ったから」
一応これも手料理に入るのかな? もしそうなら初めて振る舞うことになるけど。
え、目玉焼き丼? あれはそういうのにカウントされることはないだろう。
「あの……もしかして寝顔、見ました?」
「それはもういっぱいね、可愛かった」
「うぅ……恥ずかしぃ」
自室にこもってある意味やられていたけど。
寝顔なんて抱きしめようとした時と起こす時にちょっと見ただけだ。
「いいから食べて、私はお風呂に入ってくるから」
「わ、わかった、いただきます」
もうね、私は馬鹿すぎる。
最後だからってなんでもしていいわけじゃないんだぞと冷たい水を浴びることにした。
もう梅雨だけどさすがにちょっとどころかかなり冷えた、同じ水なのになぜここまで違う?
「……捨てる、ここを出たらもう終わりだ」
まだ時間があるように見えるけどそうじゃない。
なぜなら私は明日普通にバイトがある、皿洗いだってしたい、先輩が入った後にお風呂掃除もしたい。
そういうことをしていたらあっという間に寝る時間がくるだろう、先輩は事前に寝ていても寝られるタイプというのが前回の泊まりでわかっているため、なおさらそう思った。
「さてと、食べるかな」
あくまで自然に戻って机の前に座る。
ちょうど先輩が食べ終わったところで立ち上がろうとしているところだった。
「そういえば初給料おめでとう! あと、これありがとね」
「うん、どういたしまして。お風呂行ってきなよ」
「行ってきます!」
いいな、そんなにずっと笑えていて。
こっちは自分で選択したことで引っかかっているのに。
オムライスだって全然味がわからなくてラップをかけて冷蔵庫に入れた。
あくまで食べた風にしたかったから綺麗なお皿を敢えて洗って置いたりもした。
まあ先輩はまだお風呂に入っているんだから意味はないんだけどさ。
「出たよー」
「うん。じゃあ私はお風呂掃除をしてくるね、ほら明日バイトだからさ」
「あ、そういえばそうだったね。あれ? ということは泊まってたら不味くない?」
「え、そんなことない――」
「や、やっぱり帰るよ! 今日はありがとうねっ」
まさか先輩の方から終わらせにくるなんて。
名前呼びを拒んだのがそんなに駄目だったのかな?
そうか、ならしょうがないか、先輩を送って行くことにしよう。
「別に大丈夫だよ?」
「いいから送らせてよ、櫻井さんをひとりで返す方が怖いし」
「むぅ、また子ども扱いしてー」
「あははっ、だって可愛いんだもん」
ただまあ如何せん遠いんだよな、先輩の家って。
定時の後じゃないからまだマシだけど、帰りなんかは心細くなる。
なんか林みたいな場所も通っていくしさ、ガサッって音を聞くだけで心臓が跳ねるんだよね。
今日抱きしめた時のそれとは種類が違うから疲れるわけで、なんでそれでも送ってるんだろうかね。
「ありがと、結局送ってもらっちゃって」
「気にしないでよ、それじゃあね」
「束峰ちゃんはバイト頑張ってね」
「うん、頑張りますっ、じゃあね!」
笑顔……にちゃんとなっていたのかな?
これで良かったんだ、先輩の方からそうしてくれたから助かったんだ。
いつも以上に痛いこの胸を押さえて、それでも足だけは止めずに家へと向かっていく。
出会えたことに感謝を、それだけで定時制で頑張れる。
先輩のおかげでバイトも始められたし、頑張ったおかげで認められてきていると思う。
じゃあ仮に先輩とのことが失くなっても上手くやっていけるのではないだろうか。
少なくとも私が我慢すればこの話は終わるはずなんだ。
「藤堂さんと付き合ってくれないかな」
知らない人と特別な関係になられるよりはずっといい。
「あたしがどうしたんだ?」
「げぁ――」
「ん? おーい、どうした?」
この人と遭遇する確率って高い気がする。
「藤堂さん、櫻井さんと付き合うつもりってないですか?」
「ないな、それに彩香から告白されてるから」
「嘘……ですよね?」
「なんで敬語なんだ? いや、嘘じゃないぞそれは。これからも一緒にバスケをやりたいと言われているからな」
それって告白なのか……? ま、まあ、本人が嬉しそうだから指摘したりはしないでおいた。




