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053  作者: Nora_
4/9

04

 土曜日。

 今日は学校がないため10時から17時まで働かせてもらえることになっている。

 櫻井先輩はシフトに入っていなかったため、そこまで恥ずかしい思いをすることもないだろう。


「佐渡はホットケーキとかも作れるのか?」

「やったことがないのでなんとも……」

「いい、いまから作るから見ておいてくれ」

「わかりました」


 本当に調理している時は格好いいんだよなあ、教え方も上手だし。

 だからこちらも2日連続だろうと意気揚々としていたわけだ。

 ただ、


「こんにちはー! あれー? あ、まだ開店時間じゃなかったー!」


 なぜか櫻井先輩が結局来てしまい、放置のまま向こうへ出てしまった。

 火がついたままなんですが? もし誰もいない時だったらお店が焼失も有り得るよ?

 というかあれから、まともに先輩と話ができていないんだよなと内でため息をつく。


「西村さん」

「ああ、悪い。後はとにかくいい感じに焼いていくだけだ」

「わかりました」


 いい感じということは絶妙なラインを見極める必要があるということ。

 一切視線を離してはならない、今日の仕事はこれ1枚を焼くことだと極端に集中。


「いまっ」


 おお、いい色、多分だけど硬すぎなくていいと思う。

 残りも同じように集中して焼いた結果、美味しそうなホットケーキが出来上がった。

 バターを乗っけて、メープルシロップをかける――動作をして、見ていた西村さんにお皿を渡した。


「ふむ……悪くないな」

「ありがとうございます」

「ただ、もう少し肩の力を抜け、そんなのだと疲れるぞ」

「はい」


 今日は戦力外通告を受けることはなく、ちょっと任せてもらえることになった。

 いつの間にか先輩も店内からいなくなっていてもこちらはバイト中だ、意識を割いてる余裕はない。

 そして、土曜日ということもあって利用するお客さんはそこそこ多く、昨日とは違った疲労感と達成感を得ることができた。


「今日はもう終わりだ」

「ありがとうございました」

「ふむ」


 こちらを見ながら難しい顔の西村さん。

 もしかして単純にこのお店から戦力外通告とか? もしそうならだいぶ悲しい。


「あ、いや、気をつけて帰れよ」

「は、はい、これで失礼します、お疲れ様でした」


 ああ……心臓に悪い。

 でも、初めての土曜日勤務を無事に終えることができた。

 これは非常にいいことだと言える、やはりダラダラしているよりも気分がいい状態でいられるから。


「束峰ちゃん」

「あ、櫻井先輩」


 昨日と今日のいままで話してなかっただけなのに不思議と懐かしさを感じていた。


「お仕事お疲れ様」

「ありがとうございます」

「ふふ」


 こちらを見て笑う先輩、どういう意味かわからないから固まることしかできず。


「敬語になってるよ」

「あっ……でも、敬語なのが普通ですから」


 人によって対応を変えるとかそんな最低なことはしたくない。

 年上には敬語、これは常識なのだから継続しておけばいいだろう。

 初期の自分がおかしかっただけだ。


「敬語はやめてほしいなあ?」

「そう言われましても……」


 いつも通りの先輩だ、にこにこ笑顔、私の好きな感じ。


「束峰ちゃん」

「ああもう……わかったよ」

「えへへっ、ありがと!」


 ありがとはこちらのセリフだ、先輩がいなければあのお店で働けていなかったから。

 いま心配なのは最後の西村さんの様子だけど……大袈裟に捉えているだけかもしれないから言わない。


「この後ってお暇?」

「なにその言い方……まあ暇だけど」

「だったらさ、ファミレスにでも行かない?」

「あんまり無駄にお金を使うのはちょっと……」

「私に払わせて、出会ってくれた記念に」


 ああ、任意じゃなくて強制じゃないか。

 しかもそれを言うなら出会ってくれた記念にこちらがお礼をしたいぐらいなのに。

 私はこの人に恩ばかりが増えていく、その時がきてもその大きさを前に圧倒されてしまいそうだ。


「乾杯」

「うん」


 不登校生活を続けてきたからかファミレスに来たのなんて滅茶苦茶久しぶりだった。


「そんなに珍しい?」

「最後に来たのは中1の時だから」

「えっ、そうなの? じゃあ私はいいことしたなー」


 ここに連れてきてくれなくてもいいことしてるんだけど。

 大袈裟でもなんでもなく先輩が笑顔で元気で側にいてくれたら力が出るから。

 お店での時と違って変な恥ずかしさとかもないし、いまなら言える気がする。


「櫻井先輩」

「うん?」


 でも待てよ? この人は藤堂先輩のことを気に入っているようなことを言っていた。

 それが恋愛的な意味かどうかはわからない、ただ、いきなりこんなことを言われても困ってしまうのでは?

 まあ……こっちも人として好きなだけで特別な感じはないけどさ。


「やっぱりなんでもない」

「えぇ……なにそれ気になるよ」

「ジュース注いでくる」


 先輩のお金で食べることはできなかったからドリンクバーだけにしてある。

 つまりこれは無理だとわかっていても元を取ろうとする行為、逃げたわけではない。

 なにがあるかわからないから思っていても口には出さないようにしよう。

 初給料が出たらこの人になにかを買って贈ることは決めてあるけど。


「よう」

「え、藤堂先輩? いつの間に来ていたんですか?」

「ひとりでぼけっとしていたらふたりが入ってくるのが見えたからさ、店員に説明して席を一緒にさせてもらったんだ」

「そうですか。あ、ドリンクバーって頼んでます? もし頼んでいるなら注いできますけど」


 一応後輩としてそれっぽく行動してみたのに先輩はこちらをどこか困惑しているような顔で見てきた。


「お前、どうして敬語なんだ?」

「え? ああ……後輩ですからね」

「ぷふっ、お前とか言ってくれたやつが変な遠慮してんじゃねえよ。気持ちが悪いから戻せ」

「そういうことなら……うん。で、ジュースは?」

「自分の分ぐらい自分で注ぐぞ」


 それだけ真面目にできているなら加藤を脅したりしなければ良かったのに。

 最近は加藤も気に入っているようだからとやかく言ったりはしないけどね。


「巴絵は本当にバスケが好きだよな」

「当たり前ですっ、バスケが嫌いな子なんていませんよ!」

「いや、興味がないやつもいるだろ……でもよ、全日で良かったんじゃねえのか?」


 確かに、加藤と櫻井先輩――もう櫻井さんでいいや、櫻井さんは全日の方が似合う。

 なんでこんなところにいるんだろうみたいな、定時を馬鹿にするつもりはないけど全日の生徒的には下に見ているわけだし? 私みたいなやる気ないやつならともかく、なんらかの事情で行けなかった人まで馬鹿にされるのは許せない。


「また逃げてしまいそうで怖くて……」

「ま、どうこう言ったって定時制の生徒だからな……悪い、だからそんな顔をしてくれるな」

「藤堂先輩……」


 なんだこの光景、私はなにを見せられている?

 やることもないからジュースをたくさん飲んでいたら無事満腹――どころか腹痛で戦う羽目になった。


「うぷ……あ、いたたたっ……おぇ」


 会計中、外で待っていたら複雑な気持ちが込み上げてきて慌てて捨てる。

 いいじゃないか、あの藤堂さんがあっという間に考え方を変えてくれたんだから。

 いまではすっかり――はまだだけど、普通に部員とも仲良くしようとしている。

 先程も言ったけど特に櫻井さんと加藤からは気に入られており、藤堂さんも満更ではない様子だ。

 そんな中、変なゴチャゴチャを持ち込もうとする方がおかしい。

 これからはバイトもあるから学校が終わったら家に帰るつもりだしこちらなんて忘れるだろう。


「大丈夫か?」

「いえ……なんか出そうです」


 藤堂さんは「だ、出すなよ?」と口にし距離を作る。

 遅れて出てきた櫻井さんを盾にしたところは駄目だけど。


「櫻井さん、今日はありがとうございました」

「もう、また敬語に戻ってるよ?」

「あはは……それじゃあこれで」

「うんっ、気をつけてね!」

「そっちも気をつけてね」


 部活行かないとか言うと怒られそうだもんなあ。

 よくバイトもしていてあれだけ動けるなとも思う。

 ずっと立ち作業だから結構足が辛くなったくらいだ。

 これからは頻度も増やしていくだろうからあまり遅くまで残っているわけにはいかない。


「それに……あんまり他の人と仲良くしているところ見たくないし」


 距離を感じて嫌だ。

 ただそんなつまらない理由が1番大きく占めていたのだった。

 

 


 やり始めたら止まらなかった。

 だって働ければ働くほど両親にお金を返せるのだから。

 103万円の縛りがあるためそこだけは西村さんにも考えてもらっている。


「お前、出すぎじゃないか?」

「あ、迷惑でしたか?」

「いや、そんなことはないが……昼に暇なんだから巴絵と遊びにでも行ったらいいだろ?」

「いえ、働いて少しずつでもお金を返していきたいんです。中学の時、迷惑をかけてしまいましたから」


 そうやって疲れておけば集中が必要ない時に頭を空っぽにできていい。

 ゴチャゴチャ考えて疲れることがよくあるため、非常に助かっていた。

 小笠原さんや他の人ともそれなりの関係を築けているし、4月最初からやっておけばと後悔している。

 この適度さが心地いいんだ、人間は忙しすぎても暇すぎても駄目だから。

 だから私はやり甲斐を感じて頑張っていたんだけど……。


「西村さん、明日も――」

「駄目だ」

「それって……使えないからですか?」

「そうじゃない、明日は休みだって話だっただろ?」

「家にいても退屈ですし……それなら働いていた方がいいかなって思ったんですけど……あ、それなら無償で働かせてくれませんか?」


 別になにかがあったわけではないけど働くということに快感を覚えているんだ。

 自分が頑張れば両親に少しずつ恩返しができる、好きな先輩にお礼だってできるのだから。


「とにかく明日は休みだ、巴絵もそうだから遊びにでも行ってこい」

「……あんまり一緒にいたくないんです」

「喧嘩でもしたのか? それなら早く仲直りしろ」


 痛くて恥ずかしい女だから一緒にいたくない。

 櫻井さんはみんなに優しいのに多分自分だけが特別だなんて考えてしまったんだろう。

 そういう変なのが全て消えてくれるまで会うのはなるべく避けたいところだった。


「働かせてください!」

「月から土までずっと働いているだろ?」

「毎日8時間というわけではありません、平日は16時で終わりなんですから全然大丈夫ですよ」


 先週初めて働かせてもらって、今週になってからは本格的に入れてもらっている。

 これって一応能力が認められているってことだよね? それなら是非ともたくさん使ってほしい。


「言っておくけどな、まだ一応研修中で時給が下がっているんだぞ?」

「構いません、塵も積もればなんとやらというやつです」

「駄目だ、働かせることはできない」

「そうですか……それでは失礼します、お疲れ様でした」


 どうしよう……あれ、そういえば土曜日もやっている的なこと言ってなかったけ?

 平日は行けないけど、19時から22時まで時間つぶしにはなるか。

 とても矛盾していても気にせずに見に行ってみることにした。

 一旦家に帰ったりはせず外で時間をつぶしてから、そこからさらにつぶすべく移動。

 体育館の電気が点いていることが遠くからでもわかって一安心。


「ミニゲームと自主練、どっちがやりたい?」

「「「ミニゲーム!」」」

「ふふ、本当に君たちは好きだけねえ、まあ、私も好きだけど! じゃ片方のチームはビブスを着用してね。今日は時間があるからって怪我をしないように! 楽しくやっていこう!」

「「「おー!」」」


 やっべえ、普通に入りづらい。

 よく考えたら真面目にやらない人間が顔を出しても迷惑なだけなんじゃ?


「巴絵、佐渡がそこにいるぞ」

「うそっ!? あ、本当だ! 確保ー!」


 こ、これはあれだ、さっきまで働いてきたからこれ以上体力を失わないために逃げなかっただけ。

 そもそもこのバスケ大好き少女から逃げられるわけがない、元不登校を舐めんな。


「早速だけど参加できる?」

「すみません、先程まで働いていたので」

「……それって私から距離を作るため?」

「いえ、中学の時に両親に負担をかけてしまったので働いてお金を返したいなと」


 積み立ててもらっていた修学旅行だって行かなかったし。

 娘は行かないのに、それでも変わらず学費を払わなければならないのは辛かっただろう。

 わかっている、たかだかバイトで数ヶ月分貯めて渡したところで全然足しにならないことは。

 でもこういうのは気持ちだろう、当たり前になってしまったら駄目なんだ。


「櫻井さんはどうぞバスケをしてください」

「……帰らないでよ? 今日終わったら束峰ちゃんのお家に行くからね?」

「まあ……特になにもないので大丈夫ですよ」

「うん、じゃあ楽しんでくる」


 1対1であれば普通に話せる。

 そこからはどんなことを話そうかと考える時間となった。

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