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妖怪の長  作者: 齋藤 照樹
さいたま高校女子高生霊力暴発事件
8/12

四月十日土曜日──参

 輝希と未央と麻央の三人は昨日の地下室にいた。

「では、始めましょうか。未央さんは魔法をまだあまり使いこなせていないので、麻央さんはあの部屋にいてください。何が飛んでくるか分からないので」

言葉に疑問を抱きつつも、麻央は輝希に指し示された部屋に入った。

その部屋は六畳ほどの部屋で、真ん中にソファが会った。その前にローテーブルがあり、部屋の隅には冷蔵庫らしき白い箱があった。また、防音になっているらしく、輝希達が居るところが見えるガラス面のところにマイクとスピーカーがあった。

部屋を見渡していると、スピーカーから輝希の声が聞こえてきた。


「では、始める前にこれをつけてください」

そう言って未央に渡されたのは腕時計のような機械だった。

「これを通じて未央さんの心拍数、霊気などを測定します。危険な状態になったら即刻中止しますので」

 未央は頷いて素直に測定器を左腕に着けた。

「では、今回は詠語を使ってみましょうか」

「えいご?」

 未央は直感的に普段使う“えいご”ではないと感じた。

「はい。English(英語)ではなく、Chant(詠唱) Language(言語)。詠唱する言語で“詠語”です。

 日本には言霊という言葉がある通り、言葉には魂がこもっていると言われています。我々、霊力保持者の中には言葉を用いて自らの力を扱ったり強力にしたりする者もいます。魔法使いが代表的です。

 この詠語も大体は英語を基にしているので、覚えること自体は難しくないと思います」

 輝希はいつの間にか厚い本を持っていた。それをパラパラとめくり、あるページで未央に見せた。

 そこには、昨日やった“引き寄せ”の詠語が書かれていた。

「先程も言ったように、詠語の殆どは英語が由来になっています。“引き寄せ”の詠語も“Come(来い)”です。

 イメージ自体は昨日とやり方は一緒です。右手に霊気が集まったと感じたらりんごに向かってComeと言って下さい。そうすれば、りんごがあなたの手元に現れるはずです」

 輝希はそっと未央から離れ、壁面にあるボタンの一つを押した。すると、未央から十メートル程度離れた場所からりんごの乗った台がせり上がってきた。

 未央は昨日と同じように、右手に霊気を集めた。右手に霊気が充満したのを感じると、りんごに目を向けた。

「Come」

 未央が呟くように言うと、視界からりんごが消えた。手元に目を向けると、そこには先程まで台の上にあったりんごが右手に収まっていた。

「良いでしょう。高校生になってからの魔法習得は難しいものですが、未央さんは大丈夫だと思います」

 壁際に立っていた輝希が別のボタンを押した。今度は未央の近くにパネルがせり上がった。

「このコンソールは、触れた人物の表層思考を読み取り、この部屋にある適した仕掛けを作動させます。その本は未央さんに差し上げますので、自由に練習してて下さい。私は、麻央さんとお話をしてきます」


・・・・・・


「いかがでしょうか? 妹さんは今現在、魔法に対して前向きに捉えられています」

 輝希は麻央がいる部屋に入り、話し掛けた。しかし、話し掛けられた麻央は未央から目を離さなかった。

「残念ながら、麻央さんには魔法を使うことは出来ません。麻央さんの体内には霊気がありません。魔法の根源である霊気が無い以上、どうすることも出来ません」

 麻央は食い入るように見ていた。その耳には、輝希の声が入っていなかった。

「麻央さん、これをどうぞ」

 輝希が壁面キャビネットから取り出した眼鏡ケースを差し出した。麻央はやっと未央から目を離し、ケースを受け取った。

「この眼鏡は?」

「それは、霊力を持たない方のための霊気を可視化させる眼鏡です。これを掛ければ、未央さんに何が起こっているか、分かると思います」

 ちょうどその時、部屋のガラス面にボウリング球がぶつかった。どうやら霊気の制御に失敗したらしい。

『ご、ごめんなさい』

 ガラスの向こう側で未央がペコペコしている。

 輝希はマイクの方まで近づき、スイッチを入れた。

「こちらは大丈夫ですよ。りんごなどの有機物と違い、無機物の霊気は扱いづらいものです。始めは、軽いものから練習してみましょう」

『分かりました』

 輝希はスイッチを切り、振り返った。

「彼女はまだ霊気の扱いに慣れていません。こういう事故は付き物です。そのために作られたのが、私立さいたま高校です。

 さいたま高校は基本的に霊力保持者の為の学校です。カモフラージュのために一般生徒も入学していますがね。因みに、附属の小中学校には、霊力保持者しか入学できません。小中学校である程度の霊力の訓練をしますが、事故は付き物。一般生徒はとてもではありませんが、入学させられません。

 では、終わりにしましょう」

 輝希は再びスイッチを入れ、練習終了を未央に告げた。


・・・・・・


 三人はエレベーターで上に戻った。輝希は夕食の支度、未央は輝希にもらった本で魔法の勉強、そして麻央はダイニングで(生活音が聞こえないと集中できないらしい)学校の課題をやっていた。

 さいたま高校は進学校であるため、週明けからすぐに授業がある。麻央が今やっている課題は日本史。本人は苦手としている(それでも十分なレベルがあるのだが)。

「何の勉強ですか?」

 麻央が声に気付き、顔を上げるとそこには野菜炒めを持った輝希が立っていた。

「日本史なんだけど、一九三二年に起こった事件を選ぶ問題で……」

 輝希は皿を置いて考え始めた。

「その年だと、満州国建国、フランス大統領暗殺、五・一五事件、赤色ギャング事件……」

「え、ちょっと待って。なんでそんなに詳しいの?」

 いきなりスラスラと事件を言い始めた輝希に麻央は困惑していた。

「こういうのを調べるのが趣味でして」

 対する輝希は苦笑していた。

「大きな事件はこれぐらいですが、その選択肢にはありましたか?」

「え、ええ。五・一五事件だと思う」

「そうですか。分からない問題がありましたら、遠慮なく言って下さい」

 輝希は台所へ消えていった。麻央は、謎の深まった輝希の背中を見つめていた。


・・・・・・


 宿題をしていたら、輝希から電話が掛かってきた。

「どうした?」

『修平、お前書記になったんだよな?』

 こいつがいきなり用件を言うのは珍しい。

「そうだけど?」

『そうか。二年の福田には気をつけた方が良いぞ』

「え? どうして?」

『じゃあ、そういうことだから』

 そう言って、電話は切れた。あいつが突拍子もない事を言うのはいつものことだが、今日はいつも以上に何が言いたかったのか見当がつかない。


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