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妖怪の長  作者: 齋藤 照樹
さいたま高校女子高生霊力暴発事件
6/12

四月十日土曜日――壱

未央はスマホのアラームの音で目覚めた。着替えをし、廊下へ出るとリビングの方から美味しそうな匂いと何かを焼いている音が聞こえた。

リビングへ入ると、ちょうど輝希がキッチンから焼き魚を持って入ってきたところだった。

「おはようございます。朝食は出来ていますよ」

そう言い、輝希は焼き魚を食卓に置いてリビングを出ていった。

未央は驚きながらも食卓につき、箸を取ろうとした。すると、制服に着替えた輝希が入ってきた。輝希も、食卓について朝食を摂った。

「昨日はよく眠れましたか?」

食事を摂りながら輝希が訊ねてきた。

「はい」

「麻央さんとは一緒の部屋で寝ますか?」

麻央は今週、今日と明日泊まることになっている。

「お、姉と相談して決めます」

それを聞いた輝希は何故か吹いた。

「くっくく……未央さん。無理に姉と言わなくてもいいですよ」

それを言われた未央は顔を赤くした。


「六時四十五分には、家を出ます」

未央が食べ終わる頃、キッチンで食器を洗っていた輝希が言った。その頃には、未央の顔も赤く無くなっていた。

「吉田くんはいつもこんなに早いの?」

現在時刻は六時十五分。食べ始めたのが六時だから、三十分以上前には起きていることになる。しかし、輝希に眠気はみられない。

「もともとあまり眠らないので。早く支度しないと間に合いませんよ」

そう言いながら未央の食器を持っていく。

未央は思い出したように部屋に戻っていった。


・・・・・・


水城結の実家は修平と同じく日高市にある。しかし、高校入学に伴ってさいたま市与野の母方の実家に結のみ引っ越していた。

「じゃあおばあちゃん、行ってくるね」

「いってらっしゃい」

駅から徒歩3分の位置にある家を出た彼女は、駅前のコンビニへ寄った。そこで結はさいたま高校生徒会副会長の渋沢香澄に会った。

「おはようございます、先輩」

「結ちゃん、おはよ」

香澄はちょうど、レジを済ませ、コンビニを出るところだった。お互い、それ以上は話さずにその場を離れた。

結が買い物を済ませ、コンビニを出ると香澄が待っていた。

「結ちゃん、ちょっといいかな?」

今日は早めに家を出ていたので、結は頷いた。

すると、香澄は近くに止まっていたセダンに乗り込んだ。わけがわからなかったが、結もその車に乗った。


「結ちゃんさ、警視庁の部署で捜査五課って知ってる?」

車に乗り、香澄が訊ねてきた質問の内容に結は十秒ほどフリーズしてしまった。

「……し、知ってますけどどうしてそんなことを?」

結は正直に答えるか迷ったが、香澄は妖怪について知っているし、霊力管理統制法では「霊力管理統制局」の名称は公にしてはいけない代わりに、「警視庁捜査五課」を用いることになっている。だから捜査五課であれば問題ないと判断した。

「昨日さ、麻央が先に帰ったでしょ? そのあと妹さんを刑事が送ってくれたって電話で言ってたんだけど、その刑事さんが警視庁の捜査五課だって言ってたの」

そこまで聞いて話が分かった。但し、結一人の判断で答えられる内容ではなかった。

「それについては吉田くんに聞いて下さい」

結が答えられるのはここまでだった。結も弱いとはいえ、霊感を持っている。霊感を持っている以上、霊管法に従わなければならない。しかし、輝希であればその判断で話すことができる。

「そう……ごめんなさいね、呼び止めて。もし良かったら送って行くけど」

質問をきられた格好になった香澄だったが、気にした様子を見せず結を送って行くと言った。ちょうど、結も香澄に生徒会について質問があったので、厚意に甘えることにした。


結たちが乗った車は渋滞にはまることもなく、高校についた。その後ろに一台のセダンが止まった。その車から降りてきた女子生徒を見て香澄が声をあげた。

「み、未央ちゃん⁉」

その車から降りてきたのは昨日、そしてついさっき話題にあがった麻央の妹、真軸未央だった。

未央を乗せていた車は未央が降りると同時に発進した。しかし、結はその車の運転手の大量の、特徴的な霊気を捉えていた。

「未央ちゃん、昨日は大丈夫だった?」

香澄はそれに気付かず――霊感が無いので当然である――昨日のことを未央に訊ねた。

「渋沢先輩、ご心配お掛けしました」

未央は頭を深々と下げた。それを見て香澄は安堵したが、すぐに顔が険しくなった。

「未央ちゃん、麻央は? それにさっきの車は?」

「姉はあとで来ます。あちらは昨日お世話になった刑事さんです。しばらくは、あの人に送り迎えしてもらえないと外出が出来ないんです」

訊かれた未央は一瞬、動揺したが、二人ともそれに気づかなかった。


・・・・・・


未央を降ろし、一人で駐車場に向かっていた輝希は内心、焦っていた。

(今ので、結にバレたな……修平たちに何も言わなきゃ良いんだが……)

そう思いながら、駅前の駐車場に車を走らせた。


車を停め、高校へ歩いて向かおうとした輝希は、駐車場を出たところで修平に会った。

「おはよう」

輝希が挨拶すると、修平も返し、二人で高校へ向かった。

「お前ってニュース見るっけ?」

高校まで半分ぐらいのところで、修平が訊いた。

「見るけど、それが?」

輝希が返すと、「これ見た?」と訊きながら、スマホの画面を見せてきた。

そこには、昨日昼過ぎに秋葉原駅近くのバーの裏で記憶喪失の男性が発見された、と言う記事が表示されていた。

「見たよ。で、それを俺に見せてどうした?」

「これ、お前がやったんじゃないか?」

修平の目には、疑いと殺意があった。輝希は、修平に疑われていると力を使わずとも分かった。

「確かに俺の行きつけのバーは秋葉原にあるけど、俺に記憶を消す霊力はないよ。お前が疑ってるのは、“(ばく)”の力だろ。そもそも俺の中には日本の妖怪の血しかない」


獏。元々、中国の妖怪で悪夢を喰らうとされるもの。室町時代には日本に伝わっており、縁起物として扱われてきた。獏に喰われた悪夢は二度と見ない、と言われていることが由来だ。

しかし、霊力保持者の間では記憶喪失も獏の仕業だと言う声もあがっている。記憶喪失の原因の一つに、嫌な思い出を封印し、精神を守るものがある。この「嫌な思い出」を「悪夢」と間違えた獏が「思い出」、「記憶」の味を覚えて喰い、人を記憶喪失にすると言うものである。

時が経ち、現代でも獏の子孫は日本の至る所に住んでいると言われている。霊力管理統制法により、霊力を用いて人に危害を与えるのは禁止されているが、子どもの霊力の暴走による記憶喪失が後を絶たない。しかし、これでもまだいい方で、記憶を食事として喰らう獏も居り毎年数人の獏が統制局に逮捕されている。

大半は、直ぐに適切な処置をすることで記憶を思い出させることが出来るが、稀に戻らないことがある。

なので、統制局員以外にも、霊力保持者には獏を発見次第、統制局に報告する義務がある。


修平が記憶喪失に獏を疑い、輝希を獏と疑ったのはこういう背景があったからだが、それだけではない。

修平の父、正義(まさよし)はかつて、日本に数少ない霊能者の一人だった。霊能者で唯一、統制局に勤務する者として霊力保持者には結構有名だった。そして輝希も、局長として親しくしていた。

ある日、輝希と正義と一人の局員は霊力感知器が作動したのを受けて、現場に出動していた。感知器に反応したのは魔法使いの少年で三人は指導で終わらせた。しかし、若い女性が男に襲われているところを発見した。

初めは強姦かと思い、局員と正義で対処し、輝希は応援を要請しようとパトカーに戻っていた(霊力保持者の警察である局員は全員、一般でも警官として動くことができる)。

 ところが、男は獏だった。霊視力がいい輝希と正義は目の保護のため霊視力を下げる眼鏡をしており、局員のも魔法使いで霊視力は良くなかった。気付いたときには局員は霊気をすべて喰われ死亡。正義も霊力と記憶を失ってしまった(霊気を活動の源にしている妖怪と違い、霊感のある者は霊気を失っても霊力を失うだけで生命活動に支障はない)。

 輝希も現場に戻ったところで男に襲われ、前世を終えた……


 これにより輝希は転生、正義も霊能者としての能力を失い(幸い、記憶は事件の一部始終を失うだけだった)統制局を辞職した。

それまで、正義の給料で生活していた児島家(統制局の給料は普通の公務員より高かった)は生活難の危機にひんしてしまった。しかし、賢治を通して輝希から資金援助を受けることができた。輝希と修平が小学、中学と付き合いがあったのはその為だった。


しかし、そんな幼馴染で恩人の輝希でも、獏であれば容赦しない。そんな思いを修平は抱えてる。それほど、獏を憎んでいるのだ。

しかし、それは勘違いだった。

「俺も、被害者だ。そもそも、獏は獏を襲えない(・・・・)

これには、修平も驚いた。


最近の研究で獏は自己保存の本能により、同族の獏を襲うことができないことがわかった。どういうメカニズムかは分からないが、獏は獏を見ても襲おうとしないらしい。

先程述べた通り、輝希の前世は獏に霊力を喰べられたことで終わっている。もし、獏の血が混じっていたら襲われることもなく、前世を終えることもなかったはずだ。


その事実に驚いたことで、修平は多少の落ち着きを取り戻した。

「わ、悪い。疑っちまって」

「いや、気にしてない。」


・・・・・・


 昇降口で香澄と別れた未央は、結と二人で教室へ向かっていた。

まだ誰も居ない教室に着き、荷物を置くと結にフレンドリーに話しかけられた。

真軸まじくさん。少しいい?」

 結に話しかけられた未央は体を強張らせた。

 魔法使いは霊感が弱いと言われている。しかし、弱いだけなので「そこにある」ということは分かる。

 未央は、結が霊感のある者であると認識していた。

「さっき言っていた刑事さんって、同じクラスの吉田くんでしょ?」

 未央は固まってしまった。

「そうだよ」

 その質問に答えたのは未央ではなかった。

 二人が声のした方へ振り返ると、そこには輝希が立っていた。しかし、いつもより影が薄く見える。

「分身使って盗み聞き? 趣味が悪いよ」

結が笑いながらそう言った。彼女は輝希の影が薄い理由を理解していた。

輝希は結の冗談をスルーして説明をした。

「結は昨日、未央の母親からお姉さんの麻央さんに電話が掛かってきた場にいただろ?」

結は否定せず、何故知っているかも聞かなかった。輝希の霊力をもってすれば、知ることは朝飯前だからだ。

「彼女は万引きの容疑で補導されていたんだが、彼女は魔法使いだから統制局の管轄になってね。そんで、ふたを開けてみれば強大な霊力を持つ未熟な魔法使いだって言うじゃないか。だから、彼女に魔法の扱い方を教えてるわけ」

結に説明する輝希をみて、未央は大丈夫なのかと思った。幾らクラスメイトとはいえ、事情を説明してしまっていいのか。

すると、輝希は未央に説明をした。

「彼女、水城結は霊感のある者で、私の中学の同級生です。ある程度の事情も知っているので、私に聞きにくいことは彼女に聞いても構いません。因みに、同じクラスの児島修平も霊感のある者ですよ」

ただし、口調は結に対するフレンドリーなものではなく、普段の硬いものだった。

そう言い残すと輝希の分身はスゥっと、消えていった。


・・・・・・


未央は輝希の話を聞き、結に聞きたいことがたくさんできてしまった。しかし、つい先ほどまで話したことのない結に質問するのは、未央にはハードルが高かった。

「心配しなくても大丈夫よ。私、その方面の口は堅いから」

未央が緊張してしまったのを察した結が、先ほどと同じようにフレンドリーに話しかけた。

輝希がずっと敬語を使っていたため、結のフレンドリーな口調で多少の緊張がほぐれたのを未央は感じた。

「あ、あの、水城さん。なんで吉田くんは敬語なんですか?」

「いきなりそこ聞いてくるかぁ」

そう言いながら、結は笑った。

「ご、ごめんなさい」

「あ、いいのよ。責めたわけじゃないから。あ、私のことは結でいいよ。私も、未央ちゃんって呼ぶから」

責められたと感じた未央が謝ると、結はその必要はないと言う。これで、未央の緊張をほぐそうと結は考えているのだ。実際、未央の緊張はほぐれていた。

「未央ちゃんは吉田くんの実年齢知ってる?」

一見、関係ない質問だったが、さっきの問いに答えてくれるのだと直感的に感じ、正直に答えた。

「知りません。でも百はいってるかと……」

「なんでそう思ったの?」

「思った、って言うか、昨日家まで送ってもらったときに母に会うから、と言って八十過ぎの男性に変装したんです。だから、それぐらいかなと」

「そっか。じゃあ、教えても大丈夫だよね。彼はね、三五〇歳よ」

「……え?」

教えられた未央は固まってしまった。確かに、転生がどうとか言っていたが、何回転生すればそこまで生きるのか……。そう考えると、気が遠くなりそうだった。

「そこまで生きてるまで転生してると、本当は年下の人でも、年上として見なきゃいけないでしょ? だから、本当に親しくない相手は敬語なんだって、輝希が言ってたの。実際、初めて彼に会ったのが小六の春、私が転校したとき。だけど、彼が私にタメ口になったのは中三の冬。とある事件がきっかけなの」

そう言いながら、結の目は未央を見ていなかった。

「結、さん?」

未央が心配そうに声をかけると、結はハッとして、戸惑っている未央に微笑んだ。

「ま、輝希に何か聞きづらいことがあれば、私に相談してもらって構わないから」

 そう言って、結は自分の席に座った。


・・・・・・


 輝希の分身が教室から消えたあと、修平と輝希(本体)は通学路を歩いていた。

「ムネモシュネって神、知ってるか?」

 学校まであと少しのところで輝希は修平に訊いた。

「いや、生憎(あいにく)神様は知らない」

「ムネモシュネは記憶を司る神だ。ギリシャ神話に出てくる神でウラノスとガイアの娘と言われている。

 そして、これはここだけの話なんだが、日本にそのムネモシュネがいるらしい」


 同じ頃、秋葉原にあるバー「ムネモシュネ」。そこでは店のマスター、有宗は閉店後の店内でグラスを拭いていた。

 不意に店の隅に気配を感じたと思うと、そこには輝希がいた。

「お客さん、もう閉店してるんだが」

「残念ながら、客じゃない」

 有宗は呆れながら、輝希は笑いながら言い、輝希はカウンターに腰掛けた。

「いつものかい?」

 拭いてあったグラスを取り出し、酒を注ごうとする有宗だったが、輝希は首を横にふった。

「どうした? 今日は酒を飲みに来たんじゃないのかい?」

「お前のこと、児島の息子に教えたから」

 それを聞いた途端、有宗の空気が変わった。

「俺が狙われると?」

「いや、あいつが恨んでるのは獏だ。だが、記憶を司る神にも矛先が向くかもしれない」

「どこまで教えたんだ?」

「記憶を司る神、ムネモシュネ。それが日本にいること」

 それを聞いた有宗はため息をついた。

「そこまで教えたら時間の問題だろう」

「ま、いきなり押しかけてくることもないだろう。そもそも、ここには未成年は入れない」

 そう言うと、輝希の分身は姿を消した。

「自分勝手なやつ……」

有宗の非難するようなその声は、確かに輝希の耳に入っていた。

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