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妖怪の長  作者: 齋藤 照樹
さいたま高校女子高生霊力暴発事件
5/12

四月九日金曜日――参

 二人を乗せた車は路地へ入っていき、駐車場に入った。そこにはバスやタクシー、救急車などの様々な車が止められていた。

「近所の人が怪しまないの?」

 未央はすでにこのことを当然として受け止めてしまった。さいたま署で刑事を気絶させ、車を運転し、年配の人に局長と呼ばれた彼を無意識の内に、権力のある何でもありな人と認識してしまった。

 しかし、これだけ特殊車両が一ヶ所に駐車されていれば不審に思うものである。特に近所の人が。

「ご心配なく」

 しかし、これは杞憂だった。

「周辺住民の方々には、映画等の撮影で使用する車両の駐車場と説明してあります。……このタクシーに乗ってください」

 輝希は白い車体に青のラインが入った個人タクシーを示して言った。

「私は制服に着替えてきます」

 そう言い、輝希は敷地内に建っている建物に入っていった。


「行きましょう」

 未央は車に乗って俯いていたが、その声で顔を上げた。ところがそこにあったのは輝希の顔ではなかった(さいたま署のときと同じ年代だが、顔は違った)。

 驚いた未央を見て、輝希は初めて未央に戸惑いの顔(しかし、変化へんげしている)を見せた。

「私ですよ。運転者証の写真の顔にしただけです」

 そう言いながら、車内の実空車表示器(空車や賃走などを表示するもの)に差し込まれている運転者証を指した。

 未央は一瞬そちらを見て、もう一度輝希の方を見るともとの顔に戻っていた。

「納得してもらえましたか?」

 未央が頷くと、帽子で顔を隠してもう一度見せると運転者証の顔に戻っていた。

「では、行きましょう」

 そう言い、車は静かに走り出した。


 ・・・・・・


 約一時間後、未央の家についた。輝希はすぐ近くにあった駐車場にタクシーを止め、上着だけトランクに積んであったスーツに着替え、顔も老人の物に変えた。

「なんで老人?」

「麻未さんは私が転生したことを知らないので」

 そう言うと、未央の家のインターホンを押した。

『はい』

 若い女性の声が聞こえた。

「警視庁捜査五課の吉田です」

『……今出ます』

 返事まで若干の時間があったがすぐにドアが開いた。恐らく、警察が訪ねてきたので驚いたのだろう。そこには高校生ぐらいの女性が立っていた。しかし表情は暗いものだった。

 彼女は未央を見ると、驚いて駆け寄ってきた。

「未央!!」

「お姉ちゃん……」

 未央にお姉ちゃんと呼ばれた女性、真軸麻央は未央を抱きしめた。未央は困った顔をしたが、抱き返した。

 麻央の声を聞いて、四十ぐらいの女性が出てきた。

「吉田さん」

「麻未さん。お久しぶりです」


 ・・・・・・


「ご迷惑をお掛けしました」

輝希から今日の話を聞き、麻未は頭を下げた。

 今、輝希は麻未と二人で面と向かって話していた。(因みに、輝希の顔は素顔に戻っている)

「ああ、それと娘さんの原因が分かりました」

輝希はそう言いながら、一枚の封筒を渡した。

「これに詳しく書いておきましたが、要約すると娘さんの霊力に制御が出来ていません。サイキッカーのような状態になっています」

「そうですか……」

それを聞き、麻未は後悔した。麻未は子供を産んだとき、自分の娘たちには大した霊力がないと思っていた。人間と結婚した霊力保持者(妖怪と霊能者)の子供は霊力が弱まる傾向があったからだ。事実、姉の麻央はほとんど霊力を持っておらず、霊視力を悪くする眼鏡を外した輝希がかろうじて見える程度で、妹の霊力もそんなものだろうと思っていた。

しかし、実際には強大な霊力を未央は持っていた。

それを理解することが出来なかった麻未はひどく後悔していた。

「まぁ、魔法使いは霊視力が低いですから、しょうがない部分がありますけど」

霊視力とは、霊力のうち相手の霊気を視る力のことである。霊視力が良いと、どれほど霊気があるかわかるが、少ないと「そこにある」ことしか分からない。

魔法使いは他の妖怪と違い、霊視力が低い。しかし、普段はそこまで気にする必要はない。

 麻未は輝希の話を聞いたあと、しばらく俯いて考え込んだ。そして、何かを決心した顔で口を開いた。

「未央のこと、お願いしたいんですが」

 ――が、声は出なかった。麻未の向かいで笑みを浮かべていた輝希が先に言ったのだ。

 しかし、麻未も輝希との付き合いが長い。輝希の先読みする性格にも慣れている。

「お、お願いできるかしら?」

 ――多少の動揺はするが。

「いいですよ。いつ、どのようにしますか?」

「任せるわ」

「じゃあこうしましょう……」


 ・・・・・・


「お邪魔しました」

 そう言い、輝希は真軸家をあとにした。

 その隣には真軸未央がいた。彼女は暫くの間、輝希の家に泊まり込みで霊力の扱い方を学ぶことになっている。部屋は空き部屋を使い(輝希の家は四階建てで意外と広い)、訓練は地下室を使うことになっている。

 これには、姉の麻央だけが反対したが母の麻未の説得で、週末は麻央も一緒に泊まる。と、言うことで話がまとまった。(輝希は麻央が反対した理由を視て(・・)しまったが、忘れることにした)

 今日は、とりあえず荷物を持っていくので麻央は家に残ることにした。(少なくとも三、四週間程、泊まることになっているのでタクシーだとすべての積めないのだ)

輝希は運転しながら後部座席の未央に話しかけた(顔はさっきの運転手の顔だ)。

「さて、貴女の明日からの扱いについて説明しましょう。貴女は自分の仕事の助手という扱いで住んでもらいます。自分は統制局の局長と同時に相談所の所長でもありますので、その相談所の助手という扱いになります。家は着いてから説明します。訓練についても同様です。

通学に関しては、貴女の希望通りにしますがどうしますか?」

「どういうこと?」

未央の口調は先程と変わっていないが、態度はだいぶ柔らかくなった。未央はこの短時間で輝希に心を許していた。年頃の女の子として如何なものかと輝希は考えていたが、これはもうどうしようも無いことである。

「もし、電車で一人で行きたいのであれば、お金はお渡しします。車で送ってもらいたいのであれば、送ります。どうしますか?」

そう聞かれた未央はしばらく考えた。

「送っていただけますか?」


 ・・・・・・


 約一時間で輝希の家へ着き、(途中、タクシーから覆面に乗り換え、格好も出会った時のスーツに着替えた)輝希は未央を三階の空き部屋に案内した。

 未央が荷物を置くと、輝希はエレベーターに乗った。それに続いて、未央もエレベーターに乗った。

二人が乗ったエレベーターは、地下深くまで降りていった。

地下三十階と表示されたエレベーターを降りた先にあったのは、白い部屋に囲まれた部屋だった。

「ここでしばらくの間、霊力の練習をしてもらいます」

 部屋の真ん中まで進んだ輝希はそう言った。


「貴女は霊力について、何を知っていますか?」

 あまりの部屋の広さに驚いていた未央に声を掛けた輝希の顔は、真剣なものだった。常に未央の前で作り笑いを見せていた輝希だが、初めて真剣な顔を見た未央は声を出せなかった。

口をパクパクさせていた未央を見ていた輝希は不意に視線を切った。

「あ、あの……」

金縛りが解けたような感覚を味わった未央は輝希に声を掛けた。しかし、輝希はエレベーターのそばにあった扉に入っていった。

未央は追いかけようとしたがすぐに扉が開いた。その手には黒の眼鏡ケースがあった。

「これを掛けてください」

未央が眼鏡ケースから眼鏡を取り出すと、輝希は自身の眼鏡をそのケースの中にしまい、ポケットに入れた。

未央は眼鏡を掛けようとすると、レンズ越しに見える自分の手、正確には自分の手の周りが光って見えた。未央が輝希に目で問うと、掛けてください。と言われた。

仕方がなく掛けて輝希をみると、輝希が光を放っているように見えた。


「これが霊力の元、霊気です」

自分を見て硬直している未央に対して説明を始めた。

霊気とは、幽霊、妖怪と霊能者(便宜上、霊力保持者と呼ばれる)が保有している力の元である。これが枯渇すると気絶し、最悪の場合は死に至る。大抵は時間経過で回復するが、他者の霊気で回復することもできる。

そして、この霊気を使った能力が霊力である。

幽霊は霊力を使えないが、霊能者は霊感(霊視力、霊聴力、霊嗅覚)を使うことができ、妖怪はその個体によって固有の能力がある。霊感以外の霊力を使える生物を妖怪と呼ぶ。

輝希が日本の霊力管理統制局の局長になった理由の一つに使える霊力の種類の多さがある。


 ・・・・・・


 およそ四百年前の江戸時代前期、日本に住む妖怪のごく一部が一般人にイタズラし、困らせる事態が多かった。中には、そのまま死に至らせる妖怪もいたという。

 幕府は江戸に住む妖怪達に命じた。


「妖怪の自治組織を作れ」


 江戸にいた妖怪達は全国の妖怪を集め、会合を開いた。自治組織の設立は多くの妖怪によって可決された。これが現霊力管理統制局の前身、妖怪町奉行所である。

 しかし、ここで問題が起きた。妖怪町奉行所の長官である、妖怪町奉行をどの妖怪にするかで揉めてしまったのだ。妖怪戦争に陥ると、誰もが感じたその時、ある妖怪がこういった。


「新しい妖怪を作ればいい」


 こうして生まれたのが、吉田輝希だった。

 サトリを母体として、様々な妖怪の血を混ぜることに成功した。結果として、魔法や透明化、分身などの様々な能力を持つ存在となった。肉体が死んだとしても精神は生き続け、すぐ近くに新しい肉体を生成する。

 三百年以上生き続ける局長は、こうして生まれた。


 ・・・・・・


「では、魔法について説明しましょう」

「あ、あの……」

 続けて説明しようとする輝希に、未央は申し訳なさそうに口を開いた。

「何ですか? 今は視ようとすると目が痛むので直接言ってください」

 そう言われ、未央は口を開いた。

「あ、あの、時間は、だ、大丈夫ですか?」

 未央はやはり、申し訳なさそうに言った。教えをお願いしたのは未央なので当然である。しかし、この部屋には時計もなく明日は学校もある。心配するのは当然だ。

 しかし、それは杞憂だった。

「この地下室に入っている間、上の時間は止まっています。なので、貴女がやめたくなるまで出来ます。……見慣れない視界に疲れました?」

急に気遣うような表情を見せた輝希に慌てて否定して、未央は続きをお願いした。

「では、魔法について説明します」

魔法。一部の妖怪が使うことが出来る霊力で、特に“魔法使い”はすべての魔法を、威力を上げて行使できる。

仕組みは魔法により様々だが、基本的には霊気を操ることにより、魔法を行使する。

一般的なものに“浮遊”があるが、これは自分や対象の霊気を操り、持ち上げるものである。

「今回、貴女が万引きを起こしてしまったのは、恐らく無意識下で霊気を操り、商品を引き寄せたのでしょう。

魔法名は“引寄せ”。この魔法は、対象の霊気(物質は基本的に霊気を少量ながら保有している)を磁石の要領で自分の霊気に引き寄せるものです」

輝希が壁面にあるパネルを操作すると部屋の反対側から台がせり出してきた。その上には、リンゴが乗っていた。輝希はそのリンゴに向かって右腕を突き出した。

未央は眼鏡を通して、輝希の右手に光――霊気が集まっていくのが見えた。リンゴの方へ視線を向けると、リンゴも霊気で光っているのが見えた。

次の瞬間、リンゴが台の上から消えた。

慌てて輝希の方を見ると、輝希の右手にはリンゴが握られていた。

「これが“引寄せ”です。一流の魔法使いは霊気を集めるところから引き寄せるまで一秒掛かりません」

説明を聞いて驚いていた未央だが、不意に顔を暗くさせてしまう。

「何か気になることがあれば、遠慮せずに聞いて下さい。今は、いわば先生と生徒なので」

「……こういう事ってよくあるんですか?」

輝希に促され、未央は口を開いた。「こういう事」とは、魔法の暴発だろう。

それを聞いた輝希は、なるほど、といった顔で頷いた。

「ごく稀に、未熟な魔法使いが魔法を暴発させることはあります。原因はほとんどが、自分の持つ強い霊気を制御出来なった結果です。しかし、適切な訓練をすれば大丈夫です」

輝希はポケットから先程とは別の眼鏡ケースを取り出し、未央に渡した。

「自分の魔法における霊力はそこまで強くないので、あまり発光しません。しかし、貴女の霊力では、霊気が強く発光するのでこれを掛けて下さい」

そこに入っていたのはサングラスだった。

「そのサングラスは貴女が今掛けているのと同じレンズを使っています」

未央は今掛けている眼鏡を外してケースにしまい、代わりにサングラスを掛けた。

それを確認した輝希は先程操作した壁面パネルを操作し、リンゴをさっきの台の上に出した。

「今から、自分の言う通りにして下さい」

輝希にそう言われ、未央は頷いた。

「では、自分の利き腕をあそこのリンゴに向けて下さい」

そう言われ、未央は右腕を上げた。その腕は周りが霊気によって光って見えた。

「では、右手に霊気を集まる感じを頭の中で強くイメージして下さい。ある程度集まったと感じたら、右手にリンゴが来ることをイメージしてみて下さい」

未央は輝希の指示に従った。

まず、身体中の霊気が右手に集まるのをイメージした。すると、段々右手の光が強くなっていった。

そろそろかなと思い、次にリンゴが自分の右手に現れるのをイメージする。次の瞬間、右手に閃光が走り、何かが右の手のひらに当たり、反射的に掴んだ。

あまりの眩しさに顔を逸らしていた未央は右手で掴んだものを見た。そこには、リンゴがあった。台の上を見てみると、何も置かれていなかった。

輝希の方を見ると、頷かれた。

「それが“引寄せ”です」

「私が、魔法を……」

未央の顔は興奮と喜びに染まっていた。




未央はその後、二度“引寄せ”を行使した後、自分の部屋に戻っていた。輝希から、急に魔法を使うと体が保たない。と言われたのだ。

さっきは荷物を置いてすぐに下に行ってしまったのでよく見なかったが、改めて部屋を見ると広かった。十畳程の広さの部屋にはベッド、テレビ、机のみ置かれており、ベッドの側にはクローゼッドの扉もあった。輝希には部屋のものは自由に使っていいと言われたが、やはり考えてしまう。

時計を見てみると八時半を少し過ぎていた。家に着いたのが八時半少し前で三十分程の地下室にいたので、どうやら時間が止まっていたのは本当らしい。

そんなことを考えていると、ドアがノックされた。

「は、はい」

『入って大丈夫ですか?』

「はい、ど、どうぞ」

そう答えるとドアが開き、輝希が入ってきた。先程のスーツから上着を脱ぎ、ネクタイを外した格好だった。


輝希は開けた形跡のないスーツケースを見ると、未央の前に座った。

「未央さん。あまり、遠慮しなくていいんですよ。麻未さんから頼まれましたし、自宅だと思っていただいて構いません」

「わ、わかりました……」

「残りの服はどうしますか? 明日取りに行きますか?」

未央は一度時計を見た。

「……明日にします」

「夕食はどうしますか?」

「……吉田、さんにお任せします」

自分が好きなものでいいか少し考えてしまったが、流石に厚かましいと思いったので任せることにした。

「好きな食べ物はなんですか?」

「……か、カレー……」

「では、カレーを作りますね」

「す、すみません」

「さっきも言った通り、遠慮しなくていいんですよ」

そう言い、輝希は立ち上がった。

「出来たら呼びますね。お風呂は沸いているので、好きな時に入って下さい」

「あ、て、手伝います」

「いえ、大丈夫ですよ」

輝希はそう残して、部屋を出た。


 ・・・・・・


お風呂から出た未央は水が飲みたくてリビングに行った。

リビングでは、輝希が端のローテーブルでノートパソコンを使っており、食卓にはカレー鍋が置かれていた。

「お風呂、どうでした?」

輝希がパソコンを閉じながら訊ねてきた。

「良かったです」

未央が答え、それを聞いた輝希は微笑んだ。

「それは良かったです。カレーは出来上がっているのでお好きにどうぞ。食器はどれを使っても構いませんし、ご飯は炊飯器に炊いてあります」

そう言い、輝希はリビングを後にしようとした。

「吉田、さんは?」

「自分は仕事があるので。……未央さん、あくまで同い年なので呼び捨てでも構いませんよ」

そう言い、今度こそリビングを後にした。

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