四月九日金曜日――壱
輝希の朝は早い。
六時に起床すると分身に朝食作りをさせ、自身は制服に着替える。分身の朝食作りが終わる頃、リビングに向か、朝食を摂る。
朝食を食べ終え、家を出るのが六時半。そこから車で一時間ちょっとでさいたま高校に着く。
今日の日程は、午前にカリキュラムと担当教諭の確認、部活動と委員会についての説明だった。輝希は高校生になる度にここの高校に入学しているのである程度のことは知っているのだが、入学する度に変わるので確認も含めて聞いていた。
これが終わると、今日の午後から明日にかけて部活、委員会の勧誘期間がある。私立校というだけあって、公立にない様々な部活があり、一日では回りきれない。そこで、高校側が翌日の土曜日も一日部活の勧誘にしたのだ。入学してすぐ入部するのは部活のことを悩んで勉学に支障が来さないように。ということらしい。
委員会については、生徒会から各委員会に何名かの候補者が提示され、その中から何名かに声をかけるというもの。自主性は損なわれてしまうが、円滑な学校運営には致し方ない。と、生徒会、委員会は考えている。因みに二年、三年生はそのまま持ち上がりで、問題を起こした生徒を随時除籍される形となる。
輝希は午後になると、演劇部の部室に向かった。この高校の演劇部はあまり部員数が集まらないことから、ほとんど活動をしなくなっていた。大会実績が無いので廃部になりそうなものだが、とある事情から残されている。
「失礼します」
輝希はドアをノックして入っていった。そこには、三人の部員が適当に置かれたソファに座って本を読んでいた(輝希は入学する度に演劇部に入るのだが、ソファの位置が変わったことはない)。
「おう。入部希望か?」
部長らしき風格の男子生徒が声をかけた。眼鏡を掛けたその生徒は知的な印象だった。
「はい。少し演劇に興味があったので」
それを聞いて、男子生徒は残念そうな顔をした。
「そうか。しかし残念だったな。ココの演劇部はほとんど演劇をしないぞ」
「では、どんなことをするんですか?」
そう返した輝希に今度は面白い、という表情を見せた。
「君みたいに質問してくる子は俺の中じゃ初めてだよ。
よし、説明しよう。我々演劇部の仕事は学祭での裏方だ」
そして、一通り説明を終えた後入部の意思を確認し、肯定を返した輝希に男子生徒の表情が緩んだ。
「自己紹介がまだだったな。この部活の部長の下田勇太だ。よろしくな」
「吉田輝希です。よろしくお願いします」
フランクな勇太に対し、輝希が丁寧に返す。
「今、演劇部は俺とそこの二人だけだ」
そう言うと、別のソファに座っていた双子らしき女子生徒が顔を上げた。
「私、西野久美子。二年生だよ。よろしくね」
「西野紀美子です。よろしくおねがいします」
輝希は三人の雰囲気にすぐに馴染んだ。
四人が雑談していると、輝希の担任がやってきた。
「ここにいたのね。吉田くん、校長先生が呼んでいるんだけど……」
「はい、分かりました」
輝希が平然と答える中、演劇部員は困惑していた。
「お前、何かしたのか?」
ただ一人、声を掛けた勇太以外絶句している。
しかし、輝希は仮面の笑顔で答えた。
「校長の時守先生はちょっとした知り合いでして。では、失礼します」
輝希を呼びに来た担任も含め、部屋の中の全員が困惑の表情を浮かべていた。
輝希はノックせずに、校長室へ入った。校長の時守和義も苦笑いしていた。
「お久しぶりです、時守先生」
親しい人にしか見せない笑顔で輝希は挨拶した。
「先生は止してくれ。お前とは同じ学び舎で学んだ学友じゃないか」
和義もさっきの苦笑いでなく、普通の笑顔で答えた。
・・・・・・
俺と結は昨日の約束通り、生徒会室へ向かっていた。しかし、その足取りは重かった。
「真斗先輩、怒ってないかな?」
「さぁ? 行ってみないと……」
輝希が消えた(分身を消した)後、真斗先輩は俺たちに当たり始めた。余程、輝希にバカにされたと思ったんだろう。
しかし、学校に登校した以上顔を出さなければならず、こうして思い足を引きずってやってきたわけだ。
「失礼します」
生徒会室についてしまい、仕方なくノックして入室した。そこには真斗先輩と渋沢先輩の他に二人の男女がいた。
「おお、来てくれたか。昨日は悪かった」
真斗先輩は怒っておらず、むしろ申し訳ない、という気持ちが見えた。
「さて、さっさと自己紹介してしまおう」
そう言い、隣に立っていた気の弱そうな男子生徒を見た。
「彼は二年書記の福田啓介。速記の資格持ちがいなかったからタイピングの速さで選ばれた」
「二年……C組の……福田……です」
その声は細く、聞き取りにくいものだった。
「すまんな。こいつは人見知りでね」
真斗先輩にそう言われ、啓介先輩は申し訳なさそうに俯いた。
真斗先輩はそんな彼を放っておいて、その隣の女子生徒を見た。
「それで彼女が二年会計の真軸麻央。水城さんと同じ珠算一級を持っている。確か、君たちと同じクラスに妹さんがいたはずだよ」
「真軸です。よろしくね」
そう言いながら軽くウィンクしてみせる麻央。あざとく見えないその姿に二人は少し見とれてしまった。
しかし、自分らが名乗らないわけにも行かず、俺はなんとか口を開いた。
「こ、この度生徒会へ入れていただくことになりました、児島修平です。」
「お、同じく水城結です。よろしくお願いします」
隣で戸惑っていた結も、なんとか名乗ることができた。
「それじゃあ、仕事の内容について――」
真斗先輩が説明しようとすると、不意に携帯の着信音が生徒会室に響いた。
「ごめんなさい」
真軸先輩が謝りながら、電話を取った。
「もしもし、お母さん?……どうしたのそんなに慌てて…………え⁉ それ本当⁉」
いきなり真軸先輩が大声を上げるので俺たちはびっくりしてそちらへ向いた。
「うん……うん……わかった」
真軸先輩が電話を切ると、渋沢先輩が心配そうに話しかけた。
「大丈夫? ただ事じゃないみたいだけど」
真軸先輩の顔には明らかに動揺があった。
「い、妹が警察に補導されてるらしくて。母は知り合いの刑事に頼んだと言ってるんですが、心配なので先に帰らしてもらえませんか?」
それに答えたのは真斗先輩だった。
「良いよ。気をつけてね」
それを聞くと、真軸先輩は頭を下げて急いで出ていった。
・・・・・・
輝希がしばらく和義と談笑していると、Android――仕事用のスマホに電話が掛かって来た。賢治からだ。
「失礼。もしもし」
『局長。さいたま署に魔法使いの少女が保護されたそうです。向かってもらえますか?』
「構わないけど……」
『話は通しておきます。情報は後ほど連絡するので、先に向かってください』
そう言い、賢治は電話を切った。
輝希が申し訳なさそうに言った。
「すみません。仕事が入ってしまいました。これで失礼します」
和義はあまり気にしていないようだった
「ああ。またいずれ話そう」
輝希は会釈して退出すると、駅の駐車場に止めた車に分身を出し、近くまで運転させて自分は足早に校門に急いだ。