四月十二日月曜日──事件発生──弐
未央は結と輝希の車で買い物に出ていた。未央の立場は保護観察処分(妖怪の保護観察処分は統制局の人間が同居し、生活をともにすることである)を受けており、基本的に輝希から離れられないのだが、女の子の買い物があるため、結を保護司として任せているのである(昼食時に未央と結が共に食事していたのはこのためである)。
「では、用が済んだら連絡を下さい。私は別の用事を済ませているので」
輝希は二人を降ろし、そう告げて車を走らせていった。未央と結は二人で買い物へと繰り出していった。
輝希は二人を降ろした後、統制局に来ていた。そこでは定時を忘れた局員たちが忙しなく仕事をしていた(輝希は定時で上がるように何度も注意しているのだが、妖怪に「休む」という概念がないため、なかなか上がらないのである)。
「局長、お疲れ様です」
輝希が自席で書類整理をしていると、賢治が話しかけてきた。
「お疲れ様。なにか報告事項でもあった?」
「いえ、こちらに顔出すのが珍しいな、と」
「そうでも無いだろう? 三月までは毎日顔を出していた訳だし、いくら家で仕事ができるとはいえ、持ち出せないデータの方が沢山あるんだ」
輝希が統制局に来た理由は家で処理できない仕事を片付けるためだ。
統制局は各都道府県に拠点があり、その報告書が全国各地から毎日、東京の本部に送られてくる。それらの確認印を押すのも輝希の仕事なのだが、この仕事は家に持ち帰ることが出来ないので、定期的に統制局に顔を出さなければならないのだ。
輝希が作業を続けていると、賢治は構わずに話しかけた。
「そういえば修平くん、生徒会に入ったらしいじゃないですか。啓介がなんか嬉しそうに話してきましたよ」
「ほう、あの啓介が珍しいな」
輝希は作業を続けながら、一人の男子高校生の顔を思い浮かべていた。
福田啓介。さいたま高校二年の生徒会である彼は統制局員であり、賢治の養子である。
彼の父親は一六年前、修平の父親である正義と輝希と三人で巡回中、獏に襲われている女性を助けに入り、殉職した。正義は霊気を全て喰われ、記憶を失った上で廃人化。輝希も霊気を失い、前回の生を終えた。女性は奇跡的に助かったが、正義と輝希は目の保護のために霊視力を下げる眼鏡を、啓介の父親は霊視力が元々弱かったがための結果だった。
啓介は母親をすでに亡くしており、父親も亡くしたことで孤児となってしまった。そこで、父親と同僚であった賢治が養子として迎え入れることになった。
父親のことは物心がついた頃には明かされていた。しかし、それが原因で心を閉ざしてしまうこととなった。
「啓介、修平のこと感づいているのか?」
「もう既に手遅れかと」
輝希の問いに賢治は首を振った。
心を閉ざしている啓介だが、その代りと言わんばかりに霊能力者に対する依存癖がある。それが原因で虐められ、人間不信を悪化させる悪循環なのだが、コレばっかりはどうしようもすることが出来ない。
輝希は、溜め息をついた。
仕事が一段落ついたところで、未央から連絡が入った。輝希は局員に挨拶し、急いで車へ戻って二人を迎えに行った。
時間が時間だったので、結を家まで送り、輝希と未央が秋葉原の家についたのが二十時を少し回ったくらいだった。輝希は未央に先に課題をやるように告げ、夕食の支度を始めた。
三十分ほどで支度を終わらせ、未央と食事をしていると、輝希のAndroidが着信を告げた。その着信画面を見て、輝希は顔を顰めた。
「ちょっと失礼」
未央に断りを入れ、輝希は電話を取った。
「もしもし、吉田です」
『万世橋交差点で霊力を感知しました。出動願います』
「分かりました。三分で現着します」
電話を切ると、こちら側を見ていた未央に頭を下げた。
「急に仕事が入りました。先に寝ていて構いませんから」
輝希は返事も待たずに、車のキーを掴んで部屋を飛び出して行った。
・・・・・・
輝希が現場に着くと規制線が張られており、制服警官が二人立っていた。輝希が手帳を出すと敬礼し、中に入れてくれた。
規制線の内側では、ちょうど検死が行われていた。若い検死官が壮年の刑事に伝えているところだった。
「まだ温かく、死斑も無い……死後二十分も経っていませんね」
「それはおかしくないか? 我々が通報を受けて現在に至るまで少なくとも二十分と経っていないぞ?」
現場の刑事たちが頭を抱えているのを尻目に、輝希は耳につけた無線機で統制局を呼び出した。
「東京〇二から統制局。こちら現着したが、死亡推定時刻がおかしい遺体があるのみ。霊力の発生源を特定できるか、どうぞ」
『統制局。五分前に感知してから感知器には引っかかっていません』
「了解した。遺体と霊力に関連がある可能性があるので、こちらの処理を優先する、どうぞ」
『統制局、了解』
無線を終えて刑事たちを見てみると、未だに頭を抱えていた。
「どうも、警視庁捜査五課警視監の吉田です。この辺りで霊力を感知したので、やってまいりました」
壮年の男性が訝しげな顔をしたが、すぐに上階級の相手に対する態度でないと気付き、敬礼した。
「万世橋署の警部補、中村です」
壮年の刑事がそう名乗った。
そうして、二人は実況見分を始めた。
被害者の名前は赤司圭太。東京大学法学部の三年生で、白河在住。また、輝希が統制局に照会したところ、「赤足」の登録を受けていた。
赤足は人の足に纏わりつく妖怪で、その特性上、一定時間ごとに統制局に自分の現在位置の報告義務があった。二十歳の報告時間は六時間毎で、前回の報告時間が三時。場所は東京大学の本郷キャンパスだった。
死因は霊気を失ったことによる急性心不全で、死亡推定時刻は二十時四十五分。
「通報者の情報は分かりますか?」
「受理番号が署にあるので、それで照会すれば」
「では、その記録を見に行きましょう」
現場での証拠収集に見切りをつけ、二人は撤収した。
・・・・・・
「受理番号一〇四七〇六の記録を照会したい、どうぞ」
二人は万世橋署の通信室から本部に照会無線を送っていた。
『本部通信指令センターより、万世橋通信室。通報者の氏名は留木和彦。携帯端末からの入電。以上』
「万世橋、了解。
とのことです。吉田警視監、コレ以上の情報はやはり手に入りませんよ」
中村が落胆して言うと、輝希は無線のスイッチを入れた。
「東京〇二から本部へ、人物照会を願う。氏名、留木和彦、どうぞ」
「警視監、照会してもデータは出てきませんよ」
「普通は、出てきませんね」
そう言って、輝希は腰につけてる無線機からインカムのコードを抜いた。すると、ちょうど着電を知らせる音がなった。
『本部より東京〇二へ。留木和彦に該当するデータが複数あり。他の情報を求む、どうぞ』
「東京都内の者の可能性あり。それで絞り込み願う、どうぞ」
『留木和彦、四〇歳。無職。東京都台東区根岸在住。百目鬼としての登録。以上』
「東京〇二、了解
まあ、こういうわけですね。台東区だと方面も違いますし、あとはこちらで引き継ぎます」
そう言い、無線機にインカムのコードを戻しながら、部屋を後にしようとすると、
「待ってください、警視監。私の事件です」
案の定、中村が輝希を止めた。現場の人間が拘ることも理解していたし、そうなることが分かっていた輝希は素直に応じた。
「では明朝九時、署の前で」
そう言って、今度こそ部屋を後にした。断られると思っていた中村は呆気にとられ、何も声を掛けられなかった。
おまたせして申し訳ございません。
約二ヶ月ぶりですね。
就職して忙しかったんです。
……言い訳ですね、すいません。
このお話からあとがきをちゃんと書こうと思います。
べ、別に他の作家さんが面白いのを書いてて憧れたわけじゃないですから
兎にも角にも、次は一ヶ月あかないように頑張ります。