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妖怪の長  作者: 齋藤 照樹
さいたま高校女子高生霊力暴発事件
1/12

四月八日木曜日――入学式――壱

 朝、耳元で鳴り響く目覚ましを止め、少年は時計に付いている日付を見た。あぁ、入学式か――そう思い、下のリビングへ降りていった。昨日の夕食の残りを温め朝食を済ませ、家族の分の朝食を用意すると、再び二階の自室へ向かった。新品のスーツに着替え、下の祖父母たちに朝の挨拶をし、家を出た。

 事前に買っておいた定期で改札を通ると、高校のある浦和方面へ向かうために電車に乗った。途中の川越で乗り換えたこの電車も、初めは乗客が少なかったが段々と増えていき、浦和に着くときにはほぼ満員となっていた。

 彼の名前は児島修平。今年から高校生である。今日は私立さいたま高校の入学式。制服の指定はなく、入学式のような日にスーツの着用が決められている以外、普段の服は自由だ。さいたま高校は「日本一校則がゆるい高校」として有名である。校長の方針で基本的なことは生徒会が決めて良いことになっているのだ。しかし、同時に「埼玉一成績が良い高校」と言われている。校則がゆるいと言われていてもそれ相応の校則があり、生徒が互いを取り締まっている(むしろ、成績優秀で規律も守るので、そこまで校則を決めなくていいのだ)。そんな高校に入学した彼はただの人間ではなかった。

 改札を出ると高校のバスが止まっていた。しかし、満員のため徒歩で行こうかと考えていたが、二台目のバスが来たため、それに素早く乗り込んだ。車内は騒がしかったが、彼は周りを気にせずただ窓の外を見ていた。


 ・・・・・・


 俺は高校の入学式が終わり、駅行きのバスに乗ろうとした。この日はクラスの発表はあるが、教室には入れないのだ。バス乗り場に着くと先輩方でいっぱいになっていたから、仕方なく歩いて行く事にした。

 しばらく歩いていると、不意に後ろから何か強力な霊力を感じた。そう、俺は霊感のある者だ。その霊力の主は俺に声をかけてきた。

「お前もこの高校か」

輝希(こうき)。また、一緒だな」

 振り返るとそこには、俺と同じくスーツを着た青年が立っていた。体型は少し小太りで、スーツを来ているおかげで社会人でも通用しそうな顔立ち、そして眼鏡を掛けていた。

 彼の名は、吉田輝希。小学生から一緒の友人で、よく相談に乗ってくれる。そんな彼も、ただの人間ではない。否、人間ですらない。

「それにしても相変わらず太ってるよな。痩せる気ないのか?」

「あのな、“狸”の血が混じっている以上無理」

 そう。輝希は妖怪である。彼曰く、サトリをベースに他の妖怪の血が混じっていて、その体型も狸の血が混じっているために痩せることができないそうだ。

 ――ここで言う狸は化け狸のことである。


 再会を喜び合い、他愛もない雑談をしながら歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。

「あの……」

「はい、何でしょう」

 僕が返事をし、二人同時に振り向いた。そこにはレディーススーツを着た明るい感じの女の人が立っていた。

「あっ。やっぱり、修平と輝希だ」

 俺たちに声を掛けた女の人は、嬉しそうな反応をした。同じの学校の生徒かな……そんなことを俺は考えていると、

「あぁ、結か」

 輝希が知り合いにあったかのように言った。

「えっ?」

 俺は正直困惑した。

 こんなやつ知り合いにいたっけか?……

「輝希は、女嫌い治った? 高校でいちいちビクついてたら女友達できないよ」

 結と呼ばれた少女は笑いながら言った。

「うるせぇ、苦手なだけだ」

「あのぅ、話が盛り上がっているところ申し訳ないんだけど、どちら様で?」

 混乱していたがなんとか口をひらいた。情報を飲み込めていなかったが、話に置いていかれるのは嫌だった。

「お前忘れたのか? 同じ中学校だった水城結だよ」

 水城結……そんな奴いた気が……

 俺が思考に浸っている間に、二人は話を進めていた。

「二人もさいたまなんだね。知っている人がいて安心したよ」

「そうだな。久しぶりに公園でゆっくり話すか?」

 輝希はそう言って公園の方まで向かっていった。僕と結もその後について行った。


 ・・・・・・


 公園のベンチに三人は腰掛けた。そして輝希は結に話しかけた。その隣で俺は考えていた。

「でも、よく分かったな。俺達だって」

「わかるよ。だって、輝希はわかりやすいもん」

 結は笑いながら答えた。

「そりゃあ、そうだな」

 輝希も笑いながら返した。

 あごに手をあてて考えていた俺は、結の方を向いて口を開いた。

「悪い、全然思い出せない」

 俺が申し訳無さそうに言うと、

「仕方ないよ」

 と、結は当然のように笑いながら言った。

「えっ?」

 俺は驚いた。

 思い出せないのが仕方ない? なんで――

「私ね、小学校の時、修平が怖くて全然話しかけられなかったもん」

「え? 怖い? 僕が?」

 俺はさらに驚いた。

 俺が怖い? どこが――

「私ね、実は霊感があるの。小六のときに転校してきて、色んな人に話しかけようと思っていたとき、修平の周りにだけ幽霊が集まってて怖かったんだ」

「そしたら、なんか知らないけど俺のところに相談に来た」

 輝希も結の説明に口を挟んできた。

「その時は、クラスのみんなが輝希なら相談に乗ってくれるって。それで近づいたら、人間じゃないって気づいたの」

「その時なんて言ってきたと思う? あの時は心臓が止まると思ったよ。」

 輝希はケラケラ笑いながら言った。そして遠い目をした。


 ・・・・・・


 小学六年生、四月。結は転入してきた子だった。彼女はもともとコミュニケーション能力が高く、すぐにクラスに打ち解けた。

 しかし、修平とは修平の周りにいる幽霊が怖く、話すことが出来なかった。

 結も霊感を持っていたが、それほど強くなく会話することができないのだ。会話することのできない結にとって幽霊は、恐ろしい存在だった。

 どうしようかと悩んでいると、周りの女の子たちが「何か悩みがあるなら輝希に話すといい」と言っていたことを思い出した。みんなが言っているから大丈夫なんだろうな……そんなことを考えながら、端の席に座っている輝希に声を掛けた。

「ねぇ、吉田くん?」

「っ!!!」

 輝希は声をかけられた途端、素早い動きで結から離れた。その動きに結は少しビックリした。

「……なんだ、水城さんか。どうかしましたか?」

「な、なんで、ビックリしたの?」

 結が訊ねた。すると、

「女子が苦手でして……普段は気配でわかるのですが、今は気を抜いていまして」

 と、とても穏やかな表情で答えた。

「それで?何の御用ですか?」

「あの……えっと……」

「なんです? はっきり言ってください」

「あ、あなたは、に、人間です、か?」

 輝希はさっきの穏やかな表情を段々と変え、ついには人を睨むようにこっちを見てきた。結は少し怯えた。

「あ、あのぅ……」

「ちょっと来い」

「えっ」

 輝希は、有無を言わさず結の手を引いて隣の空き教室に入った。先生が、輝希の相談のために鍵を開けておいてくれた教室だ。生徒だけでなく、先生も輝希に相談をしに来る。以前は、教室で普通にやっていたが、輝希と仲が良い学年主任の先生が気を使って、使われていない教室を開けてくれているのだ。


「いきなりなんなんですか!!」

 怒り気味で輝希は言った。

「貴女が霊感持っているのは分かっていましたが、自分の正体まで気づいてたなんて……」

 そして今度はブツブツと言った。

 結は怯えてながら、

「わ、わたし、霊感強くなくて……し、しょうたいってなに?……」

 と、言った。輝希は、目……と言うより少し上の額の方を睨んでいた。すると、

「今、自分がなんと言ったか聞こえましたか?」

 と、訊ねてきた。結は、

「自分の正体がどうたらこうたら……」

 と答えた。輝希は驚いた表情で眼鏡を外し、

「幽霊の声、聞こえてないのですか?」

 と、また訊ねてきた。結がぽかんとしていると、

「本当らしいですね」

 と、力を抜いた。顔も少し穏やかになった。

「まぁ、貴女に話しても大丈夫そうです。黙っていても後々面倒なことになるみたいですし」

 そう言うと、教室のドアの外に“相談中”と書かれた札を下げ、ドアを閉めた。

「あ、あのぅ」

 結は話が勝手に進み戸惑っていたが、輝希は意にも介さず話を進めた。

「貴女は、霊感があるんですよね?」

「は、はい」

「自分はどんなふうに見えていますか?」

「え、えっと……体にそって何か出て……ます」

 結は輝希の敬語に恐ろしさを感じ、結自身も自然と敬語になっていた。

「では、幽霊はどんなふうに見えていますか?」

「体の真ん中の方から外側に向かって吉田くんと同じものが出てます」

「そう、それが幽霊の正体です。霊感のある者は冷気の中の霊気を目で判別することが出来ます。しかもその霊気は意思を持っており、それとコミュニケーションを取ることが出来るのが“霊感のある者”です。ここまではいいですか?」

 結は頷いた。

「それと同じものが、自分からも出ているように見えているんですね?」

「はい」

「さっき言った物質ですが、幽霊以外にも妖怪も出しています。ここまで言えば分かりますか?」

「あなたも……妖怪……」

「そうです。自分はサトリをベースに沢山の妖怪の血を引いています。この体型も狸の血を引いているから。

 このことをこの学校で知っているのは修平だけです」

「……えっ?」

 結は驚いた。

「なんで、修平が?」

 結は更にビックリした。自分の声かと思ったがそれは違った。輝希が結の思っていることを当てたのだ。

「これが、自分の「サトリ」の能力です。相手の考えていることを“悟る”、つまり読むことができます」

「じゃあ、なんで修平は知っているの?」

 結は少し前のめりになっていった。輝希はびっくりして少し下がった。

「待ってください、ちゃんと説明しますから。その前に近いです」

「あ、ごめんなさい」

 結は素直に謝り、椅子に座りなおした。

「さて、まずは幽霊の話しましょう。幽霊についての知識があまりないみたいですから。

 幽霊とはこの世に未練を持っています。中には早くあの世に行きたい幽霊と思っている幽霊もいます。ですがそう簡単には行きません。だから霊能者や、自分みたいな妖怪に願いを聞いてもらいます」

「霊感のある者と霊能者って何が違うの?」

「いいところに目をつけましたね。

 ここで一つ、問題を出しましょう。貴女にはこの教室に何人の幽霊が見えますか?」

「ろ、六人ぐらい」

「六人……二十人ぐらいはいます。霊能者とは霊感がすごく強い人物を指します。日本にはもう一人しかいません。因みに霊能者と妖怪の決定的な違いは幽霊に触れられるか否か、です」

 輝希はそう言ってポケットからメガネケースを取り出した。

「それは?」

「これは目の霊力、霊視力を上げる、つまり幽霊を見えやすくする眼鏡です。掛けてみてください」

 そう言われて結は眼鏡を掛けた。すると一気に沢山の幽霊が見えるようになった。びっくりしてすぐに眼鏡を外した。

「こんなに沢山……」

「そう。この情景が自分や修平にとって、いつものことなんです。ご理解いただけましたか?」

「吉田くんって、狸の血も引いているのよね?」

 結がそう訊ねると、肩を叩かれた。びっくりして後ろを向くと別の輝希が立っていた。

「これで分かっていただけましたか? まぁ、霊感のことで何かありましたら言ってください」


 ・・・・・・


「そんなことがあったんだ」

 初めて聞かされた話に、俺はどんな感想も持てなかった。

「そう。だけどあれからも修平には話しかけられなかったんだ。だから、私が一方的に知ってる感じ」

「二人共、時間大丈夫か?」

 輝希に言われ公園の時計を見ると、意外と時間が経っていて一時を回ったところだった。

「まだ、大丈夫だが」

「私も」

 二人の返事を聞き、輝希は一瞬ニヤッとした、ような気がした……。

「俺、仕事があるから。じゃあ」

「仕事って“あれ”か」

 俺は輝希の仕事を知っていた。

「待って」

 ベンチを立った輝希を結が呼び止めた。

「輝希って今どこに住んでるの? この前家に行ったら誰も住んでないみたいだったけど」

「あぁ、今は日高じゃなくて秋葉原に住んでる。今度教えるよ。時間がないからまたな」

 そう言って輝希は、浦和駅に向かっていった。結と二人きりになり、俺は気まずくなった。この時は帰るという思考に何故か到らず、必死に話題を探していた。

「悪いな、覚えてなくて。結は何組になったんだ?」

 結は少し驚いていた。

「わ、私はA組」

「僕と同じか。よろしくな」

「よ、よろしくね」

 すると、公園の入口の方からスーツを着た男女二人が近づいてきた。俺と結は、近づいてきた二人の顔を見て驚いた。さいたま高校の生徒会長と副会長だった。

「一年A組の児島修平くんと、水城結さんね?」

 副会長である渋沢香澄先輩が俺たちに話しかけてきた。副会長はとても整った顔立ちでお嬢様の雰囲気がある。

「そうですが、生徒会が僕達に何の用ですか?」

 俺は少し警戒した。校則違反もしていなければ、そもそもここは学校の敷地内でもない。生徒会に話しかけられるような覚えはないのだ。

 すると、今度は会長の大沢真斗先輩が口を開いた。

「急ですまないね。実は今年度の一年生生徒会に、君たちを指名しようと考えているんだ」

 一方、会長はラグビー選手のような体つきで、顔立ちもとても頼りがいのあるものだった。

「なぜ、私達なんですか?」

 結が不思議そうな顔して訊ねると、副会長が慌てて口を開いた。

「あ、突然ごめんね。実はさいたま高校は代々、中学から送られてくる内申書をもとに生徒会に相応しい男女一名ずつを指名して、生徒会に入ってもらう。という方針を取っているの」

 ここまでいいかな? という副会長の視線を受けて俺は頷いた。

「で、今回の候補者に君たちが選ばれたんだ。児島くんは速記二級、水城さんは珠算一級を取得している。まあ、これはどうでもいいんだ。重要なのは教師の評価だけど、二人とも内心の評価がとても評価が高かった。どうだい? やってくれるかな?」

 会長の説明が終わり、俺たちを見た。

「自分は、――」

「私、やります! やらせてください!」

 俺は結がやると言い出して驚いた(俺の声は結の声にかき消されてしまった)。俺は一切やる気がなく、断ってしまおうと思っていたからだ。

 結のおかげで断れなくなった――そう考えていると、会長の顔が俺の方へ向いた。

「児島くんは、どうかな?やってくれるかい」

「……ぼ、僕もやらせていただきます」

「ありがとう。そう言ってもらえて助かるよ。

 早速、明日の放課後から生徒会室に来てくれ。二年生に君たちを紹介したいし、活動についての説明もしたい。場所はわかるか?」

「はい。職員室の向かいですね」

 俺が確認した。ここまで来てしまってはやるしかない、そんな諦めの心境だった。

「そうだ。じゃあ、よろしくな」

「あの、会長? ちょっといいですか?」

 結は少し不思議そうな顔して訊ねた。

「なぜ、私達がここにいるってわかったんですか?」

 結に聞かれ、若干顔を顰めて会長が答えた。

「あぁ、そのことか。ちょうど、君たちに確認したかったんだ」

 俺たちに……確認?

「実は、放課後に内申書の中から二人をピックアップして、明日にでもこの話をしようと思っていたんだ。そしたら、吉田? とか言う変な男子生徒に声をかけられたんだ。『一時過ぎに公園のベンチまで来て下さい。二人に会えますよ』ってな。んで、半信半疑だったが来てみたんだ」

「もしかして、二人の知り合い?」

 副会長が訊ねた。すると、会長の後ろから声が聞こえた。

「ただの知り合いでは御座いません」


2018/12/25 文法の修正

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