第二十七話「とある勇者の異世界への帰還」①
こうも急ぎとなったのは、月の配置や地脈の関係とか色々あって、今夜が一番最適だから……そんな理由だった。
ついでに言うと、呼んでも居ないのに、日本政府関係者も団体さんでやってきた。
元々、俺達に第二の異世界の交流ルートを開通させて、娘達を連絡役にレディスレデュアとも交流を図る事を希望していて、事あるごとにせっついてきていたのだけど。
政岡君達とも協議の上で、のらりくらいと躱しながら、はぐらかしていたのだ。
今回も可能なら、黙ってやって、事後報告とか考えていたのだけど、向こうもなかなかどうして抜け目ない。
こっちが深夜にバタバタやってたのをしっかり、監視でもしていたらしかった。
まぁ、詳細なやりとりについては、省くのだけど、俺は日本国の全権大使という事にされてしまった。
娘達も一応、日本国民と言う扱いなので、日本国民であることを忘れないようにとかなんとか。
妙な訓示を長々と述べられたりして、辟易した。
他にも金の延べ棒やら、高級酒やら肉、果物などなど、手土産も押し付けられた。
「笹川さん……俺らも遊びに行くわけじゃないんだが……こんな荷物、正直勘弁して欲しいんだがね。くっそ重たいと思ったら……なんだよ! こんな1kgもある金の延べ棒を10本もとか……こんなもん持たせるなよ!」
一本500万円相当のゴールドバー、それが10本。
合わせて、5000万円相当。
俺が10年かけて溜め込んだ貯金より多いとか、どんだけだよ。
「そ、そう言わないでくださいよー! 手土産もなしに大使を異国へ行かせるなんてありえませんからっ! 金は向こうの世界でも希少価値があるし、向こう側の人達には、この手の食べ物が効くと言う話ですからね。是非、日本の食べ物の味を教え込んできてください! もっと欲しかったら、正式に日本国と国交を結んで、仲良くしましょうと……詳細はその信書に記載してますので、むこうの国家元首によろしく言っておいてください。あと、出来れば国家元首との会談の風景もこのデジカメで撮影してきてください! 間違いなく日本国の国益になるはずですから」
仕事熱心な笹川女史。
待望と言えるこの機会を利用する気満々な様子だった。
彼女の所属する部署は「特別地域調査室」
要するに異世界との折衝を行うべく秘密裏に設置された政府機関。
前任者はモロお役人って感じのいけ好かない高圧的なヤツだったんだが、あんまりな態度に宇良部君達が激高して、結果、前任者は更迭……副室長だった笹川女史に担当者チェンジとなった。
すぐヘタれる押しの弱い人なんだけど、権限は結構あるらしく色々便宜を図ってもらっていたり、金銭的な援助もしてくれるんだけど、譲れないところは頑として引かない気骨あるところもある。
実は、海外PKOで自衛隊に同行して、実戦に巻き込まれた経験があるそうで、意外に肝も据わってる。
高圧的に、人をやり込めようとする前任者と違って、あくまでゆるーく、それでいて要所要所で締めてくるので、正直とってもやりにくい人……。
それにしても、この信書。
総理大臣の署名入りらしいのだけど、何が書かれているのやら。
たぶん、最終的に俺が読むことになるような気がするのだけど、これってどんなマッチポンプなんだ?
「さて、準備は出来たぞい。やれやれ、まさかこのワシがこの超界の門を動かす日が来るとはなぁ……。ワシも初めて動かすんじゃが、ちゃんと先代に伝えられた口伝通りにやっとるから、なんとかなるじゃろ」
神主の格好をしたケンゾーさんが面倒くさそうに、あくびを噛み殺しつつ、感慨深げに呟く。
「すみません。ケンゾーさん。こんな夜分遅くに……急ぎ、向こうへ行く必要ができてしまって……」
「そりゃ構わんが……本当に大丈夫なのか? 無事に戻れる保証は出来んぞ。祥子もお前さんに着いていくとか言っておったから、部屋に閉じ込めてきたわい……神の加護があるっつっても、さすがにそんなギャンブルに、孫娘は行かせられんからな。ワシも人の親じゃからのう……許せ」
「当然の判断だと思います。祥子には必ず戻ると、言っといてください。……俺は加奈子嬢を信じるだけです。志織……いや、シャーロット。実際、どうなんだ?」
「はい、お父様のマナライン自体はもう地脈でなく、加奈子さんに繋がってる状態です。現時点で、これで問題がないなら、向こうでも問題ないでしょうね……」
なんとも複雑な表情で、志織が呟く。
詩織も……見慣れた子供服姿ではなく、今は白い甲冑にその身を包んでいた。
T字型のスリットの入ったバケツヘルメットをかぶれば、いつぞやの白い騎士の姿となるのだろう。
なんとも違和感を感じるのだけど、これが彼女の本来の姿なのだ。
呼び名も、日本名の志織ではなく、本名のシャーロットと呼んでほしいと言うのでそうしている。
戦地に赴くに至っての、彼女なりのケジメらしかった。
「と言うか、そんなべったりひっつかなくてもいいんじゃないですかっ!」
「こ、これは不可抗力なんですよ! なるべくマナラインは短いほうが効率いいんですよ! だから、こんな風にくっついた方がいいって、わたし……ちゃんと説明しましたよね? やましい気持ちなんて、あんまりありませんから!」
俺に寄り添うようにくっついていた加奈子嬢に、アルマリアがヒステリックに騒ぎ立て、加奈子嬢が反論する。
少しはあるんだ……やましい気持ち。
アルマリアは、動きやすさと重視した灰色のワンピースに、薄手のオリーブ色のウィンドブレーカー。
元々飛空魔道士のアルマリアは、防具には全くこだわり無いらしく、普通にこっちの服で帰郷するつもりなんだそうな。
リネリアは一番バランスがいいと本人が言って聞かない獣人の姿……。
この姿の時は、リネリアは服を着たがらない。
……つまり、全裸だ。
一応、モサモサとした毛皮で微妙なところは隠れているとはいえ、親としては複雑。
なので、てるてる坊主みたいなポンチョを羽織らせている。
俺は……ワイシャツとカーゴパンツ、薄手のダウンジャケットとシンプル。
仕事に行くときと大差ない格好だ。
警察の機動隊やら自衛隊の使う防弾プロテクター、ヘルメット、それに拳銃なんかも持っていっていいとの事だったけど、そんな邪魔くさい装備なんぞ、俺には必要ない。
リネリアやシャーロットと組手とかやってるうちに、俺……下手に獲物を持つより素手の方がよほど強いって事に気づいた。
気功術とはすなわち、こちらの世界流の魔術のようなものだったのだ。
マナと自らの気を練り合わせることで、超人的な力を発揮する硬気功と、自らの体重を限りなくゼロにする事で、人外レベルの動きを実現できる軽気功。
そして、一手先の危機を先読みできる俺の危機察知能力。
これらと相性が良いのは、やはり徒手空拳。
鍛え上げた己の肉体こそ、最強の武器にして、防具なのだ!
ダラダラと日々を過ごすのではなく、宇良部君や娘達と鍛錬を続けた甲斐はあった。
最初は付き合い程度の感覚だったのだけど、皆、思った以上の使い手だった上に、筋トレとかも喜々として付き合ってくれたので、それなりに鍛えられてしまったのだ。
そもそも、拳銃なんて、撃ったこともないのに使いこなせる訳がない。
なので、謹んでお断りさせていただいた。
訳の解らないジャングルあたりに転移した時のために、山籠り用の大ぶりのサバイバルナイフ、タオルや小物やらを詰め込んだボディバックくらいは持ってるけど、基本的には軽装だ。
まぁ、足元だけはジャングルブーツでしっかり固めてるけどな。
道なき道を歩くのだから、そこは疎かにしたりはしない。
後は固形タイプの行動食と、飲み水くらいだな。
それと、土産物と称する日本政府からの贈り物の入った、やたらゴツいアルミ製のキャリーバッグ。
一個だけじゃなく、三個くらいあったので、娘達にも持ってもらうことにした。
……ぶっちゃけ一番のお荷物。
こんなもん、後回しにして欲しいんだが……。
だが、置いていく訳にも行かない……面倒な話だった。
「さて……もたもたしていても、しょうがないから、さっさと行くか。皆、忘れ物はないかな?」
転移門を前に、娘達全員を振り返って、最終確認を取る。
皆、準備は出来ているようで、無言で頷く。
「では……ケンゾーさん、転移門を起動してください」
宇良部君や政岡君、笹川さん達も遠巻きに見守っている。
皆、不安そうな面持ちだけど……まぁ、当然だよな。
異世界への転移なんて、誰もが未経験。
戻ってこない可能性だってあるのだ。
ケンゾーさんが、祥子を意地でも行かせようとしなかったのは、むしろ当たり前だった。
もっとも、記録の為なのか、ビデオカメラとか構えて、撮影とかされてるけど……。
まぁ、とりあえずカメラマンに笑顔で手を振ってみせる。
「……では、幽世の門を開くぞ……」
ケンゾーさんが厳かに告げながら、恭しく手にした水晶玉に触れると、水晶玉が光を放ち始める。
水晶玉の輝きに応えるように、幾何学模様を描くように転がっていた苔むした岩が輝き始め、それぞれから伸びた光が複雑な魔法陣を描くと、魔法陣の中の地面が虹色の液体のようなモノに満たされ始める。
そうだ……この虹色の水面が異世界へと続く扉なのだ。
かつて、俺が異世界へ旅立つ時に通った時は、もっと小さくて、消えてしまいそうな感じで完全に一方通行だったのだけど……。
最高の条件下で、正式な手順を踏んで開いた転移門は、大きさも十分で安定しているようだった。
なんでも、南アルプスの魔王国との転移門は、様々な研究を重ね、改良しまくった結果、大型車両なんかでも通れるくらいの規模だと聞いている。
いっそ、ハイランダーとかでも借りていっても良かったかもしれないけど。
異世界へ赴くなら、やはり自分の足でないとな。
……さぁ、否が応でも気分が高揚してくる!
「じゃあ、皆……行こうか!」
かくして、俺は、十年の歳月を経て、あの懐かしい世界へと旅立つ事となったのだった。