第二十六話「とある勇者一家の団らん、そして核心へ迫る」③
異世界争奪戦……一言で言えば、それに総力を挙げて参戦しろと。
かつて、栄えていた文明が滅び、人が誰もいなくなった無人の世界。
そこは、無色のマナと呼ばれる誰であっても、問題なく過ごせる万能のマナに満たされている世界だと言う話だった。
それを丸ごと、提供する……もはや、豪快すぎて、意味が解らないような話なのだが。
加奈子嬢の主人は、それを可能とするような高次存在なのだと。
それはもはや、神なのではないか……そう思ったのだけど。
成り立ちがそもそも違うので、神性存在……要するに神様の定義には当てはまらないとかなんとか……。
けれど、そんな破格とも言える救済措置には案の定、裏があった。
――争奪戦。
つまり、複数の異世界を欲する勢力と争って、勝ち残る……それが移住先の世界を手に入れる為の条件。
ただし、戦端を開くのであれば、加奈子嬢のような審判の立ち会いのもと、ルールある戦争の上で、決着をつける。
概要としては、こんなものだった。
「……景品を用意して、他人を相争わせて、自分は高みの見物? 随分趣味が悪いご主人様なんですねっ!」
憤りを隠そうともせずに、志織が言い放つ。
「まぁ……その辺は否定しないかなー。実はわたしもその辺は同感な訳よ。ただ、全ての勢力と戦う必要もないですからね。境界を決めるなり協定を結ぶなり、お互い共存出来るなら、それだってありなんじゃないですかね。要は魔王様が楽しんで、あっと驚かせることが出来れば、オチなんて何だって良いんですよ」
異世界へと続く道。
そこへと至る門は、本来開こうと思えば、いつでも開けると言う話だった。
けれど、その門を超えて、無事に戻ってきたものは、過去誰一人としていない。
瀕死で戻ってこれたものは、運がいい方。
その大半は、二度と戻らなかった……それ故に、遥か昔に門を超える事は禁忌とされたのだ。
これまで交流や行き来が無かった理由。
それはお互い、異世界では生きられないから。
けれども、誰でも自由に行き来できて、過ごせる異世界。
それはあまりにも魅力的だった。
手付かずの世界……土地や資源だって有り余るほどあるだろう。
今、世界中で問題になっている環境問題や資源の問題も全部解決してしまう。
けれど……そんな自由な世界への扉が開かれる。
それは文字通りパンドラの箱を開けるようなものではないのか?
「……どれだけの勢力が参戦してくるんだ? 異なる世界の者同士が共存共栄なんて、そもそも可能なのか? 今のこの世界だって、平和なのは表面上だけ。危ういパワーバランスの元、平和が保たれているのが実情だ。異世界を欲するような勢力なんて、それこそ死に物狂いで、奪いに来るに決まってる。文字通り、地獄のような酷い戦乱になるんじゃないのか?」
「わたしも全容は把握してないんですが。どこもそれなりの事情がありますからね……おっしゃる通りの酷い戦乱になる可能性はあります。それに、この世界の様々な国々にも門が開かれるはずです。魔王様は確信犯ですからね……状況を複雑化すべく、中国、ロシア、EU、アメリカ……この辺には、わたしのような使者が送られてます。まぁ、わたしは日本とあなた方の担当と言ったところですね」
「なるほど……君は、あくまで中立……そういう認識でいいのか?」
「いいえ、わたしはあなた方を勝たせるために、可能な限りお力添えをする所存です。なので、出来れば味方……いえ、むしろ仲間と思って欲しいなぁ……みたいな? ほら、同じ釜の飯ならぬ、ひとつ鍋を食べた仲じゃないですか! いやぁ、お鍋! とっても美味しかったです! 是非とも、またご相伴いただきたいものですなー」
……いくらか情報を引き出せればいいとか、そんな風に思っていたのだけど。
お鍋接待は、随分と好意的に受け止めてもらえたようだった。
それに、元々加奈子嬢は、心情的に俺達の味方をしたかったようだった。
仲間……か。
会ってそんなに経っていないのに、随分気安い話ではあるのだけれども……。
第一印象が良かったのかもしれない……人には優しくするもんだなあ……なんて事を思う。
「うにゃ……そうなると、黒いのも一緒に戦ったりとかしてくれるのかにゃ?」
「うーん、直接手出しするのは禁止されてるんですよね。それやったら、他の使徒全部を敵に回しそうだし……絶対、めんどくさい事になります。スーパー人外大戦とか、そんなのに巻き込まれたくないですよね?」
「……そ、そうだな。これはあくまで俺達の問題だ。仲間とまで言ってくれた、その気持ちだけでも十分だ。ひとまず……どうしたものかな? 皆の意見も聞きたい。志織は、なにかいいアイデアはないか?」
「お父様、そう言う事なら、すぐにでもレディスレデュアに赴きましょうよっ! お父様が直接赴くことが出来るなら、レディスレデュアは、すぐにでもまとまります。女王陛下もいつかお父様が戻ってくるかもしれないからって、ずっと玉座を空けたままにしているんですよ! 周辺国も魔王を討ち取り、魔王軍を撃退したお父様の言葉は無視できませんし、あの大戦で、最大の戦果を挙げたレディスレデュアは、人族の宗主国とも言える扱いですからね」
「加奈子さん、お父様を向こうに連れて行くにあたって、何か制限とか制約はあるのでしょうか? 例えば、滞在期間とか……マナの自給自足が出来ると言っても、限度があると思いますが」
真理がすかさず補足質問をする。
この自然にお互いをフォロー出来るのは、長年連れ添った姉妹ならではなんだろう。
璃乃は……基本、おバカなので、この手の難しい話には、期待しちゃ駄目なんだけど、璃乃は璃乃で、ムードメーカーってヤツだからな。
こいつの持ち前の明るさや前向きな姿勢には、志織も随分助けられたと聞いている。
志織は頭が硬いところがあるし、真理は猪突猛進に過ぎる割には、結構脆い所がある。
お互い、足りないところを補い合って、助け合える……良い姉妹だった。
けど、たしかに……何の代償も制限もなく世界側からマナ供給を受けずに活動できるとは思えなかった。
……そこは重要なところだよな。
「そうですねぇ……人一人の生存に足るマナなんて、実はたかが知れてるんですよ。魔術を行使となると話は別ですけどね。とにかく、期間の制限はあまり考えなくていいと思います。いざとなれば、奥の手もありますからね。ただ、基本的にわたしから、離れたら駄目って思っといてください。こればっかりは割とどうしょうもないので……」
「……距離的な制約があるって事か。どのくらい離れたら、マズいことになるんだ?」
「供給効率から考えると、肌と肌が触れ合うってのが一番なんですけどね。わたしも乙女なので……その……裸で抱き合うとかそう言うのは……ちょっと……。な、なんなら、た、試してみます……か?」
……テレテレな様子で、そんな事を言い放つ加奈子嬢。
真理も詩織も、色々想像したらしく見る間に、顔が真っ赤になっていく。
璃乃だけは、良く解ってないらしく、ニコニコと笑顔を浮かべているのはご愛嬌。
だが、ここで変な選択肢を選ぶと、きっとまた空を舞うことになる……。
ベスト選択肢は……「適当に誤魔化す!」
……これだ。
俺だって、学習するのだよ?
「と、とにかく、四六時中そばにいる必要があるんだな……? このくらいの距離なら問題ないよな?」
そう言って、今のコタツで向き合った程度の距離を示してみる。
手を伸ばして届くかどうかくらいかな?
「そうですね。1mくらいですかね……これくらいなら問題ないでしょうね。それと魔術のたぐいは使えないと思ってくださいね。さすがに、それは効率が悪すぎるんで、わたしがあっと言う間にガス欠になってしまいます」
「……なるほど、それくらいなら、さしたる制約でもないな。なら、問題もなさそうだ。それと魔王国側はどうなんだ? 田中さんにも会って色々説明したんだろ? そんな風に聞いているけど」
「あのキモい人ですよね? まぁ、一通りこれから起こることを一方的に告げただけでしたけどね。……あの変態オヤジ、人のこと嫌らしい目で見た挙げ句に、ロリババア呼ばわり……。思い切り蹴ってきましたよっ!」
……ブレない人だな、あの人も。
思い切り、嫌われてるじゃないか……何やってんだか。
けれど、そうなると……。
独自に自分の子供達を使って、向こう側と連携して、それなりの対策を立ててるってとこか。
日本政府とも繋がりがある様子だから、裏で色々動いてるんだろう……黒幕大好きだからな、あの人も。
まぁ、向こうの事は向こうに任せて、こっちはレディスレデュア側との調整役をやるしかないか。
そういう状況なら、もう魔族だ人族だの、戦争だのやってる場合じゃないだろう。
娘達の話だと、なんかもう俺の事は伝説の英雄みたいな感じになってるみたいだし……。
玉座まで空けてるって……あの姫様、まだ諦めてないのか……。
姫様も御年……24、5歳ってところか。
昔はお子様だったけど、すっかり結婚適齢期? 向こう側は十代で結婚とか珍しくもないから、焦りだす年頃か。
絶対迫られるだろうけど、加奈子嬢が常に同伴するなら、無茶はしないだろう……たぶん。
その上で、魔族側とも話し合って、全住民の移住の段取りを進める……。
そして、来るべき戦いに備える……か。
めんどくせぇなぁ……と思うのだけど。
向こうの世界の人々の命運がかかってるんだから、そうも言っていられない。
やるしかないだろ……そんなの。
「ひとまず、政岡君達にも君のことや、俺達がやろうとしてることを説明するけどいいよな? 連中はこっちの世界の魔術師で、俺達の協力者でもあるからな……実際、君が何かしでかしやしないかって、心配してくれていてな。今もこの寒空の中、ジッと伏せて待機してるんだ」
「……ああ、さっきから遠巻きになんかいると思ったら、そう言う事なんですね。だったら、もうこっちに一緒に来てもらいましょう! 作戦会議ってやつですね!」
「そうだな……それに異世界関係なら、あいつらの方が専門家だからな。転移門もいつでも使っていいとは言われてるんだが……色々、面倒な事になりそうだったんで、自重してたんだ」
「ほほぅ、超空間ゲートが使えるんですか? なら、そっち使った方が効率的ですね。なんだ、そう言う協力者がいるなら、是非有効に使わせてもらいましょう!」
それから……。
政岡君達にも事情を説明し、ケンゾー爺さん達にも協力してもらい、その日のうちに異世界行きの超界の門を起動させる事になった。
動き出したら、早いぞ……俺は。
実は、すでにこの話……ラストシーンまで書ききって予約投稿済みです。
残りは、二万文字くらいなので、今月中には完結します。
最終話まで、毎朝5時の自動更新です。
思った以上の長編になりましたが、このまま最後までお付き合いいただければ幸い。
もうゴールしていいよね?