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第二十六話「とある勇者一家の団らん、そして核心へ迫る」①

「あ、とりあえず、お話なんですけど……。向こう側の世界、実を言うと滅亡が確定してます。そこで猛部さん達はどうするのかな……という話なんですけどね」


 ひとしきり食べ終わって、一息ついていたら、まるで、明日の天気でも語るように、サラッと話の核心が始まってしまった。

 

「な……なん……だと?」


 俺も含めて、娘達もあまりの唐突さと、その内容に思わず言葉を失ってしまう


「……あ、直球過ぎましたね。けど、遠回しにとか言っても仕方ありませんからね。猛部さんが救った向こう側の世界は、もう時間の問題でマナが完全に枯渇します。そうなると、皆死んじゃいますからね。魔王国側はすでに動いてるみたいなんですけど、人族側とはあまり接点もない上に、魔王国経由だとどうしても聞く耳を持たないような感じらしいんですよ。なので、猛部さんには、人族側の説得と取りまとめ役をお願いしたくて……」


 ……なんともはや。

 何かが起きているというのは想像していたのだけど……予想を遥かに超える……完全に斜め上の話だった。

 

 ……あの世界が滅びる……だと?

 

 馬鹿な! そうなったら、向こうの世界の者達は?

 

 女王陛下、ラファン……ラーゼファン、ネリッサ……。

 

 ……残していった者達の面影が脳裏を過る。

 

「滅びるって……そんな。なんとかならないのか……? それになんでそんな事に……」


「我々も、もう少し早く気付けていればよかったんですが。気付いた時点では手遅れでした……なので、割とどうしょうもないと言うのが結論です」


「ちょっと待ってよっ! どうしょうもないって……あっちの世界には、私達のお母様や……大勢の人達がいるんだよっ!」


「そ、そうですっ! 私達が旅立つ前だって、普通に皆、平和に暮らしてたんですよ! それがなんでいきなり滅亡に瀕してるとかそんな話になるんですか!」


 志織と真理が血相を変えて反論する。

 

 今の俺は、向こう側の世界に行くことは出来ないし、向こうの状況もよく解ってない。

 加奈子嬢の言うことも、唐突すぎてはっきり言って訳がわからない……。

 

「目に見える異変が起きた時点で、もう手遅れなんですよ。明確な異変が起きるようになったら、人間だってバタバタ倒れ始めますよ。そうなってからでないと解らないなんて言ってたら、皆死にますよ?」


 加奈子嬢の冷徹な宣告。

 

 それを否定するのは簡単だ……けれど、彼女が嘘を言っているようには見えない。

 何より、そんな嘘をつく理由がないし、田中さんや魔王国の連中が何か始めようとしているのも事実だった。


「……何か、その世界の滅亡に、前兆のようなものはあるのか? そのマナの枯渇の前にだ……。志織、こっちに来る前に向こう側で、なにか異変はなかったのか? いつもと違うような現象や、天変地異の類だ」


「そうですね……確かに、こっちに来る前の話なんですけど、今年は冷夏でひどい不作でした。雨も降らない割には、雲りがちで……幸い蓄えは潤沢にあったので、ほとんど問題になりませんでしたけど……魔王国は、かなり酷いことになってるって聞きました」


「海の方でも、お魚が全然採れなかったって聞いたにゃっ! おかげで、干物の魚でもすっごく高くなって皆、困ってたにゃっ! 漁師の人の話だと、海の水が冷たくなったんだって言ってたにゃ……」


 ……俺の知る限り、レディスレデュアはマナを寄せ集める要石の効果で、動植物の勢いがとにかくヤバかった。


 米に近い植物なんかもあったんだが、その収穫に立ち会った時は、設備なんかも原始的で肥料や農薬もほとんど使ってないのに、日本のプロの農家顔負けなほど、たわわに稲穂が実っていて、感心した覚えがある。

 

 あんな恵まれた土地で不作なんて、その時点で異常だった。

 

 それに、海水温の低下?

 向こうの沿岸部は、海の水だって年中ぬるま湯みたいに温かいのが常だ。

 

 年中海水浴が出来るくらいには温暖……熱帯に近いような環境だった。

 海水温の低下なんて、それはもう惑星レベルの環境異変が始まっているという事に他ならない。

 

 こっちだって、遥か赤道直下のエルニーニョやラニャーニャと呼ばれる海水温が異常変動する現象が、赤道から遠く離れた日本にゲリラ豪雨やら、大寒波を巻き起こしたりするのだ。

 

 漁獲量に目に見えるほどの影響を与えるくらいとなると、相当な環境変化があったと思っていいだろう。

 

「……他に何か? 些細なことでもいい……真理は何か知らないか?」


「ドロワ大森林の一角が丸ごと枯れ果ててましたね……私とテッサリアお母様で実地見聞に行ったので、覚えてます。結局、原因は不明でした……毒の可能性も考えたんですが、その割には動物たちには影響もなかったようで……。それと一年くらい前に各地の要石が異常な活性化を示した事がありました。そっちは志織が調査団に同行したから、詳しいはずです」


「えっと……当時の状況ですね? まず要石から天空遥か彼方へ立ち上る光の柱が観測されて、とても近づける状況じゃなかったのよね……。これもやはり原因は解らずじまい。ひと月ほど周辺地域のマナが異常に高濃度化して、人によってはマナ酔いになってしまったり、それなりの被害が出ましたけど……。周辺10kmくらいを立ち入り禁止とすることで、実害自体はさほど問題にならない程度にとどまってます。その後落ち着いてからは、要石の監視と警備体制が強化されてます」


 ……思った以上に、天変地異のオンパレードだった。

 

 なんで、早くその話をしなかった!

 ……と言いたいところだったが、それを言うのは酷な話だと気付き思いとどまる。

 

 ほとんど同時に多発した異変と言っても、それが直接的な被害に結びつかない程度であれば、対応もなにもない。

 不作や不漁も、長い目で見れば別に珍しい事でもない。

 

 これが三年、四年と続けば、困ったことにもなるだろうが、その年が不作だったと言うだけなら、食料価格の向上くらいで済んでしまう。

 

 今年が駄目でも来年があるさと、呑気に構えるのもむしろ当たり前だと思う。

 

 過去に同じような事例があるならともかく、どれも初めて起こったような話ばかり。

 それを根拠に、具体的な対策なんて出来るはずもない。


 実際、こちらの世界でも大地震の前などに、様々な異常現象が観測されているのだけれども。

 それらが前兆だったと解ったのは、結局事が起こったあと。


 その前兆だって、その時点では変わった事があった程度の認識で、デカい地震が起きてから、様々な証言を照らし合わせて、それが前兆だったのではないかと言われるとか、そんな程度なのだ。

 

 向こうの世界の異常現象と言っても、ひとつひとつは、些細な出来事に過ぎない。

 自然環境ってのは、得てしてままならないものだから、誰もが仕方がないと諦観と共に受け止める。

 

 それが世界が滅びる前触れなんて言われても、誰も本気に受け取るわけがない。

 

 もし、それが解るものがいるとすれば、いくつもの世界の滅びに立ち会ったような者でもない限り……あり得なかった。

 

「……あまり言いたくないですが、それらは全てマナ枯渇の前兆ですね。おそらく来年はもっと不作になるし、海や山からも生き物の姿が消えていくはずです。森や草原が枯れ、魔術も弱体化し、人も倒れていきます。大抵どこでも、その辺りで食糧不足になって勝手にお互い物資を奪い合って、殺し合って、国も崩壊し……僅かな生き残りもやがて絶滅する。大体そんな感じになります。滅びの日ってのは、唐突には来ませんからね。ゆっくりと確実に滅ぶんですよ……」


「まるで、見てきたような口ぶりだな……それに、まるっきり他人事みたいじゃないか……」


 言っていることは、解っているつもりだった。

 冷静でいたつもりだった。

 

 けれども……俺は知っている。

 向こう側の世界で毎日を必死に生きる人達を……。


 同じ時間を過ごした人達がいるという事を。

 

 何より、娘達が育った世界なのだ……それを……それをそんな簡単に……割り切れるはずがなかった。

 否応なしに、声に険が乗ってしまい……少しばかり後悔する。


「実際、世界の最期なんて、いくつも見てきたし、関わって来ましたからね。所詮は他人事……そう言われたら、返す言葉もありません。我が主君『最悪の厄災(ラストディザスター)』……魔王様は、寄る辺なき者ですから。いち世界の興亡なんて、些細なものと考えているのです」


 事務的に淡々と続ける加奈子嬢。

 けれども、その表情は苦々しさを噛み殺しているような表情で、彼女もまた義憤に近いものを感じているようだった。

 

「……女神様は……? あの世界の守護者、女神様が居たはずだろう? 俺は実際に会っているし、その力の一部を加護という形で授かっていたんだ……。そんな世界の危機に何もしないなんてありえない……」


「世界の守護者……猛部さんはそう認識していたんですか? 言っときますけど、アレの正体はただの寄生虫ですよ? それにアレはもう居ません……このわたしがきっちり始末しましたからね。世界ひとつのすべてのマナをかき集めて、その存在をさらなる高次元存在へ昇華させようとしていましたからね。危うくもっとめんどくさい存在になるところだったので、問答無用でぶっ潰しました」


 ……加奈子嬢の言葉に、もはや俺達の誰もが言葉を失う。

 

 女神を始末……殺したのか。

 

 あんなもの、殺すどころか戦うのすら、考えられないような存在だった。

 そもそも、実体があるのかすら定かではなかった。

 

 志織のような聖騎士志望に至っては、信仰の対象でもある。

 それを……まるで、害虫退治でもしたかのように……。

 

「ああ、そうか。一応、向こうの人族の国では、信仰の対象でもあるんですよね……。ごめんなさい。流石にデリカシーが無さ過ぎでしたね」


 そう言って、加奈子嬢はお茶を一口啜る。

 娘達は、誰もが返す言葉もなく、茫然自失と言った様子だった。

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