第二十五話「とある勇者一家と黒い少女」⑤
ビール瓶と日本酒を片手に戻ると、何故か真理と璃乃がニコニコとご機嫌そうに加奈子嬢と笑い合っていた。
この一瞬で何があった?
そう思ったのだけど、二人の手に物騒なものが握られていることで、なんとなく納得行った。
璃乃は、二振りの小ぶりのダガー。
真理には、物凄く銃刀法違反っぽいライフル銃……のようなもの。
「……お父様、見てください……このボウガン! スゴい軽い上に、魔力収束率が半端じゃないんですよ! これっ! この娘……武器作らせたら、天下一品ですよっ! た、試し撃ちしてきていいですか!」
真理が興奮気味に、まるでライフル銃のようなボウガン? を喜々として見せびらかす。
「リネリアも、作ってもらったにゃ! これ見てニャーッ!」
璃乃が構えたダガーから、光る刃がブォーンと伸びる。
……あ、これ知ってる。
ライトなセーバーとか、ビームなサーベルだ。
「気に入ってもらったようで何よりです。それくらいなら、いくらでも作れますからね。ちなみに、そのボウガン、リニアレールガンの原理を応用した、言わば電磁加速ライフルなんですけどね。弾体は自転車のスポークとか、太めの針金とか、ネジなんかでも、十分なんですよ」
真理は何を言ってるのか、良く解らないようで、顔に疑問符を浮かべているような様子だった。
レールガンって……そんなSF兵器をさらっと作るとか……なにそれ?
「ダガーの方は、魔力刀って奴です。そこまで大きい刃が出せるってことは、璃乃さんもなかなかの術士ってことですね。出しっぱなしにすると魔力だだ消費するんで、普段は程々に抑えて、ここぞって時に刃を伸ばすのが、上手く使うコツです!」
「いやいや、刃の長さを操れる時点で、これ十分チート武器だにゃっ!」
と言うか……ビームサーベルやレールガンって銃刀法じゃどう扱われるんだろう?
とりあえず……あまり深く考えたら負けって気がしたので、とりあえず鍋だ!
謎ウェポンは……バグったイベントとでも思っておこう。
このミッションは、加奈子嬢に美味いものを食わせて、味方に付ける事にあるのだっ!
志織鍋……俺がよく食ってたおひとり様鍋の改良、増量型。
まず、スープは潔く昆布だしと柚子の切れっ端のみ。
手抜きではない……シンプルなのだ!
具材も、鱈の切り身に白菜、大根、えのき、エリンギ……等など。
要するに、しゃぶしゃぶとか、水炊きみたいなもんだな。
志織いわく、材料切って鍋に入れるだけの簡単手抜き料理……なんだそうで……。
鍋蓋を開けるなり、ボワンと湯気が立ち、鱈の香りが立ち込める。
詩織が黙って、アクを拾ってから、皆の取り皿に具材を取り分けていく。
我が家の掟その……いくつだったか忘れた。
鍋の最初の取り分は、我先にがっついたりせずに、大人しく志織様の配分を待つのだ!
全員に行き渡ったのを確認して、志織がぺたんと座ったら、それが合図。
「「「いただきまーすっ!」」」
いただきますは、大事だよ?
加奈子嬢も当然のように合わせてくれた辺り、同じ日本人なのだと妙な所で実感する。
……油の乗った鱈の切り身をポン酢に漬けて、食う。
美味いっ! 食い物の感想なんて、それ以外の何が要る?
そして、シャキシャキと若干芯の残った白菜を齧る。
トロトロに湯だったのもいいが、芯の所のこのシャキシャキ感がたまらない。
白菜はまさに鍋のためにある! まさに最高の組み合わせだっ!
思わず無言になってしまうのだけど、その辺は皆、一緒。
加奈子嬢の様子を伺うと、黙々と頂いていると言った様子。
「もしかして……美味しくなかったですか?」
あまりに静かな様子に訝しげに思ったらしく、志織が声をかける。
俺達はいつものことなんだけど、やはり初対面の他人……この辺、気遣える辺り志織はいい子。
「ううっ……美味しすぎて、無言になってしまってました。はぁ……そうですよね。これが生きてるって事なんですよね……。食べなくても死にゃしないからって、こう言うのすっかり忘れてたけど……。ああ、美味しいってこうだったんだよね。ぐすっ……」
……感涙するほどだったらしい。
思わず、志織と顔を見合わせる……撫でろとばかりに、頭を寄せてくるので、よくやったとばかりに頭を撫でてやる。
まぁ、腹を空かして餓死しそうになった経験は俺にもある。
飢えて力も出せず、まともに戦えなくなって逃げるしかなかった時には、いっそ、食わないで戦い続けられたら……なんて思ったこともある。
実際、飲まず食わず、疲れも知らず戦うことが出来たら……それは、無敵の戦士足り得るだろう。
けど……そんな機械兵士のような存在どうなんだろう?
飯を食うってのは、人としての基本であり、それを忘れるとか、楽しみを放棄するようなものだと思う。
戦いに生き、戦うことが目的になってしまったのだとすれば……それは凄く悲しいことだと思う。
けど、美味いものを食べて、涙する加奈子嬢は……紛れもなく人間だった。
……それを思い出してもらえたのなら、俺としても招待した甲斐があるってもんだ。
最初の取り分を完食したら、そこから先はフリーダム!
真理も璃乃も割とガンガン行く派……向こうに居た時は、そうでもなかったようなのだけど。
こっちの飯の美味さにすっかり、食べられる時は目一杯食べるとか、そんな調子になってしまった。
ぶっちゃけ、鍋だの焼き肉にすると、事実上この二人の争いになるのが常。
志織は……二人ほどの大食漢でもないのだけど、太りやすい体質なんだとかでセーブしてるらしい。
その年でそんなもん気にするなと言ってはいるのだけど、その辺はやはり女子だけに、気になるんだそうな。
やがて、鍋の具材もあっと言う間に空っぽになる。
「じゃ、次、肉鍋でーすっ! 各方しばし待たれいっ!」
志織がテキパキとお湯を足して、豚肉、白菜、大根、ネギを投入して土鍋の蓋を閉じる。
しばしの強制インターバル。
鱈鍋から豚鍋……うるさ方からは文句のひとつも言われそうだけど、これが意外と美味いのだ。
実際、魚介豚骨ラーメンなんてのがあるくらいだからな。
魚のダシが出たスープで、豚バラ……悪くない組み合わせなのだよ。
「あはは……お鍋とか食べる機会なかったけど、良いもんですね。多人数でワイワイ囲んでって……まさに家庭の味。はぁ……わたしもお料理くらい覚えてみようかな」
「うーん、こんなのお料理とは言えないですよ。材料切って、煮るだけですからね。璃乃だって、出来るくらい。カレーなんかもその辺、一緒ですね」
「カレーも最近のは、ルーの出来が良いからなぁ……ああ、加奈子ちゃん、日本酒はどうだい?」
「……日本酒ですかっ! うふふ……猛部さん、わたしを酔わせてどうするおつもりですか?」
また変なお色気ポーズみたいなのを取りながら、しなだれかかってくる。
なにやら、谷間を強調したいらしい様子なのだけど……絶望的にないのは指摘するべきだろうか?
「……どうにもしません。熱燗とかのが良かったかな?」
言いながら、お猪口へ酌。
まぁ、本当に酔いつぶれられても困るんだが、ビール一気飲みでもケロッとしてたようだから、問題ないだろう。
「いえいえ、日本酒は冷酒で飲むのがいいんですよ。……昔、温泉に浸かりながら、仲間と一緒に飲んだもんです。遠い昔の異世界での事ですけどね……懐かしいなぁ……」
どことなく遠い目をしながら、クイッと飲み干す。
人間じゃないと言いながら、若干頬も赤らんでるし、ホントに大丈夫かな? これ。
璃乃がなんとも羨ましそうな感じで、その様子を見ている。
レディスレデュアでは、むしろ酒の方が安全と言うことで、水代わりにビールやらワインが飲まれていた。
度数も低いし、生水とか割と危険な土地柄だったんで、自然とそんな風になっていたらしかった。
当然、飲酒についての年齢制限なんかないので、子供でも当たり前のようにグビグビやってた。
子供の頃からそんな風に鍛えられてるので、向こうの奴らは大抵みんな酒に強い。
聞いた話だと、璃乃は結構な酒豪……当然ながら、こっちじゃ飲めないと言うことで、ずっと我慢しっぱなし……。
いつも俺が飲んでいると、羨ましそうにしていたのだけど、駄目なもんは駄目ッ!
そんな調子で、一杯やりながら鍋をつつき、舌鼓を打つ……そんな当たり前の時間が過ぎていくのだった。