第二十五話「とある勇者一家と黒い少女」④
「まったく、皆賑やかで参るね……。すまないね。ドタバタと……」
「いえいえ、何とも楽しげで実に良いです! グッドです! こう言うのって憧れちゃいます……おお、これはなかなかのお茶ですな……これは、玉露ですなっ!」
……どうやら、玉露と玄米茶の味の区別もつかないらしい。
このお茶は、スーパーで一番安い特価品の玄米茶。
お客さんに良いお茶を出そうと言う発想は、志織には無かったらしい。
あいつ、商店街の八百屋や魚屋だと必ず値切るようなしっかり者だからなぁ……。
電車の中でスマホいじりでは無く、スーパーのチラシを熱心に読んでるのはどうかと思うけど……。
「そ、そうだな……お茶が美味いな!」
わざわざ、指摘して相手に恥をかかせるような真似は俺もしない。
「そうですなぁ……和みますなぁ……はぁ……」
ちょこんと正座して、湯呑の持ち方もサマになってる。
なんとも、お互いじじむさい事で……なんて事を思う。
……我が家は山の中。
目の前の道路も車なんて滅多に通らない。
台所の方の娘達の話し声以外、何の音もしない。
時計の針の秒針が時を刻む音と、お互いがお茶を啜る音だけが響く。
「なぁ、君は結局、何者なんだ? 見た目通りの子供じゃない。この世界の人間でもないってのも解る。だが、何が目的なんだ?」
「何者と言われましても……。あ、一点だけ訂正です。わたしも実は日本人なんですよ……と言っても、ここと少し違う世界。並行異世界ってとこの出身です。もっとも、ほとんど病院暮らししてたようなもんですけどね。割と世間知らずなのは自覚してます」
……異世界があるんだから、少し違う並行異世界なんてのがあっても不思議じゃない。
その辺は、一応納得できる……それに、彼女と話をしていた時、いくつか知識の食い違いで感じていた違和感。
その正体がそれなのだろう。
けれど、そうなると一つの疑問が湧いてくる。
「なぁ……俺の知る限り、異世界では、異世界人は生きられないんじゃないのか? 君は何故平然としてられるんだ?」
「……わたしは、とっくに人間やめてますからね。この身体はよく出来たゴーレムみたいなものですね。外部からのマナ供給なんてなくとも、自前でマナを自給自足……それどころか有り余るくらい生成出来るようになってますからね。どんな世界だろうが、問題ありません」
人間をやめる……簡単に言うが、それがどう言うことなのか俺にだって理解できる。
人が人として生きることをやめる……その先に何があるのだろうか……?
「君は……それで良かったのかい?」
「問題ないですね……人としてのわたしと言う存在はすでに終わっています。要するに、わたしは死者……一度死んでるんですよ……。わたしが居た世界では、お墓まであります……。さっきも言いましたけど、わたしは寄る辺なき者……お気にならさらずに」
ほんの少しだけ陰りのある微笑み。
俺は、その裏側に潜む彼女の抱える暗い闇の底を垣間見たような気がした。
「おっまたせーっ!」
志織が鍋を抱えて、居間にやってきたことで、重くなりそうだった空気が霧散する。
「お父様、飲みますよね?」
真理が割と問答無用で、瓶ビールの栓を開けて、コップに注いでくれる。
「おおっ! お鍋ーっ! おや、猛部さんはイケる口ですかな? わたしもよろしかったら……」
言いながら、コップを差し出す加奈子ちゃん。
「……君、どう見ても未成年なんだが……」
「むっ! 子供扱いよろしくないっ! わたしはこれでも大人なんです! こう見えて、この身体でもう何百年も生きてますから! ぶっちゃけ猛部さんより歳上なんですよ!」
「はにゃっ! お前、年上だったのか……低学年のちびっ子だとばかり思ってたにゃっ!」
「ぶっぶー! 違いますー! あなた達みたいなお子ちゃまと一緒にしちゃ駄目なんでーす!」
そう言いながら、胸元のシャツのボタンを外して、チラッと流し目を送ってくるのだけど……。
……色気ゼロである。
と言うか、それ何アピール?
「もういいです! 手酌で結構っ!」
そう言って、瓶ビールをひったくると手酌でダバダバと……。
まぁ、本人が人間じゃないって言ってるし、異世界人の時点で日本の法律の外……。
もう好きにさせるしか無いか……。
「かぁーっ! 生き返りますなぁ……」
……めっちゃ美味そうに、一息でビールを飲み干してしまう。
俺も合わせて、一気飲み。
前ほど飲まなくなったけど、やっぱり美味いものは美味いっ!
「くぅーっ! 格別だな……」
「あら、おじ様……いい飲みっぷりですね。もう一杯どーぞ!」
コップを置くなり、すかさずお酌。
……確かに、未成年にしては手慣れてる感がいっぱい。
どう言う生活をしてたのか気にならないでもないが……病院ぐらしとか言ってたが。
普段はどうしてるんだろうか?
しかし、アルコールとか大丈夫なのだろうか?
もはや、疑問は尽きない……聞きたいことだらけだった。
「そして、わたしもご相伴……と、ありゃ……もう無い。志織ちゃん、ビールってこれだけ?」
「わっ! もう一本開けちゃったんですか……お父様、最近あんまり飲まないから、一本で良いかって思ったんだけど……璃乃、取ってきて!」
「はにゃっ! リネリアやっと座れたのに……アルマリアに食べられちゃう……」
真理の方は、箸を構えて鍋の蓋が開かれるのを今か今かと、スタンバイ中。
こうなったら、もう立つ気はゼロ……必然的にこうなるわな。
「俺が取ってきてやるよ。皆は先に食べててくれ……」
「あ、私も一緒に行きますよっ!」
そう言って、席を立って台所に行こうとすると詩織も一緒に付いて来る。
「……うん? どうかしたか?」
台所で二人きりになるなり、志織に声を掛ける。
わざわざ付いてきたりして、内緒話ってとこだと思ったんだがね。
「……えっと、結局どんなもんなんです? あの娘……璃乃から聞いた感じだと、むこうでもこちらでも無い異世界出身だとか、それに人間やめてるとか言ってましたけど。そもそも、何なんですか……あの魔力っ! はっきり言って、尋常じゃないですよ! ……正直、生きた心地がしないレベルなんですけど……あれ」
璃乃は耳が良い。
居間での会話は筒抜けだったらしい……。
すっかり、ゆるくなったようで、未知の来訪者への警戒を怠らない辺り、うちの娘達も油断ならない。
「そんななのか……まぁ、化物レベルの相手だってのは解ってるよ。ただ、悪いヤツじゃなさそうだしな……普通にしてれば大丈夫だと思う。その辺は俺を信じて欲しい。それに、要するにこれは接待って奴なんだ。相手をいい気分にさせて、味方につける。美味いもんを食わせて、楽しく飲みながら話でもして……それが基本だ。そいや、材料足りるかな? ここでケチっちゃ駄目だからな、兵力は豊富に物資はいくらでもってのが理想だ!」
「その辺はこの私に抜かりはありませんよ! 冷凍した豚バラとかもあるし、お野菜も近所のおばちゃんが白菜、ネギ、大根と一通りおいてってくれましたから! すでに準備は出来てます、将軍っ! 増援の手配はばっちりです!」
近所と言っても、お隣とは500mくらい離れてるんだけどな。
わりと頻繁に野菜とか果物の類を、問答無用で軒下に置いて行ってくれる。
傷物とか規格外のが中心なんだけど、味は普通に美味いので、いつもありがたく頂いている。
ご近所様への収穫物のおすそ分け……田舎ならではの習慣なんだよな。
その代わりに、こっちも時々土産物とか持っていったりするんだがね。
田舎では近所付き合いも大事なのだよ。
「さすがだ……よしよしっ!」
そう言って、志織の頭を撫でてやる。
なんとも嬉しそうににへらーと笑う。
この娘、基本的に二人きりの時にしか、こう言う表情を見せないのだけど。
なんとも、かわいい話だった。