第二十五話「とある勇者一家と黒い少女」③
「……お父様、なんなんですか……あの娘は……。それと、遅くなるなら連絡くらいしてください!」
家に帰るなり、志織にガッと腕を掴まれ、台所に連行されて、お説教タイム。
志織ことシャーロット。
……割烹着に三角巾と、主婦スタイルがすっかり板がついてきた。
おまけに、片手にはオタマと完全装備。
なんか、日に日に所帯じみて来てるんだけど、本人にはちょっと言えない……。
他の二人が生活力皆無の中、志織だけは掃除、洗濯、お料理と主婦スキル完備の逸材だった。
俺もお世辞にも生活力高いとは言い難いので、この娘が居なかったら、ゴミ屋敷街道まっしぐらだっただろう。
家電製品の扱いも早々に覚えて、その便利さに誰よりも喜んでいたのはこの娘だ。
ホント、めちゃめちゃ助かってます……。
「すまんかった! えっと……ほら、こないだ話しただろ? 異世界人かもしれないって言ってたヤツ、偶然あれと出食わしたんで、上手く言って家に連れてきたんだ!」
「なるほどですね……。あの娘、私も見たことありますよ! 時々、お父様を尾行してたりしたんですが……私達が追いかけると、すぐ消えちゃってたんですよ……。解りました! つまり言葉巧みに、逃げ場のない我が家に誘い込んだということですね! この家なら、いざとなれば防御結界を敷けるようになってますからね! こうなったらもう閉じ込めたも同然! 早速、隙を見て三人がかりで制圧して、目的、背後関係を吐かせてご覧にいれます」
……なんだか人聞きの悪い事を志織が言い出した。
言葉巧みに家に誘い込んで、ふん縛るとか……それじゃ、俺普通に犯罪者だ。
思い切り、薄い本的な展開じゃないか。
「どうどう、手荒な真似は駄目だって……一応、お客さんとして、ご招待したんだから、穏便に頼むわ。そいや、今日の晩飯はなんだい? 今朝、鍋にするとか言ってたよな」
「今日は、鱈鍋ですよ! スーパーで特売やってたんですよ!」
「そりゃいいな……。少なくともあの娘は敵じゃないから、ちゃんとお客様として、精一杯もてなすように! 一応、今夜は泊まるように言ってあるけど、布団とか大丈夫かな? それと志織は俺をどう言う目で見てるのかな? さっきから、言葉巧みにとか籠絡とか人聞き悪いよね?」
「……お父様は、文武両道、才色兼備の大英雄です! 私にとっては、側にいるだけで光栄に思えるほど……我が誇り、そのものです! とにかく、お父様にはお父様なりの考えがあるってことですよね! 布団は確か余ってるから大丈夫です。まぁ、私が寝ずの番をしますから、あいつが何か企んでいても大丈夫です! この志織に全てお任せですっ!」
志織は、俺に関しちゃ概ね、こんな調子。
信仰に近い信頼を抱かれているようなのだけど……何ともこそばゆい。
まぁ、俺も娘達を誰よりも信頼してるけどな。
「そんな力むな……そうだ、なにか手伝おうか?」
「いえ、台所は私一人で十分です! お父様はテレビの部屋で、あの娘をしっかり見張っててください!」
何ともすげなく断られたのだけど、下手に手を出すとかえって邪魔になるから、お任せが一番だった。
……居間に戻ると、璃乃と真理、それに加奈子嬢とで、TVアニメを熱心に見ている所だった。
「アイドル魔法少女キラキラキラリーンって……こんなのこんなゴールデンにやっていいの? って感じなんだけど……あなた達、いつもこんなの見てるの?」
「しょ、小学生の間では、流行ってるんですよ! 私は別にどうでもいいと思ってますけど……」
そんな事を言ってる真理が実は一番熱心なファンだということを俺は知っている。
実際、真理のパンツはキラ子のバックプリント入りのお子様ライクなヤツだ。
「リネリア、知ってるにゃっ! たまに、お風呂上がりに鏡の前で変身ポーズ決めたりとかしてるにゃっ!」
……容赦のない秘密の暴露が真理を襲うっ!
「んなっ! そこの猫娘ッ! ちょっと待てっ!」
「んにゃ? 洗面所でなにやってるかとか、影で解るにゃーっ!」
真理がちゃぶ台の上の布巾を手にとって、璃乃の顔にビターンと投げつける。
「しばらく、黙ってもらって、いいかしら? リネリア」
「アルマリア……雑巾、人の顔に顔にブチかますとか喧嘩売ってるんだにゃ?」
さすがの璃乃も、怒り心頭と言った様子。
笑顔ながらも、頬をピクピクと引きつらせながら、モサモサとあちこちに毛が生えてきて、獣人形態へと成り代わっていく……。
「……アルマリアッ! ちょっと晩ごはん前に腹ごなしの稽古でもするにゃっ! ボッコボコにしてやんよっ!」
「……人の秘密を暴露するような悪辣な娘は、日輪の輝きを借りて今、必殺のアクメツシュート! って奴です!」
「そ、それ決め台詞なの? ……色々酷くね? なんで、30年も前のアニメのネタをパクるかなぁ……」
加奈子ちゃん……元ネタ知ってるらしい。
大胆不敵な日輪ロボとか、良く知ってるなぁ……。
止める間もなく、真理が璃乃へ飛び蹴りをかます!
「とりゃあああああっ!」
「うにゃーっ! ま、まさかっ! こ、ここでやるのかにゃーっ!」
璃乃も大人しく食らうわけもなく、両腕を交差させてブロック!
真理もそのまま着地すると、床スレスレの回し蹴りで璃乃の足を払うっ!
璃乃がたまらず、ひっくり返った所へ真理が飛びかかっていく……。
……璃乃と真理の取っ組み合いが始まった。
まぁ……恒例って奴だし、どっちも手加減は出来るし、ちょっとした怪我くらいなら、志織がなんとかしてくれるから、もうほっとく。
姉妹喧嘩とか、そんなもん我が家では日常茶飯事。
お互い怪我したり、しこりを残さなきゃいくらでもやれって話だ。
と言うか、二人戦闘力高いから、下手に割って入るとこっちがやられるんだよな……。
「あ、あの……ほっといていいの?」
「いいんだよ……兄弟姉妹ってのは、喧嘩するのが普通。俺だって、妹にゃよく喧嘩売られたぜ……。食い物関係とかで怒らせたりしたもんだ」
「そう言うもんですか……わたしも、よく相方とガチ喧嘩はしますけど、似たようなものかな……」
……何とも言えない感想を抱いたようだった。
と言うか、ガチ喧嘩ってどんなレベルなんだか……。
「こらぁっ! 二人共お客さんの前で何やってるのーっ!」
お茶を持ってきた志織が二人の間に割っていって、まとめてボカン、ボカンとぶん殴る。
二人共、あっと言う間に殴り倒されて、大の字になってひっくり返る。
まさかの一発KO! 普段より強烈にぶん殴ったらしかった……恐るべしっ!
この三人の中で、魔術抜き、素手って条件だと志織が最強なんだよな……。
理由? 二人より一回りは身体も大きいし、なにげにパワーファイタータイプだから、普通に強いし、割と容赦ない。
おまけに、家事全般を引き受けてるもんだから、事実上我が家の最高権力者でもある。
「ごめんなさいね……見苦しいものを……」
言いながら、パンツ丸出し状態で倒れてる二人のスカートをササッと戻す辺り、さすがだった。
「うふふ……仲良し姉妹なんですね。えっと?」
「私、志織……三姉妹の長女よっ! 君は?」
「あ、わたしは黒木加奈子って言います。こんなものしか用意できず、誠に恐縮ですが……どうぞ」
そう言って、何処からかともなく柳刃包丁をスラリと取り出して、差し出してくる。
……今、手品みたいに手の中に湧いてきたぞ?
「こ、これは、これは……ご丁寧に……」
せめて、鞘とかに入れて欲しいと思うのだが、詩織も大人しく柳刃包丁を受け取る。
そのまま、はいどうぞとばかりに志織から包丁を手渡される。
「……ととっ……なんだこりゃ……」
……思った以上の重量感……なんか、素材からして、半端ねぇぞ……これ。
この重量感、鈍色の輝き……玉鋼製じゃないか? これ。
昔、実家の蔵から出てきた日本刀と同じ素材の感じがする。
柄の部分も木のような外観と手触りだけど……木じゃない……叩いた感触は金属のようなもので出来ている。
「……これ、ちょっとした名刀並の代物ですよ……。と言うか、何処から出したんです? 今」
志織が呆然と呟く……。
「ふっふっふ……実はこれが、わたしの特殊能力なんです。刀剣、重火器、戦車まで自由自在に創り出せるんですよ。例えば、ほら……コルト・パイソンーッ! これは、かの有名な街の狩人の愛銃として……」
今度は、リボルバー拳銃が懐から出てきた……俺でも知ってる有名な拳銃。
回転弾倉式で、マグナム弾ぶっ放せるって奴だ。
……これアカン奴だ……この娘、歩く銃刀法違反……。
「ちょっと、それはしまっとこうか……な?」
「あ、はい! そうですね……実はロケランとか、戦車も作り出せるんですけど、そう言うのって日本じゃご法度なんですよね。すみません、調子乗りました」
ロケランって、映画とかに出てくるRPGとか言う対戦車ロケットランチャーのことか?
……どんだけ物騒なんだか……。
けれど、見る間に、拳銃も冗談のように消え失せてしまう。
出すのも消すのも自由自在……こんなのに命を狙われたら、絶対ムリだ。
神出鬼没の上に戦車相手に出来るくらいの重火力。
対策なんて、全く思いつかない……。
けど、案外、素直に言うことを聞いてくれたようだった。
レディスレデュアで色々魔術を見たけれど……こんな風に武器を瞬時に作り出す能力なんて、初めて見た。
精霊剣とかと似てるけど、あれはあくまで召喚術に近い。
これはおそらく、全くのゼロから武器を作り出すとかそういう能力。
さらっと戦車作れるとか言ってた様子から、兵器召喚とかそんな感じなのかも……。
それに加えて、あの達人どころか、仙人レベルの体術。
この娘、絶対に敵に回しちゃ駄目だと痛感する。
「うん、今のは見なかったことにするわ。そういや、今夜は鱈鍋だそうだ……冬は鍋に限る。食べられないものがあったら言ってくれ」
「鱈鍋ですかっ! おお……鍋とか食べたこと無いんですけど、知ってます! 冬の風物詩、美味しそうです!」
「美味いぞ……! 志織の料理はプロ顔負けだからな」
「お、お父様……そんな煽てないでくださいよ! あ、もう準備できてるんで、ドンドン持ってきますね!」
そう言って、志織が嬉しそうにスキップしながら、台所へ走っていく。
「おい、真理、璃乃……お前らもいつまでも寝てないで、志織を手伝ってやれ!」
「うにゃ……解ったにゃ。くっそー、相変わらずシャーロットは強いにゃ……魔術抜きじゃ、勝てないにゃ」
「そ、そうですね……また殴られないうちに、お手伝いでもして、ご機嫌とっときましょう……璃乃、行きますよっ!」
「はいにゃーっ!」
二人共、こう言うときは息ぴったり!
台所に向かって、ドタドタと走っていく。
加奈子ちゃんは、そんな二人を眩しいものでも見るかのように見つめていた。