第二十五話「とある勇者一家と黒い少女」②
「……えっと、色々すみませんでした。まじで、ゴメンナサイ」
加奈子ちゃんが、深々と土下座をする。
「いやいや……俺もデリカシーが足りなかった。すまない」
俺も合わせて、土下座をする。
まぁ、こんな子供の裸とか別に何とも思わないのだけど、恥をかかせてしまったのだから、謝るべきは俺だ。
「うんうん、解ればいいのだにゃっ!」
何故か偉そうに腕を組んで胸を張る璃乃。
いや、まて……何故、お前がドヤ顔?
「リネリア……状況から察するに、あなたが諸悪の根源です。むしろ、あなたが土下座しなさい……土下座です!」
「うにゃっ! アルマリアっ! なにをするやめろーっ!」
真理が珍しく怒りながら、璃乃を強引に土下座させるべく格闘中。
志織や璃乃と言う比較対象がいて、わかったのだけど。
この娘は、あまり感情を表に出さないタイプ……実はクール系女子に近かった。
近いというのは、あくまでクールにしようと努めてるだけで、結構ボロを出すから。
実際、かなり気が短いし、やる事なすこと割と短絡的……。
本人も解ってるらしく、努めて冷静であろうとしているようだった。
とはいえ、反省の色ゼロな感じの璃乃の堂々たる態度に、ついカッとなったらしかった。
さもありなん。
病院から、璃乃が用水路に落ちたと言う連絡を受けて、とるものもとりあえず、すっ飛んできたのだけど。
病室に入るなり、いつぞやか目の前で忽然と消えた謎の黒い少女が居て……。
驚く間もなく、猫に化けてた璃乃が毛布引っ剥がしたせいで、素っ裸になって、挙げ句になんか殴られた。
……と言うのが経緯なのだけど。
冷静に考えてみれば、俺……殴られるような事してない。
思い切り、ガン見しちまったけどな……。
ただ、それはどっちかと言うと、気にかかっていたヤツとの意外な場所での再会に、驚きのほうが先に来た……と言った感じでだな。
それにしても、只者じゃないとは、思っていたのだけど。
瞬歩に加え、無拍子ジャンピングアッパー。
回避の達人と自負するこの俺があっさり、その理不尽な暴力の前にたった一撃で沈められた。
一撃だぞ? 一撃っ! こんな小さな身体の割におっそろしく強烈なパワー!
小学校低学年サイズの図体で、大の大人をぶっ飛ばすとか、普通にありえんよ?
最近の俺は、以前と違って娘達の稽古に付き合ってるせいで、武術についても以前の勘を取り戻しつつある。
志織の神速の居合抜きや、璃乃の超高速の乱撃すらも見切れるくらいだと言うのに……。
この娘のアッパーは、気がついたらもらっていた……。
何が起きたのかすら解らなかったくらいだからな。
「真理もその辺で許してやってくれ……。それで黒木加奈子ちゃんだったかな? 君には色々聞きたいと思ってたんだ……逃げたりしないで欲しいんだが……」
病院のリノリウムの床で、ちょこんと正座している加奈子ちゃん。
まぁ、この様子だと逃げも隠れもしなさそうだけど、あの時も一瞬目を離した隙に消え失せてしまった。
まったくもって、油断ならない相手だった。
「そ、そうですね。実は近い内に、改めてご挨拶をしたいと思ってました。貴方は猛部惣太さん……異世界で勇者と呼ばれていた戦士。そして、二人は娘さんかな? 猫耳ちゃんもツンデレちゃんもそっくり! 確か、もうひとり居るんでしたっけ?」
ツンデレちゃんって……真理のことか。
こないだ会った時に娘が三人もいるって話はしてたからな……ちゃんと覚えていてくれたようだった。
「よく覚えてたね……確かにもう一人いるけど、もう先に帰ってるから、ここにはいないんだ。だが、君は一体何者なんだ? 普通じゃないのは解る……その体術だって、半端じゃない。瞬歩に無拍子……どれも達人の域の技だったし、そのパワー……手加減してくれてて、アレだったんだろ?」
「あちゃあ……猛部さんって、なかなかの使い手なんですね。技の正体まで見切られるとは。このわたしとした事がつい……確かにおっしゃる通り、ちゃんと手加減はしました……。あ、どこか壊れたようなら、すぐに直してあげますよ? 痛いところとかないですか? 一瞬で済みますよ」
ニッコリと微笑みながらなんだけど「壊れた」と言う表現に酷く違和感を感じる。
……悪いヤツじゃなさそうだし、むしろ現代人に近い感覚の持ち主だと言うことは解るのだけど。
何かが致命的に違う……どうにも異質なものを感じる。
……そうとしか表現できない。
「あの……一体何者なんですか? この周辺……強力な対魔術結界が張られたようになってます。お父様、油断しないでください……正直、この娘が本気になったら、私達二人が束になっても守りきれないかもしれません」
真理が緊張した面持ちで、俺の前に出る。
「……そんなに、心配しなくてもいいにゃ! こいつ、川に落っこちて、そのまま溺れかけたようなヤツなのだ。面白かったにゃっ! まっすぐ気をつけのカッコして、ビョーンと川に飛んでってボッチャンと落ちちゃったにゃっ!」
……あー。
川に落ちた子供を助けに飛び込んだって聞いてたけど、そう言うことか。
この様子だと、何か悪ふざけしてて、川にドボンと落っことして、責任を感じて自分で救助したと。
岡川の市街、特に南の方は用水路がやたらあるんだが、ガードレールもフェンスも何もなく、道路、いきなり水面って調子。
だから、結構自転車やら酔っぱらいが落ちたり、子供が悪ふざけして、川で溺れると言う事故が多発しているのだ。
帝都なんかに上京した時は、川や大きめの用水路、排水路なんかは大抵ガチガチにフェンスで囲ってて、人が落ちたりしないように割と徹底的に対策してた。
なのだけど、岡川の人達は、何故か用水路の安全対策には、まったく無頓着。
あまりに用水路の数が多すぎて手がつけられないとか、妙な思い入れがあるとか、これが当たり前だからと思い込んでるからとか……理由は色々あるらしいのだけど。
岡川トラップなんて、言われる程度には危険と言う評判だったし、実際俺も危ないと思う。
「ま、まるで勝手に落ちたみたいな言い草ですけど……。あんな鉄板の上で飛び跳ねる方がいけませんっ! 鉄板が曲がって戻って……ビョイーンってなるの……当たり前です!」
加奈子ちゃんがさすがに、顔色を変えて璃乃に食って掛かる。
……むしろ、この娘……被害者。
「……璃乃、お前が悪いよな……それ」
要するに悪ふざけしてて、思い切り巻き込んだらしかった。
本気で悪気もないのだから、タチが悪いのだけど……どう考えても、璃乃が悪い。
「はにゃっ! リネリアが悪い……? パパ様、もしかして怒ってる?」
「当たり前です! 他所様に迷惑かけるなと、あれ程言ったじゃないかっ! この馬鹿娘っ!」
「はにゃっ! お、お尻ペンペンは勘弁してほしいんだにゃっ!」
お尻をガードしながら、ジリジリと壁際まで逃げる璃乃。
セクハラではない! お仕置きだべさぁッ!
「まぁまぁ……ちゃんと助けてもらえましたから、それはチャラです! とりあえず、どこからお話しましょうかね……。猛部さんには、色々今後について、お話するって決めてたんですけど、結構長くなりそうなんですよね。そう言えばこの病院って大丈夫なんですか? ご覧のようにわたしは、とっても怪しい人間なので、警察沙汰になったり、研究機関に引き渡されるとか、ちょっと困りますね……」
自分が怪しいという認識はあるらしかった。
とはいえ、彼女のような条理の外にいるような手合は、別に初めてじゃない。
言ってみれば、うちの娘達と同類のようなものだ。
なお、警察関係者からは、俺達については、政府通達に基づきノータッチだと宣言されている。
特に璃乃は割と問題児だから、最初の頃は路面電車に喧嘩売ったり、ひとんちの屋根の上を走り回ったり、フォレストデビルの姿で徘徊したりと、色々やらかしてるから、すっかり警察にも名と顔を覚えられた。
どのくらいかと言うと、璃乃専任の担当者が作られたくらいには、問題児扱いされている。
本来、俺も保護者責任と言うことで、罰されても文句も言えないのだけど、政府から大目に見てやれと通達が回ってるらしく、基本的に何やってもお咎め無し……もう勘弁してくださいと、泣き言混じりの文句を言われる程度。
まぁ、璃乃も人に怪我させたりとかはしないし、基本的に無邪気でとっても素直な子だから、そんなに被害も出してない。
大抵、志織が一緒なので怪我人とか出すような事になっても、あいつが治して上手くやってるのかも知れないけど。
今の所……大目に見てもらえる程度の騒ぎで済んでいる。
だからと言って、好き勝手にやらせてはいない……やらかしたら、きっちりお説教はする!
ちなみに、おやつ抜きが一番堪えるらしいので、本日のおやつは抜きの予定。
「ここは、政府関係の病院らしいからな。警察とかも、よほどの騒ぎを起こさない限り、追求したりはしない事になってるそうだ。……とりあえず、そうだな。ここに居てもしょうが無いし、うちにでも来るか? 泊まる当てとかないんだろ?」
「あはは……そうですね。わたしは、この世界では、寄る辺なき者ですからね。別に寝たり、食事する必要もないんですけど。どちらもあるに越したことはありませんから、お世話頂けるのであれば、むしろ喜んでっ!」
何とも嬉しそうな感じで、ポンと両手を合わせると笑顔を見せる加奈子ちゃん。
なるほどね。
やっぱり、異世界人とかその手合らしい……。
ただ、この事はある程度予想していたから、驚くには値しない。
実際、例の元魔王の田中さんは、第二の異世界の存在とその世界からの使者の来訪を仄めかすような話をしていた。
もちろん、田中さんからは具体的に、その使者がどんな奴だったのかと言った話は一切なかったのだけど。
あの雪の日に出会った不思議な少女。
あの時、感じていた違和感。
……半ば必然的に、それが彼女のことだと俺も予想していたのだ。
だからこそ、これはある意味チャンスかも知れなかった。
田中さんと言い日本政府と言い、彼女から何かを知らされて、影でコソコソ何かをやってるみたいなんだが……。
どうにもこっちに情報を流そうとせず、真理達の一時帰郷すらも、のらりくらいと躱されて実現出来ていない。
異世界との窓口を一本化したいと言った田中さん達の思惑も解らないでもないのだが……。
いい加減、レデュスレディアとの連絡門も含めて、独自に行動を起こそうと、政岡君達とも協議していたと言うのが実情なのだ。
確実に、何かが起きようとしている……それは確かだった。
そんなところへ、全ての鍵を握る人物が向こうから近づいてきたのだから、ここは是非お近づきになるべきだった。
かくして……我が家は、珍客を出迎えることとなったのだった。
次回更新は、3/20を予定してます。