第二十三話「とある勇者の雪の日のまぼろし」①
それは、とある雪の降る夜の事だった。
「岡川の……それも市街で雪とか珍しいねぇ……」
そう言いながら、空を見上げる。
雪の夜は空も明るい。
山の方へ行くと、曇りや雨の夜は、恐ろしく真っ暗になるのだけど、市街地のこの辺りは普通に空も明るい。
雪なんて滅多に降らない岡川は、誰も彼もが雪慣れしてないから、雪が降ると早々に交通網が麻痺して、公共交通機関もまともに動かなくなる……。
岡川でももっと北の新目や津川あたりまで行くと、スキー場もあったり割と雪も降るのだけど、瀬戸内沿岸は本当に滅多なことでは、雪なんて降らない。
いつも降っても、せいぜい数cmで終わりなのだけど、今年は厳冬とのことで、今日は全国各地で大雪で、まさに十年に一度レベルの大雪になるとの予報だったのだけど、ガッツリ当たってしまっていた。
娘達は、無事に家に帰れたそうなのだけど、俺は政府関係者との会合があったので、すっかり帰りそびれた。
いつもは政岡君達が同行してくれるのだけど、今日に限っては、娘達の迎えに行ってもらったので、今回は俺一人。
政府関係者も帰りの足くらい手配するとは、言っていたのだが、妙な借りを作るのはゴメンと断ってしまったのだが。
正直、後悔しつつあった。
高梨に続く伯備線は、全面運休で早々に白旗を上げてしまっており、タクシーでも使うしかないと思って、駅前のタクシー乗り場にやってきたのだけど、考えることは皆同じで、長蛇の列の割に一向にタクシーが戻ってくる気配もない。
おそらく、駅に向かう途中で拾われて、遠距離……となってしまっていたり、渋滞で駅に近づけないとかそんな調子なのだろう。
幸い宇良部君が四駆で迎えに来てくれる事になったのだけど。
まぁ、道は見て解るくらいの大渋滞……それなりに時間がかかりそうだった。
バス停のベンチに腰掛けて、コートの襟を立てて、はぁっと息を吐く。
吐く息が白い煙のようにあたりに立ち込めて、タバコでも吸ってる気分だ。
もっとも、禁煙して久しいのだけど……。
こう言う風に一人で暇を持て余した時は、無性にタバコが恋しくなる。
ふと視線を感じた。
車通りの途絶えたバスターミナル向こう側で、同じように白い息を吐いて、同じように所在なげにしていた小さな女の子と目が合う。
同じような年頃の娘なんてのがいると、他所様の子にもなんとなく目が行くようになるのだけど……。
目があって、逸らすのも何だったので、手を振ってニコッと微笑んで見せる。
向こうも一瞬、驚いたような顔をするのだけど、同じようにニコリと微笑む。
腰の近くまで伸ばした黒い髪と、赤みがかった目。
丈の余った黒いトレンチコートを着込んでいて、子供が無理にオーバーサイズの服を着ているようで、なんとも違和感があった。
それに、裾の辺りにローマ数字の14と言う赤い数字が描かれていて、否が応でも目を引く。
あまり、子供らしからぬデザインの服装だった。
ぼんやりと彼女の様子を見つめていると、唐突に立ち上がると、降りしきる雪の中、街灯のスポットライト浴びながら、クルクルとバレリーナのように踊り始めた。
雪の夜は、とても静かだ。
静まり返り、しんしんとぼたん雪が舞い散る中。
長く伸ばした髪の毛がふわふわと舞い、街灯の光を浴びてキラキラと輝く。
酷く幻想的で……美しい光景だった。
思わず、時間も忘れてその光景に見入ってしまう。
ひとしきり踊ると、満足したのか片手を胸に当てて、たったひとりの観客の俺に向かってペコリとお辞儀。
思わず、拍手を打つとコートの端を摘んで、ふわっと広げてニッコリと微笑む。
こちらに興味を持ったらしく、トテトテとこちらに向かって、走ってくる。
白くなり始めた道路に小さな足跡が並ぶ。
「……こんばんわ。初めまして……ですよね」
そう言いながら、上目遣いでご挨拶。
まぁ、全然知らない娘なのだけど、面白いものを見せてもらったのだから、邪険にする気になれなかった。
「そうだね……思わず見惚れてしまった。バレーでもやってるのかい? 随分、堂に入ってたけど」
「そんなところですかね……おじ様もおひとりですか?」
「まぁね……帰りそびれてしまった。タクシーでも拾おうと思ったけど、こりゃ当分ダメそうだ。君こそどうしたんだい? こんな時間に君のような小さな子が一人なんて……」
時刻はもう夜の9時過ぎ……これはもう今日中に帰れるか怪しい。
娘達の事も気になるのだけど、食事も志織が何か作ってくれてるだろうから、大丈夫だろう。
最近、あの娘ときたら、すっかり主婦気取りだからなぁ……。
でも、スーパーの安売りチェックとかより、普通に友達と遊んだっていいんだけどな。
「あはは……バスが一向に来なくて、暇だったんですよ。それに雪を見るなんて久しぶりで……雪にいい思い出なんてないんですけどね。こんな感じで非日常な光景が広がると、ついついはしゃいじゃいますね」
そう言いながら、寒そうに手を頬に当てながら、どこか遠い目をする黒髪の少女。
「そうか……俺は、猛部って言うんだ。一応、迎えが来るって話にはなってるから、良かったら君も送っていってあげるから、一緒に居ないかい? こんな時間に子供が一人なんて、物騒だろ」
「ああ、言われてみればそうですね。うん、確かに今のはわたしは、子供ですね! あ、わたしは……そうですね……黒木加奈子って言います。えっと、わたし、何歳くらいに見えます?」
「何歳って……うちの娘と大差なく見えるから、10歳前後?」
「なるほど、ではそう言うことに……って、わたし、小学生に見えるんですかっ! せめて、高校生くらいには見えませんか? そりゃ、背もちっちゃいし、胸とか洗濯板なんですけどね……」
なんだか、不本意そうな反応だった。
実際、本人が言うようにその胸板はまさに絶壁……志織なんか、その年齢に合わないビックサイズのバストなんだが……。
これは……真理とか璃乃と同レベル……?
けど……本人は背伸びでもしたいのだろうけど、こんなちんまりとした女子高生とかさすがにないだろ。
背丈と言っても、130cmあるかないか……どう見ても小学生。
何歳くらいに見えるかと聞かれたから、正直に答えただけなんだがな。
「すまないね。間違ってたら、素直に謝るよ。実際、俺も娘がいるんだが、背丈とか体付きも同じくらいだから、てっきり同い年くらいかと……」
「ああ、気にしないでください……実際、そんなもんですから。それに大きい女の子と、小さい女の子ってなると、やっぱり小さい方が可愛いですよね?」
どんな聞き方だよ……と思うのだけど、身近な人間だと……。
何かとデカい祥子と、真理あたりとなると……可愛いと言う事なら、断然後者じゃある。
なんか最近、祥子は志織からお母様呼ばわりされて、正妻面してるんだが……俺、別にあいつとそういう関係じゃないし……。
「まぁ……そうだな」
まるっきり、ロリコンだと肯定するような返答だと、自分でも思うのだが……。
昔は、騒々しくてうっとおしいと思っていた、これくらいの年頃の女の子も、自分の娘と同じと思えば、妙に可愛らしく思えてきたのも事実だ。
と言うか、真理達も家に学校の友達を連れてきたり、相変わらずヨミコだのが遊びに来たりするもんで、すっかり女子小中生とばかり縁が出来てしまっていた。
これで、子供は嫌いだ……等とほざいていたら、毎日が針のむしろだ。
ああ、ちっちゃい子は可愛いよっ!
別にいやらしい目とかで見なきゃ問題ないだろ。
そもそも、あいつらに色気を感じるほど、飢えちゃいない。
璃乃あたりは相変わらず、パンツ全開であぐらかいたりするんだけどな。
最近は、むしろ、お淑やかにしろと怒るのが常だ。
……裸で家の中でウロウロしたりするのも、駄目ーっ!
お父さん、破廉恥なのは許しません!
たぶん、これが最終章になるかなー。