外伝その2「とある勇者のとっくんの日々」③
ジリジリとすり足で、間合いを狭める雨音ちゃん。
まだ10mくらい離れてるから、間合いには入ってない……けど、この程度の距離……使い手によっては、一歩で踏み込んでくる。
リネリア辺りだと、20mあっても危険……。
けど、このまま睨み合っててもしょうがない……一瞬、力を抜いて、息継ぎをする。
誘いなんだけど、引っかかるかな?
と思ったら、次の瞬間、雨音ちゃんが目の前にいた。
「う、うわっ!」
一歩下がりながらの抜刀!
かろうじて、雨音ちゃんの突きを横合いから叩いて、その軌道を逸らすことに成功する。
けど、私の抜き打ちはこれで終わりじゃないっ!
振り切ると見せかけて、左手を添えて剣勢を止めて、返す刀で振り下ろしっ!
本来ならば、どうしても生じる振り切った瞬間の隙。
それを極限までに短縮した切り返し! 初見でこれを見切るような奴は早々居ないっ!
けど、所詮はハリセン。
私の腕の動きに追いついてこずに、ペニョンと曲がって、まんまと空振り!
……いや、スカートの裾を掠めた……かな?
雨音ちゃんも上体を反らしながら、地面に軽く手を付いて、くるりと空中で一回転して、一瞬で間合いを離す……あっと言う間に5mほど離れた場所に一足飛びで着地。
「……凄い切り返しでしたね! まさか燕返しとは……一瞬、反応が遅れて、掠めちゃいました。今のは完全に私の負けです」
「いやいや、凄いね! 雨音ちゃん! 私の切り返しを初見で避けるなんて! それに、今のは瞬歩だっけ? お父様がやってたヤツだ。まるで、瞬間移動でもしたみたいだった」
「志織ちゃんも……お見事でした。まさか、あのタイミングで切り返しが来るとは……武器がハリセンじゃなかったら、完全に一本取られてました。私もまだまだ、修行が足りませんね……またお手合わせしてくださいね」
「もちろんっ! 雨音ちゃんなら、案外リネリア相手でもイケるかもね。アイツ、私の剣術とは相性悪くって勝負にならないんだ」
「うふふ……楽しみです。璃乃ちゃんも相当な使い手らしいですからね。でも、次やる時は、せめて竹刀でやりたいですね。ハリセンじゃ本気でやるには、やっぱり無理があります」
「そうだねっ! その腕なら、手加減無用でもやれる! すごいすごいっ!」
……日本の武術も侮れないと心から思う。
リネリアもだけど、お父様も割りとデタラメだから、こう言う互角レベルの相手ってのはホントに嬉しい。
私の抜刀からの切り返しは、リネリア相手でも通じる必殺剣なのに、掠めるだけがやっとだなんて……。
身近にこんな達人が居たことに嬉しくなって、思わず雨音ちゃんの手を握って、ピョンピョンと飛び跳ねてしまう。
「……今のは、なんやねん……アルミナ、どうなったのか解ったか? うちは、雨音ちゃんが駆け寄って行ったとおもったら、バク転で飛び退いたのしかわからんかったで……志織の剣筋なんて、さっぱり見えんかった……。こいつ、アルマリアほどヤバくないって、話やったけど、十分ヤバイで……」
「いやぁ、びっくりショーでしたわ。同感、同感。勇者姉妹、全員何かしらヤバイって噂は本当だったんだね。せんせー、私らには何の参考にもなりそーもありません。なんで、もう帰っていいですか?」
……すっかり忘れてたけど、こいつらに見本を見せるんだった。
達人同士の競り合いとか、そんなの見せてどうするっての。
と言うか、自分達から教えろと言っておきながら、帰りたいとな?
「じゃあ、今のやり取りをゆっくり解説付きでやってみるんで、見ててくださいねー」
「あ、雨音ちゃんの話なら、聞く聞くーっ!!」
……やる気なさげに、だらしないカッコで座ってたアルミナが姿勢を正す。
こ、こいつ……調子いいなぁ……。
ヨミコもお調子者だけど、アルミナも同類……やっぱ姉妹なんだなぁ……こいつら。
「じゃあ、まず最初の構え……これは、正眼の構え。よく時代劇とかで見る構えですよね? 一応、基本の構えでもあるので、一番オーソドックスですね」
「志織の構えは、まるで別モンみたいやったけど、どう違うんや?」
「ああ、それはですね……」
なるほど、雨音ちゃんさすがだ。
構えの違いとか解りやすいところから、話に引き込むとか上手いなぁ。
そして、二人が興味を持った所で、先のやり取りをスローモーションで説明しながらの解説。
まぁ、やった事自体は、一手で勝負が決まっちゃったから、そこまで難しいもんじゃない。
雨音ちゃんがやったのは、瞬歩……と言っても、ゆっくりやればただ単に駆け寄ってきただけに見える。
でも、上半身を全く動かさないその独特の足捌きで寄ってこられると、一瞬相手が移動していると認識できなくなるのだ。
まぁ、相手を舐めてかかって、スキを見せて誘いを入れたのは、正直危うかった……。
そこからの突きも一撃必殺のまさに必殺剣! 真剣だったら、どうなっていたか解らないね。
「……と言うわけで、ここからが志織ちゃんの凄さ! 振り上げで私の必殺の突きを弾いた上で、刹那での切り返し! これぞ、かの剣豪、佐々木小次郎が編み出した秘剣燕返し! 解っていただけましたか?」
実演終了……まどろっこしかったけど、一応動きはそのまま。
うん、お互いいい動きだった……無駄のない動きってのは、いいね!
「凄いんは解ったけど……うちらには無理やでー。その瞬歩とか言うヘンテコな走り方もだけど、目に見えんくらいの抜刀やら、切り返しとかお前らレベル高すぎるねん! 今のガチの殺し合い技とかそんなんやろっ!」
「そうだそうだっ! そこのガチ勢! この重課金勢っ! 無茶振りー反対っ!」
……どうも、求められていたのと違ったらしい。
あれー?
「……志織ちゃん、どうやらこの娘達は、まずは精神から先に、鍛え上げるべきですね」
あんまりといえば、あんまりなヨミコ達の態度に雨音ちゃんもちょっとお怒りな模様。
しずかーに怒っているのが、私にも解る。
うつむき加減で、眼鏡のレンズがキラッと光って、その表情が読み取れない。
「そうだね……まずは、基礎体力作りから! 二人共、今からもう魔法禁止……今日のところは、とにかく全力ダッシュ! 力尽きるまでひたすら、走り続けるっ! 己の体力の限界ってもんを知るっ! まずはそこからだっ! さぁ、立てっ! 夕日に向かって走れーっ!」
「ちょっ! いきなり、何言うとるんやっ!」
「うるさいっ! さっきから聞いてれば、文句ばっかり! それが人にモノを教わる態度かっ! まずは、お前らのその腐った性根を叩き直すっ! いいから、つべこべ言わずに走れっ!」
そう言って、ハリセンを手に打ち付けるとスパーンといい音がする。
ヨミコたちも思わず、肩をすくめる……威嚇にはなったらしい。
「こ、こらあかんて、アルミナ……逃げるでっ!」
「はいなーっ! こんなガチ勢相手にしてたら、身体が持たないってっ! 我、一身上の都合により転進いたすっ!」
脱兎のごとく、走り去るヨミコ達。
……まぁ、ちょうどいいか。
「雨音ちゃん、ちょっと走り込み付き合ってよ!」
「はーい! 鬼ごっこってとこですね」
魔術抜きでの全力ダッシュ……雨音ちゃんも余裕と言った感じでついて来る。
ヨミコもアルミナも、ドタドタとやる気のない走りだから、簡単に追いつく……。
「それで、逃げているつもりか? この鈍亀めっ! どうやら、教育が必要らしいな」
わざと低い声を出して、ヨミコの背後から声をかける。
「んなっ! も、もう、追いつかれたんかっ! おんどれ、どうなっとるん! うちら、これでも加速魔法、使っとるんやで! こなくそーっ!」
言われてみれば、手足の動きもやけに忙しい……けど、ちょこまかドスドスとムダが多いし、どう見ても基本からしてなってない。
「強化魔法使って、その程度なの? あのさ、身体強化魔法っても、あくまで補助的なもんなんだよ? 元の身体能力が低くかったり、フォームとかなってないと、こんな風に素で走り負けたりするんだよ! ね、雨音ちゃん」
「そうですね……この程度のスピードなら、ちょっとした鍛錬を積むだけで、普通に出せますね」
「……ちょっ! 私ら今、倍加速使ってるんだけど! なんで、お前ら平然と追いついてきてるのよっ! ヨミコ、こいつらどっかおかしい! 三倍加速で一気に振り切ろうっ!」
「せ、せやな……三倍は揺り返しがキッツいんやけど、捕まったらどんなハードな特訓させられるか解ったもんやないでっ! いくでっ! 三倍加速ッ! これがうちらの本気の走りやーっ!」
「うっしゃーっ! もう、ブッチギリ! 私たちはいま、風になるーっ!」
そう言って、ヨミコ達の走る速度が急激に上がる。
さすがに、三倍加速なんて使われたら、生身じゃとても追いつけない……。
「……うわぁ……あの娘達、割と凄いんですねぇ……さすがに、これは追いつけないですね……」
「うーん、無茶するなぁ……。一応言っとくけど、あれ強化魔術の一種でね。要するに、自分の時間の流れだけを加速するんだけど……普通は倍速程度にするのがセオリーなんだ。それに、間違ってもあんな風に長い時間、使うもんじゃないね」
「……向こう側の魔術は、多彩かつ強力って聞いてますけど、凄いんですねぇ……。倍の速度で走ったり、動いたりされるってのは、相当厄介ですね。志織ちゃんも使えるなら、使って追いかければ良いんじゃないですか?」
「いやぁ、あれはあれで欠点があるからね。なにせ、早く動けても、その分、身体にかかる負荷が増える事になるんだ……三倍速なんて使ったら、同じ時間で三倍疲れる事になる……だから……」
言いながら、校舎の角を曲がると、地面に突っ伏して、力尽きたらしいヨミコ達の姿が飛び込んでくる。
「必然的に、こうなるってわけ。……この娘達、基礎体力も全然ないみたいだから、三倍速で走り続けるとか、無茶もいいとこ……二人共、大丈夫?」
「……ううっ、ヨミコのあほぉっ! 絶対こうなると思ってたっ! うぅっ……酸素が! 酸素が足りないーっ! もっと酸素をーっ!」
「言い出しっぺは、おのれやろっ! そいや、お兄も言っとったなぁ……実戦では、強化魔術は使わんほうがええって……。すまんな、二人共……うちらはもう駄目みたいや……お迎えが来とるわ……。はよぅ、見捨てて先に行ってくれ……アルミナも……ごめんな。うち、先に逝くわ」
「ヨ、ヨミコッ! ヨミコーッ! じ、地獄でまた会おうぜ! アイルビーバーッグッ!」
そう言って、二人して地面に横たわりながら、手を伸ばしあって、その手が触れた所で、ガクッと顔を伏せる。
なに……この? 三文芝居。
「……とりあえず、明日からは毎日、特訓! 二人共、体力も根性も何もかも足りないっ! 明日は朝一番と放課後に校舎裏に集合! いいねっ!」
かくして、私と雨音ちゃんによる。
ヨミコ&アルミナの強化集中トレーニングが始まったのだった!
二人の対決……解りやすく例えると、
雨音ちゃんは牙突、シャーロットは、抜刀からの燕返しでカウンター。
おっそろしくハイレベルな応酬。(笑)




