外伝その2「とある勇者のとっくんの日々」②
「解った……そう言う事なら、私が王国甲冑剣術の基本を教えてあげる! 二人共、剣術はド素人なんだろ? 一応、見てたから、その辺はよく解るよ」
「せ、せやな……うちらは、どっちも魔術主体で戦う派なんや。剣術とかはからっきしや……けど、そんなマジにならんでもええで? 何も本気で叩き斬るとかようせんし、ちょっち必殺剣とか、そんなんがあれば、かるーく教えて欲しい……。そんなもんなんやで?」
「……何を甘いことを言ってるんだ! 君達には復讐する権利があるっ! 君達の尊厳と純潔を奪った奴を生かしておくなんて! あり得ないだろっ!」
ドンと指差しながら告げる。
戦いを挑むなら、本気で……うん? 一応手加減くらいはすべきかもしれないけど。
とにかく、手加減するにも、ある程度の修練が必要なのだから、この二人に必要なのは修練あるのみっ!
「まぁ、待ちぃや……うちらもそんな本気じゃないんよ? ただ、うちらを舐めたらアカンって、あのアホに思い知らせるために、ちょっと懲らしめたいだけなんや……。さすがに、死なせたりとかは、アカンやろ?」
「それでも、剣を握るなら、基本は覚えるべきだよ! いいかい? 手加減ってのは、ある程度の実力があってこそ成り立つんだ。寸止めや峰打ち……そんな真似が素人にも出来ると思ったら、大間違いだ! 生兵法は怪我の元……素人剣法なんて、全く勧められない! 雨音ちゃんも私の言いたいこと、解るよね?」
「そ、そうですね……私も一応剣士の端くれ……将来はお兄様のような防人になるべく、日々修行してますから、解ります! うん、志織ちゃんの言うとおりなんです。……素人が剣を振るうなんて、論外です。剣を握るならば、とにかく最初は基礎体力づくりに始まり、素振り、打ち込み……そして剣を身体の一部と為す! ……その程度にはなっておくべきです」
雨音ちゃん、大人しそうな外見の割に、結構武闘派だった……。
凄くナチュラルに友達になって、聞き覚えのある名前で、確認したら政岡さんの妹だったと言う……。
まぁ、偶然の出会いとは、思えないけど……それでも、こっちで出来たお友達には違いない。
「雨音ちゃんがそう言うなら、それはきっと確かな事ですよ! ヨミコ! 私達もいい機会だから武術の鍛錬を積むべきです! あの……雨音ちゃん、志織ちゃん、よろしくお願いします! 特に雨音ちゃん! これを機に、ぜひ私とお友達にっ!」
「ちょっ! アルミナ、勝手に決めんな! つぅか、おんどれ、下心見え見えやんけっ!」
「うっさいわねぇ……だいたい、お母様も男は力づくで言うことを聞かせるくらいで、丁度いいって言ってましたよ。それに、私達は魔術抜きでの武力に劣るのも事実……。ヨミコなんて、自信満々でタケルベに挑んで、連れの女に対魔術結界作られただけで、何も出来なくなって、ボッコボコにされた挙げ句、泣かされたらしいじゃないですか!」
「おまっ! 祥子はんに、いっぺん相手に喧嘩売ってみろやっ! あの人に生兵法なんて通じんぞっ! とにかく、アレはヤバイで……あれは笑顔で人を殺せる女なんや……。駄目や、アカンて……やめて、もう蹴らんで……」
何やら、トラウマに触れたらしく、ヨミコの目から光が消えて、お尻を押さえて、カタカタと震えだす。
私は詳しいことは、よく知らないんだけど……祥子お母様、普通に優しい、いい人だと思うけどなぁ……。
少なくとも、私は普通に他のお母様同様に思って、接してる。
「とにかく、少しは鍛えるいい機会だと思いますよ。アサツキだって、言ってたじゃないですか。本気で戦う時にモノを言うのは鍛え上げた自らの身体だって……と言うか、トリップしてないで、戻ってきなさいってば!」
アルミナがヨミコの脇腹へ膝蹴り。
まともに入ったらしく、脇腹を押さえて、膝を付くヨミコ。
なんとも、バイオレンスな姉妹だこと……と言うか手加減しようよ。
「お、おぅふ……わ、解った、解ったっちゅうねん! アルミナ、肉体言語はやめいっちゅうに……!」
「ゴメン……入っちゃった? てへぺろっ!」
「おまっ! そのうち泣かす……しかし、確かにこういう時の為にも武術は覚えとかんとな……今のうちやと、このアホにも勝てん……」
「まぁまぁ……二人共、喧嘩はしない。と言うか、アルミナも手加減くらいする……まぁ、出来ないんだろうけどね。それが素人の危うさなんだ」
「た、確かにそうやなぁ……。それに、うちらにもそろそろパワーアップイベントのひとつもないと、このままやとモブ街道まっしぐらや! せや、志織……まずはお前の腕前を見せてやっ! ちょっち必殺剣って奴の見本くらい見せてくれんか? うちらと大差ない同レベルのヘッポコやったら、弟子入りする価値もないからなぁ……」
むかっ! ヨミコのやつ、それは私への挑戦だね。
「そうだね……じゃあ、雨音ちゃんちょっと付き合ってくれる? 雨音ちゃんが剣術の使い手なんて知らなかったけど、最近稽古もサボってたから、軽く運動代わりに……一本手合わせどうかな?」
「うふふ……実は、志織ちゃんが結構な使い手だって話、聞いてましたの。機会があればお手合わせを願いたいと思ってましたわ……」
「お、やる気だね……武器はもうこれでいいかな? なんだっけ、ハリセンだっけ……これで剣術とかどうなのかなぁ」
いいながら、ヨミコたちの持ってた紙束みたいなのを借りて、素振りする。
リーチもないし、ペニョペニョして、無駄に重い……なんだこれ?
「ハリセンなら、殴られても音の割にそんな痛くないで! 本来はツッコミ漫才なんかに使うんやて! じゃあ、うちらはそこで座って見とるわ! がんばれーっ!」
「あ、ヨミコ! これ飲む?」
「……なんで、お汁粉なんや……しかも人肌でじんわり暖かいとか、一体どこに持っとったんや?」
「制服のポッケに入ってたのですよ……冬は冷えるのでのう……温めておきましたぞ」
「おのれ、買ったまま忘れとったんやろ? こんなもん飲めるかいっ! ……かぁーっ! あっまっ! ぬっるーっ!」
「ひどーいっ! って、言いながら飲むんかいっ!」
座り込んで、談笑を始めた二人。
仲いいな……それに、すっかり観客気分の様子。
まぁ、いいか。
「一流の剣士は、ただの木の枝でも、人を斬れるといいますからね。これでも良いんじゃないでしょうか?」
言いながら、ブォンと音を立てて、素振りをする雨音ちゃん。
素振りなのに、スパンッ! なんて、いい音がする。
流石に言うだけのことあって、無駄な力も入ってないし、しっかり腰の入ったいい振りだ。
「……うん、こりゃ楽しめそうだ! んじゃ、これでやろっか」
かくして、何だか良く解かんない理由で、お友達の雨音ちゃんとお手合わせとなった。
こっちの剣術とかよく知らないけど、リネリアほどの使い手なんて、そうそう居ないだろうから、負ける気は全然しない。
……あんなのがゴロゴロしてて、たまるかっての。
「じゃあ……一本勝負でいいよね?」
「はい、それで結構です」
そう言って、ハリセンを顔の前に斜めに構える雨音ちゃん。
対する私は、剣でいう剣先を後ろに向けて、腰辺りで構える。
お互い、なんか間抜けだけど……。
さっきも言ったように手加減すると言っても、それは本気で打ち込んで、相手も本気で防ごうとすることが大前提。
下手に手を抜く方が間違いが起きる……だからこそ、真面目に真剣を持ったつもりになって、やる。
「……脇構えの変形ですか? 変わった構えですね……抜刀術でしょうか?」
「私の剣術は、本来鎧を着ての甲冑剣術なんだ……こっちのスポーツ剣道とかとは別物だと思うよ。王国甲冑剣術の基本は敢えて先に打たせて、斬り返す……カウンター系の剣術ってとこかな」
「……あはっ、実戦剣術なんて、素敵ですよ! 志織ちゃん。もっと早くお手合わせすれば良かったです。では、私も先祖伝来の実戦剣術でお相手します……。なるほど、後の先狙いの抜刀術ですか……となると、これで参りましょう」
そう言って、足を前後に大きく開いて、姿勢を低くして、肩に背負うような感じで切っ先をまっすぐ向ける構えを取る雨音ちゃん。
「これは一般的には霞の構えと申しますが、当家では散華一閃と呼びます。……如何でしょう?」
「うわっ……確かに、これは剣のリーチが読めないな。実に実戦的だ……それに突きでの吶喊って、避けにくいんだよね……」
そう言いながら、左腕を曲げながら前に出して半身に構え、右腕と剣を体に隠すように構える。
本来は左腕に手甲や盾を装備して構えるんだけど……突き相手だと、盾や手甲で止めるのは厳しい。
剣の勝負は、この構えの時点で始まっているのだ。
雨音ちゃん……もしかして、普通に剣の達人なんじゃないかな?
これは、本気で相手しないと……!
なお……二人が持ってるのは、ハリセンです。
それでも、ノリは真剣勝負。(笑)