第四話「とあるおっさんと暴力系JKヒロイン」②
「……何かあったって? 何が?」
思わず、オウム返しで返事をする。
あったもあった……大アリなのだけど、余計なことは言わない。
祥子は、こう見えて恐ろしく勘がいい。
「いや、何ていうんだろ……昨日会った時とか、顔色も悪くてまじでヤバそうだったんだけど、今日は超すっきりって感じでさ! 実は今日会えたら、じっちゃんから貰ったお守りでも渡そうかと思ってたんだけど……要らなさそうだね!」
どことなく嬉しそうな声が背中越しにかけられる。
ちなみに、彼女は川向うの山の中腹にあるお寺の住職の娘さんだ。
同じく川向うの俺の住むアパートからでも、かなり山の方にまで行き過ぎる事になるのだけど……その道中は、街灯もほとんどなく、車同士のすれ違いも出来ないような細い県道を延々歩くのだから、女子高生には少々ハードだ。
ちなみに、険道とも言われてるらしいが、納得のクオリティ。
その辺もあって、彼女の上がりの時間に鉢合わせた時は、何となく家まで送っていくと言うのがすっかり当たり前になっていた。
過保護な気もするのだけど、こいつに彼氏の一人でも出来るまでは、これくらいやってやるのも悪かない。
「そうだな……確かに今日はすこぶる調子がいい! でも、今話しかけんじゃねぇ! ヒ、ヒルクライムーッ!」
昨日までの身体の不調が嘘のように、軽々と……とは行かないが、上り坂もぐんぐん登っていける。
もっとも息も切れ切れで、肺活量も昔に比べたら話にならないくらい低下している。
全くだらしがないっ!
「ああ、畜生っ! 俺はタバコを止めるゾーッ!」
「いつも思うんだけど……電チャリじゃあるまいし、結構きつい坂なんだから、二人乗りとかちょっち無理があるんじゃない? ねぇ、あたし降りるから、いつもみたいに一緒に押してあげるよ!」
「無用っ! ちょっとは身体鍛えないといかんからな! 今日こそはノンストップで行ってやる!」
「おお、なんかカッコイイね! がんばれっ! 中年男子っ!」
女子高生の声援を受けながら、ど根性で山道を登りきる。
はっきり言って、ノーギアママチャリで、オッサンの身には酷な坂。
いつもは、途中で一度ならず足を付いてしまうか、諦めて押して登るのが常なのだが。
……今日はノンストップで登りきった!
やれば出来るじゃないか……もっとも、その代償として冬場だと言うのに、すっかり汗だくである。
「あははっ! 猛部さん! 体中から湯気立ってるよ! タオル取ってくるからちょっち待っててね!」
お構いなく……と言う暇もなく、祥子はさっさと家の中に入っていってしまう。
この娘は、いつもこんな調子で人の話を最後まで聞かない。
けれど……元々すぐに家に戻るつもりだったから、タオルなんかも無いし、服装もライトシェルジャケットを羽織っただけと割りと軽装だった。
この有り様で帰り道は、長い下りを降りるとなると……汗冷えでガクブルになる未来しか見えない。
今も目の前の山から吹き下ろす冷たい風が容赦なく体温を奪い取っていく。
目の前のヤブ……その先に続く急勾配の斜面。
一歩踏み込むだけで、そこはもう人外の領域……明かり一つない暗闇が続くのみ。
昼間見ると、何の変哲もない小山なのだけど……急勾配の道なき道、崩れやすい斜面。
夜になって、入り込むのは、文字通り自殺行為。
その程度には、危険な山なのだ。
中国地方は、ちょっと奥地に入るとどこへ行っても、こんな小さな山が延々と連なっていて、山の間をちまちまと流れる川に沿って人家が点在する……大体そんな感じだ。
なので、この山も岡川県では至極ありふれた山のひとつにすぎず……名前すら無い。
けれど、俺にとっては、この山……少々どころではないくらいには因縁がある。
何を隠そう、この山の中腹には……異世界と繋がっている越界の門があるのだ。
越界の門と言っても、パッと見は幾何学的に配置された苔むした岩にしか見えないのだけど。
特定の条件下で、それは向こう側の世界とこちら側の世界をつなげる通路となるのだ。
こちらからは、滅多なことでは繋がらないのだが……向こうからは、割りと気軽に繋げられるという事を俺は知っていた。
昔の人は、その辺りの事情を知っていたらしく、ちゃんと相応の対策を施していた。
地図で見ると、この山を取り囲むように神社やお寺が配置されているのが解る。
……巨大な結界装置で封じられた異世界との境界。
それが……この山の正体だった。
このような土地は、龍脈地とも言うのだが……。
この岡川県には、こんな風に特定の山並みに沿って、神社や寺が作られているような場所が多数存在し、その数は凄まじい数に登る……。
無人となってしまった神社や小さな祠、家々の庭にある屋敷神なんかも入れると、ここ高梨市の中心区だけでも百箇所どころでないくらいはあると思う。
向こう側の世界で魔術に触れた俺には、そう言ったものが魔術的結界を構成する要素だと、たやすく理解出来る。
その目的は明らかで、この結界を張ることで、向こうとこちらの境界が繋がったままになるような事態が避けられているのだろう。
近代化された日本という国にも、少し奥地に入ればこんな異界との境目が、ゴロゴロしてるのだ……。
この辺りは、岡川県のみならず、他の地域でも似たようなものだ。
にも関わらず目立った問題も起きていないのは、こうやって古代の人々の遺産で封じられていたり、境界の守り手と言える者達がいるのだろう。
向こうの世界でも、そんな生業の者達がいて、越界の門の扱いに関しては、非常に厳格だった。
つまり、双方の世界の人々の少なからぬ努力によって、隣り合わせの世界に誰も気づかないと言う状況が維持できているのだ。
異世界は……案外近くにあるのだ。
これもあって、俺はあの世界との繋がりを求めて、こんなど田舎の山の麓のアパートで10年も暮らしていた。
東京や大阪への転勤の話だってあったけど、俺はそれを蹴って、こんな田舎街で暮らす事に執着していた。
……まぁ、それは言ってみれば、俺の未練の表れなのだけれども。
けれど、アルマリアもそのおかげで早い段階で俺と接触することが出来たのも事実だった。
俺が遠く離れた地で暮らしていたら、今頃どうなっていたのやら。
ただ、アルマリアがこっちに来た時、この山の結界にも何かあったのは確実……。
先代住職の爺様にそれとなく聞いてみてもいいかなと思っていると、その爺様がガレージからひょっこりと顔を見せた。
「おおっ、猛部くんではないか! うちの孫を送ってくれたのか……いつも悪いのぅ」
「ケンゾーさんこそ、いつもお世話になってます! いかんせん、このお寺までの道って、真っ暗ですからねぇ……最近何かと物騒だし、時間が合うようなら、出来るだけ送っていくようにしてますよ」
狩野川賢三……通称ケンゾー爺さん。
ここ松竹寺の先代住職なのだけど、サラリーマン住職をやっている現住職は、家を空けがちで、いつも終電間際にならないと帰ってこないので、このお寺の管理はもっぱらこの人がやっている。
すぐ隣に無人の山王様の神社があって、そこの管理もやっているので、正月なんかは神主のような事もやっていたりして、もはや住職なんだか神主なんだか良く解らないけど、この山の管理人と言う一面も持っている……それなりに、すごい人なのだ。
かくいう俺も、この世界に戻ってきた時は、この山の中腹で気絶していた所をケンゾーさんに助けられている。
なので……俺が異世界から戻ってきた人間だと言う事も、それとなく理解しているフシがある。
「そうかそうか、ありがたいのう。祥子もまんざらではないらしいぞ? あれと話してると、しょっちゅうお前さんの名前が出てくるぞい……もっとも、嫁にやるとすれば、5年……いや、10年くらいは待ってもらうことになるがな!」
「10年なんて言ったら、俺……アラフォーどころか、50代が見えてくるんですが……大体、年の差だって、どれだけあると思ってんですか?」
「なぁに、ちょっとくらい年食ってても、女が若けりゃ……何とでもなる……そういうもんじゃ。ところで、お主……文字通り憑き物が落ちたようじゃが……一体、何があった?」
ケンゾー氏も急に真面目な顔になると、俺をじっと見つめてくる。
昼間からパチンコ屋に入り浸ってたり、コンビニでエロ本立ち読みしてたりするような生臭坊主ながらも、腐っても元住職。
たまに街ですれ違ったり、ちょくちょく祥子を送ってきたりしていたから、俺の呪詛に気付いていてもおかしくなかった。
祥子さん、もともと「バイト女子高生A」と言うモブでした。(笑)
ちなみに、作者のMITTは岡山出身です。
物語の舞台として、同県の高梁市をモデルとした山間の地方都市を設定してます。
現地取材まではしてないんですが、概ね雰囲気とかあってると思います。