第二十二話「とある魔王の娘と元魔王、ふたりの語らい」①
他の貴子達と別れ、皆、それぞれの自分達の為すべきことの為にそれぞれの場所へと向かう。
わたくしは、ひとり応接室に残り、お父様の戻りを待つ。
『君にだけ……言っておきたい事がある。二人きりで話がしたい』
面と向かって言われて、即座にイヤですと答えたいところだったのだけど。
酷く真剣な様子でしたので、わたくしも頷く他ありませんでしたの。
レミィとミリィは同席すると言ってましたけど、ここはわたくしひとりを指名された事ですし、二人には約束通り三日間の休暇を取るように命じ、下がらせてますの。
ミリィは、喜々としてレミィを引き連れて、温泉に行くとか言ってましたけどね。
良いですわねぇ……草津温泉。
わたくしも、こっちの世界の温泉に接待の一環で招待された事があったんですが。
あれは、良いものです……余裕があれば、行きたかったですけど……。
「やぁ、パルルちゃん……待たせたかな?」
お父様がにこやかな笑顔で現れる……なのだけど、顔には大きな手形付き。
ヨミコとアルミナに別れ際に、抱きつこうとして、ビンタ食らってぶっ飛ばされる様子はわたくしもよーく見てましたの。
この人も、実の娘にセクハラとかどう言う神経してるのかしら? ホント、締まらないお方ですこと。
背が低いのもパッとしないお顔もそれはそれで構わないんですけどね。
でも、セクハラやキモい発言はホント止めて欲しい……けど、今回は勘弁して差し上げますの。
わたくし、とっても機嫌が良いのですから……。
「このところ休む暇もなかったので、こんな風に、無為に過ごす時間というのも悪くない……そう思ってましたのよ」
「……そうか。まぁ、君が誰よりも頑張ってるってのは、俺はちゃんと解ってるつもりだよ。お疲れ……疲れた時は、これを飲むと良いよ」
そう言って、お父様が投げよこしてきたのは……お汁粉。
「レディに寄越す飲み物としては、最悪の部類に入るチョイスですわ……」
思わず、ゲンナリしながらそう返しますの。
「そ、そうかな? このズキューンと来るくっそ甘ったるさ……知的活動の連続で、脳が糖分を欲している時には最高だと思うけどなー?」
せっかくの好意を無にするほど、わたくしも無粋じゃないので、クイッと一口。
あっまっ! ……でも、確かにこう言うのが欲しかったと思わなくもありません。
激務が続いた時のカンフル剤として、向こうに戻る前に箱買いしていこうかしら?
「……確かに悪くないですわね」
「でっしょ? やっぱ、パルルちゃん俺の娘だなぁ……細かい所や好みが俺そっくり。イラーシャ姫にもよく似てて、可愛いよ。イラーシャちゃんは元気なのかな?」
「ええ、すでに一線からは退いてますけど、元気すぎるくらいです。わたくしの兄弟もあっちには大勢居ますし、一族を仕切って、今日も元気に怒鳴ってるんじゃないかと」
「そうか……あの子、肝っ玉母ちゃんみたいなとこがあったんだけど、その調子だと相変わらずみたいだね。君もきっと良い肝っ玉母ちゃんになれるよ」
「……それ褒めてるんですか? わたくしは、いついかなる時も上品かつ気品あふれるレディとしてあらんと努めてますのよ」
そう言って、お互い笑い合う。
この油断していると、ついつい心を許してしまう親近感。
はぁ……これが親子というものなのですね。
「うん、君はそうやって笑っているべきだ……イイね! 実にっ! けど、これから俺が言う事、心して聞いて欲しい。正直、とっても心苦しいんだけど……君にだけは伝えておかねばならないんだ。心の準備は出来ているかい?」
急に真顔になると、お父様が言葉を切る。
一瞬前までおどけていた雰囲気もガラリと変わって、そこだけ闇を切り取ってきたような独特の雰囲気を醸し出す。
やはり、腐っても先代魔王……と言うことなのですね。
「……何なりと、けど……あまり、楽しいお話ではないんでしょうね」
「やっぱ、解る? ははっ……勘のいい子供は嫌いだよ。 ……って言いたいところだけど、むしろ手間が省ける。俺はそう悪いもんじゃないだろって思うよ。……どこから話そうか? 聞きたいことだってあるだろう? どっこらせっと! うはぁ、我ながらオヤジ臭いねぇ……」
そう言って、多分わざとなのでしょうね。
無造作に机の上に胡座をかいて腰掛けると、先程まで同様の軽い調子を見せる。
「そうですね……まず、後継者指名の件はいかがされるおつもりでしょう? 向こう側に干渉出来ないとは言え、そのお言葉は大変な影響力を持ちます。存命の件も発表いたしますので、何か魔王国国民に伝えたいお言葉があれば、言付かりますわ」
「うんにゃ、俺のことはあの時死んだ……。そう言う事にしといてくれると助かる。俺のことは、君達だけの秘密にしておいたほうが、きっと皆のためになると思うんだ」
「お母様達にも黙っていろと? たとえ直接干渉出来ずとも、わたくし達にお命じいただければ、済む話かと思います。……何より、お父様の政治的手腕については、わたくしは高く評価してますし、お手本にだってさせてもらってますのよ? 国民感情や人族側への宣伝効果の点からもメリットも多いのですが……」
「ダメダメっ! 俺は失敗者なんだ……もう俺の時代なんてとっくに終わったんだ。未来を切り開くのは、君達みたいな若い子が主役でないと。俺みたいな老害が口を挟めるようじゃ、ダメだって。年寄りは若者の踏み台になる……それでいいんだ」
「そんなものですかね……。でも、かしこまりました。皆にもその旨、伝えるようにします。ただ魔王城にはお父様の墓所もあって、巡礼に来る方たちも大勢いるんですが……アレどうしましょう……?」
「あははっ、そこにわたしはいませんーって奴だよねー。何のご利益もないだろうけど、もう観光名所みたいなもんだろうから、放っとくのがいいよ。そう言えば、現状、魔王十二貴子の筆頭はパルルちゃんだって聞いてるけど、そうなると君が次期魔王って事で良いのかな?」
「わたくしは、あくまで執政、名ばかりの最弱の筆頭……そんな扱いなんですわ。いつでも武力で排除出来る……他のものも皆、そう思ってますの。わたくし達ゴブリン族も魔族でもっとも数が多いものの最弱の種族と言われてますからね。そんなゴブリン族の者が魔王を名乗るなんて、他の氏族が黙ってません……反乱祭りになるのが関の山ですわ」
「……またまたぁ……謙遜しちゃって。他の子からも色々話し聞いたけどさ。正直、もうパルルちゃんが魔王名乗っていいと思うよ。そいや、派手に借金してるみたいだけど、大丈夫? 返済は計画的に……なんてね!」
「……お父様も人が悪いですね。借金はちゃんと返してますよ。最初に銀行から借りたお金は、株や仮想通貨の差益でほとんど返してしまいましたから。先物買いで頂いた資金も先方もリスクは承知の上での投資ですから。取らぬ狸の皮算用……そこまで責任はもてませんよ。どうせ日本円なんて、いくら抱えててもこっちでしか使えないから、パァーッと使ってしまうつもりですわ」
「あはは、君すげーよ。やっぱ! お金ってのは派手に儲けて、派手に使うに限る! エコとか節約とか、シミッタレた事、言ってるから不景気になるんだっての。けど、うまい手だよね。向こうからは資源以外の資金を敢えて一切持ち込まずに、日本円だけでやり取りするって」
「あら、さすがですの。このからくりに気付いてましたの?」
「そりゃ気づくよ。俺これでも多国籍企業のCEOだもん。魔王国が日本に置いてる資産って、最初に銀行に担保として預けた金塊100kg分だけなんだよね? それを元手に次々馬鹿借金して、日本国内で豪快に儲けて、豪快に使ってるだけ……けど、それだけなのに日本経済は勝手に加熱して、皆好景気でウハウハ、世界は折からの不況が更に悪化して、エラいことになってるんだけどね。ちなみに、君達のせいで、誰が泣いてるかって知ってる?」
「そうですわね。今のところ、美味しい思いをしてるのは日本と、ご相伴に預かったアメリカさんくらいですわね。資源国の方々は、日本が妙に強気になったせいで、資源価格相場が乱高下、まんまと振り回されてドン底らしいですわね。それに一般庶民の方々も……せっかく景気が良くなってるのに、収入があまり増えてないのが問題……これは日本側の問題なんですけどね。中抜きが多すぎるんですよ……わたくし達と直接取引してる人達は派手に儲けてるみたいですけどね」
「やれやれ、君には経済について教える事なんて、なにもなさそうだ。まぁ、経済ってのはどこかが儲かると何処かが貧乏くじを引いて、損をする。……そう言う風になってるんだ。綺麗事じゃ、済まされない……戦争と言い換えても良い。魔王国でも似たようなもんだろう。俺の予想では、君が率いるゴブリン族は勝者になりつつある。逆に竜族やオーガ氏族みたいな従来の有力氏族は、辛酸を舐めてるんじゃないかな? それに貴子を輩出してない氏族たちも」
「そうでもないですわ。皆、それぞれに仲良くやってますわ。皆、美味しいご飯をいっぱい食べたいって思ってたんですからね。食料は潤沢に、平等に流通させてますよ。そりゃ、多少のえこ贔屓はありますけどね。アークボルトみたいな武闘派も人族との戦いでごっそり居なくなったから、向こう側は平和への道を邁進してますわ。誰も文句なんて言いませんよ」
「なるほどね……俺が魔王だった頃から、食糧問題は深刻な問題だったからね。それを改善したとなると、自然に支持を受ける……そう言う理屈か。うん、もし誰か一人を後継者に指名しろって言われたら、迷わず君を選ぶなっ! まぁ、これはオフレコだけどね」
「そうですわね……聞かなかった事にしますわ。でも、素直に喜んでおきますわ」
「……そういや、人族側とはどうなってるんだい? 連中とは相変わらず、戦争状態なのかい?」
「人族側ともつい先日、和平が成立いたしましたの。アークボルトが居なくなって、ついでに第一魔王親衛軍が壊滅したのは、魔王国にとっては痛手でしたが。わたくしにとっては、平和の道を阻む抵抗勢力が居なくなった事の方がありがたいですわ。向こうが大勝しても、こちらはまだまだ余力があると見せつけたところでの和平案ですから。タイミングとしては最高だったみたいですわ」
「それも……きっと、君の思惑通りだったんだろうね。実にしたたかな娘だね……君は」
「あら、何のことかしら? 彼らは自分達の望むように戦争をして、人族に敗北を喫した……本望じゃないですかね。わたくしは、わたくしなりの戦い方を貫き通しただけですわ。お父様は……アークボルトのような馬鹿モノであっても、わたくし達同様に思っていらっしゃいますの?」
「そうだね……アークボルト君や内戦で散っていったと言う子供達の事はとても悲しく思う。けど、それは俺の責任でもある。命を捨てる覚悟があれば、俺の意思を君達へ届け、混乱を収束させることだって出来たんだ。だけど、俺はそれをしなかった……」
「かつて……お父様が居た頃は、皆、お父様に頼りきりでしたからね。お父様が居なくなった程度で混乱して、内戦に走る……愚かな選択です。けれど、その愚かな戦いを繰り広げ、尊い犠牲を払って、ようやっと協調の道を見出したのですから。無意味だったとは言いません。仮に命懸けでお父様が言葉を届けたとしても、それは一時しのぎ程度にしかならなかったでしょう。お父様は正しかったと思いますわ」
「ありがとう……そう言ってもらえると、少しは気楽になった。ああ、そうだアークボルト君の件なんだけど。ここだけの話、彼は生きているよ……生かされていると言ったほうがいいだろう。タケルベのとこのアルマリアちゃん。あの娘のお母さんのテッサリアちゃんもね」
「それは……どういう事なのです? どちらも現状、行方不明。人族側の情報によると、次元の狭間へ転移したと……。であれば、どちらも絶望的かと思いますが……」
「うん、本来ならばそれが道理なんだけど、それを覆した第三勢力がいるんだ。絶対なる死の運命すら覆す条理の外の存在。その事について、順を追って話しておきたい。少し長い話になるけど、最後まで聞いてね」
「やっと、本題ってところですか……どうぞ、お話ください」
これまでの話は、ただの雑談だったようですの。
それから……。
お父様の話が始まりましたの。