第二十一話「とある魔王の娘と元魔王、しゅくめいのたいけつ」⑤
「とりあえず、貴方が魔王アルバトロスと同一人物なのは、わたくしも含めて、全員一致で認めます。これについては、皆様も異論ありませんね?」
……何事も無かったかのように、わたくしがそう切り出すと、他の貴子達も一斉に頷きますの。
ボロボロになった田中谷生氏も頷き返す。
一応、反省したらしく、やっと大人しくなっていただけましたの。
ちなみに、しっかり流血沙汰でしたけど、ヨミコ達がお情けで治癒魔法をかけてくれたので、すっかり治ってますの。
ヨミコとアルミナは、揃いも揃って、この男に初めて会った時、抱きしめられた挙句、ほっぺにキスされたとかで、大変根に持っており、その鬱憤を晴らす機会を伺っていたのだそうです。
わたくしも危ういところだったようですの……。
「して、お父様(仮)……本日の招集の理由について、お話いただけませんか?」
「カッコ仮って、使い方間違ってね? まぁ、調子に乗った俺氏が悪いのはよく解ったし、俺ってば寛容だからね! でもさ、仮にも親子なんだから、頭ナデナデくらいさせてもらえないかな?」
「あの……話が進まないので、早いとこ本題に入ってください」
埒が明かないと言うことで、田中さんの隣で進行役を買って出たレミィが促す。
ヨミコが隣でハリセンの素振りを始める。
ヨミコも剣術とかからっきしだったはずなのに、重心を落として、踏み込みを入れながらの割りと堂に入った素振り。
いつの間に、こんなのを覚えたのかしら? さっきのアルミナとのコンビネーションと言い、侮れませんね。
それにしても、レミィとヨミコなんて、この二人、ほとんど接点なかったはずなのに、無言の連携をこなす程度には打ち解けてますの。
……なんと言うか、共通の被害者のような思いが、わたくし達兄弟姉妹に何とも言えない団結感を与えてくれたのは確かなんですのよね……。
「ちょっ! 止めて止めて、俺ってば、ただのおっさんだから、本気で殴られると頭もげちゃうからっ! そ、そう……本題ね……まず、なんでこれまで、生きてたことを黙ってて、今頃になって、名乗り出たのか? ……それが第一の質問ってことでイイね?」
全員が無言で頷く。
こちらの質問事項は、禁止事項とともに箇条書きにしてホワイトボードに並べてありますの。
なお、最大の禁則事項は、女子へのセクハラ発言及び行動を厳禁ッ!
「まず、大前提としてだね……俺はもう、魔王国に戻ることは叶わないのだよ。俺にはもう闇の女神から授かった加護はない……向こうに行ったら、三日以内に死んでしまう。だからこそ、魔王国に干渉することはない……これは断言しようじゃないか」
「それは、もう自分は魔王ではないから、わたくし達の好きにしろということで? それはさすがに、無責任ではありませんか?」
「いやいや、今更、俺がお呼びじゃないことはよく解ってるし、俺はどうも後継者に恵まれたようだからね。俺の出番なんて本来なくたって全然よかった。特にパルルちゃんの実績とその理念……実に素晴らしい。俺がやろうとして出来無かったことを君はやり遂げつつある! 見事だよ。もちろん、他の皆も良くやってるよ! アサツキやオーギュストはすっかりこっちでは顔役みたいな扱いになってるし、タマリン達はモデルやってるんだっけ? いいよね! そう言うのも! ……あとは喧嘩しないで、皆で仲良くやってくれれば言うこと無いね」
……思わず、顔がほころびそうになってしまう。
なんか……無性に嬉しい。
こんな変態ロリコンに認められて……なんで、こんなにうれしいのかしら? もうっ!
「あ、あまり褒めないでくだちゃいましっ! 怖気が走りますわっ! この変態っ!」
わたくしに罵声を浴びせられながら、穏やかな顔で満足そうに頷く田中様。
なんで、そこでそういう顔をするんですの?
「ただまぁ、君達がこちらの世界に干渉してきたのは正直、想定外だったんだけどね。けど、帰れと言うわけに行くわけないじゃない? だからこそ、これまでT&T社を通じて、実にいろいろな手助けをさせてもらった。迷惑だったかな?」
「いえ、T&T社の助力なくして、今のわたくし達の立場はありえませんでしたの。T&T社がやたらと好意的だった理由は、今まで、測りかねる部分もありましたが……ようやっと納得ができましたの。ご助力……素直に感謝いたしますわ」
「……ぱるるちゃん、その素直さはとても素敵だよ。まぁ、タケルベにヘイトを集めて、それを名目にこっちの世界に進出……皆して、こっちの世界に馴染んじゃったってのは、狙ったのかな? なんだかんだで、君ら同士も仲良くなって、こっちの世界との繋がりってもんを作っちゃったからね」
「狙ったと言うより、結果的にそうなったってとこですわね。途中から、タケルベ捜索とかどうでもよくなってたみたいですけど……。ただ、ヨミコとアサツキは仇討ちに拘ってたみたいですよね……。二人共今でもタケルベ様を仇と思ってますか?」
「……うちは、暇やったから、お兄の手伝いみたいなもんやったからな。一応、タケルベはんを倒したモンが次期魔王って話にはなっとったし、うちらの母ちゃんの仇……と言えなくもないんやけどね……」
「俺は……ヤツのせいで、親と呼べる者をすべて失ってしまった。それに魔王様亡き後の魔王国の混乱で、俺の弟も討ち死にしているのだ……。なにより、魔王様の無念を思うと……奴がのうのうと行きていることが許せなかった……」
「すまんね……君、なんかすごく真面目に仕事してたから、どうでも良くなったって思ってたんだけど。君にはもっと早く本当のことを言うべきだったね」
……それは、どうなんでしょうね。
もっと早く真相を知らされてたら、アサツキ引きこもりとかになってたんじゃないかしら?
アサツキの欠点って、真面目すぎて融通効かない事と、意外とメンタルが脆い事なんですの。
「まぁ……お兄もタケルベはんに、ぶっ飛ばされてスッキリしたみたいやしな。仇討ちがどうのとか言ってたら、いつまでも経っても戦争なんて終わらへん。平和とは、誰もが望めば簡単に実現する……許し合うべきだ! なんて……うち、もう痺れたわぁ……やっぱ、あのおっちゃん、ええ男やなぁ……」
「ヨ、ヨミコちゃん? お父様……絶対、認めませんからね? それより、俺の後継者って今、どう言う扱いになってるの? それに……俺の子供達の魔王十二貴子って、十二人いるって話聞いてたけど、なんか一人足りなくね?」
「……つい先日、次席だったアークボルトが行方不明になりましたから、正確には十一貴子と言うべきですわ。彼はこちらの世界や魔王国の内政問題に一切興味を持たず、戦のことしか考えていないような者でした。わたくし達との会合にも顔を出さす、各種協定も無視したりと、不和の元ばかりバラ撒いて手を焼いていましたの。正直なところ、居なくなったところで、誰も気にかけておりませんの」
「……そうか。オーガ氏族のカレンちゃんの息子だって聞いてたけど、カレンちゃんは元気?」
「オーガ氏族のカレン卿は、ガルムリア帝国との戦いの最中にご落命されました。常に先陣を切って戦う勇敢な方でしたが……突出したところを罠に嵌められ。二十人ほどの敵兵を道連れに力尽きました。最後まで膝を屈することも無く、立ち往生……見事な最期でありました」
アサツキが田中様の質問に応えてくれますの。
さすがに、これはガルムリア帝国戦で、最前線総指揮官だったアサツキが話すのが一番早いです。
……あの戦は、壮絶な戦でしたからね。
こちらとしては、聖地たるガシュガル門の奪回を目指していた事もあって、退くに退けなかった訳なのですが……当時は、人族との和平と言った考えも無く、殲滅戦争になってしまったのですが……。
あの戦いで、母君を失ったアークボルトも、あれがきっかけで頑なに人族を滅ぼす事にこだわるようになったと聞いています……わたくしとは、正反対ですね。
「……悲しいな。とても残念だ……。それに……俺の子供達は確か二十人位はいたのに、生き残ったのはこの十一人だけと言うことか……何故こんなことに……」
「……魔王様亡き後、魔王国は大規模内戦に突入しましたの。その過程で魔王二十貴子も八名が落命いたしましたわ。アサツキも言ってましたが、ヨミコの兄、アサツキの弟も戦火に倒れた者の一人です。けれども、そんな数多くの犠牲があって、ようやっと我々も合い争うことの無益さに気付きました。尊い犠牲だったと言うしかありませんの」
「そうか……何もかも俺が中途半端で退場したのが悪い……つまり、全て俺の不徳の為すところか……。謝って済むことではないと思うが……改めて、君達に言わせてもらうよ。……すまなかった」
そう言って、わたくしと向き合うと、深々と土下座をしてみせる田中様。
「……およしください。すべては、我らが愚かだった故……どうか、顔をお上げください」
わたくしの言葉に、顔を上げる田中様。
「……パルルちゃんは、こんな愚かな俺を許すと言うのかい? 他のみんなも?」
そう言って、全員を見渡す田中様。
返事の代わりに、全員が無言で頷く……アサツキですらも。
「……俺は……俺は……。ありがとう……ありがとう」
それ以上は、言葉にならない様子で、跪いたままボロボロと涙を見せる田中様。
思わず、立ち上がって駆け寄ると、わたくしも跪いてその頬に手を添える。
「……魔王様ともあろうお方が、人前で涙など見せるものではありませんわ……。お父様、顔を上げてお立ちくださいまし。皆も、何も見なかった。それでよろしいかしら?」
「パ、パルルちゃん? 今……俺のことを……お父様と?」
「……認めざるを得ませんわ。皆も、同じ思いです」
この時、初めてわたくしは、これが正真正銘お父様なのだと実感いたしましたの。
本当を言うと、初めて見たその瞬間に直感的に理解はしていたのですけどね……。
いずれにせよ……わたくし達は、この方をお父様として受け入れました。
どんなにキモくても、どんなにかっこ悪くたって。
お父様は、お父様。
生きて再び巡り会えた事に喜びを……心から、素直に。
そう思いましたの。