第二十話「とある魔王の娘の憂鬱なる日々」②
どれくらいの時間が経ったのか解りませんが、ハッと我に返ると大急ぎで旅の支度をいたしますの。
招集指定された場所は……向こう側の転移門側。
そこは、T&Tテクノロジーと言う大企業が専有する土地で、事実上の治外法権となっていますの。
T&T社は、わたくし達と向こう側の国、日本の交易の窓口にもなっており、やたらと協力的な人達で、わたくしも代表者と何度かやり取りした事がありますの。
……いつもモニター越しに背中を向けたシルエットしか見せない「JJ」と名乗る人物。
あの方は一体何者なのかしら? 渋くて優しい声と紳士的な態度。
きっとイイ男に違いないのですわ。
いそいそと支度をしながら、これまでの経緯を思い起こしますの。
まず……最初に向こう側の世界への第一歩を踏み出したのは、実はこのわたくしなのですわ。
魔王様がこの地へと降り立ったと言われていた聖地……ガシュガルの門。
一時は、人族の手によって奪われてしまっていたのですが、そこを支配していたガルムリア帝国がアサツキ率いる第二親衛軍との交戦の末、滅亡した事でわたくし達魔族によって、奪回されましたの。
門自体は、不活性状態だったのですが。
実は、このわたくし、転移門の制御式を解析し、我がものとしていたのですね。
転移門の制御方法を知らないアサツキたちには、何の価値もない場所だったのですが。
わたくしの手で稼働実験は成功し、それが向こう側へと続いていると確信を得た時、わたくしは迷わず向こう側へと踏み込みましたの。
伝承では、向こう側へと行って帰ってきたものはいない……そう言われてました。
実際、向こう側から迷い込んだものたちは皆、数日で衰弱死しており、門を超えることは禁忌とされてましたの。
けれど、わたくしならば、向こう側でも適応できる……そんな確信があったのです……。
そう……一度だけ、幼い日にわたくしは、先代魔王様と共に向こう側に連れて行ってもらった事があったのです。
魔王様は、しきりにわたくしの体調を気にされていて、結局、何をする訳でもなく、半日程度、山の中で野営しただけで引き上げたのです。
魔王様いわく「実験に付き合わせて悪かった」そんな風におっしゃってましたの。
当時は、何の実験だったのか解りませんでしたけど……。
わたくし達、魔王の子供達が向こう側の世界で適応できるかの人体実験。
そんな風に、わたくしも理解できるようになりましたの。
冷静に考えれば、相応のリスクのある実験だったと思いますけど、それも魔王様の深慮遠謀の一環だったのでしょう。
それもあって、わたくしもある種の確信に近いものがありましたの。
そして、いつでも戻れる状態で、一人で山の中で野宿すること……三日間。
内心では、いつ動けなくなるか、ドキドキものでしたけど、粗食ばかりでお腹が減ったのと、お風呂にも入れなかったことで少々小汚くなっただけで、一切問題ありませんでしたの。
そして、わたくしが身を以って、安全を確認した上で、腹心と言えるレミィとミリィを引き連れて、向こう側の世界で真っ先に行った事。
それは、向こう側の調査活動。
勇者のタケルベの所在調査と言う大義名分のもとに、実際にやっていたことは向こう側の情報収集でしたの。
向こう側の社会にしれっと紛れ込み、地図や文献を買い集めて、自分の足で歩き回って、文明や常識を吸収し……。
幸い言葉はわたくし達と同じ言葉が通じた上に、文字すらも似通っていて……極めて短期間でわたくしは、向こう側の日本という国について理解を深められましたの。
同時に、活動資金集めもわたくしが担当いたしましたの。
あれは、なかなかに苦労いたしましたわ。
裏の世界の人間相手に、こちらの世界から持ち込んだ貴金属や装飾品のたぐいを売りつけてみたものの、足元を見られるわ、誘拐されそうになるわで……まぁ、軽く返り討ちにして差し上げましたけど。
まっとうな手段で金品を得るつもりが、詫び金と言うことで結構な金額を巻き上げた……それが向こう側で得た資金の第一号となってしまったのは、全く不本意な話でしたの。
わたくし、平和主義者なんですのよ?
もっとも、かなり早い段階で、わたくし達の動向を嗅ぎ付けてきたT&T社のエージェントが接触してきて、その辺りは格段にやりやすくなったんですけどね。
そして、向こう側の世界へ勇者タケルベ様を追おうとしていた他の貴子達にも、門の向こう側の情報や活動資金を提供するのと引き換えに、向こうの世界のルールに基づいて行動するように協定を結んで……。
まぁ、例によって、アークボルトの馬鹿はそんなものには従いたくないと言い出しましたけどね。
でも、向こう側の情報やお金がないと何も出来ないですから。
何より、門を管理するわたくしを敵に回しては、どうすることも出来ず、憂さ晴らしとばかりに、人族の国にちょっかい出したりと、そんな事で満足しているようだったので、勝手にやってろと放置してましたの。
挙句の果てに、わたくしが流した情報に引っかかって、勇者の一族にちょっかいを出して、その一人と相討ち……もはや、愚かすぎて、同情の余地もありません。
そして、現時点では、向こう側との政府レベルでの交渉、そして交易ルートの確立。
これらを目論んでおりまして、それもまた順調に進んでいますの。
なにせ、こちらの世界には、向こう側で大量に必要とされる各種天然資源が山のようにありますの。
魔王国の国土自体が向こうの国……日本の10倍以上の面積があって、大半が耕作には向かない荒れ地と言えども、鉱物資源や原油、石炭と言った資源については、まさに手付かずの宝庫でしたの。
それがこちら側の強み。
いかんせん、向こう側の国……日本という国は、四方を海に囲まれた島国で、おまけに悲しいくらい何もない国。
国土の大半が険しい山林ばかりで、食料もロクに自給できない……鉱物資源、燃料の類も何もありませんの。
そのくせ、億単位の人口を抱えて、高度な技術を持ち、経済力と軍事力に関しては、向こうの世界でもトップクラスと言う強大な国。
はっきり言って、意味の分からない国なのですわ。
ですが……門の向こう側がそういう国だったのは、むしろ僥倖でしたの。
とにかく、こちらが欲しているのは、食料資源。
それさえ手に入れれば、魔王国の数々の問題が一気に解決するのですからね。
武力で脅し取る、略奪する。
まず、従来までのこれらの方法は論外。
相手は、億単位の人口を抱える強国。
一時的なら、それも悪くありませんが、恒久的に言うことであれば、取引で手に入れるのが一番スマート。
こちらでは有り余ってるような物資を売りつけて、まずは向こうの世界のお金を獲得。
それを代価に支払うことで向こう側から食料を輸入、こう言う図式を成立させるべく、わたくし孤軍奮闘いたしましたの。
向こう側の食料事情も、自給率こそ低いものの、足りない分は大量に外国から食料を輸入し、自国民を賄いきるだけでなく、加工し輸出するくらいには余裕があり、質もよく安定して供給できる体制が確立されていたのです。
要するに、自分たちの土地で作るより、外国から買ったほうが安いから、お金の力で解決と言うわけなのですね。
経済力のある国ならではの、ある種の力技です。
……わたくしも、これは見習うべきだと思いましたの。
我が国も食糧増産に努めてはいるものの、人族の住む土地に比べると、魔王国の土地はどこも貧しく、気温も低く、食糧不足が最大の問題になってましたの。
食べ物がない……これほどまでに惨めな事はありませんの。
間引きだの冬を越せなくて村一個が全滅するだの……食料を奪い合っての殺し合い。
魔王国では、そんなのが日常茶飯事だったのですが……それでいいはずがありませんの!
そこで、まずわたくしは、日本側に食料の購入の打診をさせていただいたんですが……。
その結果、その価格は1kgの金塊と引き換えに、およそ30トンもの穀物が買えてしまう事が判明。
こちらの相場よりも明らかに安いっ!
魔王国では、よそから食料を買うと言っても、人族側の商人との裏取引になってしまうので、かなりぼったくられて、1kgの金で買える量となると、輸送の手間などを考えると、せいぜい5トン程度を買い付けるのがやっとでしたの。
単純に同じ資金で六倍もの量が買える! 質についても、日本製の方が遥かに高品質。
こうなると、もう比較検討の対象にすらなりませんよね?
けど、金なんて、こっちでも貨幣や装飾品として使ったりとそれなりに貴重なモノ。
向こうも出処のはっきりしない金を大量に市場に流されると、相場が崩れて世界レベルで困った事になるそうなので、向こう側の銀行と話し合って、こちらの持つ金を担保にお金を借りると言う方法を使いましたの。
いわゆる信用取引と言うものですね。
身分証明とかその辺の問題もT&T社が保証人になってくれた事でクリア。
異世界の国の代表だと言う話も正直に打ち明けたんですけどね。
支店長の方は、変わった人でむしろ詳しく話を聞かせて欲しいなんて、言い出したんです。
とりあえず、最初に持ち込んだ金塊100kg分を担保に銀行が貸してくれた資金はなんと10億円。
日本の金相場の倍額だったのですが、銀行側はメインバンクとして贔屓にしてくれる事を要求するだけでしたの。
その銀行の支店長が言うには、わたくし達がいずれ日本経済に激震を起こすことになるだろうから、その先行投資と言うような話をしてました。
パルル様の異世界商売成り上がりみたいな話になってきました。
こう言う裏話も異世界モノでは、定番じゃないかなーと思いますが。
ちょっと長くなりそうな感じです。
と言うか、パルル様の話だけで一章分くらいになりそうな勢い。
最弱なんだけど、最強! おまえどこの主人公だよ。