外伝その1「とある勇者のはじめてのおつかい」後編
「……なるほどなぁ。お主は向こう側とこちらの間の子と言うことか。面白いのう……どおりで現代人にしては桁外れの霊格の持ち主な訳じゃ」
気がついたら、すっかり自分のことを話していた。
迷子になった経緯とか、自分が異世界人であることとか……。
だって、この人、まるで私の心を読んでるみたいな感じだし、膝の上で抱っこまでしてくれちゃって……。
まぁ、思わず泣き出してしまった私を宥めてくれようとしてこうなったんだけどね。
でも、話してて何度かプッと吹き出されたのは、ちょっといただけない。
ちなみに、この人は神使……テトと言う名前なんだそうで……。
もっと凄い神様から分かたれた従属神のようなものらしい。
この日本という国……神様がやたらめったらいっぱいいるとかで、その数なんと、八百万!
レデュスレディアの人口より多いとか、数おかしくない?
もっとも、それは「要するにたくさん」と言う意味で、そこら辺の石ころ、山や川、使い込んだ古道具、死んだ人すらも神様となる……そう言う考え方がこの国に根付いているから、なんだって。
そして、この手の神社、神域にはかならず一体は、テトさんみたいな従属神や神様の眷属がいて、その土地や住民に加護を与えているのだと言う。
私達の世界では、神様と呼んで良いのは、一人だけで、人前に出てきたりなんかしないんだけど……。
こっちの世界では、私のように神様が見える人がたまにいて、そう言う人達とは普通に話もできて、触れ合ったりも出来るらしい。
けれど、このお稲荷様とか言う神社。
山の中にあるせいで、今や参拝する人も殆ど居なくなっていて、年々テトさんの力が衰えていってしまって、もはや誰もテトさんの声を聞けず、姿も見れないような有様だったらしい。
やたらと嬉しそうだったのは、私が久しぶりに現れた意思の疎通が出来る相手だったかららしい。
要するに、寂しかったんだって。
そう言われると、無下に出来ない……我ながら、お人好しだなぁ……。
「霊格って? なんですか……それ?」
「その存在がどれだけ神に近いかを示すものじゃな。お主……割りと近い先祖に神様でもおるのではないのか?」
ああ、そう言えばそんな話を聞いたことある。
竜の巫女……竜神を祖とする一族。
その末裔が私達だと……。
見えないものを見、触れないものを触れるようになる魔眼。
アルマリア辺りだと、魔術式を発動して初めて可能になるそれも、私やラーゼファンお母様は当たり前のように出来る。
龍眼……魔眼の上位互換のようなもの。
……と言うより、魔眼自体この龍眼を解析、術式化したものなんだよね。
「うーん、私……竜神を祖とする一族の末裔でもあるし、お父様は神の加護を授かった勇者ですから、普通なわけがありませんよね……」
「ほほぅ……そりゃあまた、凄い話じゃな……龍眼の持ち主なんぞ、ワシですら初めて見たぞ。渡世の門……幽世に続くと言われる門はワシも知っておるが、実に興味深いのう。じゃが、一応礼を言わせてもらおうかのう。偶然とは言え、この忘れられかけた神社もお主と言う霊格の高いものが参拝したおかげで、少しだけ力を取り戻せた……」
「私、なにもしてませんけど? あ……もしかして」
そう言えば、私……お祈りしたね。
思い切り、向こうのやり方だったけど……。
「そうじゃ、しきたりとは違う異国の祈りのようじゃったが……。霊格の高いものによる気持ちのこもった祈りとは、それだけでわし等のような存在に力を与えるのじゃよ……ほれ、みてみぃ」
そう言って、テトさんが立ち上がると……私と大差なかった身長が見る間に、祥子お母様並の背丈になって、尻尾の数が9本にまで増えていた。
さっきまでは、ちっちゃくて弱そうだったのに、なんかパワーアップしてるっ!
「ふむ……この姿になれたのも久方ぶりじゃ。ありがたい……改めて礼を言わせてもらう。せっかくじゃから、何か願い事のひとつでも叶えてやろう。商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達……ご利益としてはこんなもんじゃが、宝くじくらいなら当てさせてやれるぞ?」
ご利益って……こっちの神様ってそんななんだ。
神様にお祈りをする代わりに、なにかいいことがあるとか……何とも俗物的な話。
私達の世界では、神様に祈らないと厄災が降りかかると言われていた。
……だからこそ、人々はその機嫌を損なわないように、祈る。
なんか、こっちの神様の方が優しいし、親しみ持てていいなぁ……。
でも、お願いって……何かあったかなぁ。
あ、今一番困ってることがあった。
「えっと……それじゃあですね…………」
それから……私は無事にお父様達の待つ家に戻ってこれた。
すっかり、日が暮れて、お父様達も探しに行こうとしてたらしく、帰ってくるなり、めちゃくちゃ怒られた。
でも、ひとりで無事に帰ってきたのだから、それでいいって、褒められちゃった。
なんか、今度から迷子対策のGPS携帯ってのを、持たせてくれるって話になったけど……。
私にそんなの扱えるかな……あんま、自信ないよ?
たぶん、壊すか落とすかするのが、関の山って気がする……自分で言うのも何だけど。
ちなみに、私がテトさんにした願い事は……。
「家に帰りたいので、道を教えてください!」
……だった。
テトさんは空いた口が塞がらないと言った調子だったけど。
地面に一生懸命この辺りの地図を書いてくれて、ちゃんと帰り道を教えてくれた。
今度来る時は、お揚げをお供え物に持って来いとか注文されたけど……一人で辿り着ける自信がないので、確約は出来かねると言っておいた。
そんな訳で、私の初めてのお使いは、こんな調子で幕を閉じた。
色々失敗したけど、おかげでこの辺りのこともよく解ったし、この世界のこともひとつ解ったような気がした。
「……リネリアも、そのファルクス娘に会いたいにゃっ! 同じ獣仲間だにゃっ!」
「いや、だから違うって……本人も神様の眷属だって言ってたし……」
「でも、この匂い……ファルクスの匂いだにゃ。それにこの長い黄色い毛もそうだにゃ。こっちの世界のファルクスって人を化かすって言ってたにゃ……幻覚魔法とか使われたのかもしれないにゃ」
リネリアが私のそばに来て、クンクンしながら、服に付いてた黄色の毛をつまみ上げる。
そう言えば、もう一つのお願いって事で、思い切り尻尾をモフモフさせてもらったんだっけ。
なんか、真っ赤な顔して、プルプルしてたんだけど……。
「良く解らないけど、今度、皆でお礼でもしに行きましょうか……それより、ご飯できたって祥子さんが言ってますよ」
「やったっ! リネリア、お魚大好きだにゃーっ!」
アルマリアがそう言って、話を締めくくって、リネリアが脳天気に応える。
そんなふうに、割りと平和な夜が更けていくのであった。