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外伝その1「とある勇者のはじめてのおつかい」前編

「どうしよう……迷った」


 思わず、私はそう呟く。

 

 見知らぬ土地の見知らぬ道……自分が何処にいるのかすらも解らない。


 見覚えがあるような気がして、自信満々で歩いていた道も唐突に見覚えのない山道になって、いよいよ人気がなくなった。


 非常に不味い……完全に道が解らない……慢心? 油断? 調子に乗ったから?

 今更、後悔しても手遅れ……どうして、こうなったんだろう……。


 ことの始まりは、ほんの一時間足らず前の出来事に遡る。

 

「あちゃー、猛部さん……お醤油切れちゃってるよ!」


「ん? そっか……買い足そうとして、すっかり忘れてたわ。ちょっとコンビニでも行って買ってくるか……」


 台所で何か手伝えることがないかな……と様子を見に来たところ、お父様と祥子お母様がそんな事を話していた。

 

「あの……買い物くらいであれば、私が行きましょうか?」


 実を言うと、先日お父様とコンビニと言うところに買い出しに行って、買い物の仕方を一通り教えてもらっている。


 醤油も売ってるのを見たから、解る……お魚にとっても合う素敵調味料。

 アレがないと、今日の晩御飯……焼き魚もいまいち美味しくない。


「あ、志織ちゃん買いに行ってくれるの? じゃあ、お願いしようかなー」


「おいおい……志織、一人で大丈夫なのか?」


「高梨で迷子になる方が難しいと思うんだけどなぁ……狭いし、道もシンプルだし。道なんて、道なりにずっと歩いて、橋渡って、ひたすら真っすぐ。で、駅の所で左へ行けば、アタシのバイト先だから! 店長には電話して取り置き頼んどくから、お金渡して、商品受け取ってくるだけ! 簡単でしょ!」


「おいおい……気楽に言うなよ。でも、志織は一番しっかりしてるから大丈夫かな。なんなら三人で散歩がてら行ってくればいいんじゃないか? 別に俺が行ってきても構わんしな」


「いえ、二人はアニメ見るとかでテレビの前で釘付けになってましたし、この程度の雑用……お父様の手を煩わすまでもありません! 私一人で十分です!」


 そんな感じで、自信満々で一人でのお買い物に出かけたのだけど……。


 行きは、問題なかった。

 言われたように、ほとんど道なりにまっすぐだったから。


 買い物だって、先に祥子お母様が連絡してくれたので、お金を渡して商品を受け取るだけの簡単なお仕事。

 

 でも、お父様から借りた自転車と言うものは、すごく早く走れてちょっと調子に乗ってしまったのが、そもそもの間違い。

 

 電車と言うものを見かけて、つい追いかけて行きたくなって、力の限り突っ走ってたら、自分がどこにいるのか解らなくなった。

 

 おまけに、自転車が壊れた。

 足で踏むところがボッキリと折れてしまった。


 自分だけ、強化して無茶した結果、耐えきれなかったらしい……。

 なにせ、車ってのを追い抜くほどだったからね……ちょっと楽しくなっちゃった。

 

 でも……大失敗。


 身体強化を使う時は、武器だって武器自体を強化するのに、すっかり頭から抜け落ちてた。

 人間だったら、治せるけど、こんなの……直し方なんて解らない。


「ううっ、ここ……どこだろう?」


 何度めか解らない独り言を呟きつつ、自転車を押しながら、山の方へ続く細い道を歩いていくと、赤い門のような物を見つけた。

 

 それをくぐると、やたらと静まり返った静謐な空気をまとった空間に入る。

 

 ……苔むした石畳の道が続いている。

 鳥の声も風の音もしない……さっきまで聞こえていた遠くの道路の車の音も聞こえなくなった。


「……今のは結界? 空気が……変わった?! ここは……いったい」


 こっちの世界にいるとついつい緩んでしまうんだけど、私だって勇者の端くれ。

 些細な違和感を見逃さない……その注意力が生死を分ける事だってあるんだ。

 

 素早く周囲を見渡し、腰を落として、気配を探ることに集中する。

 人の姿はなく、気配もしない……静かな……けれど、張り詰めた空気。

 

 けど、何かがいる……そして、私を見ている。

 

 警戒しつつ、奥に向かって歩みをすすめると、古ぼけた建物が目に入ってくる。

 五メートル四方程度の小さな物置小屋みたいな建物。

 でも、屋根とかすごく立派で、丁寧に作り込んでいるのが解る……。


 その前に置かれた四角い箱、大きな鈴から紅白……だったと思われる薄汚れた布切れと、古びた綱が垂れ下がっている。

 

 良く解らないけど……これ、神殿の類いのような気がする。


 だとすれば、ここは……神域?


 とりあえず、神域なのであれば、祈りの一つでも捧げてみてもいいかもしれない。

 

 目を閉じて、跪き祈りを捧げる。

 ……こっちのやり方とかよく知らないから、向こうのやり方と一緒でいいか。


 こう言うのは気持ちが大事だからね……。

  

「……なんなのじゃ、お主は……祈りの仕方も知らんのか……参拝客……でもなさそうじゃが」


 静かに祈っていると、不意に背後から声をかけられる。


(この私が気配すら感じなかった?! そんなバカなっ!)

 

 慌てて、振り返るとそこには、白い上着と赤い下履きの若い娘がいた。


 腰近くまで伸ばした黄色の髪に、緑色の瞳が目を引く……背は私より少し高い程度。

 祥子お母様よりも若そうに見える。

 

 けれども、その頭には黄色い三角の大きな耳、お尻からも同じ色のモフモフした尻尾が生えている。

 

 この大きなふわふわの尻尾……ファルクス系の獣人のように見えるけど、なんでこっちの世界にこんなのが?

 

「……だ、誰だ! お前はっ!」

 

「なんと……ワシの声が聞こえたのか? それに姿も見えているようじゃな。実に興味深いのう……」


 ニコニコと笑いながら、ファルクス娘が無造作に近づこうとする。


「それ以上近づくなっ! くっ! 来いっ! 『静謐なる虚空の如し(エアリーズ・)一振り(ワン)』」


 慌てて、武装召喚をしようとするのだけど、愛用の大剣エアリーズからの反応がなく、剣をつかもうとした私の手は虚しく空を切った……ど、どうなってるの?


「ああ、待て待て……! ここは聖域じゃからな。なんぞ、術でも使おうとしとったようじゃが、その手のものはここではご法度じゃ……別に取って食ったりせんから、まずは落ち着くがよい。脅かすつもりはなかったんじゃ……許せ」


 余裕なのか、ニコニコと笑顔を崩さないまま、顔の前で両手を合わせてペコペコ頭を下げるファルクス娘。

 

 その態度には、悪意もなく……敵意も感じられない。

 

 けど……そこにいるのは解るのだけど、気配がしないし……殺気もない。

 それに……コイツ……影がないし、地面からもちょっと浮いてるっ!

 

 人ならざるもの……それは明らかだった。

 

 けれど、危害を加えるつもりは無いのは、なんとなく解る……。

 

 こちらも攻撃手段も無い……服に施しておいた聖刻の呪力すらもいつの間にか失われていた。

 攻撃魔術のたぐいも多分、発動すら出来ないだろう。

 

 おそらく、私は今……何らかの魔術結界に捕われている。

 

 さっきの門をくぐった時からなのは、明らかなのだけど……多分、祥子お母様が使ったと言う話の対魔術結界。

 それもこの神殿一帯に張られたものだ……ここから無事に出られる保証もない。

 

 こんな所に無警戒に迷い込んでしまうとは……重ね重ね大失態だ!


「そ、その姿……こちらの人間とは明らかに違いますよね……貴女、一体、なにものです?」


 お父様の話だと、こっちにはリネリア達のような獣と人の入り混じった姿の獣人は存在しない。

 

 だとすれば、この娘は……何なのだろう? 一見隙だらけなのだけど、一撃を当てられるイメージが全然、沸かない。

 こう言うときは、絶対そうなる……多分、抵抗しても無意味、そんな相手だと悟る。


「ああ、ワシはこの神社に祀られておる神様の分霊わけみたまと言えばいいかな。人とは違うナリをしておって、当然じゃろ。しかし、久方ぶりにワシの姿を見、声を聞ける者が来たんじゃ。せっかくじゃから、話し相手にくらいなって行かんか? 何もないところじゃが、歓迎はするぞい」


 人懐っこい笑顔を浮かべ、実に嬉しそうな様子。

 分霊? 神様の使いとかその類を示す古語だったかな……?


「その姿……ファルクスの獣人……ですか?」


「ファルクス? なんじゃそれは……ひょっとして、狐の事かのう……お主、外人か何かなのか?」


 自分の姿を困惑したように眺めながら、そう返してくる。


「狐? こっちの世界ではそう呼ぶのですか?」


 私の言葉に少し考えるような仕草を見せながら、じっと見つめてくる狐娘とやら。

 

「……ふむ、お主……この世界の住民ではないな? なんで、こんな所に迷い込んで来たのじゃ?」


 なんでと聞かれたら、正直困る。

 迷った……としか言いようがない。

 

「えっと……その……」


「ん? なんぞ、困ってるのは解っとるぞ? 言うてみるが良い……これでもワシは神の眷属なんじゃ、少しばかりの手助けくらいならしてやらんでもないぞ」


 座り込んで、上目遣いに無警戒な様子で、優しく話しかけられる。

 

 まるっきり子供扱いの対応なんだけど……それ。

 

 なんだか、日も暮れてきたし、このまま帰れなかったらどうしよう。

 きっと、お父様だって心配してる……そう思ったら、急に心細くなってきた。


「ま、迷子……なんです。家に帰れなくて……ここ、どこなんです? 私、お家に帰りたい……」


 俯きながら一言……なんか、情けなくなって涙が出てきた。

 

 けど、私の思いと裏腹に、ファルクス娘がお腹を抱えて笑い出すのが解った。

 

 笑うなコンチクショーッ!

 

完結とか言ったが、アレは嘘だ。


はい、舌の根も乾かないうちに唐突に書き下ろした外伝をお送りしております。(笑)


なお、本編とストーリー的な繋がりは、ほぼありません。

時系列とかも深く考えたら、多分負け。

夏の水着回とかもやりたいじゃないですかー。


当面、不定期更新で、こんな調子のキャラ主体のショートストーリーを幾つかやろうかと思ってます。


ちなみに、この狐娘は去年、なろう作家仲間の志島氏と行った合同企画の一環でデザインしたテトをモデルにしてます。


合作ノベル 『テトと黒鉄』

https://ncode.syosetu.com/n6566ds/

※MITT作成の正月Verのイラスト付き。


志島氏最新作

「山ガールって何? ~花百合女子登山部へようこそ!~」

https://ncode.syosetu.com/n8233ec/


こちらにも、登場してたりします。

この作品、今話題のゆるキャンに通じるところがあって、MITT的にもお勧めです。

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